夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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目を閉じる

次に目覚めた後は酷かったはずで、それくらいしか覚えていない。ここら辺の記憶は曖昧だ。だってもうとにかく泣いて叫んで、そして暴れて父さんを引き留めたから。

 

寝起きの冴えた思考の時には冷静にわざとやろうと思っていたのに、一度声を出してしまえばもう歯止めは効かなかった。

 

狂乱して物を投げて皮膚を破るほど爪を立てる自分に、父は必死で組みついて抑えようとする。

 

 

すると父は会社に行かなかった。良かった。そういえばなんで死んだのか知らないけれど、でも会社に行かなければきっと助かる。

 

何かを変える事はできるのだと分かった時にようやく少しだけ落ち着いた。まだ希望があるとどこかで感じられたから。

 

重要な仕事があったろうに、父は仕事に行かず病院へと自分を送ってそのまま付き添った。医者に預けて仕事に行ってしまうんじゃないかって不安になって、ずっと手を握ったままだった。

 

ずっと指が震えている。力の入らない手にそれでも全力で力を込めて父を掴んでいた。その様子もまた常軌を逸しているとして父は真剣に心配してくれている。

 

同じ部屋にいれば仕事もできると気付いてからは、パソコンを持ち込んで忙しそうにしていたがそれはどうでも良かった。そこにいてくれればいいんだ。

 

窓から見える街の色がだんだんと色付いてくる。血のように赤く染まっている気がして、そんなものは見当違いだとすぐに自分で否定する。人の血はもっと重くて黒い赤だ。夕方の空など決して

似ているものもでもない。

 

そして恐ろしい夕方がやってくる。

 

最初に気づいたのは違和感だった。お父さんがずっと仕事をしている。

 

仕事を、できてる?

 

なんで、どうして普通にオンラインワークをできているのだろうか。だってヴィランによる襲撃が必ずあるはずなのに。銀行が襲われて巻き込まれるのは決まっているわけじゃないのか?

 

さっきまで変えられるかもと思っていたけど、実際には全くそんな風に思っているわけじゃなかった。考えが二つあってまとまらない。

 

違和感と恐怖。希望と安心。まぜこぜになる激情に脳を支配されていて、気づけなかった。

 

「おい、君たちはなんだ?ここは個室だ。間違っているだろう」

 

廊下がやけに騒がしかったのに、思考にばかり気を取られて気づかない。

 

看護師たちの制止を振り切って個室のドアを開けた男。その顔がお父さんを見て破顔し、安心したように息を吐いたことに当時の自分は気づくことができなかった。

 

そこからの惨状は映像の記憶がない。

恐怖から逃げようと無意識に目を閉じていたから。訪問者が個性を使って周囲を牽制し、そして父に暴行を加えたような音が聞こえた。

 

その間。目を瞑っていることしかできない。いや、目を開けようとはしていた。だけど開けられなかった。

 

父は相手の意図や狙いをどうにか聞き出そうとするが、相手は即座にそれを教えてきた。銀行が入手した個性データベースのアクセス権を寄越せと言われ、父は言葉を失った。

 

最初は抵抗するもすぐに淡輝の存在に気づき、そしてそれを教えるから息子だけはと懇願する。

アクセスの方法と暗証を伝えそしてようやく終わるかと思ったが、悪夢は終わらない。

 

「よし。じゃあ、一応息子を痛めつけても答えが変わらないか試しとくか」

 

父のためにあんなに朝は泣き叫ぶことができたのに、自分が殴られ抉られ折られる時には意外と声は出なかった。

 

必死の父の声の方がなぜか痛い感じがする。その声の方に思いっきり体を動かすことがようやくできた。

 

「あ、やべ」

 

相手の個性なのだろう。何か尖ったものが胸に刺さった。手足しか今まで攻撃しなかったものがズレて体の中心を思いっきり捉える。

 

「まぁいいか。おい、あんた。このままじゃ息子が死ぬぞ?助けて欲しけりゃ本当の情報を寄越せってんだよ」

 

「っっっっ!だから最初に言った!!もう全部言ってる!これ以上ない。もう何もない!ああああ!淡輝!淡輝!しっかりしろ頼む」

 

「流石にガチっぽいか。これで嘘ついてたら演技うますぎだもんな。ヒーローもそろそろ来やがる頃合いだろうし。じゃあ二人とも殺して撤収だ」

 

体を貫く複数の刃がまた内部まで到達してその違和感を感じる。もう痛覚は感じなかった。

 

怖い。怖い。怖い。

 

目を開けるのが怖い。

 

思いとは裏腹にあれだけ固く閉じていた目が、血が出ていって力が入らなくなると少しずつ開いていく。そして見たのはお父さんの姿。

 

血まみれでもう体が動かないけど、それでも自分へと手を伸ばすお父さんの姿があった。

夕暮れの淡い赤が部屋の天井を染め上げて、そして床を親子のドス黒い赤が満たしていく。

 

「死ぬな。死んじゃだめだ……淡輝を助けてくれ誰か。死んじゃ……ない……」

 

そう言ってお父さんは目の前で死んだ。そう言って父は死んだ。

 

自分もすぐにそのあとを追うことになる。

 

理解ができなかった。なんでこんなことをするんだろう。どうしてそんなに酷いことするの?

