オールフォーワンを理不尽な腕で叩き潰して、逃げた先でも詰ませ続けた勝利の先。
そこで待っていたのは、信じがたい言葉だった。
「私を殺してくれ」
サーナイトアイが真っ直ぐに言葉を投げてきた。
狩峰淡輝が正気を疑うような言葉。そんな無茶を言われた後に、続く言葉はこれまた意味のわからない問いだった。
「狩峰淡輝お前は人を殺したことがないな?」
一体、何を言っているんだろう。俺ほど人を殺した人間なんて歴史上にいるのかって思うくらいには殺している。
「殺人は全て、狩人にやってもらったのだろう。お前自身が殺した人間はいるのか?」
それは、多分いるはずだ。これだけ長い事やっていたんだから。だいたい、俺がダメだから死んだ人が多すぎた。あれは俺が殺したようなもので。
「能動的な殺人に心当たりはなさそうだな。それはよかった。私の仮説が補強されたよ」
「考えを、読まないでください」
「良いか。あのアメンドーズはお前に反応して動いていた。毎回動きが違うのだったな?お前の精神的な何かに反応をしているか、あれもお前と同じくループを認識している可能性すらある。向こうも成長するとなれば、過度なやり直しはあまりに危険だ」
知っていた。その話は以前にもしていたから。だからいくつも考えて用意をしていたんじゃないか。
「そんなのわかってる。わかってるから!頑張ってやったのに!なんでサーが自爆してんだよ!それじゃあ終われる訳ないだろ!!あなたたちさえ無事ならそれで終われるのに!!」
「では一つ決して覆らない決意の話をしてやろう。私はどの道、死ぬ予定だった。お前の力を知った私は必ずこうする。これは決まっていることだ」
なんだそれは。そんなの受け入れられるわけがない。
「それがどうして殺人の依頼になるんですか。意味、わからないですよ」
「お前の表情は悪くない。しかし、それは私やオールマイトに向けたものだけ。あとは家族と幼馴染み、それと銀行にいたあの司書である女性か。それ以外の時には完全に冷徹な狩人の視線になっていることに気づいていないな。誰を利用して、誰を殺せば効率がいいのか見定める目をしているぞ」
そんなの、当たり前だろう。救いたい人を救うために。他を殺して利用しきるなんて今更すぎる常識だ。
……ああ、でも言われてみれば。普通はそう考えないんだろう。これか。この狂気に違和感すら感じなくなっていた自分の状況を彼は問題だと言っているのか。
「そうだ。お前の精神状態はあまりに危険な場所にいる。10年以上殺し合いをし続けた人間など人類史上初めてだろう。人の死が、殺人があまりに身近にありすぎてそれらに違和感を抱けなくなっているというのが私の見立てだ」
そりゃそうだろう。適度に壊れでもしなければこの状況じゃ息も出来ない。
「人を殺してしまったら、ひどく傷つくというのが一般的だがそんな精神では壊れてしまっただろう。お前のその状態は仕方ない。だが、戦いがひと段落したのであれば看過できない。現状でお前が生死を気にするのは家族と恩師、そして我々二人だな。このうちで直近死ぬ予定があるのは私だけだ。数日後には苦しみもがいて死ぬのだから、その前にぜひお願いしたいところだな」
「まだ、まだわからないですよ。死ぬのが止められないって言っても、まだ試していないんだから!全部、全部を救ってどうにかなることだってきっとあるかもしれないじゃないですか!無数に未来があるなら必ずある!」
「ああ、その通り。お前はきっと諦めない。だがよく考えろ。『一万回ダメでも、一万と一回目に何か変わるかも』こんな歌も昔あったが、それはあまりに残酷だと思わないか?一億繰り返しても変わらない可能性だってあるのだから。あのアメンドーズさえいなければこんなことは言っていないが、アレはそれだけ異常だろう」
それは……反論が難しい。でも、いやだ。絶対に諦めたくない。
「ここまで言っても折れないのも知っている。根性や気合いでは言葉が足りないな。狂気がなければこの結果には辿り着かなかっただろう。本当によくやったよ。子供に背負わせるには重すぎるとは思うが、私は一人の人間として狩峰淡輝を心から尊敬する」
