戦闘支援AIでもある『人形』による指示は的確で、校長と淡輝の指示が必要かどうかも怪しいものだった。
けれどヴィラン側も必死である。それらの気迫や個性が何かを引き起こす可能性を根津校長は感じ取り、AIが無視した可能性へと対策を打っていく。
「ビッグスリーは指定した10名を連れて今すぐに南34まで向かうのさ!そこにいる少女たちを保護して安心させてあげるんだ!そのままでは暴発してしまう」
襲撃班の中には家族を人質に取られて、嫌々ながらこの戦いに放り込まれたものもいる。戦場という極限のストレス下に晒されてその個性が爆発するようにと個性を植え付けられて送られてきているものが一定いたのだ。
そんな者たちは軍人が対処してはいけない。ヒーローが駆けつけて安心させてあげなきゃいけないのだから。雄英高校ヒーロー科の2〜3年生はそんな被害者たちを加害者にしないようにと奔走していた。
そして一年生たちはどうしているかと言えば、彼らは主に敵戦力の無力化。戦闘へと割り当てられている。
なぜかと言えば至極単純で、彼らの方がまだ一般的なカリキュラムを行っている2、3年生に比べて戦えるからだ。
あの狂った戦闘訓練は、入学試験で行った適性検査があってこその無茶である。彼らは戦争のようなストレスにでも耐えられる才能があると見込まれたものたちだ。逆境の中にあって逃げず。苦痛の中でも光を忘れない。そんな人間性の奥底までを全てを使って暴いた異常者がいたらからこその現在である。
「クソ髪とクソ鉄は前はれや!一歩でも下がったらぶっ殺すぞ!」
「「やったらぁ!!」」
威圧的で大きな声も不必要なはずの暴言も、戦場においては味方の士気を上げることもある。
「俺も前でるっスか!?させてください!ウルトラ!!」
「風ハゲはカバーしろや!飛び道具許して火力集中されたら終わりだぞバカが!ちったぁ頭使えや!」
「うっす!頭使うのは得意っす!!!っしゃーーーーっス!!!」
そう叫びながらナイフを投げていたヴィランへと肉薄し、渾身の頭突きで一撃で意識をぶんどった。
投げられていたナイフは綺麗に風で回収し誰も使えないところまで飛ばしている繊細なコントロールを行なった人間とその蛮行が同一人物とは信じられないが、どこまでもそれは事実である。
「半分野郎もだ!大雑把に氷使ってんじゃねえぞ。指定の道だけ塞いで来い、とっとと指示しろや七光!サボってんじゃねえぞ!」
淡輝にまで文句をつけながら、轟焦凍を状況をコントロールするために使うのは冷静な判断である。大体にして、真っ先にヴィランへと突貫せずに同級生にあれこれと指示をしているという姿があまりにイメージと違っていたのだろう。
「ウッソ。マジで有能じゃん。普段からやれば?」
「耳女は無駄口叩いてる暇あんなら索敵しろや!鎧と刀がやべえやつって話だったろうが」
「うっわ。マジで正論だ。うん、でもわかった。信じて従うよ。あんたの力は間違いなさそう」
それぞれの個性の相性。そして敵の能力を淡輝が補足しできるところは未来の情報を伝えていく。
それを徹底しているだけで、一年生とは思えないほどの成果が叩き出される。矢継ぎ早に送り込まれるテロリストたちは次々に無力化されて地面へと転がされていた。
「おい爆豪!マジで俺らつええよ!あんな辛い思いしてたけど、意味あったんだよなぁ!」
「っち!黙って電気溜めてろアホ面。てめえが変なこと言うから来やがったぞ」
そこにぬらりと現れたのは、刀を携えた全身鎧の戦士であった。どう見てもそこらのテロリストやヴィランと格の違うそれは、静かに一歩ずつこちらへと近づいてくる。
『執行者と呼ばれる戦士だ。あらゆる攻撃を弾いて無効化する防御の個性。そして土壇場で巨大な獣になる異形の個性を隠し持っている。獣の咆哮は味方を回復する効果まであるから気をつけろ』
