あらすじ
せっかく上手くいったのに冒涜的な存在を見てしまい、淡輝くんSAN値チェック。確定発狂をして死んでしまったところからです。
普通の日常
発狂して目覚めた狩峰淡輝は目を閉じたまま思い出す。
まるでその場にいて過去の夢を見ているように。
かつてあれと初めて遭遇した時のことをその最初から、記憶がふつふつと蘇ってくる。再びあの悪夢と向き合う時が来たのだとわかり、蓋をしていた出来事が溢れて止まらない。
目を開けばまた凄惨な現実が始まる。今はただ、忘れ去ろうとした過去と向き合う時だった。
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
あーたーらしい朝が来た。希望の朝だ〜。
この声で1日が始まるのが狩峰家の日常だった。
「だから今日からはやらないって!」
おじいちゃんとおばあちゃんがいつも誘ってくるが、俺はやらない。ラジオ体操なんて、夏休みだけで十分だし。今日からは9月1日だ。
我が家には目覚まし時計が一個もなかった。
当然その機能を持った機器はいくつもあるが、それらを使ったことはほとんどない。
だって必要ないのだから。俺はいつも一番に目覚めることができたし寝起きの調子は最高だ。だから家族を起こすこともできる。
個性『目覚め』。
すごく快適に眠りから目覚めることができるという個性であって、他に例はなかったらしいが狩峰家の中では特別珍しいものでもない。確かひいおばあちゃんあたりが同じ個性だったとか。
父さんの個性は『不眠』。母さんは『眠り声』。寝なくても働き続ける父さんが通っていた睡眠外来で世話をするうちに、自分の個性が効きづらい父さんをムキになって寝かせるように勝負を繰り返し、気づけば結婚する事になったらしい。
そんなの興味ないからやめろと言って打ち切った。なんか恥ずかしかったから。
「あーくんうるさい〜。まだ5時なのに〜」
そう言って不機嫌そうに抗議の声を上げるのはこの時点じゃ姉だか妹だか定まっていない双子の片割れ。いや多分この時には妹扱いだったと思う。
お父さんの個性は『不眠』だから寝なくていいんだけど、父さんは時間のある時に眠るのが趣味なんだって。それ以外はずっと仕事。
記憶の中の姉は幼いように見える。年齢よりも自分にとっての印象の方が幼いのかもしれない。
雫月は引っ込み思案で声も体格も小さくて、同い年なのに俺の方がデカかった。だからいっつも俺の後ろをぴょこぴょこ付いてきてそれで良く泣いていた。
俺は、記憶の中の姉を眺めて感慨に浸る。もはやこの時の自分を主観で思い出すことはできない。あまりにも別人すぎて、自分だと思えない。たまに混ざるが、まるで他人事のようにこの記憶の光景を眺めてしまっていた。
そうだ。この時は多分だけど、こっちが兄貴面をしていてそれを向こうも自然に受け入れていたんだと思う。自分が丸っきり変わってしまうまでは、兄と妹という関係だったのだ。
「うるせ!しづ……勝手におきたのおまえだろ。嫌なら寝てればいーじゃんか!」
「淡輝!ご近所迷惑になるでしょ!大きい声はやめなさい!あと慣れてもないのに、お前なんて呼ぶんじゃないの!」
「かーちゃんのがデカい声出すくせにさ…」
良い年して優しく優雅なマダムという評判を維持している母はしかし、家庭内において絶対の権力を持っていた。今の自分だって逆らえないのだから、当時の自分が反抗するなんて考えられない。
抵抗の声は届かないように呟いて、朝の支度を進めていった。
登校時間までにはずいぶん時間が空いている。その時間で何するのか。当然ゲームだ!PS2Xが先月発売してから夢中でゲームをやっていたのを覚えている。
だけど、そんな子供の勝手を母が許すはずもなく制限は存在する。
ゲームと同じ時間だけ勉強をするならいくらでもやっていいというルールがあった。
本を読むだけじゃない。その内容について夜に父さんと話してちゃんと内容を理解しているのか確かめられるのだ。
ゲームもしないし勉強もしない妹と俺は双子なのに全然違っている。
「みんなおいで〜〜」
いそいそと現れるのは大型犬たち。庭で放し飼いにしているゴールデンレトリバー2頭とシベリアンハスキーと秋田犬が眠そうに歩いてくる。
朝の支度を俺に合わせて早めに済ませて、雫月は庭のペットに埋もれて二度寝するのだ。あいつの服はいつも犬の毛だらけだった。
彼らも大変だと思うが、これが日常で自ら来るんだから多分嫌がってはいないだろう。ちなみに個性『快眠』の効果は人以外にも効くらしくこの朝の二度寝をすることで大型犬たちは良質な睡眠を取れているのだとか。
「淡輝。今日は帰らないから、明日の夜に話そう」
父がコーヒーを飲みつつ話しかけてくれている。ああ、懐かしい。この頃の普通の会話が本当に懐かしい。
「は?なんで?」
不貞腐れたように一言で返した。少し困ったようなでも愛情を隠せない表情だと今ではわかる。けど、この時はとにかく仏頂面で自分を遠ざけるような冷たい父だと憤慨してたのだ。
「ヒーロー関連の投資先がまた増える。精査に時間がかかるんだ」
「っ!知らない!!」
「仕事なんだ。すまないな」
「わかってるよ!うるさいならもう学校いくから!」
乱暴にドアを叩きつけてリビングを出る。
靴箱の上にあった家族写真が危なっかしい位置でぐらついて傾いた。けどそんなの。直してやらない。知らない!
