全部がうまくいっていた。
まだそこまで周回を繰り返していないうちから、今までの経験を活かしてここまで整えることができた。
朝起きてからまず真っ直ぐに帽子を手に入れて。血を飲み干す。
そして早朝のうちからサーナイトアイの自宅に突撃して協力を取り付ける。低血圧なサーは半ギレで対応してくれるが、真摯な訴えを無碍にはしない。
「では私も一緒に行こう。この類の、ある種荒唐無稽で無茶苦茶な説得には実績のあるプロヒーローが最適だ」
そして向かったのは、狩峰家である。意気揚々と実家を出てそして蜻蛉返りというのは多少気まずさを感じないでもないが、この時間に家に戻ることはほとんどなかったので落ち着かない。
「本日未明。狩峰さんのお勤めされている銀行へとヴィランの襲撃があります。彼の個性が覚醒し『予知夢』のような効果を発揮していると私が判断しました。彼の通報を受けてプロヒーローが動いています。彼にも協力をいただきつつ、事態の収集へと動くため皆様も内密にご協力ください」
襲撃自体を事前に止めることはできないこと。その後大規模な戦闘になる可能性があること。
その上で身の安全を守るために協力を依頼したいということを明瞭に伝える。
「でも、そんなに危険なら行かないほうが良いんじゃないの。そんなの、怖いわ……」
母さんが話した時に体が硬直した。声を聞くのが久々すぎて心臓に悪い。
「銀行襲撃の際に重要人物のリストがあるようで、お父様が出勤しないとそれぞれの場所へと襲撃が分かれます。その際の被害は我々でも抑え切れるものではないため、このようなお願いになっています」
「お母さん。銀行に行かないと、家に来ちゃうんだよ」
「それも見たの?」
あまり会話を続けることができない。複雑すぎる感情が渦巻いて言葉にならなかった。頷いて肯定を返す。するとお母さんが駆け寄って、そしてふわりと抱きしめた。
「怖かったでしょう。ごめんね。でも無理はしないで。大人の人に任せれば良いからね」
体の緊張は解れない。だってそれじゃあ解決しないから。ナイトアイはその光景をじっと見ていた。
「彼の勇気ある通報で我々は動けました。彼自身は認めないでしょうが、彼もまたヒーローですよ」
「では、その……よろしくお願いいたします。学校には連絡しておきましたので、淡輝。しっかりね?」
「ミッドナイトにも話は通しておきましょう。心配でしょうから。ご安心ください。息子さんは無事にお返しします。これは絶対です」
狩峰家からの協力を取り付けて、久々にこんなに家族と話をさせられた。ずっと避けてきてしまっていたから。お母さんと話すのも触れるのも何年振りかわからなかった。
そんな感慨にぼうっとしてしまっていると、いつの間にか徒歩で次の目的地へと辿り着いていた。今の合意形成はいるだろうか。なくても問題なかったのではなんて、そんなことを考えてもいたが思考は中断される。
サーと一緒に向かうのはまさかのお隣さんの家。八百万家である。
「娘さんにご協力をいただきたくお願いに参りました。彼女の個性でしか作れないものが必要なのです」
深く腰を折るナイトアイに、ももちゃんのパパもママも固まってしまっている。朝の7時にいきなりオールマイトの元サイドキック。有名なヒーローが尋ねてきたのだからそうなるだろう。
ももちゃんパパがそれでも気丈に対応してくれた。
「なんで、淡輝くんが一緒に?」
「彼が事件の発見者でしたので、そしてこのご家庭と娘さんの個性のことを聞き可能性を感じました。私の『予知』についてはご存知でしょうか?」
「ええ、噂程度ならですが。未来がわかるからあれだけの活躍をされていたのでしょう」
「その予知を使って私は彼女の個性が平和のために活用されることを知りました。ぜひお願いさせていただきたい」
「わかりました。百もいいね?この人は本物だ。昔親戚の純子おばさんも助けてもらったこともあるんだよ。それで、一体何を『創造』して欲しいでしょうか?」