「だからこそ、子供には突きつけない選択肢を提示させてもらおう」
冷徹さの仮面を深く被って彼は言う。
「私が死ねばオールマイトが死から救われるとすれば、その気は変わるか?」
「何を……言ってんだよ。それってどんな……」
「詳細は言えない。人が知ることで『予知』は未来を決めてしまうと思うからだ。つまりは『予知』をしてもそれを誰にも伝えず知った人間が消えたなら、未来は変わるかもしれない」
「オールマイトが、死ぬって言うんですか……?」
「肯定も否定もしかねるな。私はお前と同じかそれ以上に、彼に生きていて欲しいと願っているだけだ」
そこからもいくつも話した。そして、最後の最後までサーが折れないと言うことがわかった時にそれをした。自らのこめかみに銃口を当てて、引き金を引く。
「わかっていたよ。狩峰淡輝。お前がどこまでも優しい人間であることを私は知っている」
銃弾が、出なかった。見抜かれていた。弾が抜かれていて入っていない。
そして気づけば香るのは、どこか懐かしい匂い。ちょっとお母さんの匂いに似ているけれど違う。
真夜中の匂いだった。
意識が薄れて、舌を噛み切ろうとする顎に力が入らない。全てを考えられなくなって、そして眠りへと落ちていく。
「協力感謝する。ミッドナイト。ここまでよく我慢をしてくれた」
叔母さんが何かを叫ぶ声がした気がしたけれど、もう限界だった。
暗い暗い。あまりにも遠い感覚を思い出す。入眠の感覚。あれほど避けてきたこの感覚にどうしても抗えない。
泥のような眠りの中に囚われていく。だめ……。ダメなのに……。
目が、覚めた。
永遠にも思える回数を聞いてきたあの歌が聞こえない。新しい朝。希望の朝なんてあり得ないものを聞かされ続けたあの曲の不在。それで逆に新しい朝なのだと直感できた。
ずっと同じだった自分の部屋のベッドじゃない。
「おはよう。気分はどうだ。狩峰淡輝」
目の前にはサーがいて、横には知らない誰かもいる。それはどうでもいい。
問題は彼だ。サーが語りかけてきた。
「ずっと、お前は眠ることを何よりも恐れていたな。オールフォーワンよりも、アメンドーズよりも。だからこそ家から出て戻りたくなかった。母親の声を避け続けていたのは無意識かもしれないが、お前はきっとそれを知っていた。死んでも繰り返すお前の力は眠ることに関係があるのだろう、私の見立てでは深い睡眠こそがそのループの鍵ではないかと思う。その事件に巻き込まれてから一度も寝ていないとも言っていた」
それらの言葉をほとんど聞かずに、自らを殺せる道具を探して室内を全部チェックする。
「致死性の薬剤はそれだ。どうせ止めても無駄だろう。流血は避けたい。どうなるのかは次の私に語ってくれ」
やけに用意がいいが、それに飛びついた。一瞬でそれを注射して変化を待つとそれは即座に現れた。強力な麻酔だったのかもしれない。先ほどよりも急激に意識が落ちる。ブレーカーを落とした電気のように自分の意識はどこかに消えた。
目がさめる。
歌はない。ここはいつもと違うところだ。
「おはよう。気分はどうだ。狩峰淡輝」
目の前にはサーがいて、そして同じ内容を語りかけてきた。
「即座に自殺に走らない点を見るに、どうやらすでに試したようだな。何度目かは知らないがもうそれはやめてくれ」
終わった。終わってしまった。ループが終わった。
死んでも、何をしても、どう足掻いても終わらなかったループが終わった。
それは願って願って、死ぬほどなんて言葉じゃ足りないくらいに祈り続けてきた夢だった。
体は歓喜の悲鳴を勝手に上げようとしている。涙が溢れてこの状況を祝福しようとし始めているそれでも理性はそれが意味することを見逃すほどに鈍くない。
ナイトアイが死んでしまう。その状態で世界が再び次のループに入ったのだから。これはもう決まってしまった。
家族が救えて嬉しい。敵を殺せて最高だった。オールマイトが生きてて安心した。もう戦えなくて寂しい。家族が無事なんて信じられない。起きたら血を飲まないと落ち着かない。
