ああ、ややこしい。同じような見た目で二体目が出てくるなんて。
起きてすぐそばにいる方の化け物。発狂させてくるアメンドーズの動きが変わった。
おそらく自分の何かを見抜いているのだろう。記憶か感情かそのあたりを参照しているか、そうでなければこいつもループしていないと説明がつかない。どんな変化かと言えば、以前は眺めるだけだったのにすぐに掴んでくるようになっている。
おもちゃを前にした子供というか。まるで誰かに取られる前に自分がそれを手に入れないといけないと焦るかのようなイメージだった。見えていないのだが。
ノールックで避け続ける?相手の動きは一定じゃない。最初はともかく連続は無理だ。
部屋の中に隠してあるACの方へ寄るか、向こうから呼び出すと即座にビームを撃って暴れ出すからそれはできなかった。どうやって外にあるACまで辿り着く?こっちから出向き、AC自体も飛ばして最短で向かわせても3分はかかる。廊下には逃げられない。家族を無事に切り抜けるには一体どうするか。すべての問題はここを切り抜けてからの話になっている。
だからそうした。起きて即座にそれを言う。静かに最低限で問題ない。これくらいなら雫月も起きたりしない。
「窓を開けろ。受け止めろ!」
驚いたり聞き返したり、そんな事を一切しないで即座にそれを実行できるAI、つまり人形は最高だ。
突破口はここ。敵が待ち受ける窓しかない。
即座に窓を出て、その身を空中へと晒す。一切の迷いなくそれをすればアメンドーズの遅い動きでは掴めない。離れようとするとレーザーで殺そうとするくせに近づくと掴もうとするのは一定の習性らしかった。掴みの動作なら流石にパターン化できる。
窓枠や手すりを目を開かずに蹴りながら落ちる。途中で掴まりすぐに離す。そんなアクロバットを繰り返して、落下を少しだけ耐える事ができればそれが来た。
寝起き3秒。空中で落下しながら5秒。なんの用意もしていない。そして死ぬだけならこんなことをしても意味はない。
疑問を抱かず全ての命令を聞く人形によって家族を守る。そしてこの後は。こちらの言うことをほとんど聞かないストーカーを信じることにした。
「ッ意味、わかんない、です……。やっぱり淡輝くんはおかしいです」
何考えてるかわからなかったり盗み聞きしたり、まともなこと一切しないで付きまとうストーカー。つまりトガちゃんは最高だ。
体に巻き付いたワイヤーとその先端のナイフ。刃は深々と肩口に刺さっており左手を犠牲にして吊られる状態へと至る。
階下に潜んで盗聴しているストーカーを当てにした身投げ。これが自分の見つけた狂気の活路だった。
正面から物理を無視してストーキングしてくる謎の怪物。いやこいつはずっとここにいるのだったか。階下には寝起きの自分を監視している女子高生。こいつもずっといる。
ストーカーにはストーカーをぶつけんだよという乱暴な回答でどうにか危機を脱することができるとわかったからそうしている。いや、正しくは危機を脱する可能性を生み出すことができた。という表現になる。
そして可能性が少しでもあるのならそれを俺は決して逃さない。
いくつもの鉄柱を経由し滑車の要領でどうにか俺の体重を支える彼女に余裕はあまりない。その上自分の血を見て血相を変える彼女を、ハンドサインで正気に戻す。
「上位者が出た。3分稼ぐ」
「上位者の血ってどんな……痛い。叩くのひどいです。抗議します」
「冗談でもやめてくれ。もしなんかの間違いでアレになったら流石に殺すことになるからな」
一切の冗談じゃない殺すが出たが、それをまるで告白のように喜んではにかむ彼女と対話が成立しているかはちょっと怪しい。口頭で指示を出してトガちゃんと走り始める。
ビルとビルのあいだに吹く風が、頬を切るように鋭い。足裏がコンクリートを叩くたび、街のざわめきが遠ざかり、ただ呼吸と風切り音だけが世界を満たしていく。