「1%だけガリウムを混ぜたプルトニウム239の合金。それを球状にしたものを作っていただきたい」
「…………今、なんと?」
そこからの阿鼻叫喚とも言える大人たちの議論には淡輝も百も参加できなかった。
あらゆる良識と常識の観点からの反論を肯定しつつも、これがなければ一体どうなるのかを説かれていくとどうしても断りきれない様子である。
「ですから、デーモンコアは素手でも触れるレベルの物質なのです。α線は皮膚どころか紙の一枚も貫通できない。彼女の個性は体表の上で物を作るのですから問題はない。安全な金属とは言いませんが反射材がなければ、ただ温かいだけの重い金属と言える」
さらにダメ押しをされて、八百万家は折れることにしたようだ。
「脅迫されたということにしていただいて結構。もちろん実際にはしませんが、私が脅したという証拠も残しましょう。これであなたたちには責はない」
表向きは脅迫に屈したということになる。その後は問題なく進行しそして問題の物質は一瞬で生み出すことができた。核兵器に利用し得る放射性物質を、ものの1分で彼女は生み出してしまったのだ。
「あーくん……。その……大丈夫なんですの?すごく、見たことない顔をしてたから……それに、あんなものを作るなんて、なんか怖くて……」
「え、そうだった?ごめん、ごめん。大丈夫だよ。」
「あーくん……?」
相手を安心させようとして作った表情。そして声色。それが決定的に彼女の今後の進路を決めることになるとは狩峰淡輝は思いもしなかった。
この二日のことしか知らないから。数年後なんてわからない。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・
「よし。サイドキックに離島まで一つを設置させて、残りはギリギリで階下に設置させよう。時間までわかっているのだから、こちらとしては楽なものだがその分失敗を重ねたということだな?」
頷くと、サーはその重みを理解してくれた。
「お前のメンタルケアについては、ことが終わってからだ。さあ、次の場所に着くぞ」
そこは何の変哲もない一軒家。ごく普通の家族が暮らす家だった。
インターホンを鳴らせば、女性の声がする。
「失礼します。プロヒーローのサーナイトアイと申します。今お時間を頂いても?」
出勤前の父親と、料理を作っていたのだろう母親が不安そうに出てきて話をし始める。
概ね話す内容は八百万家と同じであるが、少しだけ違う点がある。それはサーが彼らに対して怒りを覚えているということだった。
しかし対応は変わらない。淡々と必要なことを詰めていく。
リビングでのやりとりを不安そうに見つめる女の子がいた。彼女にサーが近づいて、握手を求めてそれをする。
「私の個性の特性上、色々なことを知ることができましてね。あなた達も大変だったでしょう。そして断言しますが、今通われている個性カウンセラーは無資格の人間ですね。正確には民間資格を取ってはいますが、本来はそこまで強制できるものではない。個性を抑えて普通に過ごせなどとは、まともなカウンセラーなら決して言わない」
この家の表札に書かれている文字は『渡我』である。この後にカウンセリングへと向かい否定され、その後銀行での襲撃に巻き込まれてしまうトガちゃんの家であった。
「彼女は私が責任を持って専門家に紹介をします。その上で、彼女の個性が有用な場合には事件解決のために協力いただいてもよろしいですか?ええ、必要であれば住み込みでの寮生活もご提供できますよ」
両親は本来見せるべき逡巡すらせずに飛びついた。ようやくこの子を手放せる。そんな暗い本心をどうにか後付けで隠そうとしながらも、歓喜を隠せていない。しかも世間の役に立つなんてと両手を挙げて歓迎していた。
車に乗せられて移動する時まで全部がスムーズで、サーは余計に苛立っているようでもあった。
「フツーがわからないのです。普通でいなきゃダメなのに。これってフツーなんですか?」
