夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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悪夢の始まり

お父さんが死んだ。

 

理由は話してくれない。というか聞けない。

お母さんは雫月と俺を抱きしめてからこう言った。力が入りすぎていて、少し痛いが二人とも何も言わない。言えない。

 

「事件に巻き込まれたみたい。まだ何が起きたのかはわからないの。だからもうちょっと待ってね」

 

いつもより遥かに感情を含まないその言葉には妙な迫力があって、それで泣きそうになる。

有無を言わさぬその言い方に双子は頷くことしかできない。とにかく忙しそうに電話ばかりしている姿を見ると怒りと悲しみの全部が滲んでいるみたいで、本当にお父さんが死んだんだって。そこでわかった。

 

もう夜も遅くなっていて、いつもだったらとっくに寝ている時間を過ぎている。雫月はこんな時でも眠そうにしていてなんか無性に嫌だった。

 

葬式もまだできないし、遺体も見せることはできないって。お母さんは見たらしいが、その後からこの調子になってしまったから嫌だったんだと思う。

 

なんだか、夢みたいだった。だって意味がわからない。朝まではいつも通りで。それでいきなりこうなるって信じられない。

 

お母さんは警察のところへ行くらしくおじいちゃんとおばあちゃんに俺たちを任せて出かけて行った。布団に入るように言われて従う。雫月はすぐに寝入ったらしいが俺は全然眠れなかった。

 

一睡もできずに夜が明ける。

 

翌朝はいつでも欠かさなかったおじいちゃんの日課のラジオ体操。その音は朝に流れなかった。

 

こんなの生まれて初めてだ。これまでで一番気持ち悪かったかもしれない。

次の日は何をしたのか、あまり覚えていない。多分何もしなかったと思う。ずっと泣いたり謝ったり怒ったり犬にしがみついたりして気づけば夜になっていたから。

 

体が睡眠を忘れてしまったかのように、なぜだか眠くない。

 

これがもし夢なら布団に入って眠ってしまえば、夢から覚めることができるんじゃないかって思ったけどそれでも眠れない。

 

ぼうっと天井を見ていると声がした。

 

「淡輝?起きてるの?」

 

「うん」

 

「そうなの。そうよね……。久しぶりに、子守唄でも歌おうかしら」

 

鼻歌のようなそれが聞こえてくると、凄まじい眠気が襲ってくる。これには絶対に抗えない。

 

途中で鼻を啜る音が聞こえてきて、声が震えていることに気づいても眠ってしまう。

いつもお父さんが眠る時に聞かせていた子守唄。それをもう二度と聞かせることができないのだとお母さんが気づいていることを自覚できずに意識が落ちていく。

 

静かに深い深い眠りへと、落っこちていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

朝の光を感じる。そしていつもの朝の音。

 

あーたーらしいあさが来た。希望の朝だ。

 

気分は爽快。頭は軽い。寝起きだからいつものこと。起きた瞬間が一日で一番調子がいいというのは人には理解できないだろう。

 

自分の頭の状態も、聞こえてくる音もあんまりにいつも通りで気づかなかった。それの意味が理解できないから反応が遅れた。

 

なんでおじいちゃんはこんな時にラジオ体操なんてできるんだ?

そして湧き上がってくるのは怒りだ。どういうつもりだと叫びたくなる。

 

でも寝起きの俺は、あまりに頭の回転が早いから気づいてしまう。おじいちゃんだって辛いに決まってる。だって自分の子供だ。それが死んでいるのだから、悲しくないわけない。

 

見当違いな怒りを叫ぶ前に考えることができてよかった。この個性に感謝するなんてそうそうないが、それでも感謝したくなった。

 

おじいちゃんはいつも通り庭で体操をやっている。そして犬たちが走り寄ってくる。彼らの無邪気さにすら怒りを感じた自分が信じられないが、笑顔を浮かべることはできなかった。

 

そんな様子を察したのか、みんな耳と尻尾をぶらんと下げて心配そうに近寄ってくる。

 

彼らを撫でて少し涙を拭いながら考える。俺はどうしよう。何をしたらいい?おじいちゃんのとこに行くか。それともいつも通りに朝ごはんを作ろうか。お母さんが心配だった。

 

「淡輝どうしたの?みんな元気ないわね。何かあった?」

 