相反する感情が暴れている。表情がどうなっているのかわからない。声が出ない。窒息しそうだ。
わけもわからず、その場に吐いた。
エチケット袋を構えたサーに汚れひとつもなく受け止められて、背中をさすられている。
「私も散々吐いた後だ。綺麗な吐き方というものを最後に伝授してやろう」
涙目でえずきながら彼の冗談が脳の中に入ってきた。ああ、やっぱりサーはここにいる。いるのに……。なんで。
彼の手を見ればいくつかの水ぶくれができていることがわかる。皮膚の赤みもそうだが、そういった小さな異常こそ彼がすでに終わりかけていることを示唆してくるようで目を背けた。
「オールフォーワンが死んでからすでに12時間が経っている。私の放射線被曝はすでに手遅れの状態にある。皮膚の赤みは消えず、白血球も激減している。胃腸も役立たずになりつつあるが一時安定する『偽りの平穏』と呼ばれる期間があるらしい。とはいえ薬品で誤魔化しても仕事はできてあと2日程度といったところか。人より体が頑丈な私でこれだ。色々と限界が近いな」
うそだ。うそだ。うそだ……
「オールマイトは……?彼は、あなたの状況を知っているんですか?」
「ああ、知っているよ」
答えたのは、少し痩せている長身の誰か。片腕がないその金髪の人間に興味はなかったがここまで注目すればその目に気づく。
ヒーローの目だった。
「っオールマイト!?その姿は……」
「オールフォーワンの置き土産だね。今わかっているだけでも『梗塞』『肺炎』『癌』『糖尿』『腎不全』『高血圧』これらの病気の個性を接触した際に感染させられたらしい。直接触ったわけでもないのに、まるで呪いみたいだね。ワンフォーオールは今、それらの病に対抗するためだけに使われてしまっている。力が抜けたらこんな体になってしまったよ」
かつての彫像のような威容はないが、それでも体格の良さは健在だった。それでも一般人レベルでの話だ。無敵のオールマイトにはとても見えずそれは淡輝が見落とすレベルの豹変だ。
うそだろう。
ナイトアイは死んでしまうし、オールマイトは腕を失った上に病に侵されている。これが、こんなものが勝利だなんて認められるか?
「それでも認めるんだ。これこそが勝利だ。パーフェクトゲームを目指すなんてするものじゃない。毎回全力を尽くすのは良いが、それでやり直すというのはあまりに理に反している。きっと反動は恐ろしい形で齎されるだろう」
もう心を読まないでほしい。我慢できなくなってしまう。
「私も、彼が死ぬなんて認めたくない気持ちなんだけれどね。ナイトアイは頑固でさ。そして君一人を苦しめることで彼を救いたいかと聞かれれば、それはNOだ。君も守るべき一人なのだから」
もう負けた。負けたんだ。取り戻せない。あれだけ終われと無責任に願っていたのだから、自業自得だ。
「それでもそのやり方には反対だよ。君に介錯をさせるなんてそんなことはすべきじゃない。安楽死なんていくらでも方法はあるんだから。誰かがやらねばならないのなら、私がやろう」
「オールマイト。あなたは今を見ていてくれ。未来は私の領分だ。その私が言っているんだ。子供に殺人などさせたいと私が思うとでも?」
オールマイトはため息をついて眉間を揉んでいる。ナイトアイは鋭い視線を揺るがせない。この二人は互いを尊敬している。尊重してはいるのだが、それとして譲れないものがある。だからこそ一度コンビを解消したのだろう。
「とまぁ、二人だと埒があかなくてね。君の意見を聞こうと言うことでまとまっている。本当に良い効果があるのなら、それ自体を私は衝動的に止めないようにする程度には覚悟は決めさせてもらったよ」
「ナイトアイ。あなたは本当に、これが必要だと思いますか?」
「ああ、そう思う。君は痛みを思い出すべきだ。それを抱えたままでなければ、何かと戦い続けてはいけない。感覚を麻痺させたままでは、相手も自分も何もかもを壊すことになる」
恩人に苦しんで欲しくない。それは本当だ。だけど、この命を自分で奪うなんて……。
