雄英高校ヒーロー科の学生たちはどうにも落ち着くことができなかった。
日中に行われた北朝鮮の見学ツアーは、その全てが彼らの価値観を根底からぶん殴ってくるような尋常ではない刺激だった。
貧困と飢餓。もちろん事前に学習していたけれど、何も知らない事だけを自覚させられる連続であった。
貧困が生み出す人々の貧しさというものは、痩せた頬などのわかりやすいものではなく他者を想像できないという思考の貧しさであるなどと知る由もない。
独裁者によって支配されている人々を見るのも初めてだった。自分が何かをした訳でもないのに民族として敵視され敵としての目を向けられるなんて誰も経験したことがない。
そうして最後にあったのは、全員の憧れであり日本の平和そのもの。オールマイトの尊厳が踏み躙られるという最悪のパフォーマンス。自分たちの夢の否定に見えてしまい、激情に駆られる若者も多くいた。
それでも英雄は頭を下げ続け、人を助けさせてくれと加害者に懇願し続けた。
あんなことをなんでオールマイトがしなくてはいけないのか。許せない。敵対感情が湧いた時、彼は語ってくれたのだった。
「みっともなくてすまない。でもね。これも一つの戦いなんだ。人を助けられるなら頭の一つや二つ、軽いものさ」
その言葉に感銘を受けても、それでもショックは隠せない。一番強くて優しい人がなんでこんな目に遭わなくてはいけないのか。高校生たちにはあまりに腑に落ちないものだ。
だからその日の夜。深夜にアラートが鳴り引いた時にも、それなりの人数が起きていたのもまた必然だったのかもしれない。
『北朝鮮からの全面的な軍事攻撃の可能性が高まりました。空中および海上からの侵入には万全の対策がありますが、個性による都市内への侵入が起きると予想されています。市民の皆様は指定された計画に従って、避難を開始してください。繰り返します……』
「おいおいおい。どうすんだよこれ!活動可能なヒーロー志望は避難以外の防衛計画に従うことってこれ……。俺たちも当てにされてるってことだよな?」
Cクラスの上鳴電気は不安を隠せず、同じ無人移動車に乗り込んだAクラスの耳郎響香に思わず話しかけていた。
「説明されてたでしょ!ほら、そんな不安な顔してないでヒーローらしく笑うか、アホっぽくウェイしてなよ。その方が全然マシだし……てかわかってること聞くのやめてよね」
「ごめんって。ほらそっちもさ、いつもより焦ってね?」
「っ!仕方ないでしょ!試験の実践以来の、今度は実戦って言われてさ。ビビらないやつなんかいんの!?」
「じっせんとじっせん……」
「今くだらないこと言ったら。刺すよ?」
彼女の個性は『イヤホンジャック』耳たぶが伸びてプラグのようになっている彼女は、音に関する入出力の能力を持っている。音を聞いたり、プラグを挿すことで自身の心音を爆音の衝撃波として放つこともできる。
「いやまぁ、そうだよな。みんな不安で、それより不安なのは一般の人たち。俺らがしっかりしねえと!」
「バカは気持ちの切り替えが早くて羨ましい。いや、これほんとにね。褒めてんの。いいと思うよそういうとこ」
そうこうしているうちに移動は終わり、雄英高校へと到着した。それぞれがコスチュームや制服を着て、深夜だというのに高校にいる。その違和感に今がまるで平時ではないということを実感し始めた。
真っ暗になった高校の校舎は、昼間とはまるで別の世界だった。
いつもは生徒の姿が反射して明るく見える廊下も、いまは黒い闇が奥まで沈み込み、窓ガラスに映る自分の影さえ不気味に揺れて見える。ヒーロー科以外の校舎はどれも固く閉じられ、なんというか、ひっそりと眠っているようで見たことのない光景みたいだとヒーロー候補たちは次第に目が覚めていく。
脳をアドレナリンが駆け回り、一部は少しハイになっているものもいる。
