自らが介入し、世界最高のヒーローを最強へと仕立て上げた人物。
スターアンドストライプはオールマイトが勝利する光景をまたしても目を細めて眺めていた。
メディアの前に出る時どころか、寝る時にさえ解除をしない自己強化すら投げ捨てて、今ここにいるのは無個性の母親だった。姿勢や筋肉質な部分は変わらないが、それでも超人的で彫刻のような普段の姿からは、彼女であると誰も判別できないであろう大きな変化である。
そんな普通の女性が、金髪をなでつけて穏やかに笑った。
だってまたあの姿が見れたのだから。彼が世界を変えてしまうその時を。小さい時、彼に命を救われたあの時以来の光景に胸がいっぱいになっていく。
いつもよりも少し高い、それでもしっかりと通る声でつぶやいた。
「あの姿に憧れたんだ。君も、そうだろう?」
すでに意識のない緑谷出久と灰廻航一。継承者の若者と、報告にあったスカイクロウラーは二人揃って気絶していた。彼らは二人ともオールマイトリスペクトのヒーローであったはずだ。今来ているのはボロボロすぎてもう原型がわかりづらくはあるが色味などでわかってしまう。彼に憧れるのはある種の当たり前でもあった。
「まだまだ、この夢を泳がせてもらおうじゃないか。オールマイト、あなたへの恩返しはただでさえ返し切れるかわからないんだから、いっぱい長生きしてほしいね」
そして個性の効果はもう十分だと判断して、いつものヒーローへと表情も戻る。体は隆起して秘められた力ははち切れるような熱量がある。なんというか、画風が違うとでも言うかもしれない。
星条旗を身に纏い、それを背負って彼女はいる。もちろん、ここで悲劇を防ぐだけなどということはあり得ない。自分という最高戦力を投入したのだ。圧倒的な戦果を持って帰らねば、国民達も納得しないだろう。
「作戦遂行のための準備は終わったな。ではこれよりオペレーション『プルート・スピア』を始動する。
超音速爆撃機の編隊が、すでに防空能力など皆無な北朝鮮の空を飛んでいく。普段ならあり得ないほどの低空飛行を行うのはピックアップしなくてはいけない大事な兵器があるからだ。
『私はB-43に落下する』
アメリカ空軍の誇るステルス爆撃機『B-40 サテライトシリーズ』はスターアンドストライプを支援するために開発された特殊爆撃機である。主たる任務は戦略兵器の運搬と護送。核兵器がない今は、専らスターの移動を行なっているアメリカで最重要の精鋭部隊である。
ふわりと、その身が浮いたかと思えば彼女は空へと落ちていく。
重力加速度を逆方向に使って、グングンと黒く三角の機体へと落ちていく。着地の瞬間、機体側がふわりと受け止めるような機動を行い、彼女を優しくキャッチした。
「おかえり、キャシー。うまくいったみたいだな。しかし、ルール違反とは驚いた。この10年以上ロックな無茶はやってなかっただろうに」
HAHAHHA!と笑う彼らの表情にはネガティブな感情はない。それよりも珍しいものが見れたものだと喜んでいる。
「止むに止まれずってやつでね。戦ってる両者がオールインしているんだ。私だけ出し惜しみをするなんてこの星条旗が許さないよ」
「い〜や。オールマイトのことになると途端に夢見る少女になるもんだから困ったもんだぜ。今回もそんなとこだろ?」
あーだこーだと言い訳を許さない戦友たちには、一切の言い訳が通用しない。酒を奢る約束をしないと収まりがつかないようで渋々契約に応じるのだった。
「やったぜ!飲み放題だ!ハワイで有給とってやる!」
「酒はいいから。次の作戦については問題なし?これでミスったらカリフォルニア・レモネード で乾杯どころじゃない。アグパー提督からテキサス・スマッシュをぶちかまされることになるけど」
「オールオーケイさ。そもそも魏漢の防空網は大したことはない。反撃能力だけが厄介だったが、さっきの飽和攻撃でそれもほとんど使えない。周辺の同盟国への報復を度外視して今ならありったけを打ち込める」
そう。スターアンドストライプは、UAIランドの救援に来たわけではない。当然、UAIの合同軍には米軍も含まれているため仲間ではあるのだが、それらを守るためだけに最高戦力を動かすことなど出来はしないのだ。
議会を納得させるほどの大義、そして利益が必要でありナイトアイはそれを提示した。
魏漢の防空網及び主要軍事基地への空爆の実施。
同時に呼応して攻め込むのは蜀漢と呉漢の二国である。このところオールフォーワンの影響によって奪われ続けていた領土を取り返し、逆に奪い取るだろう。アメリカは中国にいつまでも内戦をしてほしいと思っていた。
特に反米の魏漢については影響力を遥かに下げておきたいというのも、大いに狙っているらしい。