「決断までは2日ほどある。奇しくもまた二日だな。あまり長引かせてはもらいたくないが、準備ができたら声をかけてくれ」
だけれどその日は近づいてくる。
半日ごとに彼は悪化していった。常人なら即死の放射線量だったらしい。一番最初に臨界事故を起こした科学者の辿った死への旅路を彼は早送りをするように体験していく。
俺が起きた頃にはすでに食事をできなくなっていた。中性子がDNA鎖を切断し、ミクロのレベルでズタズタにされた細胞たちが今まさに大量に死んでいるのだという。
体の内側から押し寄せる細かな死が、サーナイトアイを暗いところへと引き摺り込んでいく。
痛みでその晩は眠れないようだったから、ミッドナイトに頼んで寝かせてあげた。
「あーくん。あのね。あの時は、」
「待って。今度にして。今は話せないから、サーの戦いが終わったら話そう。ミッドナイト。約束だけ守ってくれたら、絶対に話すから」
ヒーロー名で親族を呼んで距離をとる。彼女の眠りを誘う香りが恐ろしかったから。彼女のコントロールはお母さんより完璧だったから心配はないはずだ。もう勝手に眠らせることは決してしないと約束もしてくれた。
その晩、死んだように眠るサーを見守って自分は一睡もしていない。眠気なんか、来るはずもなかった。
嘔吐と下痢が交互に続き、液体便に血が混じり始めた。腸管の完全な剥離が進み、栄養吸収が止まった。体重は半日で1kgずつ減少し、脱水で皮膚が乾燥した。手足の腫れが悪化し、右手は黒ずみ始め、壊死の兆候が止まらない。
「ドラゴンを起こすとこうなるらしい。青い竜の息吹が、毒属性というのはどうなのだろうな」
痛み止めを投与された上で息も絶え絶え。それでも彼はユーモアを決して忘れていない。
弱っていくサーを見ているとどうにも耐えられなくて眠れなかった。どこまでも彼の見立ては正しかった。二日が限度だ。それを超えるとあまりに痛ましく、彼ですら精神錯乱して青い光の幻覚を見る。その姿を見ることは耐えられなかった。
ベッドは体液と血に染められて、どれだけ包帯を変えても追いつかない。腸の機能が完全に停止してしまった時には様々な管を腹に入れられて、まるで樹木のようだなんて感想を持ってしまったくらいだった。
最後のその日に覚悟が決まらずに、彼をそんな状態に追い込んでしまった。最後に握る銃を相手に向けて撃つことができず、自分を撃ち抜く。
そうして何度もやり直している。
歌のない希望の朝のはずの目覚めを、何度も繰り返してサーナイトアイとの別れを惜しみ続けていた。
彼との対話を終えたくなくて。いつかアメンドーズが来るかもしれないと危惧しながらもやめられなかった。なんなら、あの恐怖そのものが来た方が良いとすら思ってしまった。
「その試行はもはや止めまい。せっかくだ、私の思考を完全に学ぶといい。私が死んでもナイトアイ事務所を裏から動かせる程度には私を模写してみるがいい」
まだ歩けるナイトアイは、自身の戦闘スタイルを懇切丁寧に説明してくれる。章分けしてカリキュラムを組んでいたようで、二章からといえばそこから始まるというのは自分以上にこの力を使いこなしているようで、なんだか笑えた。
「ヒーローとは何か。それを学べる学校はこの世界には存在していない。そもそも教えられるものじゃない。枠を超えて。己の
動けなくなっても。言葉を話せる限りは対話をし続けた。英雄とは何か。なぜ世界はこうなのか。なぜ人は死ぬのか。なんで、俺はこんなに無力なのか。
「英雄の孤独か。オールマイトは孤独過ぎた。私では遥かに足りなかったが、だがお前はすでに並び立っている。英雄ではなく狩人としてでも、そこに誰かがいるというのは大きいぞ」
「渡我被身子はお前に執着しているな。予想外だよ。彼女の調査からはオールマイトや死にかけの私の方に興味が向くと思っていたから。きっと私の見落とした何かを嗅ぎ取っているのだろう。それともこれらの分析は全部が野暮であって、単純な乙女の純情かな」