そんな心配など吹き飛ばすようにあまりにいつも通りな母がいる。その姿に咄嗟に声が出なくなった。

 

「顔色が悪い……?って寝起きの淡輝が!?じゃあ病気かしら心配だわ。どうしましょう。病院に行く?」

 

寝起きの自分が調子を悪そうにしているということは身体的にどこかおかしいということになる。それが当たり前だった。でも、お父さんが死んだんだ。これくらいの顔色くらいにはなるよ。

 

「本当に大丈夫?朝ごはんはいいから、まだ寝ててもいいのよ」

 

「今日は、病院行かないの?」

 

「今日は?うーん。やっぱり病院に行きたい?そうね。そしたら行きましょうか。どうしよう。お父さん送ってくれるかしら」

 

「……え?」

 

「今日は忙しくなるって言ってたのよね。タクシーでもいいけど、お庭を出るまで歩かせるのも可哀想だし、できれば車で……」

 

「お母さん?何、言ってるの?」

 

「何よそんな信じられないって顔して。あなたが朝に調子悪いなんて、それこそ個性が出てくる三歳くらいまでしか記憶にないんだから、そりゃちょっとは動揺しちゃうわよ」

 

普段通りの調子で、父のことを話し、自分のことを心配する母の姿にゾッとする。

 

「いや、だってお父さんって」

 

「うん。そうなのよねえ。昨日からずっと仕事しているみたいだし、やっぱり難しいかな。やっぱりタクシーに庭まで入ってもらおうかしら」

 

気づけば涙が、つーっと流れた。

 

お母さんが壊れてしまった。頭がおかしくなっちゃった。

自分のことばっかり考えてるからこうなるんだきっと。お母さんが限界なのにこれだけしか反応できない自分が信じられなかった。

 

「ちょっと、待って。待ってよ。そうだ、雫月は。いやおじいちゃん呼んでくるから、ちょっと待ってて」

 

「泣いてるじゃない!?どこか痛い?淡輝、あんた大丈夫なの?」

 

そこにいたくなくて、思わず走り出した。

 

するとおじいちゃんのところに雫月もいた。秋田犬のラッキーに引っ張られて、無理やり起こされてここまで来たらしい。あんな風にするなんて、今まで見たことなかった。

 

「あーくん、おはよ。ねえ、この子達どうしちゃったんだろう。こんなの初めて。みんな緊張して怯えてるみたい。やめて〜パジャマ伸びるでしょ〜」

 

妹のその表情に言葉をまた失った。あまりに普通すぎて、今なお混乱している自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 

いや、そうだ。雫月はまだお母さんの状態を知らない。

 

「こっち!こっち来て!お母さん。お母さんが!」

 

「え、お母さんって呼ぶのやめたんじゃ。ええ!?あーくん泣いてるの?どうしたの?」

 

「おじいちゃんも来て!お母さんが……大変だから!」

 

どうにか思いついた表現を押さえて絞り出した言葉は『大変』なんて変哲もない言葉だった。

 

「どうしたどうした。いや、すぐ行こうか」

 

急いでリビングへと戻る。そこにいるのはさっきと変わらない母がタクシーを呼んでいるところだった。止めようかと一瞬思ったが、今お母さんに必要なのは病院だと思うからちょうどいい。

 

 

「どろみさん?どうかしたのかい?」

 

「ええ、それが淡輝が調子悪いみたいで病院に連れて行こうかと思うんです。お義父さん、よければあの人を呼んできてもらっても良いですか?」

 

ほら。この通りだ。どうすればいい?おじいちゃんに目配せすると、少し迷ったような顔をして俺とお母さんを見比べて、そして決めたようだった。

 

「わかった。すぐ徹几を呼んでこよう」

 

 

は?

 

 

思考が止まる。今の受け答えが意味するところを理解したくない。

 

バタバタと忙しく家の中を走るように移動するおじいちゃんの後ろ姿は年齢を感じさせないものだたけれど、今はあんまりにも頼りなく見える。

 

てことはなんだ。何だそれ。おじいちゃんも、おかしくなった?

