足をそろえ、軽く顎を引く。そのまま、決まったように上体を前へと倒した。
無駄のない動作の中に、育ちのよさを感じさせる穏やかな気品が漂うその動作は、まるでその人物には似つかわしくない。しかしどこかぎこちなく、硬い印象を与えるのはなぜだろうか。
「おはようございます。私は先に学校に行きますので、お気になさらず」
丁寧にお辞儀をして、そして反応を待たずに家を出る。
狩峰家全員の唖然とした表情は見れない。だからそれらを置き去りに、小学校へと向かうのが決まったルーティンだった。
今ではなぜか、家族を前にすると体が硬直したようになり、どこかぎこちない気がする敬語になってしまうのだった。自分のことを私と言ってしまうし、どこか動作も女性っぽいと言われたがそんなことがあるだろうか。
まぁ、精神的な不調なんていくらでも出るだろう。これだけ長い時間をずっと過ごしていれば誰だって頭の一つや二つ、おかしくなるものだ。
図書館へと引きこもってすでに何年が経っただろうか。よくわからないが、多分10年は過ぎているんじゃないかと思う。
そんなこともどうでも良かった。だってそんなことに執着していても仕方ない。古今東西の神と宗教を信仰し、そして啓発によって様々な思考を得た。あらゆる教え。あらゆる救いの言葉を読み漁ったおかげでこの心の平穏がある。
けれど、世界は変わらない。
今日もまた夕方には父が殺されて、そして明日まで家に篭ることになる。でもそれでいい。
余計なことをしなければ父も自分も拷問されることはないし、二日目には眠っているうちにループするのだから。これが平穏というものだ。
司書先生とだけ話し続けてゆうに5年以上も経っている。もはや人生で最も会話をした相手は双子でもなく彼女になっている。
「先生。神性というものはどこから来ると思うかね?」
淡輝が問い掛ければ先生は決まった反応を示す。質問が変わっても最初の反応は変わらない。
「ええ、いきなり何?あなた、初めてくる子よね。しんせいって神聖?それとも神性ってこと?また難しいことを、難しい口調で聞くわね。というか、授業はどうしたの?」
先生はいろいろと気にするものの、1分もあれば細かいことは忘れて議論が始まるから好きだった。
毎日毎日、何年も話し続けて飽きないのだから本当にすごい。話題が変わっているのだから自然と思うかもしれないが、普通の人はこうはできない。だいたい反応はいくつかのパターンから決まっていて、それは子供であれば尚更だった。
もう同級生と話すことは全部終わったから、本当に先生がいてくれて良かった。
「だからね。人には未知というものに恐怖を感じる本能があるのよ。畏敬という言葉からも、恐怖には神性があると思うの」
「ほう。面白い。雷神も静電気となれば恐る理由はほとんどない。避雷針という槍が雷神を貫いたというのはまさに神殺しの槍と言えるだろうね」
くつくつと笑う淡輝は、この状態だと笑えることに気づいていない。家族と向き合う時にも自分の時にもすでに笑えなくなっていたから。この話し方が一番社交的で、なんというか……
「ええ、だからこそ。かつての宗教の多くは現代になって求心力を失ったのだと思うわ。発展した科学によって弱っていたところに個性の到来。奇跡を誰でも起こせるなんて、聖人の逸話が霞んでしまうし、ああそういう個性だったねと解釈されてしまうから。アメリカとイギリス以外はもう、キリスト教も壊滅的だもの」
「壮大な神がいない分。実際に何かをすれば、すぐに信仰の対象となる。オールマイトも、最初の個性発現者の
友達に聞かれると口調が変になったと指摘されたり揶揄われるが、先生はそれをしてこないから良かった。最初の一瞬で、ああこれは男の子が拗らせているのねという理解の温かい目線をするのは不快だった頃もあるが、もう気にしない。
拷問と最悪の生放送。あれからというもの、なぜか年配の話し方になってしまったり。家族と話す時には女性のような話し方になってしまうのだった。いや、女性の時には人格まで変わってる気がする。
人っぽくないというか、機械的というか。人形っぽい感じ?