別にこの家にとってこの程度の癇癪は事件というわけでもない。いつも通りだ。
俺だってランドセルを背負って家を出て、角を曲がる頃にはもう気にしてなかった。いや、完全には切り替えなんてできてなかったけど。
「あら、あーくん。おはようございます。良い朝ですわね。しーちゃんはまだですの?」
「もも……やおよろずじゃん。あいつはまだ二度寝してる」
「またそんな風に。学校ではからかわれるから仕方ないですけれど、ここならいつも通りに呼んで良いのに」
「うわ。その言い方、母……ババアそっくりじゃん。やめろよな」
「今、ロミおばさまのことをババアと言いましたか!?許せませんわ!それは撤回なさってください!あんなに素敵なのに!」
ギャイギャイと噛みつきあいながら、それでも登校していくが同級生が増える交差点で距離をとる。
ももちゃんが少し悲しそうにしているから気になるが、無視して男友達を探す。
だって女子とつるむなんてダサいから。お母さんの言うことを聞くのもそうだ。俺はもう大人みたいなものなんだから。今までみたいにはやらない。
「お〜い!たんき!中休みでサッカーしようぜ」
「やる!お前さ昨日みたいなズルすんなよ?」
「わ!怒った怒った!たんきがまたキレた〜!」
「ぶっころす!」
からかってこっちが怒って追いかける。それを繰り返してると、いつしかみんな俺のことをたんきって呼ぶようになった。なんか、あわきより気に入ってるからそれは良い。
休み時間に入っちゃいけない雑木林に入ったり。図書館に行って司書先生に誰が怒られるかなんて勝負をしたりする。
「いいですか!図書館でかくれんぼなんてしてはいけません。読書をしている子たちの邪魔になるでしょう。全く、今日は忙しいのでもうすぐ私はここを離れますけど、別の先生に見てもらいに来ますからね!」
一人が捕まって怒られているのを見てみんなで笑った。
でも。授業はつまんない。全部わかってるんだから。一々やるのがめんどくさい。
みんな眠そうで、全然勉強もできない。俺はいつも集中できてるし、家で勉強もしてるから楽勝だ。みんなバカだ。勉強くらいなんでもないのに。
特にあいつら。個性を見せびらかすバカは大嫌いだ。もちろんあいつらが大好きなヒーローも嫌い。
特におばさんのことを言ってくるやつは絶対許さない。本気で喧嘩して怪我したことも何度もあるけど、そのうちみんな本気でキレるから言わなくなった。ざまみろ。
おばさんのことも嫌いだ。何がミッドナイトだよ。迷惑を考えろよ。俺はいいけど、雫月は可哀想だろ!
