この人工都市には死角がない。
UAIの監視システムは複合的なものであって、映像や音声だけではなく生活必需品の動きや水道電気に至るまであらゆる物質とエネルギーの流れをAIが管理している。
どれか一つであれば個性によって、いとも簡単に誤魔化されてしまうためこのような統合監視システムを実現している。だからこそ、UAIに事前に不審者が入り込むことは至難の業であって現実的ではないのだ。
にも関わらず、彼らは突如としてそこにいた。
多種多様な人物がいるが、彼らに共通しているのは一つ。暴力の匂いだった。
その中には困惑しているものたちもいる。目を見開き、見慣れぬ光景に戸惑って立ちすくむ。高層ビルの壁面を走る光の軌道や、空を横切る透明な輸送管を見上げ絶句しているのは市民的であろうか。
一方で、狼のように欲望の匂いを嗅ぎつけた者は迷うことなく走り出す。煌めく街灯の根元に設置された自動販売機型の端末を蹴り倒し、中に現金などないことに愕然としている。
そのままガラス張りの店舗に群がり、未来の製品を片っ端から抱え込む姿は飢えた獣そのものだった。さらに荒れ狂う者たちは、人々の悲鳴に歓喜するかのように、通りすがりの市民へ拳を振り下ろす。未来の警備ドローンが警告音を発しても耳を貸さず、ただ暴力の衝動に身を任せる。
そして片隅では、不法者たちが互いに殴り合い、「てめぇが先に割り込んだからだ!」と怒鳴り、未来都市に来た理由すら忘れたかのように殴り合いを始めていた。金属靴が床を叩く音と、鈍い拳の衝突音が、都市の澄んだ空気に不協和音のように響き渡る。
緑谷出久は荒らされ始めた街の中を走り出していた。
侵入の光景を見ていたからでもある。目の前に真っ黒な霧が現れてたと思ったら、そこから不審な者たちが溢れ出したのだ。それを見て、即座に周囲の人を探し始める。彼らがもしヴィランだったのなら、どうやって一般市民を救うべきかと考え始めている。
「何がどうなって!?一体どこから……防衛線は突破されていないって情報があったしセキュリティは生きてる。なのにどうやって……」
ブツブツと情報を口に出しながら整理しつつ、それでも足は止めない。おそらく残って作業していた店員だったのだろう。オロオロと周囲を見て固まってしまった女性がいた。
それを見た瞬間。緑谷出久の思考は非常時のものへと切り替わり、そこにいるのはヒーローだった。ワンフォーオールフルカウルを発動して、普段の10倍。 時には数十倍の力を発揮して彼女の元へと駆けていく。
「無事ですか!?怪我はない?避難指示は受け取ってますか!?」
突然の出来事の連続に半ばパニックになっているのだろう。淡い青色の髪の毛と緑の目をした女性は切迫した表情で頷くことしかできていない様子で。
そこまで一息で言ってその顔を見てからやっと、大事なことを思い出した。
「っ大丈夫!!大丈夫です。僕は雄英高校のヒーロー科。一年ですけど。こ、これでも主席で合格しているので大丈夫!安心してください。必ず、守りますから」
「あ、ほんとだ。ニュースで見たことある。見ました……」
ようやく心に届いたのか。しっかりと応答を始めてくれる。
普段しない成績自慢に体が拒否反応を起こしているが、そんなものは無視だ。ヒーローは笑って、当たり前に人を助けられる存在であると見せつけないといけない。
「あなたの避難経路が指示されていますよね。セーフエリアまで送ります」
『共有しました。200m先の無人タクシーまで護送をお願いします。緊急用のコンタクトデバイスを装着してください。視覚的にサポートができます』
サポートAIのマリアさんが状況を把握してみんなの避難誘導を効率化してくれているらしかった。
人間にはできないほどの膨大な情報量を処理して、人を救い続けている。彼女もまたヒーローじゃないか。
魏漢によるミサイルの発射の寸前。攻撃が確定した時から避難誘導は迅速に行われているはずだった。一人一人にAIがついて個別に対応しているため通常の街では考えられないほどスムーズではあるが、街中に唐突にヴィランが発生する状況にまで対応できるわけがない。
避難指示が行き届いていたとしても人の動きはかなり遅いのだ。
「失礼します!」
「きゃあ!?マジ?」
彼女を抱き上げて、200mという距離を一瞬で潰す。それはもはや、走るというより跳躍に近い。