「うさんくせえ七光が。んでそこまで知ってやがる……まぁいい。おい!爪女!前でろ!」
「その呼び方やめろっての!ったく!デコピンするよ?」
手を巨大化させた拳藤がその中指を弾けば、バァン!という空気を打つような音がした。先端が音速を突破したのだろう衝撃波は、耳郎の音波や緑谷の衝撃波などのお株を奪いに奪った力が込められている。
その両手にはまるで精緻な絵画のような巨大なネイルを10も身につけて、それぞれが光を放っている。生命線は燃えるように熱を発し、彼女の全ての力を底上げして闘志を漲らせている。
元から武闘派の才能があったが、今の彼女は単純な戦闘力で雄英高校で最強であった。
「声出してくぞ!Cクラス!ファイヤー!!」
「「「おーー!!!」」」
「ヒーロー科!ファイヤー!!!」
「「「「「うおおおおおお!!!!」」」」」
その掛け声と共に、その指から夜を焼く炎が放たれる。一瞬で世界を焼いてく熱量も、なぜかキィン!という硬質な音がしたと思えば敵にダメージを与えることができない。
爆豪がその隙を見逃さず、爆炎を纏って跳躍し、ちょうど挟むようにトリガーを引いた。
籠手に仕込んだ『ハウザーインパクト』。本来は爆発性の汗を溜めて爆炎に指向性を持たせる必殺技であったのだが、ここにきて七光から新たな装備の支給をされたのだった。
「だってさ、爆薬だけでたたかうのって普通じゃないぜ。戦うなら爆風で何を加速させるのかってのが数百年前からの当たり前だ。だからお前にはこれを使ってもらおうと思う。できればまだ学生にこれ使わせる映像は残したくなかったんだけど、まぁ仕方ない」
それは、黒と白の巨大な銃であった。
戦闘においては拳藤が上だった。緑谷出久に負けるかもしれない。しかし、殺傷を含む殺し合いであるのなら爆豪勝己の個性と才能は他の追随を許さない。
それは本人が頑なに認めたがらない事実であった。爆破は簡単に人を殺せる。爆破は簡単に銃に使える。
爆発的な空中機動から、絶え間なく叩き込まれる銃弾に流石の執行者も防御に徹していた。銃ならば装填の隙がある。それを突こうと研ぎ澄まされた殺意が狙っているのを肌で感じる。
しかし、雨のように回転しながら空中で浴びせるその銃弾が一向に終わらない。一瞬の隙で構わないのに、それでも刀を返す暇がない。
『圧縮技術によって弾頭が補充され続けます。単純な金属のみであればかなりの量が入っていますので、弾切れはしないと思っていただいて問題ありません。そして火薬ですが、それをあなたの掌から吸い出して使用します。あなたの専用装備です』
「ほら、これならどう?」
拳藤の中指から紫色の光が飛んでいく。粘着質なその光は激しく移動する二者を追いかけて、そして刀に弾かれる。
弾かれると思ったら、その光は刀に巻き付いて固定した。
「やあっと隙みせやがった!死ねえあああ!!!」
怒号とともに前のめりに突貫し、そして執行者はその突撃に合わせて咆哮する。原初の獣となって、愚かな若者を噛み潰すために。それは頭に血の上った。突進をしていれば絶対に避けれないカウンターのはずだった。なのに、爆豪はひらりとそれを躱して空中へと逃げている。
「バカが。んな突進するかよ。鎌ジジイにだって転がされるわ」
渾身のブラフに引っ張られ、隙を晒したそこに巨大な拳が迫っていた。
「くら、えええええええ!!!!!」
学生最強の拳が炸裂し、10色の個性が爆発する。その一つ一つが規格外の力を秘めており、それらの渾身は一度の弾きでは決して防ぐことはできない。
幾人ものプロヒーローすら屠った最強の刺客を、学生たちが討ち取った。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