 

尽きぬ疑問に答えはなく、先に尽きるのは流れ出る血液の方だった。眠くなって、我慢が出来ない。

 

あったかい。眠い。死にたくない。

 

 

でも、これでもう終わりだ。そう思うとちょっとだけ安心もした。眠るたびに繰り返すこの悪夢もようやく終わる……。

 

眠るより死ぬ方がマシなんて、変な感じで笑える……

 

 

 

 

 

 

目が

 

 

覚めた。

 

 

 

 

あーたーらしいあさが来た。希望の朝だ。

喜びに胸を開け 大空あおげ。

 

 

もう。動けなかった。何もしたくない。怖いこわいこわい。涙を流して、何も言えなくなってしまった。目覚めるのが怖い。目を開けることができない。眠るのが怖い。死ぬのが怖い。お父さんが死ぬのが一番怖い。

 

 

自分の中にあれだけの血液が流れていると感じるだけで吐きそうになる。鼓動の音が聞こえた気がして吐いた。

 

体が動かず、口も聞けない。目を開けることすらできない。

 

でもお父さんを離さないように、その手でずっと父の手を握っていた。病院に連れて行かれるのも必死で抵抗してどうにか家に留まった。この時は何も考えられなかった。これが今までで最悪の一手だったなんて、この時の俺にはわかるはずもない。

 

確かに時間はずれていたのだろう。けれど、それはやってきた。

 

やっぱり、来てしまった。

 

さっきまで思いついていなかったはずなのに、お父さんと自分を拷問したあいつらが玄関から入ってきた光景を見た時。どこかで納得している自分もいる。

 

 

父が銀行に行かず、病院にも行かないとなればヴィランたちは家に来た。そして同じようなことを家族にした。

今回は前回よりも四人も多くいたから、相手は多くの時間をかけたことくらいだろうか。

 

ヒーローも警察も来ないまま。家族が蹂躙されていく。

 

なぜ最悪の瞬間にだけ目は開くのだろう。

誰かが死んだと確信した時にだけ、一番見たくないものがそこにあると分かった時だけ開くこの目はなんなのだろうか。

 

目の前に愛犬たちの死体が転がり、そして祖父母がそこに加わっている。

雫月の首を抱きしめるようにして、お母さんは裸で死んでいた。

 

あれだけ生真面目で、汚い言葉を使ったことなど一度も見たことがないお父さんが、憎悪を叫び続け殺意をただ力の限り叩きつけている。

 

 

最後に俺が殺された。最初に殺してくれればよかったのに。

 

 

それから何回か、繰り返したと思うけどよく覚えていない。

父さんだけが殺されたり、家族ごと殺されたり。そこで死ななくても二日目の夜に眠ればまたここに戻ってくる。

 

まず初めに父の顔を。そしてだんだんと家族の顔を見れなくなった。

 

 

それでも起きると頭は冴える。すぐに思考は恐怖で澱むが、それまではしっかり考えることも出来る。

 

冷静な頭で判断することができるのだ。その日の指針を立てることができる。

 

 

狩峰淡輝は最も苦しくないルートへ逃げることに決めた。それは奇しくも何も知らずに余計なことを一切しない最初の回。あれが一番平和だった。

 

 

そうなってからというもの日々は安定したものになる。

 

一番最初のルートが一番マシだったなんていうのはあるあるじゃないだろうか。買い物とかでも、最初にいいなと思ったものを最後に買ったりするあれだ。

 

結局のところいつも通りに学校に行くのが一番楽だったから、そうした。

 

何も知らず見なくていい。その日の夕方に母が教えてくるまでは知りたくない。知らなければそれまではもしかしたら、これは夢かもなんて希望に縋ることもできた。

 

父の死に顔もこれが一番、穏やかだった気がする。もう見れていないし、あまり覚えてもいないけど。

 

 

だから淡輝は、学校に向かった。

父が死ぬとわかっていながら、学校へと普通に登校してみる。そうしないと家族全員が拷問されて酷いことをされて死ぬからだ。

 

 

 

だから狩峰淡輝は、学校で本を読んでいた。

 