後方の敵であったミャンマーの派閥をすげ替えた一件の影響は大きい。UAIランドに大きすぎる借りを作ったため要請を断ることができない両国はそれでも渋っていたが、魏漢の戦力の大放出と投射火力の空振りを見てしまえば空前絶後の好機として攻め入る他に選択肢はない。
「魏漢を叩き、オールフォーワンを炙り出す!いいか!ここで決めるぞ!」
世界の警察を降りて長い年月が経っているアメリカは、このところ他国への軍事介入すら少なくなっていた。スターがトップになってからはさらに平和的になったと思う。けれど、あの魔王の潜伏だけは許せない。
戦争を激化させようが、無辜の市民が巻き込まれようがこの優先順位を違えることはない。
あの光のような攻撃を見てしまえば、誰だって決心する。予兆なく撃ち落とすこともできない核砲撃を行えるなんて、あんな存在を自由にさせてはいけない。
オールマイトとは全く違う成長をしている自分にたまに嫌になる時もあるが、それが軍人というものだ。アメリカ社会のヒーローは日本のヒーローとはまた違う。
第二次黄巾革命から始まった現代の三国志。その戦いを決定づける一撃を、彼らはただ仕事として加えていった。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・
雄英高校の学生達は、そんな戦争のことなど知る由もない。
期末試験において自分がどれくらいの問題を解いてそれが何点だったのかなど今更教師達に詰問するものもいるはずもない。戦いの終わりから2週間。雄英高校には以前と変わらぬ日常が訪れている。
教室へ向かう階段も、ただの移動のはずだった。けれど、窓から射し込む柔らかな光や、すれ違いざまに交わす「おはよう」「おっはよ〜」「おいおい、オイラに挨拶するってことは付き合うってことでいいんだよな?」などとクラスメイトの声が、戦場で失われかけた普通の温度を持って近づいてくる。
チャイムが鳴り、教室に先生が入ってくる。ゲイル先生は車椅子に座っているし、小言も変わらない。
隣の席の友達がノートをめくる何気ない仕草。以前は退屈に見えた授業風景が、やけにありがたいものに見えるというのはやっぱり誰もが変わってしまったのだろう。
勉強をして、ご飯が食べれて、殺されない。そんな平和な朝が来るという当たり前。これがどれほど脆くどれほど尊い奇跡だったのかを知ってしまったからだ。
ようやく落ち着きを取り戻し始めた学生生活に、少し違和感を感じるほどだった。
緑谷出久は考える。
国際ニュースでは、中国内戦の戦線が日々変わっていることを報道されている。今日は何百m進んだとか、どこの基地が壊されたとか。そういう情報が二週間前から絶え間なく入ってきているのだった。
これはきっと、僕もやったことなんだ。
こうなるとは思っていなかった。目の前の人を助けるために、友達の助けてという声に応えるために走っていただけ。だけれど、もっとできることはなかったのか?こうなることを防ぐことはできなかったのだろうか。
「もっと上手くできたんじゃ。なんてことを、考えてる顔だな?」
「びっっくりした!狩峰くん!なんで!?いきなりなんてさ!」
「ノックもしたし、個室病棟に忍び込めるほどのスニーキングスキルもない。お前が無視してただけだって」
「ご、ごめん!ちょっと、考え事しててさ、その。うん。その通りのことを考えていたと思う」
「やれることを増やすのは賛成だけどね。アメリカの空爆を緑谷が止められるとは思えない。オールマイトにも無理だよ」
事実を並べて、無駄な責任を背負うことをやめさせてやりたい。そんなことはすべきじゃないのだ。
「……そうだね。その通りだけど、でもさ」
ああ、よくないな。これは直感で本質を突く時のあの顔だ。
「ナイトアイなら、狩峰くんなら。それくらいのことができるなら、何かできたかもしれないって、そう思っちゃって……」
やっぱりきた。ああ、その通り。これをどうにかしたいならそういう方向の力を持たないといけない。それは間違いないけれど、なんて言ったもんか。
「まぁ、その部分はあるっちゃある。けど、適材適所ってあるじゃん?それをした方が良いっていうか。人を助けたいなら、それをするしかないんじゃないのかって思うんだよな。ぶっちゃけ緑谷にはできないと思うし」
「う……。でも、はっきり言ってくれるのは助かるけど。そうか、そうなのかな」
「ああ、そういえば話すって言ったもんな。退院してから細かいこと話すけど、この世界でオールマイトと緑谷出久にしかできない仕事がある。それが、あの見えないやつと戦うことだ。それ以外は他のやつに任せればいい。現時点で全人類であれに干渉できたのはこの二人だけ。スターアンドストライプですら指一本どころか、毛の一本すら動かせなかったアレをお前は指ごと弾いたろ?」
見えてはいなかった。『危機感知』が痛いくらいに反応して、二人を助けなきゃって思っただけで何をしたのか自分でもよくわかっていない。