都市の上空に、気づけばそれはぽつりと現れていた。まるで空に針先で穴を空けたような、丸く不自然な黒ずみ。輪郭は曖昧で、風が触れれば揺らぎそうなのに、どれだけ見てもそこだけは動かず、固く凍りついた影のように空の間に張りついていた。
じわじわと雲とも煙ともつかないモヤがにじみ出してくる。墨を溶かしたような黒色で、光を吸い込むように重たく滞留していた。そこまで大きなものではないのに下から見上げるだけで背筋に冷たいものが走る。
夜明け前の空は本来、紫と藍が混じり合って静かに明るみ始める時間帯だった。しかし、その黒い靄は柔らかな光に鋭い影を突き刺す、傷のように浮かんでいる。空が明るくなるほどに、逆にその影の黒さだけが際立ち、都市の屋上や高層ビルのガラスに、不吉な模様として映り込んだ。
世界に開いた穴のようなその奈落は、空中からUAIランドへとよくないものを運んでくる。少しでも勘が働くものならば全身が総毛立ち、あれから逃げなくてはと走り出す。
もっと明確に感覚の鋭いもの、逆に何一つ感じられない人々の反応は同じだった。その場で座り込み、そしてただ祈る。
誰か助けてと誰かが言った。
それを聞いて短く笑うのは血に濡れた大鎌を携えた老人である。
「どうやら、ここがこの戦いの要所らしい。そして難所でもあるのだろう。助けてと言えるのは素晴らしいが、それはヒーローでないものの特権だ。君らは一体どうするのだろうね」
先ほどまで勝利に浮かれていた学生たちの血の気を引かせるには十分な圧力がそれにはあった。
「戦いはまだ終わってなどいない。大体にして、戦闘が終わったのなら救助こそが君らの本領だとは思わないかね? まぁそれも、あれをどうにかできたらの話だろうか。さぁ、人事は尽くした。君らは何に祈るのだろうか」
もうここにただ祈るだけの子供は一人としていなかった。だって彼らは知っている。祈ったり願ったりという以前に知っていた。
「「「「「 オールマイトぉ!!!」」」」」
彼なら絶対に来てくれると知っていたから、みんなが同じ言葉を叫んでいた。
聞こえたはずもない。誰に言ったわけでもないその素朴で切実な祈りを決して逃さないものもいる。
「よく耐えた!少年少女たち!!」
空が欠けたのと、空に一条の光が切り込んだのはほとんど同時である。
「もう大丈夫だ!なぜって?」
空の彼方から声がする。ここまで明瞭に、そして誰だかわかるような大声は彼にしか出せないと確信できる。
光の帯が空へと残る。それは遠くから斜めの軌跡を伸ばしてUAIまでやってくる。一定の高度まで下がると地面と平行になって、グンと加速するようだった。
「 私が、来た!!!」
その声がなぜこんなにも届くのかはわからない。だがきっと彼にとっては重要ではないんだとと思う。助けを求める人がいて、そしてそこに声をかけずにはいられないのだ。
その速度は凄まじいもので、その余波でビルの強化ガラスが砕けるほどである。オールマイトは単身で飛んでいた。何かを押している様子も何もなく、彼にしてはゆっくりとした速度ではあるものの、それでも誰より早く飛んでいた。
そうして鋭くビル群の間へと滑り込むと、不思議なことがそこで起きている。その衝撃で上空から雲が千切れ飛ぶほどだったが、それを見ていた人々は決して目を逸らさない。
オールマイトが、空中で飛んだ姿勢のままに止まっている?拳が何かに突き当たり、そして彼はそれを全霊を持って押そうとしているように見えなくもない。
「敵の数が二倍?HAHA!全く関係ないな!こっちはなんたって元気百倍だ!」
ニカっと笑うスマイルは決して虚勢の笑みではない。強く深い確信によって万感の思いが力となる。思いが現実を書き換える。狂気と呼ばれるほどの激情を込めて腕を振る。その拳は宇宙を従わせるほどの力を持っていた。
