将軍は上機嫌に側近へと語りかける。
「あんなものが最強だと?威厳のかけらもない。あれだけやられて、ガキどもの前で這いつくばったぞ。聞いていた話と違うが、ミャンマーの同志からの報告が正しかったらしい」
「はい将軍。まさに木偶の坊といった様相でした。やはり将軍の御威光の前ではヒーローなどあんなものではないでしょうか」
「あれだけ露骨に振る舞えばあっちから手を出してくると思ったが、どうやら想像以上の腰抜けだったようだな。生徒も生徒だ。憧れが踏み躙られても誰一人立ち向かおうとしなかったぞ。今日のアレで手を出してこないなら、一体どうすれば良い?どんな嫌がらせをすれば動くのか、楽しみだ」
国内でここまでやっていれば、オールマイトはすぐ助け始める。アレはそう断言していたというのに、やはり他人は信用ならない。奴らの情報収集能力を過小評価していたとでもいうのだろうか?
思考を中断するのは常にはない物音だった。
「騒がしいな。何が起きた?」
「その、奴が、オールマイトが来てます……」
「はっは。今更か、明日にさせろ。どれだけ待つのか見ものだな。賭けるかぁ?」
そうして返答をするも、部屋の外の騒ぎが大きくなりそれが中断された。
「それには及ばないよ。なぜって?私が、もう来ているからな!」
制止を振り切って登場するのは彼だった。そこいるのは前日とは別人。気炎を撒き散らすオールマイトというヒーローがそこにいる。
無理矢理に止めた衛兵が持つ銃は握り潰され、気絶させられている。
「ほお。昨日はあれだけおとなしかったのにどうした。大体それは犯罪だぞ。国際法でも国内法でも、日本でも違法行為だが、UAIでは合法とでも?銃まで壊して酷いじゃないか。ルールの無視はお前の大嫌いなヴィラン的な行為ではないのかね?」
そんな余裕の表情は直後に憤怒の様相へと切り替わる。
「なぁオールマイト。お前のせいだぞ。お前のような野蛮な民族が我が国を踏み荒らすからこうなる。日本人はやはり敵……。ということにできるのだがそこまで頭が回らないのか?」
途中までの恨み節、そしてそれの変調に違和感を覚えて眉が吊り上がる。その疑問の解消は、その後すぐに訪れた。
「では残念だが、さようならだ。撃て」
銃を向けられても余裕を崩さない。どのように避けて、相手を圧倒するのかはすでに本能的に知っているから。しかし射撃の瞬間にオールマイトは狼狽した。
「どこを、狙っているんだ!!!」
即座にカバーをするが、全方位からの射撃の全ては防げない。背後で気絶した衛兵が射殺される。
「報酬をもらっているのに仕事をしないのは人民に対する裏切りだ。君が殺したんだぞ?酷いやつだ」
廊下の石畳に、鈍い音と同時に血が広がり始めた。
彼は衛兵の脇腹に深く手を差し入れ、鉄の臭いと熱を感じながら、皮膚を貫いた銃弾の穴を探した。指先が濡れた肉の感触を捉えるが、傷は一つではない。胸部にもう一つ、そして腹の辺りにも深い穴が開いている。
「くそっ、頼む、止まれ!」
彼は自身の服を破り、一番ひどい腹部の傷口に押し当てた。だが、まるで乾いた砂に水が吸い込まれるように、布地は即座に朱に染まり、血はそこから噴き出す勢いで溢れ続けた。強く抑え込んでも、指の間を縫うように熱い液体が溢れ、床を濡らしていく。
別の傷を塞ごうと手を離せば、腹の傷から血溜まりが一気に広がる。両手で全ての傷を覆い隠すことは不可能だった。彼の視界の中で、衛兵の顔から血の気がみるみる失せ、その瞳に宿っていた意識の光が、まるで灯火が消えるように、ゆっくりと遠ざかっていった。
また、目の前で命が消えていく。
「私はお前を許さない」
「そんなことは知っているよ。オールマイト。お前はずっと想像通りのことを言うんだな。つまらんやつだ」
そして戦いは、雷鳴とともに始まった。音を置き去りに殴りかかるが、それよりも早く将軍の姿が消えた。
