流星のごとく現れたスターから託されたオールマイトが、流れ星のように空を飛ぶ。
そうして拳から沈み込んでいくのは、アメンドーズの頼りない胴体部分だった。世界が割れと信じるほどの衝撃。空間や時間を具現化するかのように共に周辺のすべての窓が一斉に割れて、喝采のように降り注ぐ。
一瞬だけ世界は煌めかせ、彼らはその輝きを置いてきぼりにしていった。
オールマイトは敵の胴体に埋まるかと思うほどの食い込み、それでも貫通はできないでいた。
「はっは!!逆にありがたいね!!New Hampshire SMASH!!!」
ニューハンプシャースマッシュは進行したい方向の反対に打撃を空振りし、拳圧を推進力に急速移動する技だった。それを今は両足でまるでそこに壁があるかのように空気を蹴った。
空気だって物質だ。あまりに早くぶつかれば足場になるし、今の自分は『飛べる』のだからこれくらいできる。
あの憧れのヒーローのように。お師匠のように。空を飛べる今の自分には不可能なことなど一つとしてあるとは思えない。
口からは血を滲ませるが、ダメージも疲労も全く感じさせない声色と表情。元気が百倍になったオールマイトというどれだけ言葉を尽くしても説明不能の代物がそこにいるのだ。
爆発音のような音と、空気が軋む音。それらを断続的に響かせて、ついにアメンドーズが地面から浮いて空へと押し上げられていく。
その衝撃で手が2〜3本は千切れて置いていかれていく。鮮血を撒き散らしながら、飛行機雲のようなものを残して平壌から飛び立った。
もう一体のアメンドーズが狩峰淡輝の大切な人を握るまで、あと少し。
その様子をあらゆるセンサーや個性で観測している宿敵がどこかイラついたような声を出す。
「それは何のつもりだ?昔から理解に苦しむことが多かったけれど、5年前から今にかけてはそれらの比じゃないぜ。ついに狂ったのか?パントマイムに一体何の意味がある?」
言葉とは裏腹にオールフォーワンの警戒は上昇の一途を辿っている。それでも一定の冷静さを保っているのはもうすぐあの目障りな人工島を沈むことができるからだ。
「お前がどれだけ規格外になろうが、その一本の手じゃ。小さな体じゃ。守れるものは限られてるんだよ。それだけ多くを抱えて無事でいようなんてお花畑がすぎるだろう。僕は絶対に許せないな」
全因子過剰解放による熱波とそれによって送られる鉄塊。これはオールマイトがどれだけ拳を振るってもどうにかなるものじゃない。核兵器級のエネルギーに対して個性因子では歯が立たない。これはこの宇宙にあまねく存在し続けている冷徹とも言えない。当たり前の現実だった。
「やはり現実の話をしよう。オールマイト。この世の何も、私の一撃を阻むことはできない。準備を終えた時点で勝ちなんだよ」
『勝ちが確定しているのなら、どうしてあなたは焦っているの?』
あの不快な女の声が脳裏へと響く。微笑むな。なぜこいつは死なない?
『舐めプを咎めるのは当たり前だけど、たまに逆転されるから面白いんだよね』
あの理解できない男の声が聞こえたような気がする。気色の悪い顔で笑うな。なぜこいつも死なない?