オールマイトが何かを持ち上げて飛んでいく。付近にあったビルが妙な壊れ方をしているがそれに気づいている人などいない。
彼が向かうのは先ほど上空に生まれた黒い雲。そこへと一筋の光が飛んでいく。
それを特別な感慨で見届けるのは、彼と5年前に戦ったものたちである。
「無駄なことをしているね。いくら君でもそれは防げない。この世にこれを防げるものなどありはしない。そんなこともわからなくなったとは、悲しいね」
一人は殺意を全身から具体化させて光として届けるために闇を通すという離れ業をやってのけた。核爆発に匹敵するエネルギーを人からかき集めてそれを一点にまとめるという不可能を実現したのはこの世の支配者だった男である。
「この世の何もあれを止められないのなら、じゃあこの世のものじゃない何かで防げばいいんだよな。いや屁理屈じゃないよ。ナイトアイならとんちが効いてるって褒めてくれるさ。ああ、そうだよ。笑えるだろうが、真顔のマジレスしてるやつを冗談みたいな方法で出し抜いてやるんだからさ」
狩峰淡輝は大きく笑った。やはり世界を救うのはユーモアとヒーローなのだと実感できた。
光が降り注ぐ。それを防げるものなど存在しないはずだった。『反射』の個性も限界はある。『ベクトル変換』だって無理にきまってる。大量の質量も用意できず、あってもそれが爆弾になるだけ。
なのに、止まった。
物理では防御不可能な必殺の一撃が、たった一人の拳によって防がれているように見えている。
「ば、ばばばばあかな!!あり得ん!」
「不可能だ!それは個性などというものじゃあない!」
この状況を仕掛けたものたちの感想は正しい。そんなことは英雄にも不可能であって、まるで悪夢のようである。
だけれど世界にとってはそれが真実だった。あり得ないほどの力に真っ向から立ち向かう最高のヒーロー。彼がその拳で不可能を可能にしたのだと。誰もが確信するほどに彼の力はまるで応えるかのように強くなっていく。
光に押されることもなく、その入り口にまで到達して蓋になる。そうすれば、行き場を失った熱はその奥底で暴れ始めるしかないだろう。
塞ぐことなどできないはずで、それをかつてやろうとして失敗したこともあった。なぜなら蓋にできる物質などこの宇宙になさそうだったから。
オールマイトがその何かを持ってきた。わざわざUAIから回収までして隙間を埋めるように二体を重ねて叩きつける。
これこそが回答だった。
三つの理不尽を一つにまとめてその拳を叩き込む。一瞬とも永遠とも思える熱をお返しして、UAIランドにいつもの時間を続けさせた。
たまらず消えた黒霧に都市中から、世界中から歓声が上がる。
「クライマックスだ!!このまま君らとも決着をつけさせてもらおうか!」
勢いをそのままに、海岸へと向かって飛んでいく。そのまま何かごと着弾し、その砂浜に巨大なクレーターを残して立っている。
相対する怪物もヨロヨロとその身を起こして怒り出す。けれど、その動きはもう英雄を捉えることができないほどに弱々しかった。
「
その技名は叫びもせずにただ呟いただけ、そしてちょっと笑って振りかぶる。この世のものとは思えない衝撃音。まとめて木々が折れるような、空間がねじ切れるような、深海に沈み込むような音がして、それらは彼方へと飛んでいく。
「ようやく、バイバイだな」
異形たちが空へ溶けるように消えていく。その後ろから日の出が始まり、一瞬でも目を瞑ればもうそこには化け物の余韻すら残っていないのだった。
朝日の美しさに心打たれ、ようやく迎えた朝の光があまりに懐かしくて。不思議と涙を流していた。切り開かれた明日のなんと綺麗なことだろう。
そんな真横からの光を受けて、長く伸びる影には2本の触覚のような金が揺れている。
オールマイトは限界だった。それでも英雄はその場に立ち続け、その勝利の姿を世界に刻み続けていたのだった。