「バカが。力だけはあるお前をここまで挑発して、なんの用意もしていないとでも思うのか?」
部屋の奥の重厚なカーテンが、無言の合図とともにゆっくりと引かれていく。
重たい布地が擦れ合う音が室内に低く響き、やがて視界が開けると中庭が姿を現す。
石畳の敷かれた広い空間には、風ひとつなく張りつめた空気が漂っていた。
その中央に、子供たちが整列して立っている。深夜にも関わらず五歳くらいの幼い者から、まだ声変わりも済んでいない中学生までバラバラの彼らはしかし同じ表情、同じ姿勢で、背筋を伸ばしていた。
彼らの顔には笑みはなく、ただ緊張と恐れの混じった硬い表情が貼り付けられている。視線は前に固定され、動かすことを許されていない。
なぜなら、彼らを狙う銃口が全方位から向けられているのだから。
「ほらみろ。お前の大好きな人質だ。これでバカなヒーローは何もできまい。黙って殺されろ。子どもまで殺すつもりか?」
オールマイトは動けない。彼に対して有利を取った敵はいたが、いつも人質をとっていた。
人の命を救いたい彼には、どこまでも命の盾が有効であるのだ。
淡輝になんと言われても、この性根の部分は治らない。
オールマイトは動けない。なぜならばこの状況においては動く必要がないからだ。あらゆる手段を想定して既に用意はしてある。
それは決して完璧ではないだろうが、それでもオールマイトは彼の言葉を信じている。
彼が信じろと言ったのだから信じるのだ。
「悔しいが私に人質は有効さ。でもね。私は何もしないが、それで止まるようなUAIだと思わない方が良いぞ」
銃を持っていた兵士の一人が叫ぶ。
「痛っ!なんだ!?」
彼は思わず目を閉じた。激痛で目を開けられない。そしてその状態の人間は彼だけではなかった。
周囲の兵士全員が同時に目を押さえて
「撃て!!馬鹿どもが!!」
目を閉じたままでは、お互いに当たるかもしれない。だからこそ撃たなかったのだが、それを上書きするのは絶対的な命令だ。
彼らは撃った。何も見えなくても訓練の通りに撃った。
即座にオールマイトが子供達に飛び込むが、その前に子供の前に落ちてきたのは2mはあるドローンだった。いくつかの銃弾を受け止めて子供達を乱雑な射撃から守る。
もはや兵士たちはその姿を見ることはできないが。黒い機体の群れが空を埋め尽くしていた。艶を失った金属の外殻は光を吸い込み、影のように輪郭だけを浮かび上がらせる。整然とした円を描きながらじわりじわりと包囲を縮めていく。
「おいおい。まさか、兵士たちの目を焼いたのか?それは前世紀からずっと非人道的だとか言ってお前たちが禁止していた兵器じゃないのか?」
レーザーによる網膜の焼灼。それは100年前の技術でも十分に可能だったろうが、それを積極的にやっている軍事企業は流石に存在していなかった。一部のテロリストは使ったこともあるようだが、それも過剰なまでに報復され割に合わないということで、使用はされていなかった。その事件は報道すらされていない。
「馬鹿が。おい、そこにいるのを救ったところで終わりな訳がないだろう。こちらの映像を見ろ。こっちには拉致した世界各国の人間が……」
そこに写っているのは、惨殺された人間だった何かである。
黒く焦げた死体は原型が崩れすぎていて、それが誰なのかはわからない。それが折り重なるようにそこにあるだけだった。
「なんだ、これは」
狼狽の一言が空気を伝わるより前に、その映像を見て激昂した英雄が突貫する。
「私は決して!お前を、許さない!!」
違う、これは俺じゃない。そう言おうと思ったが振りかぶった一撃。それを見て血の気が引く。先ほどの映像の異常について考える時間がない。こいつは殺すことはしないとわかっているが、それでもあまりにも大き過ぎる力が目の前で振るわれる。
右腕を振り抜くが、そこには雷が一瞬光っただけだった。
