どれほど精神がズタズタにされようとも目覚めれば元通りだ。だから問題はない。
理不尽に見舞われたとしても折れはしない。あの原点がある限りそれは決して変わらない。
だがしかし、文句を一つ言うくらいは許してほしい。
「リスキルかよ。ふざけやがって」
目覚めたが、目は開けない。窓を見たらきっと発狂して何故か死ぬ。きっとこのままここにいてもいたずらに握り潰されるだろう。まだそうされていないのは偶然だろうが、前回はもっと長く寝ていたはずだから猶予はあるはずだ。
いや、俺の行動を見て動いているのなら当てにはできない。それでも一旦は動くしかないか。
「アメンが出た。ACを出してくれ。ああ、部屋のACは近すぎる。窓じゃなくて屋上に頼む」
そう言ってヨタヨタと部屋の外へ出る。この廊下は角度的にまずい全身鏡があるはずだからまだ目を開けない。
自宅といってもこの半年くらいで住み始めた場所だから体で覚えているわけでもない。それでもそこにある家族写真だけはしっかりと覚えていて。手探りの時にぶつかった拍子に落ちたそれを即座に拾った。
「あの時とは違うってことを見せないとな」
もう5年前とは違うのだ。エレベーターまで何もされずに入り込むことができてようやく一安心。対応を具体で実行し始める。
『あらゆる光学機器、センサー。個性による探知にも淡輝様の周辺に異変があることを検知できません。ただそこにビルがあるだけという状況と周囲も認識しています。確認しますか?』
送られてきた映像を見る。淀んだ黄色の虹彩が画面いっぱいに広がっていて思わず声が出る。
すうっと身を引くと奴はカメラをジッと見ていた。全身を認識した瞬間に全身に流れる血が沸騰して泡立ったような感覚になり。言葉にならない悲鳴を一人で小さな箱の中いっぱいになるように叫んだ。そしてまたしても死んだ。
やり直しだ。同じことを繰り返してエレベーターまで辿り着く。
『確認しますか?』
「いや、俺にその映像を送ったら死ぬからやめてくれ。どこまでの情報ならセーフかは後で検証する。今は家族が襲われるのかだけ見届ける」
『承知しました。あなたの狩りが良いものでありますように』
結論から言えば、ビルが壊れることもなくACに乗った自分に積極的に手を伸ばすこともない。
かなり大人しめのアメンドーズとでも言えば良いのだろうか。それでもそいつはずっとついてきているらしい。なんとなくの怖気でわかる。ずっと見られているのは間違いない。
今夜オールマイトが殴り込みをかけるまで北朝鮮では日夜全力の救助活動が行われている。それを中断してでもこれは排除すべきだろうが、そうなった時オールフォーワンがどう動くのかは未知数だった。
そもそも、だ。
かつてオールマイトはアメンドーズと戦い腕を失っている。特筆すべきこととして彼はワンフォーオールを保持しており万全だった。その上でそこまでの重傷を負ったということだ。
現在は5年前と比べて通常の戦力は比べ物にならないほどに充実している。それこそ戦争を実行できるくらいには数も火力も十分にある。アメンドーズの姿もしっかりと伝えているし体の構造上攻撃しにくいであろう物理的な死角も検討済みではある。
だけれどあの邪神との戦いという領域に踏み込めているのは現状でオールマイトだけ。その上、彼は5年前と比べてかなり弱っている。
アメンドーズとの交戦経験というものも前回よりまだマシな好材料と言えるかもしれない。それでどれだけ戦えるのだろう。個体差はあるのか?どうするのが最善なのかわからない。
自問が生まれると冷徹な声が脳裏に響く。
試せばいい。いくらでもオールマイトをぶつけて。どうすればあの腕をもぎ取り頭を潰せるのか検証すべきだ。いくらでも試そう。ワンフォーオールが原因という説もある。緑谷のスマッシュで触れるかどうかも見ておくべきだ。
なあに。
他人事みたいな無責任な言葉。けれど内なる狩人の囁きは正しい。結局のところトライアンドエラーを繰り返していくつも命を散らすしか俺にできることはない。だけれどそれは大切な存在を死に向かわせるということだ。オールマイトに勝ち目のない戦いを幾度頼めば良いのだろう。