手すりを越えて非常階段の踊り場へ飛び乗り、そのまま身体をひねって隣の建物の外壁へ。指先がわずかな突起をとらえた瞬間、反動を使って壁を蹴る。
視界がぐるりと回り、次の屋上へ向けて体が放り出される。下には複雑に入り組んだ立体交差がいくつもあるはず。高架道路が幾重にも重なり、その間を鉄骨の通路やメンテナンスブリッジが縫うように走る。
ビルの縁をかすめるように走り、金属製のパイプに手をかけ、空中で身体を振って別の足場へ飛び移る。今のが一秒遅れるだけで足を掴まれる場所だった。
跳ぶ。
着地する。
滑る。
駆け上がる。
勢いを殺さないまま飛び越えると、重力が一瞬だけ身体を預かった。落ちる直前に足が床を捉える。この都市のこのルートを走り抜けるのはもう慣れた。
当然、ここまで自分はずっと目を閉じた状態でこれをやっている。しかも片手でだ。
胸が焼けるように痛い。吸っても吸っても、空気が肺の奥まで届かない。喉は乾いて張りつき、呼吸するたびに熱い刃で引っかかれるようだった。
高度なパルクールを目隠しでという訳のわからないことをしているが実のところそこまで難しいこともない。ただ体で覚えるだけなのだから。固定ルートはいけるが、自動車や移動するものが関わるものはどうしようもないのでそこはトガちゃんに頼らせてもらう。
「ていうか、本当に追われてるんです?変な遊びや訓練にしか見えないですけど」
この移動に難なくついてくる彼女は身体機能が常人を超えている。
一般人である自分は息が上がってその問いに答えることはできない。人間はここまで全力で体を動かし続けることが可能なようにはできていない。個性因子で身体が強化されているナイトアイなどは例外として自分はそれに当てはまらないのだから仕方ない。
肩が勝手に上下し、体は酸素を求めて震える。耳の奥で自分の心臓の音が、ドンドンと暴れている。視界が少しにじみ、まっすぐ立っているだけで足がふらつくほどには足に来ているだろう。
それでも止まれない。止まれば死ぬと分かっているから。
吐きそうだ。喉から肺にかけて全部が辛い。けれど、それでもほとんど無意味にも思えるほどに呼吸を繰り返すしかなかった。
「っでなきゃ、ここまでするかッ?!!!」
渾身の言い訳と共に、自動運転の車にはねられた。
「ええ……?」
流石のトガちゃんもこれにはびっくり。これは人形にUAIのシステムをハッキングさせて起こしたあり得ない光景である。幾重にも施された安全策を全部ぶっちぎって人間の限界を超えた回避機動を実現した。
3mは飛んだだろうか。そしてそのまま下の一般道へと落ちていく。これをしないとビームが地面に当たって大事件になってしまう。今ので空中へと誘導できたはずだ。
このまま落ちれば死ぬのだが、そうはならない。なぜならアメンドーズが空中で掴んでくれるから。そこで圧死することで落下死は防げるが。
「捕まって、やるもんかよ」
落下死か握り潰されるかの二択に割り込んだのは、火を吹く拳だ。
ACから独立して飛ばしていた腕が先に到達し、淡輝を強かにぶん殴ることで死から救った。そうして間一髪でロケットパンチで飛び空中装着。絞り出した最後の呼吸で指示を出してようやく一息がつける。
「開口、嘔吐する」
ACの内部で自身の吐瀉物まみれになることは忌避できた。
もう息もできない。そして吐きながら、左腕を潰しながら、それでもこの窮地を脱した。
人形によるACの操縦によって都市の空を飛んでいく。今はただ自分は呼吸することだけに集中していれば良い。
『ひとまずはUAIを離れますが、ここまで目立った飛行をすれば魏漢には捕捉されているはずです。お気をつけください』
「全然いい。今そこにある問題の中でもだいぶマシだ」
さて、ようやくだ。この詰みの盤面をここからどう崩していくのか考える時間をようやく勝ち取ることができた。
結論から言えばこの方法は非常に有効であった。逃げ続けることでアメンドーズは俺を探して時間を潰してくれる。移動し続ける苦労はあるがそれはこいつらを殺すことに比べれば無に等しい。