「壊れないか。体はともかく、どんな機械だそれは」
背後にいる将軍は嘆息している。あまりに頑丈な人間と精密機械に呆れてすらいるようだった。
オールライトは既に耐電モードになっており単純な電撃などでは壊れないが、それでもいつものように機能はあまり使えない。
「個性は『誘雷』だけだったはずだ。やつと取引したな?後悔することになるぞ」
「日本生まれの哀れな生き物の中ではアレは一番マシだったぞ。貴様もアレも力ばかり肥大化した化け物だよ。さて、バケモノにはやはり化け物を向かわせるべきだろう。文明人たる俺は獣同士の争いには関わりたくないな」
オールフォーワンによって得た新たな個性。『電化』と『同化』は自身に馴染み深いものと体を同化する個性である。元からある『誘雷』だけでは電気そのものになることなどできなかったが、今はそれを可能にしている。
長くその状態を維持することはできないが、雷の速度であればほんの一瞬で事足りる。
打倒するならあまりに足りないが、ただ逃げるだけなら十分過ぎるのだ。
「また君、いや君たちか!」
その上で、物理的な邪魔もしっかりと配置しておいた。アレから受け取ったこの不細工な生物はそれなりの力を持っている。
オールマイトへと一切の躊躇もなく踊りかかり、組み合った。
黒い体表の脳無と呼ばれる異形は、ミャンマーでしっかりと結果を出していた。この化け物を抑えることができるなら、それは破格の性能であるのだ。
超至近距離から乱打戦が始まる。打撃音が加速して、常人たちを置いていく。
「それなりにバリエーションがあるようにも見えるが、動きは同じかい!」
しかし、オールマイトの拳が圧倒し始めた。
ミャンマーのときの困惑はなく、相手を知っている動きでもある。
「妙な感触。単純な肉体じゃないな?」
『打撃音によるエコースキャン完了。その他センサーからの情報を統合すると、敵の体は半分ほど植物で出来ているようです。痛覚や耐久性は動物とは大きく離れているはずです。ご注意ください』
「これも、緑人兵ってやつか、外道め……」
北朝鮮においてこの緑雷党が玉座を奪ったのは、この緑人化によるところが大きい。人間に植物の要素を埋め込める個性を確保し、それを十全に活用して彼は権力の座を奪ったのだった。
緑化された人間は体が強靱になり、そして葉緑体を体内に得ることができる。これの適合は非常に確率が低く、多くが拒絶反応で死んでいくのだ。しかしそれを超えることができれば、光と水さえあれば長期間活動できる緑人兵が生まれるのだった。
それらを素体にした脳無は衝撃吸収すらなくともオールマイトと戦える水準の耐久性を持つに至った。
「人聞きの悪いことを言うな。立候補だったぞ、そいつは。まぁ兄弟が多い家族思いの好青年だったけどな」
悪意を込めた笑いに、オールマイトは感情を波立たせられるのを避けられない。でも、ブレない。迷わない。怒りを力に変えて、相手にぶつけるだけだ。
「カロライナ スマッシュ!!」
次の瞬間、衝撃音が世界を割った。交差した腕が閃光を帯び、X字の衝撃波が爆ぜる。腕から放たれた圧力は、地をえぐり、風を逆巻かせ、巨体の胸部を裂くように叩き込まれた。
しかし耐久性には自信があるようで、むくりと起きあがろうとするがおかしい。
転倒して、震え始めた。体をうまく動かせない様子でジタバタと足掻く様子は、まるで夏の終わりのセミに見える。
「なんだこの役立たずは。くだらんな」
そう言って吐き捨て、いよいよ軍服の上着を脱いだ将軍はまっすぐに最強と対峙する。
「人民を統べる天雷将軍の一撃を受けられるか?」
バリバリと音が響く。蓄積された力が溢れて、体から漏れ出しているような光景にオールマイトは激戦を確信する。
自分を前に平静を保ち続けることのできる相手は稀だ。彼は真の強者である。
「
裂帛の掛け声から電撃が迸る。