いくつも精神医学の本を読んで先生と議論した結果、ちゃんとした解離性人格障害。つまりは多重人格というものらしいと判明した。
辛い体験や記憶に直面すると、人はそんな防衛反応を示すことがある。別に珍しいことじゃないのだが、それでも少しだけ違和感があると言っていた。自分の知らないことすら話していないかと、その辺りを聞かれるがこれまでのループで経験したことが膨大すぎて、どうにもその判別はつきそうもない。
先生と話している時に出てくるのは、優しげな気配がない年配の老人。
家族と話している時に出てくるのは、人形のような丁寧な女性。
今の自分は一体なんだろうか。
「ヒーローと呼ばれるものたちの原型。最初に個性で超常を成したものたち」
「ええ、ニーチェに言わせればそれら全てが『超人』には当たらないと思うけど、でも実際に英雄というかヒーローは神性を帯びるものだと思うわね」
「ニーチェの本はまだ読んでいないな。以前に少しだけ読んで、やめてしまったよ」
「あら、そこまで読書家なのに『ツァラトゥストラはこう語った』って読んでいない?わかりやすい解説本でもいいから、よければ調べてみてね」
「ああ、内容は知らないが、言葉は知っているよ『神は死んだ』というやつだろう。題名の末尾は『かく語りき』ではなかったかな?」
「そっちの方がかっこいいけど、ちょっと意訳すぎるのよねぇ。永遠回帰派と永劫回帰派で争いもあるらしいわ。私としては永遠回帰だけれど、きっと子どもたちに喜ばれるのは永劫回帰じゃないかしら。ロマンがあるものね!」
聞き捨てならない言葉が再び目の前に現れる。
「永劫回帰?そういえば前にも何か聞いた……ああ、あのふざけた話か」
「あら、そんな風に話して、大人っぽいことを言うけれどやっぱりあなたもそっち派なのねぇ。でもあの考えって結構面白いのよ?」
数年ぶりに話題に出たニーチェは気になったが、今日のテーマはそれとは別だったので脇に置く。神というものについての対話を深めて今日は時間が来てしまった。
家に戻れば、警察と病院のあれこれを片付ける。
しかし、茫然自失とした表情で「部屋にいる……」とだけ呟けばお母さんはそれを許してくれることも知っている。
さて、今日は先生のおすすめ動画に集中しなくては。これはとても面白いファンタジーアニメだった。記憶をテーマにしてるのも、今の自分にはよく刺さる。
記憶を保持して転生を繰り返すループという題材も興味をそそられる。でも前に進んでいるのは妬ましい。いいじゃないか、変化があって。何を贅沢言っているのだろうか。彼らの悩みには共感できなかった。
司書先生は本好きだったが、それ以上に21世紀オタクと言っていいレトロなコンテンツ全般を愛しているド級のマニアであることはわかっている。しかも21世紀初頭限定だ。テレビとネットが鎬を削り始めた頃が大好きらしく熱烈な布教をうけたのだった。
本を読み漁るのにもある程度飽きてきた頃合いでこれは非常に助かると思い、そのおすすめを片端から見ていくのが家での過ごし方になっている。
学校の図書館で勉強できるものはあらかたし尽くして、今はもうネットのコンテンツをしばらく見続けているのは先生の影響だった。当時のネットミームを知るものなどもういないが、二人だけは通じるとあって、大層喜んでくれたものである。
彼女はすでに40代も半ばらしいが、青春を取り戻すように大好きな年代を語ってくれる。
たまたま図書館に来た子供が、他に誰一人知らないほど同じ領域が好きで語れるのだから、彼女は職務も責務も忘れて話し込んでしまうのだった。
毎度、用意したテーマを終わらせた後に仕入れた話をしていくと大盛り上がりだ。予定を知らせる通知で我に返るまで、ずっと彼女と語っている。
ずっと暗い、洞窟のような日々に閉じこもって勉強をし続けていたけれど、本当の意味で狂わずに済んだのは先生のおかげだと思う。
今ではもう家族よりも、幼馴染よりも。彼女と話している時間や量の方が人生において圧倒的に長いのだ。
それに、それに何より。
先生は死なないし、変に心配もしてこない。
自分にとっての安心がここにあった。