そうして夜まで逃げ続けて以前勝利した時と同じルートが使えるのではとほんの少し楽観してしまった瞬間に二体とも動きを変えた。
一体は平壌のオールマイトの元へ。もう一体は朝の場所へと戻りうちの家族へと攻撃を始めるのだった。攻撃じゃないかもしれないが握り潰されている側からは攻撃以外の何物でもない。これが逃げ続ける限界ということだろう。
今回はUAIの中でも大きめの事件として報道されるほどの被害を出して逃げていたが、これをいかに静かに行うかで救助の効率などが変わってくる。タイムを切り詰めることで救える命が増え、家族に危険が及ぶ前に行動できるようになっていく。
なので以降は、脱獄したヴィランという体でロボットや実際の囚人を脅して使い、アメンドーズからの被害をそいつらがやったように見せかけるという工夫を入れることにする。
こうすることで、完勝したルートとほとんど同じ状況を整えることができたのだった。
そうして夜が来て、将軍へとオールマイトが迫り、そして戦いが始まっていく。今回は最後までどうなるのかを見届けるために戦いには参加しなかった。アメンドーズがどうなるのかも気になっている。
何度も試していないから断言はできないが、どうやら夜になると平壌のアメンドーズは手当たり次第に人を掴み始めるらしい。そしてUAIの方は狩峰家の人々を握ってくる。これがタイムリミットということなのだろうか。
その直後、UAI上空に生まれた黒い霧のようなモヤ。転移の個性が発揮されている時のエフェクトであろうそれが生まれて、そこから光が降って全てが終わった。
UAIから離れた上空からそれを最後まで眺めることが初めてできた。
空の果てから降り注ぐ閃光は、まるで神の怒りのように水上の都市を包み込む。人類の叡智が築いたこの未来都市は、瞬きの後には地獄の様相を呈した。
膨大なエネルギーが、都市の中心部に直撃した瞬間、全てが粉々に砕け散った。爆風は波のように広がり、居住区のタワーを根こそぎ捻じ曲げ、橋梁を空中で引き裂いた。引火できるものにはもれなく火がつき光が去った夜闇を煌々と照らしている。
海面に浮かぶ巨大な島はゆっくりと、しかし確実に沈降を始めた。燃え盛る残骸が海水に触れるたび、蒸気が爆発的に立ち上り、白い霧が都市の終焉を覆い隠そうとした。
一際高い中央タワーが、火柱を噴き上げながら崩れ落ちる。鋼材が溶け、ガラスが溶融した塊が、炎の尾を引きながら海へ墜ちていく。
太陽の方舟と呼ばれたそれはまさに太陽のように燃えながら地平線へと消えていくように沈んでいく。
それを幾度も見届けた。何度も、何度も光が全てを飲み込んでいく。あれは一体なんだ?どうすればあんなことができるんだ?
〜魏漢某所 地下軍事施設〜
トンネルの奥から、低い振動が空気を震わせていた。巨大な龍が唸りを上げているかのように、地面が微かに鳴る。やがて、闇の向こうに鈍い赤がにじむ。
それは光ではなく、巨大な砲弾の弾頭が赤熱している輝きだった。表面はじりじりと脈打つように明滅し、まさに巨大な鉄の心臓が熱を帯びて脈動している姿だった。
熱が籠るトンネル内部では狂喜の声が響いている。5年前に命からがら逃げ出してどうにか悪の芽を紡いだ科学者が念願を叶えて涙していた。
「ついに、ついにこの時が来た!あの高慢な人工島をついに沈めることができる!!あんなものを守れるものか。これを防ぎ得るものは人類には生み出せん!!」
その声には狂気が宿るがしかし、破綻者としての支離滅裂な言葉ではなく明確な論拠があってそう言っている。そんな最悪の理性を感じさせる声である。
「スターアンドストライプだろうが、オールマイトだろうが、予知があろうが関係ない!これを防ぐ盾などなく、それこそ物理的に不可能だ!」
「海水が周りには大量にあるね。例えばそれを持ち上げて盾にすればどうなる?まぁそもそもアメリカ最強は本土から動けない。それが出来るものはいないはずだけれどね」