「自分!いつでも行けるっス!プルスウルトラのプルスウルトラしてやりますよ!」
「うおおおおおお!腕がなるぜえ!!!」
Cクラスの熱血バカたちをそんなふうに解釈しているのは彼らをあまり知らない同級生だろう。彼らは平時からこれである。
しかし、平時と戦時で同じように振る舞えるというのもまた類稀な才能の一種であることは疑いようもない。
「みんな!夜分に集まってくれて感謝するよ!挨拶が過去最短の校長さ!」
根津校長はイレイザーヘッドの肩に乗って登場した。
「すでに二、三年生には説明が終わっているからね。君たちの番というわけさ!今回の活動では戦闘と救助の両方を柔軟に行う必要性が出てくる。だからこそ、個性の戦闘使用についての許可をしっかりとこの校長が認めるのさ!君らの力をできる限り使って、多くの人を安心させてあげてほしい」
彼の宣言に流石にヤッホウ!と喜ぶバカはいない。それだけ状況は切迫しているということで、つまり誰かが助けを求める状況になるかもしれないのだから。
「これは非公開情報だけれどね。すでに襲撃自体はナイトアイから通知を受けている。だから対応のための戦闘部隊は都市の全域に展開済みさ。軍の担当がほとんどだからヒーローの受け持ちはそのカバーだね。さらにはヒーロー未満の君たちには、本来仕事はないはずなのだけれど」
「え、それって……」
「マジかよ……」
校長の話の意図するところを読める生徒は事態の深刻さに顔を青くした。
「校長、あとは自分から。すでに彼らは覚悟してますよ。単刀直入でも問題ありません。つまりだ。すでに察していると思うが、準備をしている戦力じゃ対処できないほど柔軟な動きをしてくる場合と、わかっていても対処が難しいほどの物量。今回はその両方が起きると予想されている」
そうだ。ナイトアイの予知はあまりにピンポイントに犯罪を封殺できる。
けれど、10人しかヒーローがいない地域では、10の犯罪にしか同時に対応はできないというのが当たり前である。ナイトアイにかかれば他地域からヒーローを呼び出せるだろうが、それにしたって限界はある。
「お前らも戦うことになる。教師たちも戦うが、自分の身は自分で守れ。そして人を助けろ。それが今回の期末試験ということになる。唯一の落第は死ぬことだ。それだけは絶対に許さない。わかったら返事しろ」
「「「「「 はい!! 」」」」」
「こんな事態になれば学生もプロも一般人からは違いはない。だから見せてみろ。今日、お前らはヒーローだ。気張っていけ」
彼らの目に不安ではなく闘志が灯った。その教師と生徒の姿を見て校長は深く頷いて微笑んだ。ネズミであるが明確に笑っているとわかる表情だった。
「良いね。これなら安心さ。さて、僕も二、三年生の統合指示を任されているからね。そろそろ司令室に行ってくるのさ!」
「あれ、一年生は別なんすか?」
「一年の指揮は、ナイトアイから情報と全権を渡されている彼の事務所のサイドキック。狩峰淡輝君に一任されることになると決定されたからね。彼の指示に従うのが合理的であると雄英高校は判断してるのさ!」
AクラスとBクラス。一部の生徒からはなぜという懐疑の声が出かけるが、コン。という鋭い音でそれは一瞬で制される。
機械式の義足を装着したゲイル先生が、大型の鎌の柄で床を叩いた音だった。
「勘違いをして時間を浪費するのはいただけない。これは議論すべき内容ではなくすでに決まったことなのだから、指揮系統上下位に位置する君たちにできるのは事件が終わった後に雄英高校の対応が最善であったのか糾弾するといい」
そんな封殺するような言説で自らを殺せるのが兵士であり、ヒーローは自分の正義を信じて行動をする。だからこそこう言った場合に声を上げるものはいるのだが。