「普通が何かか。そうだな。その答えは言葉ではなんとでも言えるが、心からそれを知りたいと思うなら見せてあげよう。何、安全は確保されている。ちょっと顔を見るだけだ」
「なんのです?」
「この世で最も普通じゃないもの同士の戦いと、この世のものではない本物の化け物を見せてやろう。きっと自分があまりに普通すぎて逆に悩み始めるかもしれないぞ。私もコンプレックスを感じているところだ」
「二人とも変です。男の子の方は月の香りと今まで嗅いだことないくらい濃い匂い。そっちはまだ普通だけど、今まであった中で一番傷だらけで深い血の匂いがします。いいなぁ。カアイイなぁ」
「では血を飲むか?」
「……え?」
「君の個性が事件解決に役立つと言っただろう。そして個性の発動には血の摂取が必要であるとも知っている。だから飲むかと聞いている」
「ダメじゃ……ないんです?ダメなんですよね?いけないってずっと言われてたのに。そうやって、うんって言ったら怒るんだきっと。パパとママに言いつけるんでしょう?」
「絶対そうだ。あの時もそうだったもん……」
彼女はどこか対話をしているようでしていなかった。自分の中で決まったものがあり、そこから踏み出してこない。来れないような殻を感じる。
「人の話を聞け。あの両親から引き離したのにも理由はある。その個性と折り合いをつけて、個性が求める代償について対応できて、君自身が成長してからそうしたければ親と向き合うようにすればいい。というかこちらかぜひ飲んでくれと頼む立場だな。当然報酬は支払おう」
「お金もらって、血を飲んでいいんですか?」
「そう言っているだろうに。ヒーローは嘘をつかないぞ。ほとんどな」
「サー。それ笑いどころですか?」
「ああ、全く。年齢相応ではない子供達だが、だからこそ笑わせ甲斐があるというものだな」
「では実食といこうか。数滴杯程度の量で10~30分か、コップ一杯程度の量で1日保つだろう。今のうちにたらふく飲んでおけ」
ぶんぶんと首を振る彼女の頬は紅潮して、瞳孔が開いている。ガチガチと打ち鳴らす歯の音と八重歯がキラリと光っている。
「いただきまぁす!ぁぐっ」
もう辛抱たまらんと襲いかかるトガちゃんをサーはノールックで片手で止めた。
「ひどいです。なんでそんなことするんです?」
「落ち着け渡我被身子。その服のまま体格が遥かに大きな成人男性に変身するつもりか?最悪衣服に締め付けられて窒息するぞ。衣服が破れても女児の服を無理矢理着た不審者の完成だ。私が私を逮捕することになってしまう」
サーはちゃんと女性のサイドキックも連れてきていた。彼女に案内されてダボダボの服を着せられるトガちゃん。その状態で血を吸うのなら問題なしということらしい。良識的な大人でよかった。
「じゃあ、あらためて。いただきます……」
恥ずかしいからと後ろから首を狙うスタイルである。手首などで良いだろうという提案に、今まで首から飲んだことないから飲みたいという熱望を押し通した形だった。
サーの体にはいくつもの傷跡があり、首にもそれがあるためそこをランドマークにしているらしかった。
小さな音とともに歯が沈む。温かい血が口内に広がる。彼女は目を細め、幼い喉を鳴らしてそれを飲み干す。まるで生まれて初めて水を飲んだかのような充足感。
ああ、最高です。きっと私はこのために生まれてきたのに、我慢するなんて馬鹿みたい。その人の血を体温を、吸い取ってその人自身になっていく。ここまで人を感じられる行為なんてない。
そして人の味を知ってしまった彼女は、恍惚の中で目を開く。
血の匂いがするボロボロの人が好みだった。死と血の匂いのするナイトアイも素敵だったけど、今気になるのはあそこにいる男の子だ。なんであんな匂いがするんだろう。なんでこんなに惹かれるんだろう。見た目ではわからないほど、血に塗れていてボロボロを超えて崩れている。
淡輝くん。カアイイねえ……。
これが恋なのかもしれない。
そうして彼女は、サーの血を飲んで変身した。演技指導を受けて。たった一言だけをまるで本人かのように言えるようになったのだ。
