Cクラスの女子たちがキラキラ空間を展開している時、雄英高校の訓練場には尋常ではない空気が流れていた。
時代が変わっても驚くほど変わらないこともある。
「「最初は……」」
日常の何気ない文化。例えば『じゃんけん』などがそうだった。これらは100年以上が経ってもいまだに何気ない勝負の方法として日本に深く根付いている。
向かい合って立った二人。肩にぐっと力が入り、まるで始まるのが命懸けの決闘であるかのような剣幕で足の位置まで慎重に整えている。鉄塊の如き鈍い輝きの少年は背中を反らし気味に胸を張り、鋭利なツンツン頭の相手は前のめりに重心をかけ、互いに指先に緊張が漲っていく。
「「グーー!」」
その声に合わせて二人の腕が同時に振り上がる。
握りしめた拳は力みすぎて白くなり、肘の角度まで揃えるような一致ぶり。拳を突き出す勢いが強すぎて、空気が小さく鳴るほどだった。
「「じゃんけん——」」
それを見ていた人間は息を飲むだろう。ここまで思いっきり拳を振るうというのは日常生活でそうお目にかかることはできない。ましてや仲の良い友人同士なら尚更だ。
決して握りを緩めないという硬い決意が拳を固め、見え見えの一手が繰り出される。
「「グー!!!!!」」
二人は同時に腕を振り下ろした。
全力で腕を振り抜くために、前に一歩踏み出す。
拳をひらけばきっと相手にじゃんけんには勝てる。そんなことをわかっていてもこの二人には意味はない。これは普通のじゃんけんではないのだから。
不退転の拳が空中で向かい、そして砲弾のようにすれ違い。
そして互いの頬をぶっ叩く!
ガッシャアン。と、人間同士の衝突音には聞こえない衝撃が周囲を揺らすが、彼らの脳はまだ揺れていない。
「「あいこで……」」
それでも頭部は思いっきり弾かれるが、倒れない。互いに全力で踏ん張り背筋を腹筋を、あらゆる筋肉を躍動させて踏みとどまる。
再び体を捻り、全力の殴打へと移行する。
「「グー!!」」
この勝負はパーを出した方が負け。最も文字通りと言っていい『漢気じゃんけん』がここにあった。
さらには淡輝が持ってきた古典的名作。『HUNTER×HUNTER』はCクラスで空前の大ブームを巻き起こしている。多感な高校生男子がこの必殺技を知ったからにはグーを出す以外の選択肢は消滅している。
ウズウズ。という擬音を隠しもせずにそれに参戦する機会を伺う男が一人。
ドンビキ。という心の声を隠せずにそれを見て一歩引いている男がもう一人。
「おい、あれ……いいのか?」
「何がっスか?あんなんいつも通りっスよ!やっばい武器持ちのトガちゃんとか、先生が不意打ち乱入して来ないんで、今日はまだ平和な方の決闘じゃないっスか」
轟焦凍はあまりにも世紀末なCクラスの現状を知って驚いた。やけに荒んだ目をして戦闘訓練に挑んでいる奴がいると思えばそれは大体がCクラスである。クラスメイトの名前や顔に興味のない焦凍であっても印象に残るくらいなのだから相当である。
「それで、俺はいつ炎を出せばいい?」
「どっちかが一回ぶっ倒れてからって約束なんで、もうちょっとっスね。おおい!気合い入れろぉ!切島ぁ!そのまま倒されんのか!?」
「だれガァ!たお、れる、かぁぁあああああ!」
「鉄哲!今のが全力っスか?プルスウルトラって言われなきゃやれねえのかよ!!」
「っっっっ!!!ったらァあぁぁああああ」
一回キリが良くなったかに見えた殴り合いが、気合いで続行された。
「もう帰っていいか?」
「逃げるんスか?」
「その寒いノリに俺を巻き込むな。殴り合いとか、くだらねえ……」
「あんだけ熱いのを見て、そんな言葉よく吐けるもんスね。あいつら本気っスよ。あんただよ。くだらないのは」
轟焦凍は荒れていた。入学当初よりも明確に情緒が不安定になっている。Aクラスで首位を取れなていない状況に彼は追い詰められていた。
風が吹き始めた。烈風が渦巻き始めている。そして呼応するようにその場の温度が下がっていく。
「俺ら二人の私闘、次くだらない内容だったら退学だってな。もう一度言うぞ。バカに巻き込むんじゃねぇよ」
「内容が良ければ認めてやるってことでしょそれは。逃げんのかよ。エンデヴァーの息子」
一線を超えて、そして何かが切れる。その瞬間。薮から棒が差し込まれるように一本の杖が二人の視界へと入り込む、
