オフェンスが 30あがる
サーナイトアイは目の前の子供をまっすぐに見つめている。自慢はしないが人の感情を読み取るのは得意だった。想像をして仮定を立ててそして予知で確認をするということができるのだから、必然的に習熟していく。自分よりも人間観察をしたものなどいないのではないかという自負すらある。
数々の犯罪者を捕らえ、被害者たちを分析して救ってきた隻眼が相手を見定めている。
黒髪黒目、平均的な日本人という容貌はひと昔前の認識だ。今ではむしろ少し目立つくらいの没個性とでもいうべき風貌。自分と同じく、個性を外から見てもわからないタイプだろう。
「ーーーだから、協力をお願いしたいんです。助けて、ください」
荒唐無稽な説明に信じ難い言葉の数々。冷静に考えればこれは妄言の類だろうし、少し穿ってみてもオールフォーワンの罠にしか見えない。文章で読めば即座に破棄したかもしれないほどの有り得なさだった。
けれど、自分は視てしまった。
この子供の顔を、あまりに影の濃いその目を。そして、それだけではなくそれでも希望に向かって足掻こうとしている彼のような目をそこに見た。
そして無視できないほどの、オールマイトと私自身に対する尊敬と親愛の感情を全身から漲らせるその様子は常軌を逸している。過去命を救われたことがあってもこうはならないというほどの熱量。
物心ついてからずっと熱心に応援をしてくれるファンというわけでもない。なぜならその感情に
「いいだろう」
その返答は意外でもなかったようで、相手は確信めいた喜びの表情でこちらを見てくる。正直ちょっとやりづらいが、それは伝わらないようにすべきだろう。
「最初は疑っていたが念の為。もう一度、伝言を聞かせてくれ」
『思いついた仮説は正しい。世界を変えれば未来は変わるだからこの少年を絶対に助けろ。お前の悪夢を晴らすためにも、これは絶対なのだと。怪しいのはわかるが、予知も使うな』
思いついた仮説と言われて思い出すのは、この考えのことなのだろう。すでにあるだろうと言われてから思いつくというのは、順序が逆のようで妙な感覚だが時間を遡れるのなら納得はできる。
私の個性『予知』は世界を決定してしまう力だ。
未来を知ってしまえば、もう変えることはできない。見たことは必ず起きるのだ。それを回避することは決してできなかった。それらの抵抗を含めての未来が見えるのだから順序は絶対なのだ。
その時点から死ぬまでの未来を見てしまえばそれは必ず起きてしまう。
決定論という考え方がある。あらゆる出来事が、その出来事に先行する出来事によってのみ決定されるとする考え方だ。これは、物事が偶然ではなく、あらかじめ定められた因果関係の連鎖によって起こるとする哲学的な世界観であったが、自分にとっては切実な現実だった。
私がオールマイトのサイドキックを辞めたのは、己の弱さゆえだった。個性によって決められた未来を変える方策は無いかと模索していると言い訳はできるがそれは本当の気持ちではない。
オールマイトの未来を視た。彼が敵と対峙し言い表せようもない程に凄惨な死を迎える光景を見てしまった。これはその時からずっと抱えてきた弱さだった。
彼が凄惨に死んでいくところなどを見たくない。ただそれだけで、逃げていたんだと思う。
これまでの試行は全て無駄で、予知の絶対性を高めるだけになっていたがここにきて希望の方から会いにきてくれたと思えてしまう。
私が思いついた仮説はこうだ。
『私が視れば未来が決定するがそれはこの世界だけであって。彼が死んでからまた挑戦する世界にまでは影響しないのでは?』
さらに考えは進んでいく。私の個性はその人物が死ぬまでを見るというもの。だとすれば死んでも終わらない生き物がいるならどうなる?彼の本当の終わりまでは知ることはできない、その世界で死ぬところまでしか視れないのではないか。
それが意味することは残酷だが、長年探し続けてきた答えでもある。
以前から考えてはいた。オールマイトに生きてもらうにはどうするべきか。もしも絶対の『予知』を抱えたままこの世界から自分が居なくなってしまえば、未来は変わるのではと。
だがそんな保証はない。これまで予知が外れたことは一度もなく、私が死んでしまえばそれを確認する術もないのだからあまりにも無責任な賭けになる。だからその行動は決してしなかった。
だけれど、この狩峰淡輝という存在はこの願いを叶える。未来を変え得る唯一の希望かもしれない。
それに、それにだ。
「そんな顔をさせたままでは、ヒーローとして許せんな。お前を心から笑わせてやらねば気が済まないぞ」
予知も理屈も抜きにして、サーナイトアイは狩峰淡輝に協力をすることに決めた。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・
