雄英高校は夏休みに入っているが、それにしては人が多く残っている。今残っているのは雄英高校のヒーロー科体育祭に参加できるものたちだった。
その参加条件は専属医が許可を出して担任が重ねて認めた生徒のみ。3年生は7割が、2年に至っては9割がドクターストップをかけられた。というか自主退学する生徒も多く体育祭どころではない。それに比較して異常なのは一年生である。彼らは半分以上が残っており、あのやり過ぎな入学試験の効果を証明している形になっていた。
結果としてヒーロー科の多くの生徒が一時的に日本へ帰国などをしており、雄英高校は少し人がまばらというあまり見ない状況になっている。
医師によってGOサインを出されても終業式の最終選別によって体育祭参加者はさらに減らされたのだから笑えない。すでにやる気満々だった学生たちに通告されたのは非常な現実である。
「結論から言うぞ。お前らは学業の成績が低いので参加はなし。休みとって勉強に追いついておけ。まぁ体育祭に出たかっただろうが、それより重要な学びはいくらでもある。広義の意味じゃこれも飴だ。ハッカ味の」
イレイザーヘッドにそう言われて悲鳴を上げたのは座学に課題のある面々だった。学年集会でしっかりと成績不振を指摘され、参加と不参加を見せつけられて雄英高校が超がつくほどのトップ校ということを嫌でも思い出させられている。
「ハッカ……うまいっすよ……」
どうにか絞り出した抗議の声も的外れな指摘にとどまった。Cクラスからは切島。上鳴。夜嵐。芦戸あたりが引っかかり、砂藤はギリギリ免れていた。
「っぶねえ!!クラス委員だから耐えられたけど、クラスメイトだったら耐えられなかった!!」
安堵のため息に、そして嘲笑の声まで響いているこの場はカオスである。終業式でも一年生の存在感は無駄にデカかった。
「おやおやおや!!やはり実技ばっかりやってるCクラスは落ちこぼれみたいだね!」
「いや、お前も落ちてんだろ。どういうメンタルでそれ言えんだマジで」
高らかな嘲笑を放つのはAクラスの物間寧人である。そして彼も落第をしたのだった。
「我らがAクラスからはたった二人だというのに!そちらは倍!これはつまりっむぐ!!」
「いやマジで恥ずいからそこまでにしてくれ。ごめんなみんな。すみません!先輩方!こいつ性格歪んでて……」
そう言いながら震えるのはAクラスの瀬呂範太だ。個性によって伸ばした巨大セロテープによって物間の災いの元が封じられていた。
「うわぁ。あたしがもしAクラスだったら、あの役だったかもなぁ」
「今は峰田と爆豪とトガちゃんを一手に止めてるんだから、そっちの方が楽だったんじゃない?」
「うっわそうかも。やっぱAクラスに上がらなきゃ!」
拳藤があったかもしれない状況を想像し、そしてモチベーションへと繋げていた。多分彼はAクラスを維持できないのではないだろうか。杞憂に終わるだろう。
「みんな元気で何よりさ!戦いの後に乱れ切った毛並みも復調した校長さ!」
ありがたい校長の挨拶が続き、本題と関係のない様式美のような長話をした後にネズミの校長先生は大事なことを話してくれた。
「これまでヒーロー科の体育祭はヒーローになるためのキャリア形成の場として活用されていた。けれど今の雄英は一気に色々なことが変わりすぎたのさ。中止してしまうことも大いに検討されたしみんなを休ませてあげるべきだと思ったのも事実。それも一つの正解だったと思うのさ。それでもね、僕は知っている。人が深く傷つき悩み考えてしまう時に、一度立ち止まるのが必要な人と、動き続けることが必要な人。それは人によるということを」
「だからみんなの主治医と担任の先生。そして君たち自身に問わせてもらったのさ。参加はできないのが当たり前。あくまで自由参加のイベントとして今年は体育祭を開催するという形式を採用して今に至るというわけだね。幸運にも参加できる生徒たちは全力で、休むべき生徒もまた全力で休んでほしいのさ。君たちはすでに立派なヒーローになれる。僕たちはそう判断しているから、ここまで大胆な判断ができたんだ。来年からはもっと落ち着いていくだろうから、今年は心置きなく休んでほしい。それによって失われる機会は雄英高校が全力で補填してくことを約束するよ」
不安になっていた生徒も幾らか肩の荷物を下ろせたようで、安堵の雰囲気が広がっている。そんなドタバタの終業式を終えて、いよいよ雄英高校に残った生徒は少数だ。