「お二人さんさぁ。マジで退学とか勘弁してくれよ。せっかくの才能を不法投棄しすぎだろ。何回目だ本当にさ」
渦巻く竜巻と、活火山を抑え込む巨大な氷山。まるで大自然の脅威と遜色ない力を秘めている対立に介入するのは、あまりにちっぽけな人間だった。
あまりに非力な男が邪魔している。当たり前の顔をしてそこにいる。完璧なタイミングで二人の意識の外からそれは来た。
「どいてろ。非戦闘員だろお前は。いっつも指示ばっかのくせに入ってくるんじゃねえよ」
轟にとって狩峰淡輝の印象は『頭は回るが、戦えないやつ』である。個性伸ばしの時には堂々と休み、戦闘訓練では基本的に前に立たず、やったとしても銃器で処理をしていた消極的な姿勢に対しての評価は著しく低かった。
「切れたナイフすぎだろ轟くん。ここんとこ悪化してないか?よくない焦り方してる?」
狩峰淡輝は持っていた杖を二人に向けた。
「うわぁ。嫌なとこ見られたっスね……。来るって聞いてないんスけど」
イナサに淡輝を侮る態度は一切なく、まるで先生にイタズラが見つかった少年のような表情をしていたのだった。
「うん。予定なかったのにね?ゆっくりご飯作って、砂藤のお菓子を頬張ってる予定だったんだけどね?どっかに頭に血が登ったアホがいるらしくてさぁ。邪魔されたんだよね〜」
杖を一振りすると、それが
ガシャンと地面を突く杖は、その場からこちらに攻撃をするには明らかに長さが足りていない。
次の瞬間に目を戻せば、そこには相変わらずの杖があるだけ。だがしかし、何かをしてここまで攻撃したのだろう。
「くだらないバカ同士の喧嘩を、新武器の運用試験に変えるっていう親切でここまで来てやったんだ。頭に登った血を『仕込み杖』で瀉血してやろうって言ってんだよバカどもが。ちょっとは仲良くしろ」
淡輝は普通に怒っている。何回かは普通に死んでもいいわと思っているくらいには呆れていた。全然愛してはいない。この二人はポテンシャルは高いのに直情的すぎるのと、過敏すぎる。
「仲良しごっこをしに来たわけじゃない。それにお前ACなしで戦えると思ってんのか?本気か?」
「ええ……?今殺されたばっかりなのにそれかよ。Aクラス以外は眼中にないのか。いや緑谷以外は見えてないって感じか?」
「俺は誰も気にしちゃいない。俺が復讐する相手は一人だけだ」
轟焦凍という人間について簡単に語るとすれば、親のエゴと弱さを一身に浴びせられてきた子供であると表現できる。
プロヒーローであったエンデヴァーは事件解決の実力も武力も高水準の有能な人間であったがそれでも、オールマイトには遠く及ばない。万年ヒーローチャート2位という結果は徐々に彼を歪めていった。
自身の限界を悟った次席のヒーローは、個性の弱点である熱の蓄積を解決するため相性の良い個性の相手を見つけて子供を作り、その子にNO.1ヒーローを超えさせれば良いという算段だったらしい。
しかしながらオールマイトはもうすぐ還暦。長年の無理が蓄積している上に全盛期を過ぎている。そんな時に自分の子供が追い抜くことで何が達成されるのかなど知らないが、それだけのために政略結婚のような真似をして子供を4人も作った。最も才能がある焦凍が生まれるまで愛のない子作りを続けていたようだった。
頂点を取るための教育は虐待の域まで達しており、長男は訓練中の個性暴走により死亡。事故として処理されているが両親の責任であることは明白である。
そこからエンデヴァーは歯止めが効かなくなったようで、最も才能を発揮した焦凍へと執着し。母親は心を病み、気づけば熱湯を幼い末子にかけてしまい入院生活を送っている。
そんな後ろ暗い家庭の問題を無かったことにして、事件解決数史上最多を誇っていたが5年前の事件をきっかけにヒーローチャートの仕組みを変更させてもらった。解決数などという対処療法的な数ではなく、人口あたりの犯罪をどれだけ抑えることができているのかを地域ごとに評価するのだ。
日本における圧倒的なトップ。平和の象徴として変わらないのはオールマイトであったが、世界的に見れば表舞台から姿を消したサーナイトアイが2位のオールマイトに大差をつけて圧倒している。突発的な地震や災害を事前に知らせることができるというのはあまりにも反則だったから。