オールマイトは死ぬはずだ。あれらとは根本から違う。これまでの継承者たちと同じだろうお前も。
「みんな、僕のために死んでくれ」
個性を発動して、この戦いを終わらせる。それだけが証明する方法だと言い聞かせ。その激情の全てを熱へと送り込む。
決して防げない一撃まで、あと少し。
スターアンドストライプは期待以上にやってくれた。というかオールマイトもだ。アレらはまたおかしな現象を引き起こしている。これまでのテストでオールマイトへの強化はできて5倍程度まで、それも五倍になっているかはかなり怪しく数値にはブレがありすぎた。
普通に考えて100倍になんてなるわけない。でも、なっているように見える。
というか100倍どころじゃない気もする。もう意味がわからなくて笑えてきた。
そしてそんな奇跡を生み出すために緑谷出久はやり切った。
時間を稼ぎきり、そして致命的な遅延から世界最強と最高を守ることまでして見せた。何よりも特筆すべきは、アメンドーズの指という不可視、不可侵、不可触の存在へと影響を与えたことだろう。
狩峰淡輝は思わずそれを見た。アメンドーズを見てしまうことも忘れて、緑谷出久の姿を見たくて目を開けた。
久々に開けた目に飛び込んでくるのは、世界が変わるような衝撃の連続だ。
これをしてくれと頼んだのは自分だ。こうすればきっとどうにかなると願ったのも自分だ。それでもあらゆるものには最初の一回目が存在していて、それはまさに今だった。
緑谷があんな風にスターへとついていくのも予想できなかったし、防げなかった。スターがルールを破って強化を二つも施すことを想像できなかった。
そしてオールマイトがあそこまであっさりとアメンドーズごと飛んでいけるなんて流石にわかるわけがない。
「はは。ナイトアイ、やっぱヒーローっておかしいよ」
そう言って笑う彼の目尻は、過去に遡っても5年以上前にならないとお目にかかれない素朴な笑い声だった。
そして、次の瞬間に目つきが変わる。戦うものの目でありそれは熱を受け取った人間の目だった。
「これだけ見せてもらって、これ以上目を背けて逃げ続けるなんてできるかよ」
自身の手首に傷をつけ、そして血を飲んだ。なぜだかこうした方が良いと思ったから。そして内なる存在へと語りかける。
『助言をよこせ。ゲールマン。あれを見て俺はオールマイトを誘導しなきゃいけない。発狂する前にどうにかしてあれを見るための助言をよこせ!!』
オールマイトは淡輝のようにあれが見えているわけじゃない。全身全霊でそこにある違和感へと集中しているだけであって、透明なものを赤外線で見ているのが淡輝なら、その周辺の埃や風を見て透明な何かを見ているのが彼だった。
アメンを一体圧倒し、そして洋上まで叩き出す。そのままにUAIまで飛んでいく オールマイトは残った敵がどこにいるのかわからない。だから最後は淡輝が見て、指示をしなくてはいけない。 もっと猶予があると思っていたから、というかここまで上手くいくとは思えていなかったから非常に焦る。
早く問題に取り組まないといけない。見ただけで発狂して死ぬあれをどうやって見るのか。それこそが重要だった。
緑谷があそこまでやってくれたんだ。あんなの、今まで見たこともなかった。なら、俺だってやってやる。
『ほう。アレと向き合うことにしたのかね?あれを見たら発狂するのだと言って目を背けるもっともな理由を得られたというのに』
そうだ。だからとっとと教えろ。あれはおかしい。5年前はあれを見ることはできた。二体目を見ることもできる。しかし、起きた後近くにいるあれだけは目視できない。これまで見て即座に死ぬなんてことは起きなかったのになんでだ?
『あの狂気を知ってなお見ようとするのなら、そうだね。本来の私らしく助言をしようじゃないか。よく聞きたまえよ』
『神秘の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり、濃厚な人血の類は、そうした気の乱れを鎮めてくれる。それはやがて、血の医療へと繋がる萌芽であったという』
……
…………
………………
「いやわかんねえよ!」
こいつは本当に何を言ってんだ?
濃厚な人血。濃厚なってなんだ?ふざけてんのか?こんな時くらいわかりやすく話せ!!!血小板を集めるのか?それとも蒸留でもしろってのか。意味がわからない。フレーバーだけ匂わせた言葉で会話をしたつもりになってんじゃねえ!!
ニヤリとした老人はまるで白昼夢であったかのように俺の視界から消えていく。
どのドヤ顔をやめろ。日本語を話せってんだおい!!