個性による身体能力の測定はこのためにやっているのだ。今の自分なら人を一人抱えて道を曲がっても20秒とかからない。指定の場所に着地すればちょうど無人送迎のタクシーがついたところである。時間ぴったり。やっぱりマリアさんはすごいや。
次はどうしようか。自身で周りを見渡すがここは安全の確保されているエリアだ。また先ほどの場所に戻るかと思った時、すべきことを思い出す。
「マリアさん!指示をください。どこで何をするべきか、教えて欲しいです」
『素晴らしい対応力です緑谷くん。それではまず、一年ヒーロー科の学生全てに音声を繋げますので、激励をお願いします』
「……へ?」
『この危機において動くべきはヒーローですが、彼らはまだ未熟です。この混乱に一般市民として動揺しているものも多い。彼らには彼らなりにできることを私は用意できますが、精神的な問題のサポートまでは業務範囲外です。だからあなたにそれをしていただきます』
「……ぼ、僕が!?それってちょっと難しいどころじゃないっていうか、何話せばいいかなんてわかんないんですけど、どうすれば!淡輝くんとかの方が良いんじゃないですか!」
『先ほどの姿はヒーローらしく素晴らしいと思いましたが、そうですね。その淡輝様からアドバイスをいただいていました。緑谷はその状況に放り込めばなんとかする。とのことでした。それでは回線、開きます』
脳内のオールマイトがホーリーシット!と代わりに叫んでくれたけど、それは救いにはならない。
秒数が表示される。やばいやばいやばい!何を話そう。何をすれば良い?
だってこれ、かっちゃんにも繋がってるってことなのに。同じように話していいのか?
カウント3
繋がるまでの一瞬で、これまでのことを思い出す。思考が加速して振り返ることができていた。
いつも淡輝君に言われていたことがある。
「緑谷ってさ。頑固だよな」
「え、そうかな。ごごご、ごめん!そんなつもりはないんだけど!迷惑だった?」
「そうじゃなくて、なんていうか。結構自信家っていうか。めっちゃ自我あるよね」
「僕が!?いや、それは流石に違うんじゃ。だって僕なんかが別に……それで悩んでるくらいだし」
「それだよ。それそれ」
何を言っているのかがわからない。彼は時々難しいことを言う。それこそ大人だって言わないようなことを本当に先生みたいに言ってくるのだ。
「人から今までのこと褒められたり、この前のハワイでの海岸ゴミ拾いだってすごかったじゃん。住民の人たちも喜んでたのに、それでも全然その言葉を信じてないだろ」
カウント2。思考はさらに加速する。
いやそんなことはと、そう言おうとして淡輝くんの目を見てわかった。僕がこうやって否定するのも、同じことなのだろうか。いやそうなのかもしれない。
「ようやく聞く耳を持ってくれて嬉しいよ。自己肯定感とかさ、その辺りは生まれ育ちが関わってるから簡単なことは言えないけど。お前は事実として人の話をまともに聞いてないんだ。だから直せって話でもない。緑谷はそんな人間に、そんなヒーローになりたいのかって聞かなきゃと思ったんだ」
よく考えて答えていいからとその日は別れたが、その夜は眠れなかった。
個性の継承を間近に控えてナーバスになっていた時期というのもあるかもしれない。
考え尽くしていると、日が差してきたようで部屋に光が反射した。それは先週もらったベルトだった。
ボクシングのチャンピオンベルト。ハワイの海岸沿いに住むスミスさんが持っていたものであり、それは先祖のボクサーが世界を取った時の記念だったらしい。
元から豪華なそのベルトはさらに上からゴテゴテと輝く装飾を適当につけられて、そして寄せ書きも書かれている。これはハワイの海岸からゴミを撤去したのちにスミスさんから渡されたものだった。そんな大事なものをもらえないと断ろうとしたが、一緒に作った孫のメアリーちゃんが泣き始めてしまって、スミスさんに危うくファイティングポーズをとらせるとこだった。迅速に受け取ることでどうにかなったのだ。
人の好意を受け取るというのは意外と難しい。
カウント1。思考はさらに深く早くなっていく。
人の言葉には力がある。ちっぽけな自分なんかじゃ到底出来ないようなことも人と協力すればできるんだ。それを学んだはずじゃないのか!