そうしてエンデヴァーが長年積み上げてきたワンマンの事件解決型のやり方は否定され、トップ10からも姿を消した。落ち目となった彼への追い討ちとして週刊誌に家族の事情がやけに細かくリークされ、ヒーローとは何かということを世間に問いかける形になったのだった。
彼は一時勾留され、執行猶予付きの判決を受けている。ヒーロー事務所は解散されてサイドキックたちはいなくなり、現在は一人で活動をしている。
家族との接触はエンデヴァーからはできなくなっており、親子が会うことはこの数年なかったはず。それでも精神状態は悪化をしているようだった。父親への行き場のない恨みは、轟焦凍という人間をより一層孤独と焦燥へと追い込んでいた。
このままでは少しまずいかもしれないがしかし、これについては一つ確信できることがある。
これは、
これはヒーローの仕事だろう。だから緑谷とぶつかるようにはしてやるが他には特にお節介は焼かないこととする。
「まぁとりあえず、チブってこうぜ」
「チブ?」
「『血振ること能はず、名刀とは云ふべからず』試し切りだよ。つまりは、さっ!」
杖を振るうと、目に見えないほどの加速をして先端は容易に音速を超えていく。先ほどまで棒状だったそれは、蛇腹に分解されて刃付きの鞭となった。
機械式の仕込み杖はさらに加速されて射出される上、制御もマリアが行える。杖状態の3倍ものリーチを実現するそれはもはや遠距離攻撃と言っていい。
轟は氷で障壁を展開。削られつつもそれを防いで反撃へと移ろうとする。イナサは突風を自身に当てて空中へと離脱。必要以上に距離を稼いでいるのだった。
だがしかし、どれだけ柔軟性があろうとも切れ味の良い刃がついていようとも氷の壁はそう簡単には削りきれない。
「あれだけ人に逃げるとか言っておいてそれか。どっちが……」
先ほどとは逆の頬。右頬に熱い感覚が生まれる。後ろから切られた事実に驚愕し、振り返るが何もない。
「っっらァ!!」
空中にいるイナサの方から金属音が響いていた。専用に開発されたという合金製の羽が彼を包んでいるが、そこに斬撃が加えられている。
10mは離れているというのに彼は精一杯になって。
「はい。もう一回死んだ。シールド博士の物質圧縮技術だよ。無限パンチって言っても伝わらないか。無限でもないし拳でもないけどね。限界はあるけどそれでも見た目のリーチは意味をなさない。厄介だろ?」
淡輝は様々な武器を試しているが、なんだかやけに自分が得意な武器というのに偏りがあった。
単発銃や散弾銃は得意なのだがアサルトライフルなどの種類になると凄まじく下手だったりする。それなら弓矢の方がまだ戦闘スコアは高い。現代において弓矢などと笑ってしまうがそっちの方が強いなら使うこともあるかもしれない。
近接武器も同じように説明の難しい性向が存在しておりなぜか変形機構があるほどにしっくりくるのだった。非合理的だと開発者も頭を悩ませていたが使いやすいんだから仕方ないじゃないか。
「傷付いて傷付けて。ずっと吠え続けるなんてさ、獣みたいじゃあないか」
刃を仕込んだ硬質の杖は、そのままで十分に武器として機能する。しかし仕掛けにより刃は分かれ、まるで鞭のように振るうこともできる。不思議な武器だ。あまりに合理と離れている、
武器を杖に擬し、鞭を振るう様は、様式美の類であると技術者の誰かが皮肉交じりに言っていた。
その通りだと自分も思う。これもまた、自ら人であろうとする意思なのかもしれない。
とはいえ、唯一無二の武器というのは利点だって存在している。
「見たことない武器ってのは結構強いんだよ。初見殺しってやつだ」
こちらは一方的に相手のことを知り尽くし、そして初見の武器を叩き込む。これぞ狩りというものだろう。
この後めちゃくちゃ、刻みまくった。
そうしてボコボコにした後に、その状態で熱血二人に風と熱を送る訓練をさせる。
熱耐性を獲得するために炎熱地獄の中で殴り合いの続行だ。窒息しないようにイナサに空気を送らせてそして火力も高めさせていく。
血だらけの燃える闘魂たちが互いの頬を弾き合っている。
轟焦凍は、敗者としてその要望に従うがその表情はまるで晴れていなかった。
『平家物語』第九巻『刀の事』
「血振ること能はず、名刀とは云ふべからず」