助言者のイメージは答えを伝えずに消えていく。いつもそうだった。仄めかしや匂わせるまで、回答はこちらに委ねてくる。本当にイラつく野郎だ。
けれど切り替えた。
考えろ。そしてすぐに行動をしろ。今すぐに自分できることをやるために、今ここにはあらゆる器具や物質。思いつく限りの用意があった。
「ちょ、ちょっといきなり大声出さないでくださいな!びっくりしましたわ!」
そう。彼女こそ万能ヒーロー『クリエティ』。この世の全ての物質を一瞬で生み出せる反則個性の一人である。彼女がいれば大体他の準備はいらないと言っていいレベルである。
何かを思いついて、そして即座に実行しなくては。
「濃厚な人血の類は狂気を抑えるらしい。それが何か思考しろ」
人形へと共有し、そして自分も思考の海に浸かる。首筋に注射器を打つと、それは即座に血管へと流れ込んだ。
これは単純に覚醒剤である。思考を短時間でまとめなければいけないから使ったまでだ。思いついたならそれを使わないで次回以降はその案を使える。この肉体では初めてだが、記憶としてはこれが初めての使用ではない。
加速する世界。ゆっくりとした感覚の中で一つずつ状況を検討していく。
アメンドーズ。オールマイト。アメンドーズ。オールフォーワン。UAIランド。ワープゲート。あの光。
人形が複数のスピーカーで語りかけている。今の脳の状態ならば同時に4つまでは聞き取れる。
『オールフォーワンの居場所は不明。発射は阻止できません』
『濃厚な人血。何を指すのかは不明です。赤血球や血漿、血小板などの成分輸血剤はそれに該当するかもしれません』
『想定通りの一撃であれば、あの強化されたオールマイトでも防ぐことはできません。私が想定するどんな方法であってもそれを防ぐことは不可能です。別の角度から考えましょう』
そう、そうだ!これならばいけるかもしれない。今なら使えるものが二つもある!
そのためにもまずはUAIにいるアメンドーズを見なくてはいけない。だからこれは、あまりにバカみたいな回答だ。それをやってみるしかない。
「百ちゃん。お願いがある。赤血球や血漿、血小板を増やした血を作って飲ませてほしい」
「……は?」
当然のドン引きだった。いやわかるよ。いつもトガちゃんに言われてちょっと嫌だったし、その異常性は理解できてる。
「このままじゃUAIは沈む。それをしないとみんな死ぬんだ。今すぐにやってくれ!『クリエティ』!」
「ああもう!でもプルトニウムよりはマシと思ってしまう自分が嫌ですわ!わかりました!わかりましたわ!!あとで説明してください!全くもう!!」
手首をこちらにあてがうとそこから『創造』された血液が溢れ出る。それを必死で飲みながら、UAIの映像を見た。これでダメなら次は別のことを試してやる。だけれど、今はなんだか不正解を引いている気がしなかった。
無駄なことはしてない。けれど加速した思考は同時に余計なことまで考えることができていた。これって誰の血なんだろう。当然一番作りやすいのは自分の血だろう。だからこれはきっと百ちゃんの血だ。
脳内のトガちゃんが泣いて暴れるような気がしたが無視。というか血は不味すぎる。飲み物じゃないよこんなのは。
吐きそうになりながら飲みながらあれを見た。非常に遠くからそれを見てもきっと作用したのだろう血液が沸騰するような感覚があって、それに対抗するかのように血を飲み続けた。
飲み続けることが、できている。思考できてる。発狂していない!
「うっぷ。ズームしろ、A445のビル。西側から映せ。オエっ!」
「まだなんですの!?もういいでしょう!」
「まだ!もっと!飲ませ続けろ!俺が吐いてもやめるなよ!」
言った直後に盛大に吐いた。滝のように真っ赤な血を吐きその量があまりにも多すぎてちょっと笑いそうになる。そうしている間は画面を見ないようにして、そして再び飲みながら画面を見定める。
危ない。どこかに消える寸前だった。もう目を離すことはできない。あれはこちらの嫌がることを、恐怖するイメージを的確に抉ってくる。絶対に引いちゃダメだ。
やはりすごい速さで移動していやがる。オールマイトが飛んでくるまでの数分、ずっと飲み続けて見守ることになりそうだった。
それを覚悟し、ズームをすると。ようやくこのアメンドーズの詳細を見ることができる。
「んだよ……あれ……」