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
入学試験までの10ヶ月。個性継承までの期間の一部はハワイのとある海岸のゴミ拾いという課題で体作りを兼ねてボランティアをしようということになったが、これがまた大変すぎた。
太平洋に浮かぶもう一つの大陸なんて言われているものがある。それが海洋ゴミによる浮島と化した太平洋ゴミベルトと呼ばれるプラスチックを主としたゴミの塊だ。ハワイはそれにぶつかる場所に位置しており、潮流の関係で世界中から時代を超えてゴミが流れ着く魔境となっている。
この海岸からゴミを消せ。そう言われてゴミ拾いを始めるも、途方もない数だった。丸一週間頑張ってトラック何台分かになるゴミを片付けたのだ。しかし、海岸の光景は変わらなかった。
「なんだこれ、どうやったら……」
絶望に打ちひしがれそうになる。というか、毎日漂着してくるゴミが多すぎて減る気配が一切ないのだ。むしろ場所によっては増えてないかこれ!?
全力でやっていても全く減らないゴミたちを見て、どうすれば良いのかわからず途方に暮れていると淡輝君から待ったがかかった。
「よし。緑谷、タイムアウトだ。一回整理しよう。はいこちらのフリップに注目」
「まずお前の一日に片付けられるゴミの量がこちら。日々増えてはいるけど、どれだけ慣れてもこのあたりで頭打ちになる。実際個性がないなら限界は明確にあるからね」
「そしてはい、ドン。これが日々流れ着くゴミの量。お前が片付けたら混んでる電車で空いた座席みたいなもんで、一瞬で埋まってくって感じだな」
片付け量と、漂着量は約二倍近い。無理だ。これは絶対に終わらない。ゴミが順番待ちをしているようなものだった。
「朝から晩まで必死にやったのはすごいよ。でも目的を見失ってないか?この海岸からゴミを無くしつつ、体を作っていかなきゃいけないのに最後の三日はオーバーワークだった。体壊そうとしてどうすんだよ」
「でも、それでも僕は人並み以上に、人より努力を重ねないといけなくて!」
「普通に違うと思う。緑谷がしなきゃいけないのは結果を出すことだ。努力じゃない。目的と手段が入れ替わってる。全然ダメだよその考えじゃ」
全否定されて絶句する。
「でも、だからって諦めるなんてできないよ!」
「いや絶対諦めんなよ?それは許さないっての」
「……へ?」
互いの意見はすれ違い、どうやら熱い殴り合いにすら発展できないようだった。
「ほら、一人で出来ないなら誰かを誘えよ。俺はまだお前に一度も誘ってもらってないぜ?それに地元の人だってこのゴミ津波には参ってるに決まってる。他にもお前が使えるものを全部使って、それであのゴミ山に対抗してみようぜ」
そこからはもう怒涛の日々だった。
地元のボーイスカウト組織にジャパニーズDOGEZAをかましに行って協力を依頼。子供達から地元住民を巻き込んで参加者は100名を超えていく。
ニュースで取り上げられたタイミングで淡輝君の世界的なインフルエンサーである寝かしつけ系配信者のお母さんにもお願いして配信サイトでも協力を呼びかけて世界中から募金を集めることに成功し、バイトを雇って沖合のゴミを回収する部隊まで結成されていった。
そして最後にはオールマイトを使ってゴミ拾い動画まで作ると、州と国が動いた。本当に動いたんだからびっくりした。
自分一人でやるよりも、一千倍も万倍も世界が変わっていく。