そうしてイライラしていると隠れて個性を使ってるバカを見つけた。ヒーローごっことかマジでダサい。校則で個性は使用禁止なのに、使ってくるやつは悪いやつだ。あれがヴィランだ。
だからそうやって言ってやった。
「ヒーローなんてバカばっかだろ!言い返してみろよ!校則破って隠れてさ、お前らがヴィランだぞ!はい論破!!」
喧嘩の末に、個性を使われて体が浮くほど投げられた。痛くて泣いてると先生が走り寄ってくる。
これは別に、変哲もない日常だ。どこの小学校でもある光景。
自分の個性は『目覚め』だから、起きている間は無個性と変わらない。けど運動は得意だし、だいたいの奴らより足も速いし成績も一番だし。なのにあいつらにこういう時は負けてしまう。
向こうが親と謝りにきてもムカつくのは消えない。
まじでむかつく。
そのイライラは重なって、親しい人にほど当たってしまうと、少し大人になった今ならわかるが、当時はわからなかった。
夕暮れの帰り道。茜色に染まりつつある空を背に、ランドセルが揺れて進んでいく。
「あーくん!大丈夫ですの?怪我はなかったのですよね?個性を使うなんてひどい。あの三人は最低ですわ!」
「うるさい!やめろよ。こっちくんな!俺は全然平気なのに、お前がそういうと俺が泣いたみたいじゃん。離れて帰れよ!道変えろよな!」
そう言われて、ももちゃんは泣き出した。目元をぐしゃぐしゃに濡らし、袖で必死に涙を拭っている。肩は小刻みに震え、靴のつま先を見つめたまま、声を殺すこともできずに嗚咽が漏れる。
それでも淡輝からは離れずに心配をしているようで、彼女の善性が今ならわかる。
当時はなんで泣いてんのにどっか行かないなんだなんて思ってた。
俺は固く唇を結び、前を見据えたまま歩いていた。拳を握りしめているのは悔しさか照れ隠しか。泣いてる幼馴染にちらりとも目を向けず、石ころを靴先で蹴り飛ばしながら、黙々と進む。
その後ろから、もうひとりの女の子が追いかけるように歩いてくる。頬を紅潮させ、眉を吊り上げ、泣いている子を庇うように男の子を睨みつけていた。ランドセルの肩紐をぎゅっと握り、今にも前に出て遮ろうとするような気配がある。
「あーくん、ももちゃんになんて言ったの?」
雫月は自分のことでは怒らない。こう言う時には静かに怒る。だいたい言い争いでは勝てないから、逃げるかものを投げたりしてた。怪我しないくらいのプリントとかそういうのを。
でも女子と仲良しなんて思われる方が嫌だからいい。また悲しそうな顔をさせたがそんなことには気づかない。
「なんでそんなこと言うの?あーくんはおかしいよ」
雫月から詰められるけど無視して帰る。でも帰る場所は一緒だから、どこまでも喧嘩しながら帰っていく。
通学路に並ぶ電柱が長く影を落とし、三人の小さな影もゆがんで地面に伸びている。鳥の声と、遠くから響く自転車のベルの音だけが静かに漂うのが日常だった。
けれど。この日は少し様子が違った。
夕暮れの街に、不意に甲高いサイレンの音が響いた。遠くから近づいてくるのか、それとも通り過ぎていくのか判然としない音色が、空気をわずかに震わせる。
住宅街のあちこちで窓が開き、近所の奥さんたちが顔を出した。買い物袋を小脇に抱えたまま立ち止まる者、玄関先に腰を下ろしていた者、それぞれが同じ方向を見やり、小声で言葉を交わす。その小声はすぐにさざ波のように広がり、噂話に形を変えていく。
「何かあったらしい」という断片的な感覚は、通りを行き交う人々の表情に影を落とした。歩みを速める子供、立ち止まって耳を澄ます老人。街全体がひそやかにざわめき始める。
どこかの庭では犬が落ち着かないように吠え立て、鎖の金具をガチャガチャと鳴らす。その甲高い声がサイレンの余韻に重なり、夕方の光景をさらに不穏なものへと塗り替えていった。
そして家に着くと、母が電話を耳に当てながらすごい剣幕で走ってきた。
やばい。やばい。やばい。
今まで見たことない顔してる。これだけで泣きそうになるけど、でも俺は悪くないってことを言わないと。
「あ、あいつらが個性使ってたんだ!俺じゃないし、最初は注意したし、それに!!」
「淡輝、雫月。落ち着いて聞きなさい。お父さんが、病院にいるの。すぐに出かけるからランドセルを置いて靴をはいて」
「え?なんで?」
「いいから!!早く、すぐにいくの!」
今までにされたこのないくらい強く手首を掴まれて外に出る。こんな風に怒鳴られるのは初めてで、それだけで悲しくもないのにちょっと涙が出てきた。
すごい音を立ててドアがしまる。
傾いていた家族の写真が落ちて、日常が壊れる音がした。
本話以降キャラの生存や死亡が原作と異なっていく可能性があります。お気をつけください!