「はっは!!確かに運動エネルギーと熱エネルギーは抑えられるかもしれんがね。水とはそこまで便利ではない。そんなものをこの熱量の前に晒せばそれ自体が爆弾になるだけ。壊滅は必至だ!これは核を失った人類が放つ、至高の一撃!!」
世界を焼き払う前に自らをも焼き崩しかねない熱量。この赤熱する重いだけの怪物こそが、自分たちの切り札なのだと誇示している。
「ああ、なんと美しい……破壊こそが力という神の御業である。これこそが、神なのだああ!!」
汗をかきながら唾を飛ばす老人はまるで子供のようにはしゃいでいた。そしてそんな破壊を引き起こす張本人は周囲の熱気とは対照的に落ち着き払っている。
「なぁオールマイト。古き友よ。これを受け取ってくれるかな?」
『肉壁』『反射』『一方通行』『押し出し』『隔絶』『鉄壁』
蠢く壁が空洞を満たし、個性の名前を連ねるごとにそれらが奇妙な光を放っていく。
「友人から言われていたのに僕はそれを信じなかった。僕を殺した君を見て学んだよ。感情ってやつは個性の運用上重要らしい。それを認めて、僕も超える事にしよう。プルスウルトラってやつだよな?」
『激情』『一極化』『肥大化』『極大化』。『増幅』『倍加』『乗算』『強化』『連鎖』『超克』『超越』『限界突破』
「ああ、これが君らの激情か。くだらない。でも使ってみようか」
殺意をこの身に。これまで感じたことのないほどの感情に支配される。それでも最後にやるべきことだけは忘れない。その程度だ感情なんてものは。
「『蓄積』『暴走』そして……『臨界』」
かつて自身の拠点を襲った放射能の臨界事故。あれは意図的な攻撃だった。ヒーローには決してできないはずの倫理や被害を無視したあの方法はナイトアイがやったのだろうか。それにしても負ける要素はないように思えてならないが、現実は違ったようだった。
まぁ今はいい、敗北すらアイデアとして取り入れて次の一手を改善することができるなら僕は勝つ。
この5年で集め続けた15万と7622個の個性を一つにして贈りものに仕上げる仕事があるのだから。とにかく殺そう。壊してしまおう。
『変換』
「気合い、掛け声、火事場の馬鹿力、根性論。これまで軽んじていたものに私は負けたのだから学ばないと。オールマイト。君もこんな気持ちだったのか?」
『
「みんな、僕のために死んでくれ」
はなむけの言葉と共に最後のトリガーとして個性を使い潰す。
『強制起動』『収束』『熱波』
『熱波』の個性に全てのエネルギーが注がれて、すでに温められている鉄塊へと注がれた。その爆発としか言えないエネルギーの塊は他の個性によって一方向にしか熱も勢いも逃げることが許されず、
砲弾の表面から白熱した金属の霧が剥がれ、周囲に光となって飛び散る。中心はまだ塊だが、外側数メートルは溶融し、光る溶湯が粘り強く流れる。
空中を進む際に表面が剥がれていき、弾頭は燃える芯と飛散する金属粒子の雲に分かたれるはずだ。 着弾時には塊としての貫通ではなく、溶融金属の飛沫と高温ガスが同時に暴れ狂い、通常の貫通痕とは異なる、溶けた岩を引き裂いたような痕跡を残すだろう。
しかしこれの有効射程は非常に短い。単純な爆発を鉄塊に受け止めさせているだけなのだから弾道もクソもない。ただの核爆発に匹敵する熱量を受けた塊である。これを射出できる物理的な機構など存在しない。
それでも個性はあらゆる不可能を可能にできる。
『ワープゲート』という個性が限界まで広がればちょうど8m。この人類史上空前絶後の80000mm砲弾が気化や液化しながら通る大きさだ。
黒霧のワープで遠隔から、いきなり人工島の直上へとそれは光の雨として降り注ぐ。
神の怒りを表現するのならきっとこんな光景なのだろう。それは唐突に発生し、あらゆる努力を全て否定する、単純な熱と質量の大瀑布だった。何をしても防ぐことのできない。桁違いの攻撃が何度目かもわからないUAIランドの崩壊を引き起こす。
狩峰淡輝は魔王の宣言通りにまた死んだ。