これを一人でやりきれてしまうオールマイトの存在を僕はどう捉えれば良いだろうか。言い表せないが、昔みたいにすごい!とだけ言って終わりにはとても出来ない。
それは、なんていうか。少し正しくない気がしてしまった。この人たちは、きっともう僕らがいなくてもゴミと戦える。だれかにやってもらうのでは、きっとそうはならない気がする。
だって、綺麗になった海岸から朝日を眺めて、みんなで一緒に叫んだあの感覚はきっと正しいものだと思うから。
「緑谷。お前はきっとオールマイトに並べる。でも、今はまだ全然だろ。だからやれることを考えよう。きっとオールマイトを超えるには同じやり方をしても無理だと思う。そんな必要もないんじゃないか」
考えないことがこんなに、なんというか無責任というか。言葉を選びきれなくてピッタリじゃないと思うんだけど、
いや考えるのが、大事ということだろう。そう学んだはずだ。
全身刺青サングラスのお兄さん相手に手伝って欲しいと頭を下げたことを思い出せ!
やろう。やるんだ!やってやる。
ゼロ。
「みんにゃ゛っっ!」
思いっきり噛んだ。いや、初手で転ぶのはいつものことだ。気にしない。こんなこと日常だ。僕はいつだってここからだったじゃないか!
「みんな。聞こえてるかな。マリアさんに繋げてもらったんだ。緑谷です!今、街にヴィランが入ってきていて。それは多分空間移動系の個性持ちがいるんだと思う。危ない人もいっぱい入り込んじゃってるんだ。はっきり言って人手が足りないし時間もないから、本当にこれだけ伝えさせてください」
「助けてほしい。みんなに、助けてほしいんだ。戦えってわけじゃなくて、なんていうかその。みんなで立ち向かいたい。僕一人じゃ何にも、っほとんど何にも出来ないから助けてほしい!」
なぜか助けてくれというところにだけ自信を漲らせて
「僕も不安だし、怖いけど、僕なんかでって考えちゃうけど。それでも、頼られたらやるしかないって思うんです。だから、お願い。お願いします!!」
気づけば音声だけだというのに、深々と頭を下げていた。無意識の礼。サラリーマンの才能もあるのではなんてからかわれたっけ。
そして通信は終わり、街の騒ぎの音が耳から頭へと届き始める。
「うまく、できたかわかりませんけど。やれるだけはやれたと思います。あ、音声なのに頭下げちゃってすみません。音が遠くなったりしてないですか?」
『インカムですし、途中から映像も送っておきましたのでご安心ください。これで全体の効率が大きく上がったはずです。あなたには対応してほしいヴィランがいますので、そちらへ誘導します。戦闘準備をお願いします』
「救助じゃなくて、戦闘!?そこまでの状況なんですか?」
『はい。戦闘員や戦闘ロボットは軒並み稼働しています。その上で、ロボットなどいくら送っても無駄という対象もいます。そちらにはそれなりの戦力を送る必要がありますので、あなたが向かってください』
その淡々とした客観的な言葉に緑谷出久は心臓がキュッとする感覚を味わう。ここまでびっくりするのも含めて自分で驚いてしまったが、それでも自分は知っている。マリアさんはお世辞を言わない。だからこれはきっと事実なんだ。
こんな僕が、戦力としてカウントされているということが現実なんだ。
まだ、慣れない。弱虫でいじめられっ子。オタクの僕が心の中にはしっかりいる。でもそれだけじゃあダメなんだ。憧れにたどり着くまでにそこは成長させなきゃいけない。
だから緑谷出久は人を頼るし、敵を倒す。
追いつきたい背中があるのだから。弱いままではいたくないから。