こうして雄英高校ヒーロー科は夏休みへと突入したのだった。
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雄英高校の普段の学食は戦場である。
ロボットが多くの調理工程を担い効率化された厨房はそれでも、育ち盛りな高校生たちのお昼の勢いには負けてしまう。人気メニューは飛ぶように売れていきいつも弱者は淘汰されてしまうのが常ではあった。抽選で好きなメニューの予約もできるのだが一部男子たちにはそのような小細工などは不要である。正面から行くぞと毎日のお昼を戦場として駆けている。
体は闘争を求めるらしい。その戦いの先に答えなどまるでなさそうな奪い合い。女子たちが冷めた目で見ていても止まらないのは人としての
超豪華で広大な食堂はしかし、夏休みに入った現在。そこには平時のような人だかりはできていなかった。美味いメニューが苦もなく食べれるということで淡輝的にはオールオッケーである。
ヒーロー科以外の体育祭は普通に学期内に実行され、生徒たち同士で楽しんで無事に終わっている。そこはヒーロー科は大会運営としてあらゆる雑事も行うのだった。雄英高校でヒーロー科が優遇されるのは事実だが、それでも他の生徒を蔑ろにしてはいけないと校長たちが新体制になった段階で切り離したのが功を奏した。ヒーロー科と他の生徒たちの関係は良好である。
さて、そんな学食では少人数ながらもクラスの垣根を超えた交流が生まれていた。先生たちも可能な限り食事の時間を合わせることで新たな対話も生まれている。
それぞれの個性の伸び悩み、弱点や必殺技など。ヒーローとしての話題で持ちきりだ。
しかしながら、そこに参加しない者もいる。彼らはしかし、つかず離れず。そんな場所で黙々と食事をとっていた。あまりに離れすぎると他の連中がうるさいからと編み出した絶妙な距離感がそこだった。
淡輝は通信で仕事をしろとけしかける。相手は担任であり、分裂した自分自身。性格パターンを学習した生体コンピュータを脳移植した奇跡の存在。ゲールマンことゲイル先生である。
水を向けられて、ゲイルは渋々といった様子で車椅子を動かした。
そこには今にも爆発しそうな目で世界を睨んでいる少年が一人いる。
「悩んでいるようじゃあないか。君の教師、ひいては助言者として言葉が必要かね?」
いつもこうして話しかけて、爆発的な反抗をされて終わりというのがこれまでのパターンである。それを想定していたが、今回ばかりは少し違ったようだった。
「……ああ、聞かせろや」
「ほう。これまでのように自分で気づくからと拒否をしないのだね。どのような心境の変化かな?」
「クッソうぜえ……。そうやって煽ってんのはわかってた。それを無視できるくらいの……優先度高けぇもんが前はなかった。今はあるってだけだ。黙って聞かせろや」
「黙って語れとは無理を言う。当然黙らないとも。君の短気よりも優先されるものとはなんだろうね。この前の期末試験の時に見つけたのだろうけれど、まずはそこからだ」
爆豪勝己は知っている。この老人を相手に、はぐらかすのは無意味だ。
「オールマイト……。前より弱くないとおかしい……。腕ないってのによ。でも今まで見た中で一番動きがやばかった。あの痩せた格好もあれはぜってえ普通じゃねえ。そう思ってたら案の定、あれからメディアに出る時間はさらに減った。5年前からずっとだ。オールマイトの時間は減り続けてやがる。バカじゃなけりゃ誰でも気づく」
続きを手振りと目線で促される。話しやすいのが癪だった。
「言ってただろうが、指差されてあそこまで言わせてんだ。もう待たせるんなんてできねえ。とっととオールマイトを超えるヒーローにならねえと。手遅れになる。そんだけだ」
「ああ、そうだろうとも。『次は、君だ』あの言葉は受け手次第でいかようにも意味合いを変える。君はそのように受け取ったわけだ。良いじゃないか。ふむ、しっかりとした理由があって安心したよ。では、史上最高のヒーローを越えようとしている若者に助言といこうじゃないか」
老人は杖に手を置いて、ゆったりと笑った。それが何より残酷な行いであり、そして相手に必要なものであると知っているから複雑な笑みを浮かべてそれを伝える。