「ほう。邪魔が入ったのか。どこの誰だい?ああ、ナイトアイ事務所か。なら少しはわかるな。いまだに必死でもがいているのかなナイトアイは。オールマイトが来るならそろそろやってもいいかもしれない……」
きっと彼の姿を見れば多くの人間が違和感を抱く。日本どころではなく、世界を支配する巨悪。それが君臨する場所にしてはやけに普通と思うだろう。
ごく一般的だが整えられたオフィスだった。壁は柔らかな白で統一され、間接照明が天井の隅を淡く照らしている。
光は静かに反射して、部屋全体にやわらかな明るさを広げていて大きな会議机は深い木目の光沢が光っている。
椅子は黒いレザーで、背もたれの角度がきちんと揃えられている。空調の音すらほとんど聞こえず、空気は清潔で、かすかに新しい紙とコーヒーの香りが混じっている。整然とした無音の中に、機能美のような落ち着きがあった。
男がひとり、テーブルの中央に座っている。グレーのスーツの折り目は崩れず、手首の時計が照明を受けて微かに光る。姿勢は静かで、目線はまっすぐ前のモニター群へと注がれている。
違和感を挙げるとするならば、ここには人の気配が少なすぎる程度だろうか。座る男の後ろに立って控えているのが人かどうかはすぐにはわからないだろう。
それは桃色の球体のようだった。表面は異様に滑らかで、中で何かが脈打ち、液体のような影が流れているようにも見える。
二つの黒い楕円形。目と呼べるものはあるが、それは光を反射せずただこちらを吸い込むような深い闇が並んでいる。下部の四つの突起は脚にも見えるが、骨があるようには見えない。粘膜のようなそれが、静かに床を押して進む。その場に留まることが難しいようで、落ち着かずに体を動かし続けていた。
「『待て』と言っただろうに。じっとしていられないのか。戦闘はこなすくせに日常の命令は微妙だな。やっぱりもっと自我は削る方向にしてもらうべきだろうね」
ビクリと反応したのは、もう片方の異形の球体だった。
全体は黄ばんだ光沢を帯びており表面にはかすかに汗のような粘液が滲み、蛍光灯の光を鈍く反射していた。
顔の中央には、巨大な裂け目があった。それは口だ。
円形の体をほぼ半分に割るほどの開口部が、ぎりぎりと開閉を繰り返している。噛むたびに、どこか遠くで鈍い金属音のような響きがした。内部は真っ暗で、舌も歯もない。
自我を削るという言葉に抵抗しようとしているのか、歯軋りを繰り返していた。
「『やめろ』性能はいいけれど、どれだけ機能を残すかは難しいな。ああ、こっちの話だよ。何人か追加で送ってあげるから、その仕事はやり遂げなさい。妙な子供がいる?街で正体不明の誰かが暴れていようが知らないよ、それくらい対処できないなら君はいらないな」
さて、どれを送り込んでやればナイトアイ事務所のサイドキックを無駄なく殺せるだろうか。
『記憶』『解凍』『検索』
脳内で最適な駒を探していたら、少しだけそれに気づくのが遅れた。
ビルのアラートが鳴っていることに気づいた瞬間、一応ということで身を守る個性を発動する。
一つ目が発動した時に、それは起きた。
天井が崩れるその前に、重力で瓦礫が落ちてくる前にそれが降りてきた。
「私が、きた!」
登場と同時に殴りかかる最強のヒーローは、緑色のオーラに阻まれた。
ラッシュをすれば、防御が間に合わなかったかもしれない。復活系の個性を消費させることもできただろうに、この男は不意打ちが下手なようだ。警戒しているのかすぐに下がって身を隠す。壁をぶち破って視界から消えた。
「おいおい。奇襲しといて逃げるのかよ。最高のヒーローとしてどうなんだそれは?」
だが、それでも防御を展開し切ることはできていなかった。次の一撃までに展開できるならそれでいいと。あまりに小さな存在に気を回すことができなかった。
なぜなら、オールマイトが片手になっていたのだから。
「それは、一体……」
予想外の負傷にこちらが驚いていると、死角から声がする。
「貴様にしてはセンスの良い時計だな。羨ましいよ」
手を触れられて、振り向けばそこにいたのはサーナイトアイである。奴の個性『予知』の発動条件を完全には理解していないが、おそらく触れて目を合わせるといったところだろう。
常時展開している『目潰し』の出番だとニヤリと笑った。
「知っているのなら。針で刺されるくらい、なんともない」
まるで未来を見通しているかのように放つ言葉も、オールフォーワンには響かない。
「得意の痩せ我慢か?しかし、君たち二人から来てくれるとは思わなかったよ。わざわざ殺されに来るなんて、殊勝なことじゃないか」
「私がここに来たという意味を考えないのか?自分になら未来を変えられるとでも?」