このアメンドーズは何がおかしかったのか。見ればわかった。見れば終わりだったから卑怯だと思うが、今なら一目でその違いが理解できる。だって光っているのだから。いやでも目につくに決まってる。今までも当然見ていたんだと思う。
あいつは何かを持っていた。それは女性の体のようだったけれどアメンドーズに握られて手足はとっくに潰されていた。頭部はその胴回りよりも二回りは大きく膨張しており、そこには表情どころか人の顔を構成するパーツの尽くが欠けている。
くちもはなもほおもない。そのめだけガッががががガガガが。
血を飲んだ。危なかった。死ぬ寸前だ。必死で百ちゃんの手首に吸い付いて、絶え間なくその血を飲んでいないとおかしくなる。
「ちょ、ちょっと!!」
抵抗を示されるが、その腕を引き寄せてがっちり掴んで離さない。マジで死ぬから。全部無駄になっちゃうから耐えてほしい。
剥き出しの脳のようなそれに目線を戻した。その破綻した頭部にはあまりにも足りているものがある。
それは瞳だ。
目だけがそこにびっしりと生えていて、脳みそに全方位を見渡せる瞳が植えられているという印象だった。その目と見つめ合うたびに自身の血液が暴れ狂うようにして内側から爆発しそうになる。
百ちゃんの血を飲んでどうにか堪えた。
あれだ。あれが発狂の原因だった。アメンドーズじゃない。それを確信することができた。
脳内のメモに一つ書き留める。
・悪夢みたいな生き物には力の序列がある
・化け物どもは複数の種類がいる
「んっ……ちょ、ちょっと、あーくん!このペースだと、保ちませんわ!今まで作ったこともないから、これ結構消費が……それに集中もできないし……」
ぶつぶつ何かを言っていたが聞き取れない。答えられないから、サムズアップで意思を示す。そのまま入り口を指し示し備えがあることを伝えた。
そこにはもう一人のヒーローが駆けつけた。
「すまねえ!待たせた!ってうわぁ!!なんだよおい!!帰っていいか!?」
砂藤力道が世界のピンチに駆けつけた。
そこからの絵面はとてもじゃないが記録には残したくないものだった、人形が黙って首を横に振るレベルの終わっているピタゴラスイッチがそこにあった。
まずは狩峰淡輝である。年頃の異性である幼馴染の手首にむしゃぶりつき、そこからズゾゾゾ!と液体を吸い続ける妖怪のような変態がいる。本人も苦しそうで死にそうで、吐きながらそれをやっているが、目線はモニターに集約している。何も映っていないビルの風景をただ血を飲んで実況している狂人がそこにいた。
次に血を与え続けている八百万百である。血の気が引いているから青ざめているのだが、状況を認識するほどに顔は真っ赤になっている。赤と青の混在するその表情を言葉にすることは難しい。見たまえ!青ざめた血の空だと狂人ならば叫ぶかもしれない。
そして彼女は殴られていた。それも思いっきり。プロレスラーのような体型のヒーローにぶん殴られている。
最後の砂藤力道も青ざめてはいるが、ただひたすらに気分が悪そうだった。同級生の女子を思いっきり殴るというシチュエーションも。ひたすらに血の匂いに充満する狂気の部屋にも。そこでケーキをドカ食いしなくていけない状況も。全てが最悪である。
そんな意味不明の状況であまり成功率の高くない『殴った衝撃をカロリーへと変えて相手に与える』という最近会得した個性の使い方をミスしないように、全力であった。
「お前ともう少し仲良くなってなかったら、速攻でお前の方を捕まえてたぞマジで」
ぼやくのも仕方ない、それほどにここは狂っているのだから。
「あ!すまねえ!!大丈夫か!?」
「っぐう!!お、気に……なさらず……。集中して、くださいな」
百が限界に至りかけるが、砂藤が直で栄養を補給してくれる。殴られてもダメージがないが、たまに変換が甘く衝撃が百にもダメージが蓄積される。その度に砂藤は死にそうなほど罪悪感が重なっていた。
ブラッディなコメディ空間とは全く異なる緊張感で、決戦の場所には妙な緊張感が走っている。
そうして評決の時がやってくる。ついにオールマイトがUAIまで飛んできた。
「オールマイト!中央広場にアレがいる!!」
空に黒いモヤがかかり、全てを沈める光が間も無くやってくる。
勝負が決まるまで、あと少し。
40話でアメンを見ても発狂するわけなくない?って思ったブラボ履修者の方々。あなたたちは正しい。
だがそれでも悪夢なのだから、いつも同じとは限らないと思いませんか?