「雄英高校もまたオールフォーワンの手中だったということだろう。この日本とアメリカ。そしてイギリスとオーストラリアあたりの先進国を維持している国々には奴の影響が根深くあると思っていい。我々はあの魔王の傲慢から生まれた恩恵を享受して育ったという皮肉も決して否定はできない。悪性の腫瘍を除いたからと安心はできないぞ。支配者の不在は悪政よりも悲惨な結果を招くこともある」
「『悪性腫瘍をすくすく育てている私が言うんだ。間違いない』」
無数の対話をしていくうちに、ナイトアイならこう話すということが自分の中に明確にできていた。死の間際にしかできないブラックジョークが多過ぎて笑えないが、そんな気まずさを彼は笑っているようだった。
『「さて、そこまで私を知ってくれたならわかるだろう。もうそろそろ潮時だ。終わりにしよう」』
脳内のナイトアイと現実のナイトアイが同時に言った。そうして俺は初めて、その終わりのところにまで辿り着く。
手を握ってその目を見ると。彼は個性を発動したのだと思う。
「今からいうことは予言だ。これは必ず現実になる。いや、私が見た以上すでに起きていることと同義だ。これは絶対なのだから」
全身に力を込めて、それを聞く。今まで体験した中で一番の痛みを感じると分かっていながら、もうそれから逃げることはしない。
「お前は大きな木の下で友人たちと、昼ごはんを食べている。太陽の輝きと潮風の感じもするからきっと海の近くだろう。色とりどりの料理が並んでお前は本当に幸せそうにそれを食べる。ああ、デザートまでそんなに食うと腹を壊すのではないか?」
「なんですか、その最高の景色は。ここにきてお世辞なんて、らしくないですよ」
「オールマイトもそこにいる。彼はどうやら暇をしているらしい。生きて、ああ、生きてくれている。ありがとう。狩峰淡輝。君のおかげだよ。あとは、頼んだ」
握手をしていた手が解かれて、自分の髪が撫で付けられる。子供の頭部に触れる機会などなかったのだろう。下手くそすぎるその撫で方にサーナイトアイという男の人生を感じてしまって。息が上手くできなくなった。
「オールマイト。あとは頼むぞ。大人としてカッコよくユーモラスに全部を殴って解決してくれ」
「HA HA HA !言われるまでもないね。安心して任せなさい。なぜって?言う必要あるかい?」
気合いを入れたのか、その姿が筋骨隆々なヒーローに戻っていた。大人たちはきっと気丈に振る舞うことに慣れている。
「さぁ。オールマイト。一生のお願いだ。もう一度未来を見せてもらうぞ」
「なんだって?たった今、君は一日に一回の『予知』を使ったじゃないか。さっきの目は個性を使った時の目だっただろう」
「個性は成長する。1日二度できるようになったのかもしれないし、個性発動だけをして、実際に未来を見るときに目を瞑っていると、それはノーカウントになるという裏技を見つけたのかもしれない。目の色を一瞬変えるだけの個性だったというオチもありだな。後世ではそう語ってくれ」
「やれやれ、君ってやつは……。じゃあ好きに見て、なんでも言ってくれ」
「言われなくともそうするさ。あなたも狩峰淡輝のピクニックに参加しているらしい。とても幸せそうだが痩せたな。とはいえ健康そうで何よりだ。きっと病も克服したのだろう。そして何より、随分と可愛らしい子供を連れてるな。特徴的な金髪の……何とも可愛いな」
「おいおい嘘だろ?最後の最後に冗談きついぜ相棒。そんなことあり得るわけ」
「ふざけるなよ。相手は誰だ?どこの牝馬の骨かわからんが、まず私の書類選考と面接を通るべきだろうが。こいつは本当にオールマイトを幸せにできるのか?」
なんかブチギレていらっしゃる。これが嘘だとしたら、相当の狂人だろうというレベルだ。
あらかたキレた後に襟を正すサーはいつも通りだった。どこまでも、しんみりしたお別れの雰囲気を壊そうとする姿勢に尊敬する。
「さて、私が見た『予知』は必ず実現する。片方が嘘かもしれないし、両方とも適当なことを言ったのかもしれない。死の間際に覚醒し、1日に二回以上たまたま使えるようになったという説も案外有力だ。追い詰められて個性の覚醒した事例は多いからな。だかしかし、何より重要なのは一つだけ」
