最後の授業が終わり普通科の生徒たちが各々部活へと精を出している頃。雄英高校ヒーロー科校舎の廊下を歩くのは三つの人影がいる。この廊下にいる時点で日本の頂点どころか世界でもトップ。人類の上澄ではあるのだが、それはそれとして、その中での上下がまた生まれてしまう。
詰まるところ最上の下の下。雄英高校ヒーロー科におけるCクラスの補講組という立ち位置が彼女たちである。ちなみに言えば補講どころか補導組もいるので最底辺ではない。轟焦凍は成績優秀だが問題が多く、Cクラスのイナサともよくぶつかっているのだった。峰田はセクハラ。普通に呼び出されて説教しているためこのところは血走った目を女子に向けることしかしていない。あれめっちゃ怖いとはCクラス女子の感想だった。
「やっと終わった。ウチら……やったんだね……」
「漢字、漢字なんてものがあるのがダメなのデス……翻訳機があるのにナゼ……?」
「もう嫌です。これからはもう補講は受けないようにします。トガは100点を取るのです」
Cクラスの教室へと戻ると待ってくれていた二人が見える。
補講で疲れ切ったCクラス女子三人が駆け込むのは、この修行を乗り切ることに尽力してくれた成績優秀な残りの二人のところだった。
スピードを一切殺さずに突進していくる芦戸、角取、渡我の三名のうち二人は立派な角が自分に生えていることを忘れているようで大恩のある拳藤の胸に風穴を開けるほどの勢いがついていることを忘れている。
猛牛のような勢いの彼女たちはブレーキを知らない。
「ちょっちょっと!あっぶなっ!」
反射的に巨大化させた拳で受け止めれば角も刺さらない。そのまま突撃娘たちをむんずと掴んで落ち着かせた。
「もう、嬉しいのはわかるけど!落ち着いてよ!だいたいトガちゃんも便乗タックルしてただろ。物騒だな!」
「いっちゃんが塩対応だ〜!頑張ったのに〜!」
「『生』という漢字を日本から消すにはどうすれば良いか教えてくだサイ!信じられナイ!
デカい手の指は人一人分はあるような太さだ。その間に挟まれた芦戸三奈はおどけた調子で抗議しているがポニーちゃんはガチギレだった。漢字が原因で補講を受けることになった上で、芦戸が教えたふざけた例文が逆鱗に触れたらしい。
『生け花を生きがいにした生え抜きの生娘。生絹を生業に生計をたてた。生い立ちは生半可ではなかった。生憎生前は生まれてこの方、生涯通して生粋の生だった』
こんなふざけた文章があっていいわけあるかと発狂している。射出した生え抜きの角はフラストレーションを解消するために生き生きと空中でぶつかり合っている。
「生は確かに理不尽だとは思うけど、頭から突進はだめ!これくらい大丈夫だろうのラインが日々危険になってて怖いんだよな……Cクラスだけ目の色が違うって言われて何も反論できなかったし……っひゃあ!!」
理由もなく雰囲気で人に抱きつけそうだったから一緒に駆け寄っていたトガちゃんに注目が集まる。一緒に捕まっていた彼女は、目の前にあった小指の付け根をカジカジと噛んでいた。割と思いっきり八重歯を突き立てているようで、夢中になっている。
「硬いけど、柔らかくて不思議。いくらでも噛めるのです」
「びっくりした!すぐに噛もうとするなっつーの!もう!」
「いつかちゃんが真っ赤だぁ〜!トガちゃんのチューが効いてるよ!」
顔を真っ赤にした拳藤を煽るのはこの上なく透明感のある表情の葉隠透だ。ウキウキと踊る制服は彼女のテンションを表している。
「……?チウチウできてないのに何が効いてるんですか?」
「たまに舐めるのだめ!くすぐったいんだからやめ……っほらまた!」
「今は峰田もいないし、やっちゃえトガちゃん!いっちゃんを一緒にやっつけよう!」
キャイキャイと女子たちが楽しく取っ組み合い、若干一名だけはしっかり首を狙って噛みつこうとしていたがそれでもそれは阻止された頃には空が赤色に染まり始めていた。
