将軍が「撃て」と言ったときに動き出したのは目の前の衛兵隊だけではなかった。
北朝鮮全土に展開していた攻撃部隊も動き出す。
「同志たちよ。行動を開始せよ」
兵士たちは黙ったまま車両に乗り込み、吐く息だけが白く、規律の代わりに整列の音が響く。ディーゼルの低い唸りが地面に伝わり、遠くの山腹で同じ音が何十、何百と重なっていく。
誰も大声を出さない。通信も、確認も、最小限。夜明け前の空はまだ灰色で、地平線の向こうには、雲の切れ間から微かな稲光が見えた。
それが合図だったのかもしれない。各地で、門が開く。装甲列車のライトがひとつ、地下シェルターのゲートがもうひとつ、静かに、まるで同じ呼吸で開かれていく。
全ての準備を終えて攻撃を開始するその瞬間、夜の闇が落ちてくるような錯覚を覚えて困惑した。
だんだんと音が大きくなる。
大量の空から迫ってくる音がする。既知のモーター音ではなく、それがドローンであればおかしい。だって、空一面からその音がするのだから。
サーチライトが何かを照らすが、それを見てもわからない。黒い大きな雲のようなものが落ちてくるのを、誰もが呆然と見つめてしまう。
そして、十分にそれが何かわかった距離まで近づくと、それからブッツリと彼らは何も見えなくなった。
一瞬だけ強烈に光ったかと思ったら、あとは焼きついた残像が混ざる暗闇の中に、刺すような痛みだけがあった。
響き渡る苦悶と混乱の声だけが聞こえている。
彼らは知らなかった。
戦力は確かに世界最高水準だろうが、数では大した事がないと分析されてもいた。UAIランドは医療が秀でているとしか知らなかったが、それは短期戦において関係がないと無視されてしまっていた情報である。
北朝鮮の作戦参謀たちは悪くない。医療を発達させた結果、それがこんな状況を生み出すなどとは世界の誰も予想しなかったのだから仕方ない。
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
「なんか、あれだな。スイミーとか思い出すわ」
『魚群による威嚇のお話ですね。教訓に満ちている名作ですが、あれらは全てが実際に戦える戦力です。こけおどしではないため、本質的には異なるのではないでしょうか』
「人形のマジレスはやっぱキツイな。うん。実質独り言みたいなもんだし、虚しくなってきた。それよりどう? 動きはあるよな」
「はい。想定通りの動きを確認しています。魏漢は大局的に追い詰められており、ここで行動を開始するのが合理的です。間もなく始まるでしょう」
ミャンマーにおける活動の結果、長期政権であった女王が倒れ、隣接する蜀漢の新派が政権を奪った。
その結果、蜀漢はこれまで妨害をされていた背後戦力を他へ回すことができるようになり、魏漢への圧力が高まった。オールフォーワンが身を隠すことで隔絶し始めた戦力をどうにか拮抗させようと呉漢と蜀漢は一時的に同盟を結んでいる。
その同盟を成立させたのはUAIでありこれも全一包囲網の一つであった。
魏漢は北朝鮮と軍事同盟を結んでおり、バックの圧力を減らすことでここまで大規模な軍事行動をできたと言ってもいいだろう。
いや、別にあってもやるのだが従事する軍人たちにはしっかりと勝算を見せなければ戦いには消極的になる。直接戦場へ出向かうことはないにしても、士気というのは大事なのだ。