「君の個性については十分に調べて裏も取った。因子量が多いだけでまるで役に立たない、実効性は一つもない無駄の極みのようなものと結論が出ている。それとも個性を伸ばすことができたのかな?それを期待して生きて帰してあげたんだから、それくらいは期待してもいいだろう」
かつて潰された目を指さして笑うのはそれを行なった張本人たる自分である。
「決まった未来をなぞるだけ、それって視る意味あるのかな。未来を見るために使う時間をその分だけ他のことに使えばもっと有意義な人生が送れたんじゃないのか。ナイトアイ、君は本当にかわいそうだよ。個性はゴミで、その分自身の頭脳と肉体でほとんど無個性で活躍しているというのに、全部『予知』のおかげなんて言われれているものな」
「お前がためにならない無駄話をペラペラと話すのは防御を起動するため、そしてそれに付き合ってやるのは、その防御を突破するための溜めがいるからだ。さて、今私は何度タメと言っただろうか」
なんの意味もない問いに少しだけ気を取られたその瞬間。黄色の閃光が壁を破って現れる。オールマイトが、力を溜めていたらしい。
「CALIFORNIA SMASH!!」
回転しながら飛び出してきた彼の拳は、先ほどとは桁違いの威力が込められている。これは、少しおかしい、過剰な威力だと思った時にはすでに殴られている。
だがそれでも、命にまでは届かない。そもそもこいつには殺意なんてものはない。
『変換』『推進』
衝撃を上への加速に利用して地下を脱出する。問題ない。これでいい。
即座に追ってくるが、開けたところで広範囲の攻撃をすればこいつは必ず人を助ける。周囲に人さえいるなら詰みなのだ。
そうしてもう防御用の個性は十分に展開できた。これでもう、負けはない。
「もう詰みだけれど、最後まで降参はしないでくれよな。オールマイト!」
『光塵』『浸透』『ダークボール』『一極集中』
万全な暴力が放たれる。完璧な保身もした上で、命を削らないと防げないような一撃を喰らわせようと光と闇が溢れ出して、一つの球体にまとまり投げつける。
空中から地上のオールマイトへと斜め上からそれをプレゼントしてあげた。
さぁどうする。殴ってどうにかしようとするんだろうが、それは触れた時にそこで炸裂するようになっている。殴れば腕ごと周囲の人間の命も失うだろう。残った最後の腕すら、無駄に散らすことになるんだお前は、
ああ、やっぱり選択肢を与えてそれを選ぶのを見るのは楽しいな。
30年に渡る放牧の結果を刈り取るというのは少しだけ寂しさもあったが、それでもそろそろ衰えすぎるだろう。与一を回収してしまおうと気を取り直す。
「何を、している……?」
今まさに致死の攻撃が到達するというその瞬間。意味不明な行動をしている。
その太い腕で、
何も持っていないのに、まるでパントマイムのようなことをしている。
そして何かを持っていたとすれば、全てを薙ぎ倒すような完璧なスイングをすると。必殺の一球がかき消えた。いや、そう見えただけだ。炸裂はした。したのだがそれが不自然に握りつぶされているかのように、光が暴れようとするがそこに留まっている。
オールマイトが何かを持っている?それが光を握っている?
さらに跳躍し、そしてそれが振るわれる。今になってパントマイムには流石に感じることができず、光を回避しようとするが、その途中にあった何かに打たれて地面へと叩き落とされる。
なんだ?何が起きた?
「お返しだ。危険球は投げるもんじゃないんだぜ!」
SMASH!!!!!
そんな掛け声と共に、光が不可視の何かごと叩きつけられて一度死んだ。
「昔アメリカで超能力少年に習ったバッティングさ」
憎むべきオールマイトは過去を振り返りつつ腰に手を当てて、OKとやっている。
炎を纏って復活をしようとするのを確認すると、片手で抱えた何かを再び振り抜いて幾つかの個性ごと再びそれを叩き潰した。これさえあれば確実に復活の時間までは稼げるというそんな個性たちだったのに、その全てが意味をなしていない。
こんな理不尽で意味不明な状況になった時にすることは決めていた。
オールフォーワンと呼ばれ、世界を支配している最強の実力者。彼は自分の全身全霊。全てのリソースを費やしてでも。何をしてもいい。
ここから逃げることを決心し、何度も使えない『緊急脱出』の個性を使う。
【大アメンの腕】
アメンドーズと呼ばれる上位者たち。その中でも大型の個体の、腕の一本
厳密には武器でも何でもないがかつて異常者の中には、これらを武器として振るう者がいた
通常は骨と肉の塊、硬く大きな柱のようだが
これを伸ばし振るうとき先端は、未だ生きているように蠢き相手を握るという