その回数はまだ数えられる程ではあった。
いずれにしても彼は一切の気負いもなく当たり前のように命をかける。全幅の信頼を寄せてこちらの提案を遂行しようとしてくれた。その勇姿を見るたびに心が震える。
こんなことを何度も繰り返す自分は一体なんだ?あまりに人の心がない。何が彼を助けたいだ。幾度も死に追いやっているくせにどの口が言っている。そう考える当然の自分がいれば、同時に異なる声がする。
『それでもお前は折れないのだろう。私はお前を尊敬している』
もはや俺は一人ではない。そうだ。もう俺が折れることはない。すでにそんなことはやり尽くしている。それこそ無数に飽きるほどに。だから俺は、全てを確認しなくてはいけないのだ。
起きたてには帽子を被り、準備を済ませればACで身を包む。それだけで狩人が目を醒ます。
あらゆる可能性を網羅して、最善の道を選ぶ責任が俺にはある。冷たく熱い思考を研ぎ澄ませていく。この5年で培っていった暖かな気持ちのいくつかを捨てていく。磨耗して忘れていくのだ。
だからなんだ?俺の目的ははっきりしている。それ以外はあくまで一時の……そう、夢のようなものだったのだから。
……
…………
………………
それは挑戦を始めて133回目だった。驚くほど早いというのは自分の感覚がおかしいだけだろう。だってまだオールマイトは一人で戦っている。そしてどうにかなりそうなほど善戦しているのだから。徐々にこちらのアドバイスも的確になってきているはずだった。
オールマイトの奮闘は何度見ても決して慣れない。
この133回目はオールマイトの力がどの状況で最も発揮されるのか調査するために始めたルートの21回目だった。雄英生全員だけでなくUAIの人々を避難所に送らずにその場に留まらせ、そして全力で声をかける。世界中に中継を繋ぎ彼の敗北が世界の平和を乱すという状況を整えた。
世界を背負っていると心から理解した時の彼は凄まじかった。全身を血で染め上げて満身創痍。義手はすでに予備も含めて壊れ切っていてACエルクレスは機能を停止していた。筋肉質な体はすでに抜け殻となっており病弱で長身の、血を吐くただの男がそこにいた。
燃え上がるUAIランドの廃墟の上で炎に照らされて影を揺らしている。異次元の異形も傷ついてはいるが相対する英雄とは比べるべくもない、らしい。
誰もが思った。見えない何かと戦っている彼はきっと勝てない。あまりに理不尽に打ちのめされていると。
それでも彼は立ち上がる。すると、誰かが言った。頑張れと。
「負けないで。お願い、助けて……オールマイト……」
瓦礫に潰されそうな誰かが祈る。
「負けるな!オールマイト!!」
彼を見て育った誰かが叫ぶ。
「勝てや……」「勝って!」
彼を受け継ぐ次代のヒーローの二人が心から願った。
「「オールマイトォォォ!」」
彼の勝利を信じる全員が思わず口を開いて彼の名前を呼んでいる。
「ああ……。守るものがいっぱいだ。だから……だから私は……
全世界からの声援を感覚の全てで感じ取り拳を握りしめる。彼の左腕だけがズムリと全盛のように筋肉質になって蘇る。あまりに不恰好なその姿。それでも世界が彼の勝利を願って叫んだ。
何もないはずのところから何かが放たれて世界に熱と光を与えてくる。その理不尽な力の奔流に真っ向から向かっていく彼こそが英雄だった。閃光のような金色の残光となって何かへと衝突する。オールマイトは光に灼かれながらもその拳を振り抜いた。
その結果を見届けることができるのは淡輝だけ。そのはずなのに自分はそれを見ることもできない。
真昼であるのに音と光が消えた衝撃に、誰もが前後不覚になった。
『勝ったよ。ナイトアイ』
通信に響くオールマイトのその一言でアメンドーズがUAI中央の制御塔ごと崩壊した事実を認識できた。
世界が揺れるほどの歓声に包まれ、希望が爆発した。