この攻撃が終わる頃には、士気というものは過去のものになるのだがそれは見てみないとわからないのだから仕方ない。それに最後の最後は、きっと人間の力が必要になる。その時には自ら立ち上がるものたちが戦い始めるのだろう。それをヒーローと呼ぶのかもしれない。
「歴史上最悪のワンサイドゲームになるぞ。はぁ……。またトラウマ増えたりしないかな」
淡輝はぼやくが、きっとそうはならない。人が傷つくことを気負いたいという願望というだけだ。
『ですが、最も穏便な戦争でもあります。人類社会の反発は予想されますが、倫理的に考えれば最善だと思うのですが、やはり納得はできないものでしょうか』
「無理だね。絵面が悪すぎる。ほら、始まるみたいだな」
それらの作戦行動を指揮する司令室には重苦しい空気が漂っていた。
モニターの壁一面に広がる電子地図は、北朝鮮全土を覆い尽くすほどの赤と青の光点で埋め尽くされている。そのうち、赤い点が次々と明滅し、やがて消えていくのは標的に指定された軍施設のマークである。
あまりに遠い上空だ。音もなく暗闇の中で無人機の群れが飛んでいく。目視はできないが大型攻撃機が上空に24機展開している。
各機に収納された中型ドローンは60機。そこから展開する小型機に至っては各200機の合計1200に至る。
流れるように群青の点――28800機のドローン群が軌跡を描いていた。
それはもはや線ではなく、画面を塗りつぶすような面制圧だった。青い液体が白紙を染めていくように、その侵攻は止まらない。
「親機は帰投。子機から展開76%完了。孫機全ユニット、指定目標に向け自律ルートへ移行中」
オペレーターの声は冷静だが、その背筋には緊張が走っている。誰もが、これからの数分が歴史を決定づけることを理解していた。UAIは日本ではないが母国と二重で国籍を持つものがほとんどだ。日本人にとって他国への侵略というのは、あまりに現実味がなく感覚的な忌避感が強い。
中央スクリーンに切り替わったのは、無数のドローンカメラの断片映像だった。黒い機体が雲間をすり抜け、山間部や海岸沿いを低空で疾走する。その速度と数に圧倒されるように、敵の対空レーダーは一斉に点滅を始める。
「敵防空網、反応開始」
「迎撃ミサイル確認、対応も始まっています」
瞬時に何十機ものドローンが閃光とともに失われるが、群体の密度はほとんど揺るがない。アルゴリズムが瞬時に穴を埋め、残存機が軌道を組み替えて流れ込む。
モニターの端では、施設群のシルエットが赤い枠で囲まれ、次々と点滅する。燃料庫、兵器庫、指揮所、目標の半分がドローン群の侵入にさらされていた。
「打撃圏、到達」
その声と同時に、スクリーンの無数の小窓で白い閃光が咲き乱れる。まるで地図そのものが燃え広がっていくかのように、赤い点が消えていく。室内には歓声も悲鳴もなく、ただ低い電子音とキーボードの打鍵音が響いていた。作戦はまだ終わっていない。誰もが息を潜め、次のモニターの変化を待っていた。
中型ドローンは兵器をレーザーで無力化し、対空攻撃も撃ち落とす。そして小型機は無数の群体として各地を襲って兵士を無力化している。
万を超える高性能なドローンを使っているとはいえ、戦闘にしてはあまりにあっさりし過ぎている。スムーズすぎるこの作戦が成立するのはその攻撃手段ゆえだった。
最小限のエネルギーで、最大の効率をあげるにはどうすべきか?