「なんで『
「それを聞かせる相手が、一瞬で現れて。そして一瞬で消えるからだ。危険はない。やってくれれば理由をつけて血を飲める状況を今後も整えてやろう」
「それってさっきみたいな、直接ってことですよね?やります!淡輝くんのが吸いたいです!」
「ひとまず未成年は厳しいが、それも友情次第だろうな。本人と交渉していけ、あれも大概だから普通の反応をされることはないだろう」
トガちゃんは人生で初めて肯定をされてとても明るくなっていた。今日のカウンセリング後だとものすごく拗らせてしまい会話にならないから、今がベストなのだ。
彼女は血の摂取欲求と、牙を立てての吸血欲求。そして好きな人や好みの人になりたい変身欲求を抱えている。それらを封じ込めて両親から否定され続けて生きてきたが、今まさにそれが解放され望んで吸血をされるという状況に彼女は興奮しきっていた。
誰でも良い訳ではなかったが、この二人ならどっちもよかったらしい。あまりに傷だらけで最高だと言われて男性二人は揃って微妙な顔をしていた。
「その個性すごいよ。きっと人から感謝されてお腹いっぱい毎日血が飲めるようになると思う」
「そんなの、そんなの考えたこともないです。夢みたい……」
単純に使えると思ったし、あの両親はクソだったので引き離そうと思っただけ。そして無意識の血月の香り。それが決定的に彼女の今後の進路を決めることになるとは狩峰淡輝は思いもしなかった。
この二日のことしか知らないから。数年後なんてわからない。
「さて、それではオールマイトにどうやって例のアレの対処をさせるかだったな。今も神野区にいるんだろう?」
「たぶんですけど、あれはあのあたりをウロウロしてるみたいです。何か考えがあるんですか?」
「いいや、これに関して私にできることはない。お前が全力で声をかけるだけだ。それでいい。それしかできない。あとは信じろ。オールマイトは信じるだけ力を発揮する。これは精神論ではないぞ。単純な事実だ」
「ええ、今ならわかります」
事実としてそうなった。
オールマイトは不可視不可触の謎存在と戦ってほしいと言われても快諾し、何一つ迷いを見せなかった。
「かつてそれの指をちぎったことがあるらしい。腕ごともいで、それでオールフォーワンを殴れば良いのではないか?」
「えぇ……?ナイトアイ、君変わったね……でもいいさ!考えるのは君の仕事。私は体を動かす担当。これが最高の布陣だってことを、世界に教えてやらなきゃな!」
オールマイトは笑顔のまま、その何かと殴り合う。
疑問が心に湧くほどにまるで触れられなくなっていくようだった。まるで悪夢みたいなその相手に対してオールマイトがしたことはただ一つ。
仲間を信じること。人を助けるという自分の信念を信じること。
信じ抜くこと。ただそれだけであった。
その狂気が何かの境界を超えて、そして最後には相手の姿すら見えていた。
「もっとご飯を食べた方がいい。筋肉不足だな君は」
どれだけ不利でも笑顔は絶やさない。
無数の光線を、自らの腕をちぎり取って鈍器にした狂気的な攻撃を、その全てを受け切って。優勢と劣勢を行き来して、右腕を掴まれて無数の目の前にぶら下げられている。
「腕を取ろうというんだ。取られても文句は言わないよ。それでもね」
自らの右腕をすら犠牲にしても止まらない。
「私は負けるわけにはいかないんだ」
ワンフォーオールを意図的に右腕からなくし、そしてそれを千切るようにして全力で機動。目の前にあった眼球だらけの頭部に、ヘッドバットをかましたのだった。
陥没してそこら中の目から鮮血を吹き出すその異形は、ついに倒れ伏す。
汗と血を拭えば、先ほどまで一瞬見えていた姿はもう見えない。本体は消えてしまったようだが、この腕はいまだに残っている。
「子供たちが待ってるからね。これでホームランを打ちに行かなきゃいけないんだ」
オールマイトが跳躍し、そして宿敵を打ち果たすのだった。
子供達の進路はどっちだ?