「そろそろバイトにも行くので、さよならです」
「え……!?トガちゃんバイトしてんの?初耳なんだけど!」
「何系のバイト?お茶子ちゃんみたいに個性活かしたやつ?」
「病院で採血をする係をやってます。トガは誰より上手いのです」
誇らしげに胸を張る姿は頼もしいが、表情は余裕でアウトだった。血がみたいからとしか思えない猟奇的な笑顔である。ほとんど白目を剥いて涎がこぼれかけている。
「つまみ食いというか、試飲とかしてないよね?」
「やろうとしたらすぐにバレます。淡輝くんが注意事項を知らせちゃったみたい。雫月ちゃんも人形ちゃんもベッタリでずっと見守ってくれてます」
「雫月ちゃんって、狩峰くんの双子の?」
こくりと頷いて肯定すると、女子たちが少しずつ色めき立っていく。
「え、なんかさ。家族ぐるみの付き合いって感じして熱くない?トガちゃんってその、狩峰くんのことすごいラブじゃん?」
そう言われるとまるで恋する乙女のように渡我被身子は頬を染めて両手をその熱を持った場所へ当てて答える。
「浴びるほどに血をいっぱいに飲んで、それで淡輝くんになりたいの。それで、夢を見るのです。きっと綺麗な月の夢……。月香の庭にマリアちゃんたちもいて……」
血の色のように染めた頬を手で隠しながら語るのはあまりに血生臭い妄言だった。これを恋として判定して良いものかどうか。女子たちの間でも意見が割れている。
「や、ヤンデレだ……」
「バッドエンドの気配がするよぉ〜」
「そういう展開はスキです!メリバもグッドね!」
「ずっと血の匂いって言ってるけど他には?他にはどんなところが好きなの?」
「誰よりも傷だらけで血まみれで。でも頑張ってるのが好き。あとよく一緒にいる緑谷くんも素敵。ゲイル先生は返り血多めですけど、好きです」
「ええ……うーん。これは審議保留!上級者すぎるよトガちゃんは!」
「これ、恋かぁ?」
「続きはカラオケで話そーよ。もう学校出ないとだよ〜!」
下校時間はとっくに過ぎている。ダラダラと教室でだべっていると何かしらの先生に注意されてしまうのだ。
「トガはここで消えます。バイト前に淡輝くんが怪我する予感がするので」
「え、やっぱり看病ってこと?愛じゃん!」
「はい。怪我した隙にもっと大きな傷をつけるのです。傷を舐めるのはいいと聞いたことがあるのでやってきます」
最悪の犯行予告だけを残して彼女は去っていった。
「愛かぁ?これ……恋ではないよね?」
「うーん。めっちゃ重い愛ならいけるかな」
「いや犯罪でしょ。ダメだよ刃物を振り回しちゃ。狩峰くんもあまり強く止めてないみたいだけど、それでいいのかな本当に。一応刺客がそっちにいったよって連絡しとくね」
「砂藤と一緒にお菓子作るんだって今日割と楽しそうにしてたけど怪我するのかなぁ。指切ったりして?あ、そういえば見た?狩峰くんがさ、帰りのHRでめっちゃジトーってイナサを睨んでたんだよね。あれはきっと何かあるよ。乙女の勘がそう言ってる!」
「恋愛脳の勘は当てにならないからな〜」
芦戸三奈が恋愛方面にすぐ繋げたがる傾向があることはすでにバレているが、それでも怯まずにその方面の話を継続だ。話をしながら残ったCクラスの女子たちはカラオケへと向かう。普段のきつい授業や補講などの傷を癒すには叫ぶしかないと知っているから。
「もうすぐ期末だし、忙しくなる前にさ。ここらでいっちょ男子たちの印象とかそういうの語っとこうよ!女子トークだ女子トーク!」
「受けて立つよ〜!」
色めき立つのは無色透明女子。ポニーちゃんは少し恥ずかしがっているようで目を泳がせていた。
「別に好きとかそういうのじゃなくて、クラスメイトの印象ってことでしょ?それくらいならいいけどさ……」
「三奈ちゃんこそ熱血バカと上鳴あたりとは仲良いじゃん!そこらへんどうなのさ!」
「いやいや、そういうんじゃないよ。あの青春ってそれこそ土手で殴り合う男の友情って感じだからほんとにないよ。そういうのは」