「最良の未来を信じて勝ち取るという意志。そしてそれに伴う行動だ。なんでも好きにやってくれ。きっとそれが良い未来を作り出す」
「……っふ、二つじゃないですか」
「よくツッコめたな。及第点をやろう」
彼が頷くと、それで最後だと理解できた。
オールフォーワンを撃った銃は、ナイトアイの専用武器だった。それを受け取って弾を確認する。
かつてのループで扱えるようになっているそれを持ち上げるが、重量以上に重い気がして手が震えた。
帽子を被らずに銃を構えるのが初めてだ。
「最後に一つだけ、約束をしてほしい。以前に交わした協力条件とほとんど同じだが気にするな。いいかすべきことを終えたなら。その後でも、全部の最後でもいい。自分自身を救うために力を使うんだ。これだけはオールマイトを真似しちゃいけない。自己犠牲こそがヒロイズムの真髄であると思う。思うが、それは人を外れる道だ。お前にはそんな道を歩んでほしくない。いつか、やるべきことを終えた時、冗談で笑い。ご飯を美味しく腹一杯に食べて、眠くなって眠ってしまう。そんな最後を目指してくれ」
頷いた。声はもう出なかった。
「彼女を作るのもいいぞ。あの子たちは可愛いし、お前のことを気にかけている。華やかな青春を送れるだろう」
いきなりおじさん臭いそんな冗談を言い切ることすらもはやできずに途中で咳き込み、どうにかその文章を伝えてくれた。
「ありがとう。狩峰淡輝。感謝する」
腕が震える。それでも、自身の中の狩人の血が最適に相手を殺すために体を動かしてくれる。震えが止まるが、それを強引に押さえつけて自分の非力な腕に戻して構える。最悪の照準。震える腕と指。止まらない脂汗が流れていくのに。涙は一向に出てこない。
「では本当の最後に、オールフォーワンへのメッセージを残しておかねばならないのでね。それが終わったら撃ってくれ。すでに私とは語り尽くしたのだろう」
ナイトアイは瀕死の様子をおくびにも出さず。堂々と語っている。
「聞いておどろけ、見て笑え。これが貴様の最後なのだから。いいか、お前は今から『敵と対峙し言い表せようもない程に凄惨な死を迎える』これと同じ死に方だよ。じゃあ、お先に。いや、こちらが後なのだがね」
ガァアン!という音と共にナイトアイの頭部が吹き飛んだ。
決まっている未来をなぞるように、無惨な死を自ら選び取った彼は死んだ。いいや、俺が殺した。
そして淡輝は、いつぶりかわからない温かな涙を流して叫ぶ。普通の子供のように傷ついて苦しくて、どうしようもなく叫んでいた。
世界から透明度が失われて、自分が弱くなった気がした。何をしていいのかわからない。だけれど、サーからもらったいくつもの言葉と思考。そして覚悟が、膝を折ることを許さない。
倒れ込む寸前で、抱きしめてくれた人がいた。
滂沱の涙を流すオールマイトが、淡輝を熱く抱擁している。
「大丈夫。彼は、いる」
失ったばかりではないと。彼の残したものは確かにあると。全身全霊でそれを世界へと証明をしてやろうというこれは宣戦布告なのだ。
「ナイトアイは私たちが継ぐ。彼の遺言に従って弔うのは二人だけでいい。この火を受け継いで世界を照らしてやろうじゃないか」
それが、三人で決めた悪巧みであってヒーローなのに世界に突きつける嘘だった。
「俺は、あなたは絶対に救いますよ」
「ああ、私も君を救ってみせるよ。ただ一点だけ、訂正だ」
「ナイトアイは、救われていたよ。死んでしまったがそれでも彼はこの数年で一番の安心した笑顔を見せていた。君は、彼を救ったんだ」
ナイトアイには先を越されてしまったから、この勝負は彼の勝ちだ。
もう夜は怖くない。あの悪夢にうなされる心配ではなく、自らが殺した恩人の夢を見るために眠るのだ。眠れないかもしれないが、それでも逃げることはしない。
誰にも知られない墓を作り三人だけの誓いを果たすため現実に戻っていくのだ。
世界を平和にする。世界の平和の象徴となる。この二人の男は近いけれども違う決意。
現実を実際に変えるほどの信念というただ一つの武器を握りしめて、戦いを挑み始めるのだった。