天地が息を呑んだ。
白頭山の霧が裂け、天を焦がすような蒼白の閃光が走る。空気が震え、大地が軋む。天の怒りそのものが人の形をとって降り立ったかのようだった。
人型の雷は閃光となって、残光を軌跡に変えていくことしか認識できない。
オールマイトは身構える。
全身全霊。本気の技であると肌で感じる。命をかけた行動はこちらも相応の代償を覚悟しなければいけない。
「さぁ、私は逃げないよ。どこからでも……」
全身に闘気を漲らせ、警戒を一つも怠らない。
静寂
少しの合間があり、緊張感が高まっていく。
そして……
何も起きなかった。
「
オールマイトはそこに取り残され、衛兵たちと目を合わせる。気まずそうに、向こうも困惑していた。え、どうしようか。という雰囲気でどうにも締まらない。
英雄は、咳払いをして救命活動をどうにか再開するのだった。
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
将軍は雷の速度で逃げていた。当たり前である。
契約は果たした。こんな貧しい場所。もう十分だ。こんなところで裸の王を気取るより、豊かな国でそこそこの地位につければ良い。そっちの方が幸せだ。暗殺の懸念も少しは減るだろう。そうなればようやく家族も作れる。
女王気取りのバカ女はそんな事をわからずに、アレに勝ちに行っていた。ならば負けるのが当然だ。
必殺技なんて格好つけて襲いかかるなどするものか。バカじゃないのか。
だいたい、初撃の奇襲で最大火力はすでにぶつけている。あれだけの雷を浴びておいて火傷一つしないというのは意味がわからない。キモすぎてちょっと笑いそうになったからな。あり得んだろ普通に。
さて、こんなバカみたいな事からはおさらばだ。人目を気にせず日本のアニメを楽しめる異国へ逃げ込んで悠々自適に晴耕雨読の生活を送ってやる。あとディズニーに行きたい。
久しぶりに心から笑いながら。事前に配置していた電線を伝い、雷の如き速度でその場を離脱した。
が、逃走経路が終わらない。
おかしい。1秒も掛からずに目的地で実体化するはずが、ここまで思考できているのがおかしすぎる。電気そのものになった時の感覚はまだ慣れないが、なんとなく同じところに留められている感覚に気づく。
俺はどこにいるんだ?一体、いつ終わるんだ?というか、このままだったら、どうなるんだ?
絶望に追いつかれないように、雷の速度で回り続けるが動けない。考える度にその身を削りながら、徐々に死んでいく事を噛みしめ始めるのはもう少し先のことである。
大きめのトランクのような装置から外して、ニヤリと笑う学生がいる。
装置の中にはドーナツ状の空洞があり、そこに発生する強力な磁場によって電流自体を拘束していた。ここまで小型化するのはすごいことではあるだが、そこまで強いエネルギーでもないから割とすぐ作ってもらえた。
核融合発電を実用化しているUAIにとっては朝飯前らしい。
側からはその顔は見えない。装甲に覆われてしまっているから。けれど肩を震わせて喜びを噛み締める動作からは歓喜以外は伝わってこない。
罠だった。不可逆の電線から入ったそこは完全な絶縁の世界である。作られたループに雷となってハマり込み、彼は敗北した事すら気づけない。
つまりは、罠を仕掛けて獲物を待つ狩人がここにいたというだけだった。
「ユーモアだけは将軍級だよほんと『まさか俺が脱北するとは誰も思わないだろうな』って顔してさ。初手で逃げるなんてガチ驚かされたわ。殿堂入りできる良いボケだったぜ馬鹿野郎」
いや狩峰淡輝がキレながら、そこで敵を待っていたのだった。
『攻撃戦』はコンギョで一部ネットにはお馴染みですが
電撃戦に近く使われる言葉は『速度戦』だそうです
読み方はなんと『ソクドジョン』ハングルと日本語は共通の意味と音の場合があるんですねぇ