「君はまず、過去の罪と向き合いたまえよ。心の全てを燃やせるのなら、その爆発は比類なきものになるだろう。今の君は、芯の部分が湿気っているね。そのような心持ちでどこまでやれるか。君ならばきっと良い成績を、戦果を、結果を出すのだろう。だがそれでは最高のヒーローを超えることは決してできない」
「過去の、罪……」
「それができて初めて、私はAクラスへの推薦をしようと思えるだろうね。君の能力は十二分に理解している。これ以上のアピールは不要だ。それよりも根本的な部分こそが重要で今更君の戦闘能力を疑うものはいないだろう。必要になればまた助言を受けにくると良い。どんなタイミングで君が人に頼るのか、それも含めて非常に楽しみにしているよ」
言うだけ言って去ろうとする。しかし、それを呼び止める別の声があった。もう一人のぼっち飯の達人。『孤高な静と動』の静かな方である。
「先生、ゲイル先生。俺にも助言をくれ。いや、ください。俺は役立たずだった。仲良しをするために来たわけじゃない。そう思って訓練もしてきた。その考えは今も変わらない。でも、その結果があれじゃあ無意味だった。どうすれば強くなれるか教えて、ください」
轟焦凍が声をかける。そうするとゲイルは鋭い視線をそちらへと向けて笑顔を見せた。
「君は十分に活躍したと思うがね。君の氷壁のおかげで封鎖できた路地は数え切れない。セメントス先生だけでは追いつかなかった区画丸ごとの要塞化を君の助力で達成できたという評価だったはずだ。それを無意味と判断するのはなぜかね」
「あの追い詰められた状況で、俺は氷だけじゃなくて炎だって使おうと思ってた。でも出なかった。訓練の時や日常で怒りを感じた時には溢れそうになるくせに、肝心な時には出せない。これじゃあ役立たずで、オールマイトどころか、ランク外のヒーローにすら及ばない。どうにかしたいんです」
「そうか。心から助言を求めるのなら向き合おうじゃないか。君は確か、強い要請がないと炎の個性を使わないという方針ではなかったかな?それこそ氷の個性を伸ばすために仕方なくというやつだったね。それについてはやめたのだろうか。そんな制限を自らにかけている贅沢な遊びをしている者には助言など響かないと思っていたのだが」
「なんだそれ。誰が遊んでるって?俺はいつだって全力で……っ!」
熱気が昇り立つ。周囲の空気がゆらめき、温度が上がっていく。
「君は激情に駆られるたびにその熱を発して、そうして抑えるために意識を割いている。それはこの数年で習慣となっているようだが、そのままで良いと思う方が不自然だと思うがね」
あまりに冷たい目線と言葉に、急速に感情が冷えていく。個性の暴走が収まり、そして深呼吸ができるようになってようやく返事ができた。
「……すみませんでした。どうにかしたいとは思ってる……んです。教えてください」
「君もまた、次だと指された一人なのかもしれないね。よほど余裕がない限り、自身の能力の全部を使わないでいられるというのは生優しい環境だったか、本人が手を抜いているということ以外にないと判断するしかない。今回の戦いで市民の犠牲はゼロだった。しかし、軍人やヒーローには負傷者が、傭兵には死者まで出ている。君がもう少し真面目に訓練をしていたら救えたかもしれない人々がいたことを受け止めて、そうして方針を変えたと解釈して良いのだろうか」
「っ!!いや、はい。そうです」
「では君は、その炎の個性について指導を受けたいというわけだ。そのためにこちらが用意した最善のメニューをこなす覚悟があるということで良いだろうか」
「ああ、だからそう言って。教えてくれないですか!?」
再三の確認に、不安定な精神はまたもぐらつく。再燃してそれを必死に抑えているようだった。それも次に見た人物を視界に収めるまでの短い間である。
「私ができるのはささやかな助言くらいだよ。だから炎の個性については専門家に聞くのが一番だろう」
ゲイルが手招きすると、下がった食堂の温度がまた上がった気がした。煌々と輝く光源が、確かな足取りで入ってきた。
少ない生徒たちも、調理場の人間も誰もが目を奪われてしまう。
「そこから先は俺が引き継ごう、ご老人」
そこにはなぜか、かつてのNO.2ヒーロー。エンデヴァーがいたのだった。
瞬間、炎が溢れ出し轟焦凍は。怨嗟の炎を上げていた。
え!?かっちゃんの過去の罪と、轟くん家(悪化)の問題を!?
できらぁ!!