そうだ。ここで出会ったのが『ツァラトゥストラはこう語った』という本だ。原書の翻訳を読んだがほとんど意味が分からず、解説本などを読むことでどうにか内容を理解した。
永劫回帰という考え方もこの時にちゃんと理解した。知ったのは少し前だけれど、その時は恨みしか覚えなかったと思う。それで読むのをやめた覚えがある。
すべての出来事が繰り返す。まったく同じ生を無限に繰り返し経験するという考え方、思考実験のようなものである。この思想は死後に救われるという考え方を否定し、今ここにある生を「永遠に繰り返してもよい」と肯定することの重要性を説くものだった。
何が永劫回帰だ。体験して肯定できるものならしてみろ。偉そうなことを言う前に自分でやってみろと。そう思った。
けれど今こそこれが必要な気がして、なんの気なしに読んでみた。すると哲学書にしては軽妙であまりに遠回りな表現が面白く、夢中で読めるようになっている。まさに『かく語りき』であった。
これで先生と話すことが増えたな。
狩峰淡輝にとって、今や彼女が人生の大半になっている。
それは優しい揺籠であって、繰り返される悪夢を忘れることのできる最後の
辛いことしか起こらない家族から目を背けて、そして沸き起こる問題に目を瞑って。どこか遠い世界の問題について勉強をする。
哲学者エリック・ホッファーの一文があまりに鋭利すぎてそれ以降忘れることができない。
『他者への没頭は、それが支援であれ妨害であれ、愛情であれ憎悪であれ、つまるところ自分からの逃避の一手段である』とは、どこまで痛烈なことを言うのだろう。
じゃあ、他者にすら没頭せずに本に逃げている自分は一体なんなんだ?
それも、どうでもいい。次に先生と話すことを考えよう。
狩峰淡輝は微睡のような日常を繰り返す。たった二日の逃避を揺蕩っていく。
知識だけを詰め込んで、思考をすることを忘れた彼の脳みそは大切なことに気づかない。一番最初になぜ図書館を選んだのか、そんな理由さえも忘れていく。
それを忘れて、ネットを漁っているのだからいつかは出会うことは決まっていたのだろう。
起きているのに起き上がらない。寝床にしがみつく微睡のような時間は当たり前みたいに唐突に終わるのだった。
二日目にそれを見ていたのがよくなかった。いや、良かったのだろうか。
画面の青白い光が顔を浮かび上がらせる。広告と芸能ニュースの間に、見覚えのある写真と名前が滑り込んできた。それはいつも見ているあの顔で、ずっと知ってる名前。そのままの見出し。
一瞬、目が点になった。指先が震え、スクロールする手が止まる。脳のどこかで『間違いだ』と繰り返す声が生まれたが、同時に、『見ないようにしていただけではないのかね?』と嘲笑う声も聞こえてくる。
『おやおや、ここまで分離するとは重症だ。ところで君は最初の病院に行った時、
幻聴は止まらず、そして画面は冷たく事実を並べているだけだった。
銀行にあったヴィランの襲撃事件。それに巻き込まれた犠牲者の中に、司書先生の名前、白石澄江の文字があった。
それを見た時、思わず笑いが込み上げた。
逃げ続けた先にどうしようもない現実が待っているなんてこれまで読んだどの物語でも語られていて、その認め難い現実を見たときには「ありきたりすぎる」なんて感想まで出てきたのだ。笑える。あまりに面白い。
ようやくできた安心と安全の彼女。死なないと信じていた彼女は毎回死んでいた。
すでに表情は笑顔という形を忘れて久しいから動かない。心の中で冷たく笑い、そして叫んだ。
「違う。ちがう!違う違う違う!!!やめろ、もうやめろ!!!」
叫んだつもりだったけど、叫べているのか?声がこもっていて誰が話しているのかもうわからない。
狩峰淡輝のつもりの誰かが叫んで暴れる。
「おやめになってください」
人形のような女が淡々と呟く。
「無駄なことはやめるべきではないかね」
老練な狩人のような口調で自嘲じみた声が出る。
「いやだ! お嫌なのですね。ああ、嫌だろうとも」
全てが同じ口から発せられるのが意味がわからない。脳みそが増えて溢れてバラバラになりそうだった。