可能なら破壊は少なく、死者もだしたくないという制約を追加してみれば帰結する武装は一つに絞られる。
音もなく飛来したドローンが、200m以上離れたところから
凄まじい速度で旧武装の兵隊たちを未来のドローンが制圧する様はまさにSF映画のような光景だった。
畳み掛けるように、もう少しで第二陣が出撃する。先ほどと同じ数の大型爆撃機が発進しドローンの数は倍になる。これで北朝鮮全土を覆い尽くすことができる想定だ。主要軍事施設を抑えるだけであれば、ドローンのみで事足りる。
朝鮮語で武器を捨てれば危害は加えないとアナウンスし続けるが投降の割合は高くない。しかしそれでも制圧は止まらず機械的な攻撃は続く。
兵士の中には強靭な個性を持っているものもいる。彼らが数機落としても焼け石に水だ。大勢に影響は全くない。
まるで飢えたバッタのように空を埋め尽くし、蝗害のごとき波状攻撃は継続されていく。相手を殺さず、少しレーザーを照射するだけであるのだから処理速度は恐ろしく速い。
レーザーによる目潰し。人道上許されないとされていた攻撃であるものの、今のUAIにだけは当てはまらない。もはや前時代の常識となっている。
もうここでは関係ない。なぜならUAIでは
こうなれば網膜へのレーザー攻撃は、最も人道的な攻撃であると淡輝は考えている。
印象はともかくとして、実際のところ相手を無力化しつつ収容すれば治るのだから問題ない。殺さず元に戻せるのであれば銃で撃つよりマシだろう。失血で死ぬ事はまずないのだから。
ひたすらに相手から光を奪い、武装解除の割合が北朝鮮全土の地図を光点が埋めることで表現されている。
敵のドローンや機械にもセンサーなどの目は存在する。そこを焼き切ることであらゆる兵器も失明させていく。圧倒的な技術格差によって決して埋まらない戦力差を見せつける。結果として見えなくなるのはどんな皮肉だろうか。
闇を照らす光といえば聞こえはいいが、その実情を見て歓声を上げることのできる人間はオペレータールームには存在しなかった。
当然ながら人民帝国軍も猛烈に反抗し、対空砲火や個性によって全力で戦おうとしている。けれどそれらは無駄だった。それを制圧するUAIの空中機動部隊。あまりに一つ当たりの戦力が高すぎる。
人は目を、機械はセンサーを焼かれて、瞳を失ったものたちは誰もが倒れ伏す。
機械的に除かれていく脅威と人間。この戦場にヒーローはいない。わかりやすいヴィランもいなかった。二時間で既に4割近くが抑えられ、追加のドローンも今さらに飛んでいる。
戦況は決定し、問題なければすぐにでも救護作業へと移ることが出来るほどに淀みがない。
誰もがあえて疑問を口にする必要もなかった。この行いに正義はない。しかし、これからのことを考えれば早急に人民帝国軍を無力化しないといけない。だからやる、それだけだ。
こちらの光を押し付けるために相手から光を奪う傲慢な光景が進んでいく。仕組みが個を丁寧に潰していくどこにも、正しさを感じるようにできていなかった。
世界から消えた戦いの美学。
第一次大戦からかつて失われ、そして個人が取り戻したそれがまた否定されていく。
個性の発現に伴って復活した、個々人の想いを賭けた決闘というロマンは人間らしさをどこか取り戻していたのかもしれない。それを再び、仕組みが人間を摘み取るようにして否定する。
戦いというものを合理化も神格化もさせない。誰もこれを見てそうはできない。
きっと
それを見て笑う、顔のない人物がいた。
「ひどいことをするなぁ。あれが正義のフリをしてるなんて許せないね」
呼吸器をつけた顔のない男が北朝鮮の惨状を見て気軽に笑う。
「だから、これは親切なんだぜ? なぁ、オールマイト。古い友よ。受け取ってくれ」
パチンと指を鳴らせばそれは始まった。
100年前には中華人民共和国の北部だった地域。現在は魏漢と呼ばれている国の軍事施設から放たれたロケット弾の奔流は、もはや個々の飛翔体ではなく、炎と煙で形作られた巨大な意志の塊と化していた。
大地を舐めるような低い唸りはすぐに天を衝く絶叫へと変わり、1万発を超える弾体が、中華人民共和国北部だった広大な平野を飛び越え、北朝鮮へ向かって流星群のように降り注ぐ。
「そら、
少し前まで世界の支配者だった魔王が今持てるリソースを全て注ぎ込み、自らの敵を滅ぼすため戦争をしにやってきた。
一つの国を食い尽くし、奪われた表情をその上がった口角のみで示し、仇敵へと叩きつける。
「リベンジマッチだ。笑ってみろよ。
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
オールフォーワン 死柄木全
個性:オールフォーワン、他多数
それそのものでは意味はない。奪えるものは全てがあなたのものだ。
君のために全てがある。
32498/0/0
君にはあまりに暴力的な過去がある。
愚かだったが敗北により力がついた。
New! Challenger!