両の手を失い。それでも立ち続ける彼は真の英雄だっただろう。彼の周りには人々が集まり彼の止血や命を助けるための動きをし始めている。彼こそが世界を照らす光なのだから。
傍にいた一人。一瞬前まで彼の奮闘に熱狂していた女性が、虚な目になってこう呟いた。
「おいおい。一体何と戦ってたんだ君は。流石に両腕を失ったんじゃ勝負にならないぜ?」
「見ていたのか……」
「幕引きと行こうか。親友。5年かけてゼロから、いやマイナスから準備をしたというのにこんな終わりとは残念だよ全く。まぁ、一応手向けとして全力で消してあげよう。もう後継には託したんだろうね?」
失望を隠しもしない声色は明らかにその肉体の女性のものじゃない。長くを生きる世界の支配者だった者の声だった。
ここから先は語る必要もないだろう。魏漢から放たれた国家の総力である降り注ぐ弾幕を傷ついたUAIは完璧に対処はできなかった。そもそもドローンの展開も不十分でありアメンドーズの対応でリソースはかなり食われていたのだから仕方ない。
それだけならまだしも、例の戦闘集団。死柄木の後継なんて名目で集められた戦士たちがやはり強すぎた。オールマイトを欠いても戦力は十分にあるはずであるがこれほどの精鋭は捌ききれない。
クロウラーやキャプテンセレブリティがどうにか応戦するも、実力や個性も相手一人と拮抗するレベルであり準備と殺意の差によって殺されていく。アメンドーズを倒した報告を聞いた後にハンターとして出撃するが、主戦力を殺されるのを止められなかった。命からがら脱出し、死の間際でUAIの行末を見守っている。
そもそも彼らのような精鋭を倒すならそれだけで膨大なやり直しが必要なのだ。こうなるのは仕方がない。
前向きに考えるべきだ。オールマイトは単独でアメンドーズを殺すことはできる。それはわかったのだから明らかな進歩と言えるだろう。けれど彼はもう戦えなくなってしまう。その後の戦士たちに対抗する術は今はなかった。
今からそれを探さなくちゃいけない。5年の準備があったのだから切れる手札は実際ある。今回は切れるようなタイミングではなかったが、この結果と合わせて検討していけばきっと……。
ああ、だめだ血が足りない。もう少しで死ぬやつだなこれは。
『平壌に唐突なビルの損壊が確認されました。淡輝様はもうすぐお亡くなりになるはずです。最後にご覧になりますか?』
『……すぐ映せ』
そこにはいた。先ほど英雄が殺したはずのアメンドーズが平壌のビルに張り付いてこちらを見ている。
はは。笑っちゃうほどのカメラ目線。ずっとこちらを見ているらしい。あれ、なんでだろう。ずっとこいつを見ているのに死なないな。おかしいな。
そう思っていると、UAIの上空に穴が空いた。爆煙に燻されていた星空に黒いシミのような一点が落とされたと言えばいいだろうか。
そして光る柱が生まれたと思ったら、あまりの光で目が焼かれた。続く熱に体が一瞬で消えたのだろう。痛みも何もなくもう一度朝へと押し込まれる。直前に聞こえた人形の最後の報告を体内の骨振動によって聞いて死ぬことができたのは奇跡だったかもしれない。
『UAI……蒸発……』
アメンドーズは二体いる。
オールマイトや狩人でなければ止められないほどの精鋭が襲ってくる。
通常兵器や戦力による飽和攻撃が行われる。
ヴィランの集団が転移してきて街中を襲う。
それとは別に
オールマイトはアメンドーズ一体だけで精一杯。そして本来は北朝鮮の子供達を保護したい。
バカみたいな状況だ。5年前に匹敵するのかもしれない。
さぁ。狩峰淡輝はこの夜を越えられるのだろうか。自分のことなのに少し離れて見てしまう。
起きて微笑み。窓の外を見て確かめる。
訳もわからず今まで通りに狂死した。何度目かの発狂死を体験して起きると発狂は自分側の変数でないことを把握した。
このアメンドーズかもう一体と異なるのは間違いない。どちらが変なのかはわからないが違いがあるということは収穫だ。苦難が重なろうと、どれだけ不可能だと感じても変わらない。狩ると決めたのならもう迷わない。
英雄たちが心の中にいる限り、狩峰淡輝は諦めない。