 

 

そこからは絶望的な時間だった。何を言ってもこちらを心配するだけでまともに取り合わない母に苛立ちが募り始める。

 

「ていうか、雫月はなんで何も言わないんだよ!おかしいだろ!こんなの!」

 

「あーくん。何が、誰がおかしいって思うの?」

 

その態度についに我慢の限界が来た。

 

「そんなの、死んだお父さんのことに決まってんだろ!みんなおかしいよ!なんだよそれ!何言ってんだよ!!」

 

信じられないという目で相手を見て、そして同じ目で見返される。

 

「何を、言っているんだ淡輝は」

 

そして声を返してくるのは、いるはずのない。死んだはずの父だった。

 

 

 

父が、心配そうにそこにいた。

 

 

 

そこからは怒った母とそれを宥める父。そして家族から心配される自分という構図で忙しい朝が過ぎ去っていく。

 

たっぷり30分はあれこれ話していたと思うが、結論が出た。

 

 

「夢だったって、ことかよ……」

 

そうだった。確認すれば今日は9月1日で新学期の始まりの日である。

信じられない。意味がわからないほど鮮明な夢だった。そうとしか考えられない状況に自分はいた。

 

家族に本気で心配されながらも登校を始めたのはどうにかその結論に至って自分を無理やりに納得させたからだ。

 

 

「お〜い!たんき!中休みでサッカーしようぜ」

 

なんか、聞いたことあるような気がする。妙な感覚に気を取られて、どうにも反応が遅れちゃった。

 

「おい、たんきって言ったぞ!お前、怒んねーのかよ!」

 

「怒るって……。そんなん。いや怒るけどさ……」

 

「お前、大丈夫か?どっか痛いの?」

 

なんか、もう気持ち悪くなってきた。これ、なんだ?

 

「ちょっと、体調悪いかもしれない」

 

「じゃあさ、じゃあさ!俺がいいこと教えてやるよ。とっておきだぜ?」

 

その先はなぜか聞きたくなかった。だが、その口を止めることなんてできない。

 

「2組の田中がさ、雫月ちゃんのこと好きだってよ!」

 

「……ああ、そう」

 

心からどうでもいいと思ったから、思わずその言葉が出てきた。止められなかった。

 

「え、本当に怒ってる?大丈夫かよ、お前。マジで、先生に言ったほうがよくねーか」

 

そこからの学校の一日は、奇妙なんて言葉じゃ表せないことだらけだった。前に受けた授業。聞いたことある話。全く同じ給食。全部、全部を知っていた。

 

なんだこれ。なんなんだこれ。

 

放課後まで呆然と過ごして、そしてあの場所に行ってみるとやっぱりいた。個性を隠れて使うバカがまたここにいた。

 

おかしい。おかしい。変だろ。おかしい。ふざけてる。

 

おかしいのは俺の方?

 

呆然としながら帰る。百ちゃんが何か言ってた気がするけど、よくわかんなかった。

 

そして帰ると、あの表情をしたお母さんがいた。

 

「淡輝、雫月。落ち着いて聞きなさい。お父さんが、病院にいるの。すぐに出かけるからランドセルを置いて靴をはいて」

 

「え?」

 

「いいから!!早く!すぐにいくの!」

 

今までに一度しかされたことのないくらい強く手首を掴まれて外に出る。母さんにこんな風に怒鳴られるのは二回目で、だからこそ涙が出てきた。

 

すごい音を立ててドアがしまる。

 

家族の写真が落ちて、また日常が壊れる音がした。

 

 

 

 

お父さんがまた死んだ。

 

 

前回よりも混乱して、またその翌日にまた寝かしつけられる。全部同じ、おんなじだ。目覚めると聞こえるのは、あの歌だった。

 

あーたーらしいあさが来た。希望の朝だ。

 

気分は爽快。頭は軽い。寝起きだからいつものこと。こんなのはおかしい。

 

 

ああ、そうか。わかった。これは夢だ。これも夢に違いない。

 

 

 

狩峰淡輝は過去の狼狽える自分を見て冷静に考える。

 

この考えは的外れだと自分で思っていたけれど、結果的にどうやら事実であったようだった。

だけれど一文字足りていない。ただの夢ではなく、これは悪夢のようだった。

 

そこまでを当時の自分も漠然と思いつき、そして理解を放棄すると笑えてきたんだった。大声で。何も気にせず、絶叫して声が出なくなるまで叫んだ。

 

お父さんが死ぬ。死んじゃうと泣き叫ぶ。狂乱した子供。そこにいるのは高熱でうなされ幻覚を見る患者のような狂った何か。尋常でない様子で泣き喚くが、しかし家族にその理由はわからない。そりゃそうだろう。おかしいのは自分だけなのだから。