ちゃんと叫びは出ていたらしい。心配する祖父が吹き飛ぶほどの力で押し退けると、そのまま玄関まで向かった。
そこにあるから。そこに行かなきゃ。
衣装部屋から匂いがする。今、どうしても必要なものがそこにあった。
あまりにも匂い立つ。えづくような香りがそこからずっとしていたことに今気づいた。
それはお父さんの帽子。おばあちゃんのそのまたお母さんから使われているという古風な帽子だった。上品な仕立てのそれは、狩峰家にとって重要なときに被るようにと言い伝えられているらしい。なぜ男物の帽子をおばあちゃんからと疑問に思ったことはなかった。
父が先祖の言いつけ通りに愛用しており、手入れは欠かしていない。どちらでもいいけど、まぁ男物だしといつか淡輝が譲り受ける予定だった帽子だ。
赤い宝石が埋め込まれているブローチがついておりそれが今は無性に欲しかった。だからそれを引きちぎる。
大人の帽子を目ぶかに被ると、なんだか懐かしい匂いがする。そしてもう一つ、お母さんのマフラーがあったので口元に巻きつける。
父の匂いと、母の匂い。
そして懐かしい、血の香り。
それで顔面を覆い隠すことで、ようやく狩峰淡輝という弱い存在を覆い隠して切り離すことができた気がした。
マフラーの中、その奥にある口に先ほどの真紅のブローチを大きな飴玉のようにコロッと放り込む。
そのブローチをそれこそ、飴みたいに噛み砕いていたのは、なぜだろう。
びちゃびちゃと、自分と誰かの血が落ちていく。ああ、もったいない。
歯茎と口内をズタズタにしても痛みがない。赤い宝石だと思っていたガラスとそこに
「おかえりなさい。狩人様」
「やあ、君が新しい狩人かね」
大きな姿見を見てみればマリアの人形と、ゲールマンが挨拶をしてくれるので鏡に向かって会釈で返す。
どこから来たのだろうというのは的外れの考えだ。彼らはずっとそこにいたのだから。
彼らはいたのだ。ずっと血の影にいたけれど、今になって見えただけだった!!
莫大な血の遺志とでもいうべき何かが流れ込み体を満たす。
すうっと冷静な思考も入り込む。これが何かは知らない。そもそも人格が分裂しようが構うものか。生き物は元来、生きるために手段を選ばないようにできている。そう気づくと呼吸が楽になっていく。
血液が燃え上がるような感覚がした。怯えや恐怖が燃えていくようで、気分が高揚してくる。
まるでお酒を飲んだ両親のように頬に赤みが差していて、目が少し眠くなって、溶けそうになる。
少し吐きそうになる感覚が終わると、そこにいるのは狩人だった。邪魔になった人間性を捨て、幼き狩人が動き出す。
その口元には今までしたこともないような、凄惨な微笑が浮かんでいた。
一体自分は今まで何をしていたのだろう。全く理解できない。
遅く、弱く、見落としすぎだ。こんな弱い人間は、もういらない。
だが勉強するのはいい。意味のある学びを得て、行動をしなくてはいけない。
自分にはまだ力が足りないと感覚でわかる。あの獲物を狩り切るには知識も情報も、武器も戦い方も何もかもが足りていない。
洞窟のような暗い場所で逃げるように知識を貪る暴飲暴食の生活は終わりだ。
今からは自ら松明を掲げて、狩り殺すために学ばなくては。
冷徹な今の思考で、武器を一つ拾うことができた。
『永劫回帰』
この考え方は、
無限のループに絶望するなど非合理的であって、意味がない。苦労を嘆いても何も殺せない。
じゃあ前向きに行こう。
何をしてもいい。どうせ繰り返すのだから。
何を試してもいい。どうせやり直せるのだから。
何度死んでもいい。どうせ悪い夢のようなものだから。
永劫回帰という武器で、敵の喉を抉るまで刃を振り続ければいいだけだ。
そのうち上手くなる。上手くいかなくても、一回
ああ、世界はここまで眩しいものだっただろうか。
路傍の石すら何かを殺すための道具に見える。一応拾っておこう。
手札を集めて、何度だって繰り返そう。望みの血を浴びるまで、いつまでもやろう。
狩峰淡輝の黄昏は終わり、狩人の夜が始まった。
【血の遺志について】
夢に依る狩人は、血の遺志を自らの力とする
死者に感謝と敬意のあらんことを