「全然、実感わかなくて。あれが狩峰くんの戦ってる相手なの?」
「わからん。俺に執着してる謎次元生命体で、やけに手を伸ばしてくるってことだけは確かだな。『戦い』なんてわかりやすいコミュニケーションを取れてるとも思えないし、そういう次元じゃないと思ってる」
緑谷はまた深く考え込みながら、ぶつぶつと思考を加速させている。
「まぁこの辺の心の機微は遠い昔、遥か彼方の小学生時代というなの宇宙に置いてきたから、俺の語るところじゃないわな。今日退院の許可出ただろ?あとで飯作っておくから、俺は黙って飯を食わせてやるよ。はい。そろそろ交代だ」
「へ?誰か来るの?」
遠慮がちな、慣れないノックが響いてそちらを注目すると緊張した様子の麗日お茶子がそこにいた。扉は開けっぱなしになっていたため、どうしていいのか迷っていたらしい。
この建物自体に関係者以外を入れない警備を敷いているため、部屋の戸締りくらいはガバガバでも問題はない。そして彼女にもし聞かれていても問題はないだろう。ヒーロー科を辞めるとなれば教えるわけにはいかなかったが、あれだけ間近に緑谷の無茶を見せつけられた上で彼女はどうやら進む道を決めたらしい。
この二人の会話を聞くのは野暮というものだろう。常人の感性が死んで久しい自分でも常識でわかる。ハンドサインだけを残して退室する。
廊下を歩き始めた時、声が聞こえてしまった。意を決したのだろう結構大きな声になっていたから、俺が盗み聞きしたわけじゃない。
「私、ヒーローになることにした!デクくんみたいな無茶する人を助けるヒーローに、なってみたいって……思うんだ!」
その一言で、淡輝は思わず笑ってしまう。みんな、すごいな。アレだけのことを体験してそれでも理想を失わずにいるなんて。ヒーローを諦めず自分がなろうと思えるのが凄すぎる。
ナイトアイなら、お前もまた誰かにとってのヒーローになっている。ヒーローは勝手に押し付けられる称号だ。なんて言うかもしれない。口論では勝てないから譲っておく。
けれど、心の奥底のこの確信は絶対だ。
本物のヒーローみたいに俺はなれない。なろうとも思えない。だけど、人として。ちっぽけな狩峰淡輝として、大切な人に幸せになってほしいじゃないか。
勝手に救っているんだ。勝手に救われても文句言うなよ?ヒーロー。
あと少しすればまたこの船は動き出す。
決して明けることのできない夜の闇を打ち払い。光を迎えるために戦うこの太陽の方舟は。多くの人とその数だけの夢を乗せて海を行く。
日没と夜明け。その曖昧な瞬間はどちらとも言えない明るさで世界を照らすだろう。まだこんなに暗い夜なのだと。そう言うのも自由だ。
しかし、光がまだここまである。これから明るくなるのだと言うこともできる。人にはその自由だけがある。
それでも世界は変わらない。理想を語るのはバカのすることだろうか。
太陽や星々は核融合した水素の塊であるし。闇というのは光子が届いていない宇宙の本来の姿でもある。それらに善も悪もない。英雄や悪役などというものは人が勝手に作り出すまやかしだ。
だがそれでも、その幻想を強く叫ぶだけで世界が変わるのだとしたら?
それを人は神と呼ぶのかもしれない。ああ、そうだな。神では語弊があるだろうか。少なくとも人を超えた何か。『
自分がどう在りたいかを決めて叫び、そうして行動するしかない。平和などという幻想を追い求めるなら、誰よりそれを徹底しないとその一端にすら掠りもしないだろうことだけはわかるから。
「バカみたいだけど、がんばるかぁ……」
だってもう、諦めるということを忘れてしまったから。英雄たちの姿に脳を焼かれた狂人として生きていくしかないじゃないか。
狩峰淡輝は悪夢と戦い。そして再び勝った。これからも勝てるかはわからない。何を失うのかも想像し切れない。バカみたいな失敗をし続けるんだろう。
「まぁ、死ぬほど頑張ったあと。朝に飲むスープは、美味いからなぁ……」
大義も恩も、理由もあるが。それでも最後に頑張れるのは小さな幸せのためかもしれない。お腹を満たし、沁みる栄養というものは人を確かに救ってくれると確信しているから。
もう形がなくなった野菜が甘さに変わったスープを飲み干して、狩峰淡輝は世界平和を実現することを再度誓う。
どんな悪夢にも決してこの幸せは消せないのだと、味わいながら朝日を見ていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
3週間ほど投稿はお休みです。次回は12/25。クリスマスプレゼントさね。
他のみんなの反応や影響などは間話で書こうと思います!
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みんな、あったかいスープを飲んでくれよな!