「良いだろう。声を上げたまえよ。使った時間に比例して人が死ぬかもしれないという重責を我々大人から奪う覚悟があるのなら」
その言葉は、まるでその老人が持つ刃のように鋭く、そして冷徹だった。
そう。その刃は一切切れ味を落としておらず、人を殺傷するための光沢を月光を使って放っていた。彼は人を救うために人を殺す覚悟がある。言外の圧力に誰一人としてそれ以上は時間を奪うことはできない。
「それと、補足だ。首席の緑谷出久をはじめとして何名かはすでに別の作戦行動に従事している。狩峰淡輝は基本的に音声で支援をする。皆、それぞれの最善を尽くしたまえよ」
そうだ。緑谷出久がいなかった。
今まで無茶苦茶な状況を想定した戦闘訓練や不意打ちの突発訓練など。みんなが不安に思う時にはいつも先頭に立って、誰より動いて戦ってくれたのが彼だった。
いつも自信なさげにおずおずと話し始めて最後に気づけばみんながついてくるのが緑谷出久の雄英高校での立ち位置になっている。そんな彼がいないというのは異常事態に多少慣れている彼らでもあまりに慣れない状況でもある。
「デクのクソナードがいないだけでビビってんのかよ!ああ!?んなカスがいんならヒーローなんかやめて避難でもしてろや」
「ああ、そうだ。爆豪勝己。君には統合指揮の才能はないが、現場で先導する能力は十分だ。戦闘の際には君が細かな指示をしたまえ。どんな言葉が人を動かし、そして人を竦ませるのか。十分に学んだものと期待しているよ」
「……んだよ。いつも通りの説教じゃねーのか。俺に任せられるって雄英は判断できんのか?Cクラスの最底辺の落ちこぼれのこの俺にか?」
どこまでも挑発するようなその言い方に棘はあるが、それでも会話になっている。入学当初しか知らない他クラスの人間には驚きの光景に映っている。あの傍若無人なヴィランのような態度だった男が、自分を最底辺であると揶揄したのかと。
「一度言ったことを再度確認するのは減点だね。それとも、今の自分の状態を周囲へと知らせるための一手なのかな?だとすれば加点しておくが、どちらにするかね?」
「減点しろクソ!!余計なことほざく前に消えろや!」
そこには奇妙な信頼関係があるようで、どこか安心感を与える光景である。
「へっへ!これが一番下のクラス。Cクラスの日常なんだよ〜!荒っぽいけどすごいっしょ!」
「そうだ。もう一点。拳藤一佳。この雄英高校で今最も戦闘能力が高いのは君だ。ああ、そうだよ。緑谷出久、轟焦凍、爆豪勝己を含めても君だ。以前から強力な力であると言っていただろうに。とはいえ戦闘に関しする心構えは未熟であるから、その点は狩峰淡輝や爆豪勝己に助言を受けるといい。クラス委員らしく、皆を導き守るといい」
ざわめきが起こるが、知っているものは知っている周知の事実でもある。
彼女がサポートを受けた状態で発揮する力は、プロを軽く超えるほどの威力がある。肉弾戦でワンフォーオールを5%以上発揮した本気の緑谷出久を殴り倒してしまったのだから。
「く、クラス委員ってこんな責任重大だっけ?」
男子のクラス委員である砂藤もおらず、自分では陰から影響力を出していると思っているが全然隠れられていない狩峰淡輝もいない。
「いっちゃん!ついてくよ!暴走した爆豪をしばけるのもいっちゃんだけだ〜!」
彼女の爪には、女子高生らしいネイルが施されている。それはよく見れば、ネイルにしては書き込みがされすぎている爪の模様であった。
「普段の準備が力になるってことか……」
先生の言っていたことがようやくわかった気がする。その拳を握って、そして空に掲げて大きくした。
「よし!Cクラス!そしてみんなも!着いてこい!!」
声は震えてちょっとだけ裏返ってしまったが、それでも虚勢を張れたというのはヒーローへの第一歩のような気がして、どこか誇らしかった。