 

お父さんが死んじゃったと叫んで暴れる自分を、死んだと言われている張本人の父が優しく抑えようとしていた。

 

それでも自分は夢で見た。これから死ぬんだと言うばかりで仕事に行かせようとしない。このまま仕事に行けばきっと死んでしまうという確信があったから。何も考えず暴れたんだ。

 

結果としてみれば、これはあまりに錯乱しすぎであった。合図に合わせて家族が耳を塞いで、母が強く言葉を放つ。

 

「眠りなさい。病院に行きましょう。大丈夫安心して、起きたらきっと終わっているからね」

 

目を血走らせて叫んだ少年が、スヤスヤと即座に眠り始めるのだからその光景は異様である。

その後は大したことは起きていない。ずっとうなされる淡輝。雫月は学校へ。父も病院に付き添いつつもその後には仕事へ向かうことになる。

 

起きた時にはお昼すぎ、時計を見て血の気が引く。

 

しかし、今は夢で見たことのない状況だった。そうだ。今までこんなふうに暴れたことはなかったのだから、勝手には抜け出せないようで検査をいくつかしていると夕方になってきた。

 

嫌な感じがずっとする。その感覚が強まるごとに考えないようにしていることが追ってくる。

 

 

そして、それはきた。

 

病院内が騒ぎになり始める。一般の診察を中止され非常時へと切り替わる。

運ばれてきたのは、血だらけで意識不明の父だった。ここからあまり記憶がなかったが、こうやって思い出せるのだからちゃんと覚えた上で記憶をおさえていたらしい。

 

今見ればわかるが、当時は気づかなかった。それは幸運だっただろう。細かく見る余裕も能力もなかったから仕方ない。

 

父は拷問されていたんだと思う。

 

 

子供の自分にはわからなかったが、今なら思い出せる。

蛍光灯の白い光に照らされた父の体は、裂け目のような刺し傷があちこちに走り、包帯を巻く前から滲み出た血で衣服もシーツも黒く重く濡れていた。

 

皮膚には無数の痣と焼け焦げたような跡が刻まれ、暴力があまりに長く続いたことを物語っている。

 

医師たちの手が慌ただしく動き、血圧計の針は危ういほど低い位置で揺れている。

 

外で待つ救急隊員の靴跡からも血が点々と残り、ただの事件では済まされない気配が、病院全体を圧している感じがする。救急の患者が運び込まれて老若男女が関係なく傷つき搬送されていく。

 

別室で医師と自分について話していた母が、戻ってくると父を見て小さく悲鳴をあげた。

 

父はこっちを見ていただろうか。その時は目が合った気がしたが今見ればそんなこともない。

彼は天井を見て、口をパクパクと開閉しそして死んだ。

 

映画とか漫画みたいに、最後に何か言ってくれるどころか。こっちを見ることもできない。

人が死ぬというのがこういうものなんだと実感が湧いたのはこの時だったと思う。

 

 

今まで通り次の晩に眠れば、また同じことが繰り返されるのだろうか?

 

いやだいやだいやだ。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。

 

だから逃げた。逃げた。逃げ続けた。

 

でも個性なんてないに等しい自分は警察に捕まって家に戻される。

 

お母さんをまた泣かせた。でももうわからない。何がなんだかわからないんだ。

翌日の夜。また繰り返すと思うと全く寝れない。寝れるわけがない。

 

けれど寝たふりをしないとお母さんに眠らされちゃう。だから目を瞑ってずっと考え事をしていた。

 

すると今までにない、変な感じがした。

眠気は全くない。夜更かしどころか徹夜も元々得意だったが、これはどの感覚とも違う。

 

なんか、お菓子みたいな匂いがする。甘い感じ。

 

起きて立ち上がると、足がおぼつかない。ちょっと頭も痛いかもしれない。

 

ふらりと倒れて起き上がれなくなった。

 

 

 

次の記憶はいつもの朝だ。

 

あーたーらしいあさが来た。希望の朝だ。

喜びに胸を開け 大空あおげ。

 

そんな歌詞があまりにも遠く聞こえる朝が、再びやってくる。

少年の心だけが砕けていって、それ以外は何一つ変わらずに、悪夢なのに清々しい朝がまた始まる。

 

 

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