言い出しっぺのくせに自分はそんなことはないという。そんな姿勢に批判が集まり多いにくすぐられて移動が止まった。息を切らしながら移動と会話を再開していく。
「宍田君はジェントルマンデス!訓練の時にはちょっと怖いデスが!峰田サンの方がよっぽどビーストね!」
「ほんとにね。ビーストって感じしないよ。紳士〜!って感じ。というか、おぼっちゃま?」
「でもあのコスチュームはどうなのよ。毛皮だけどさ、上裸だよアレ」
「脱がなきゃいけない人の味方だよ!あたしは!断固戦うんだから!」
「ああ、ごめんごめん。いやでもなんか装備するなりした方が良いと思うんだけどな」
「砂藤もコスチュームはスタイリッシュ系じゃないよね。プロレスラーっぽい方向性って見た目ちょっと怖くない?」
「お菓子方面ならもっとマスコット系にしちゃうのもありでしょ。いっそもこもこの着ぐるみみたいなさ!カップケーキみたいな!」
好き勝手言うのは女子の特権である。そして砂藤に関して恋愛沙汰が交わされることは本当になかった。
「あとは、青山か……」
「青山くんねぇ……。顔は割とイケメンなんだけどねえ……。なんかおぼっちゃま多くない?」
「不思議な方ですが、なんでそのようなローな表情デスか?」
「ポニーはそっか。知らないか。いやまぁ、ウチらは訓練一緒だからさ。あいつすぐお腹壊すじゃん?その上でプルスウルトラされるわけでさ。そうなると……」
「……ホーリーシット!……!?やめてくだサイ!」
「うわあ。上手いこと言っちゃってさ。こういうの狩峰くん見逃さずにツッコんでくれるよな」
ツッコミ役が不在ならそれを担当するのは大体拳藤の仕事である。淡輝がいれば彼の仕事になるので結構楽だった。
「そうそう。妥協するとナイトアイに顔向けできないとか言っちゃってさ!あれは相当笑いにシビアだね!」
「まぁでも闇のある金持ちの息子。ってちょっと属性過多すぎるか。ライバルも多いし、玉の輿狙うにしてもデカすぎるよねえ。ちょっと現実味ないわぁ」
「世界の雑誌に載っちゃうもんね。高嶺の花だぁ〜」
「狩峰くんについてはヤオモモとトガちゃんの行く末を見守るが吉!」
さんせー!と満場一致で鑑賞することが決定した。人のあれこれは最高の娯楽なのだから仕方ない。
「そういや、爆豪は?入学試験以外は好成績だし、結構変わろうとはしてるって伝わるけど」
「いや〜。ああいうキャラは好きなんだけどね〜。実際触れ合うとなるとやっぱ性格って大事じゃない?」
「怒鳴り声はダメデス!自分不器用なんでは現実にはNG!」
「流石にクソを下水で煮込んだようなとまでは言わないけど、優しさとは程遠いもんなぁ」
「需要はありそうだけど、ヒーロー科にいるような女子にはちょっとキツイか。全然戦えない彼女のことを守るとかなったらすごいいい感じに仕上がったりしそうじゃない!?」
ああでもないこうでもないとキャッキャとはしゃぎ、爆豪でひとしきり遊んだあとは最後の一人に一応彼女たちは形式だけ触れた。
「……峰田は?」
「「「 ないわ 」」」
「ですよねー」
カラオケでひとしきり暴れてスイーツを食べ、そして遅くならない時間に帰路に着く。
急ぐ必要はないけれど夜遊びは基本していない。深夜になっても特に補導などされることはないUAIでは高校生以上は各自の判断で帰るようにと言われている。子供たちを自由に歩かせて何も問題などない。それほどにこの街は平和だった。
世界でも歴史でもあり得なかった重犯罪成功率0%という狂気の平和を彼女たちは疑うことを知らない。
気負いなく不安を忘れてしまうような日常。それこそが平和というものかもしれない。
生の例文はこの人が生み出したらしいです。素晴らしい。
https://x.com/MyriadRevery/status/1829164636048110057?s=20
ただ生娘のせいでちょっと使いづらいんだよなぁ。