 

窓ガラスを通って淡く差し込んでいる。

埃を見せつける光の粒が、静まり返った空気の中でゆっくりと漂っていた。

 

本棚の並ぶ通路には、古い紙のにおいと、磨かれた木の机のわずかな光沢。ページをめくる音もなく、時計の針の進む音も、どこか遠くで響くように感じられる。

 

外では体育の掛け声が微かに聞こえるが、ここには届かない。世界から切り離されたような、時間の止まった小さな場所。

 

ここが自分の逃げ場所だった。

 

 

別に行きたかったわけじゃない。現実の全てから目を逸らして、授業からも逃げた先がたまたま図書室だったというだけだ。最初のルートでここを冷やかしに来たから、ここにも来るべきなような気がして。

 

俺は朝から授業を全部休んでそこにいた。

 

何度もやり直していれば状況を整えることは全く難しくない。まずは担任に体調不良を訴える。保健室の先生にはこう言った。

 

「ごめんなさい。仮病なんです。友達と喧嘩して教室にはいたくないから、仲直りの方法を探しに図書室に行ってもいいですか」

 

なんていう風に、ちょっと辛そうに、でも健気に立ち向かおうとしている雰囲気が重要だ。そこまですれば優しく許してくれる。人を騙すことに抵抗なんてもう感じることはできなかった。

 

 

図書館では現実から目を逸らすために、ひたすら本を読んだ。

 

朝から三冊も読んだら夕方になる。司書さんは忙しいらしく途中でいなくなるから都合が良い。サイレンがなって、警察が学校に探しに来ればタイムリミットだ。

 

淡輝は警察に確保される前に本を借りる。明日は一日中家から出られないのは決まっているから。図書委員は警察に気を取られて手続きを忘れるので、持って帰りたいものを普通にランドセルに入れるだけだ。

 

父が死んで次の日は家に缶詰。だから家で本を読んでいられる。家族からこんな時にと言われるが、葬式の時にお父さんに話したいからと言うと黙る。

 

そして夜になって眠ると、また最初の朝に戻る。

 

本を読んで、顔も見れない家族が死んで。本を読んで。そして起きる。

 

 

 

長い長い。あまりに長い間、そうしていたような気がする。でも数を数えてみると体感時間で半年くらいしか経ってなくて、笑いそうになった。全く笑えなかったが。

 

 

いつからか、興味がありそうな本は全部読んでしまっていた。じゃあもう何でもいいからと色々読み始める。

 

本の世界に逃げ込むことだけが痛みを忘れさせてくれた。内容をちゃんと覚えていればそのうちお父さんにいつもみたいに答えられる気がして。無駄なことをしているわけじゃないと言い訳できる気がして。

 

今まで生きて来て一番、いや。生きて死んできて一番に、真面目な態度で本を読み続ける。恐ろしい眠気から逃げるため。いつかお父さんと話す時にいっぱい答えられるように。

 

ただただ知識を詰め込んでいった。

 

あらゆる疑問と恐怖から目を逸らして、使う予定もない知恵を意味もなく積み上げる。本を読んでいる間だけは、この悪夢から目を逸せているような気がした。

 

 

この異常な二日だけの読書生活に、狩峰淡輝は慣れていく。

父の死が日常となる生活にゆっくりと馴染んでいくのだった。

 

誰とも話さずただ一人。暗い暗い洞窟のような場所に逃げ込んで、どうにか痛みを忘れようと必死に本を読んでいた。

 

 

いや、もう一人だけ。その洞窟の入り口には人がいた。司書先生と呼ばれている彼女のことをずっと気にしていなかったが、確かにそこには一人いたのだった。

 

「あら、きっと図書館は初めてよね。何か使い方がわからなかった声をかけてくださいね」

 

そう言われて、適当な言い訳を並べる。

 

「そうだったの……。じゃあ、何かあればなんでも相談してね?話したくなければ、気になる本のジャンルでもおすすめできるから」

 

 

成長した狩峰淡輝は彼女のことを観察する。今ならちゃんと見ることができるから。

 

彼女は肩ほどの長さの灰がかった髪を後ろでゆるくまとめている。前髪の隙間から覗く瞳はやわらかい琥珀色で、眼鏡の奥で心配と同情の光を放つ。

 

白いブラウスに淡いベージュのカーディガン、そして膝下まであるロングスカート。派手さは一切ないが、どこか清潔感はあるから嫌いじゃなかった。

 

声は低めで落ち着いており、その所作にはまるで時間をゆっくりと整えるような慎重さがある。

 

 

毎日ずっと話し続けていた相手のことを人間とも思わずに、一年もの時間を過ごしていた自分を淡輝は眺めていた。

 

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