炎が噴出したかと思ったが、それは即座に霧消する。いや、抹消されたのだった。この親子の再会にプロヒーローの立ち合いは必須。というか相当の実力者がいなければ出会い頭に衝突して対消滅するのが轟親子である。反物質みてえな親子だな本当に。
そんなことより究極のカレーをようやく食える。なんと至高のカレーだって一緒に頼めちまうんだ。今食べるしかないだろう。親子の白熱した戦いは大事だが、自分にできることはない。今は美味いものを食って英気を養わなければ。
「全く勘弁してくれ。このために呼ばれたのか。食堂で昼飯って柄じゃないが、まぁ必要 だったか」
淡輝が当然ながら用意したのはイレイザーヘッドだ。彼ほど未熟で強力な個性の生徒を監督するに相応しいものはそういない。彼に見つめられるだけで個性の暴走は終わり、そこには父親を憎むただの子供がいるだけ。
「なんで、お前がここに……」
轟焦凍は自分を救った担任の存在を見れていない。震える体全体を押さえつけるようにして左目の辺りを抑えている。右側の赤い髪を引っ張るほどに強く握りしめて何かを堪えているようだった。
21世紀のネットにあった中二病という病は今の社会にそれほど一般化していない。なぜなら今の子供達はちょうど思春期の頃に個性が育つこともあり抑えなければ炎が出るのだから。かなりオールドタイプな常闇君も実際に暴走をしてしまうダークシャドウを抱えているのだから誰一人バカにはできないのだ。封印されし闇の左腕とか、探せば日本だけでも二、三本はあるだろう。
目線の先には、燃え盛る男がいる。
身長は195センチを超え、鍛え抜かれた筋肉が鋼のように張りつめた体躯は、威圧感を放ちながらも力強さを物語っていた。
彼の髪は短く、鮮やかな深紅色で轟焦凍の左半分の髪と同じ色だ。目は鋭く輝くターコイズブルーで、冷徹な視線が相手を射抜く。顔の特徴的な部分は、顎から頰にかけて生える髭と口髭――これらは常に炎に包まれ、揺らめきながら燃え続け、周囲に熱気と威嚇を撒き散らしていた。
狩峰淡輝は知っている。この炎は決して消せないものではなく、ただ他人に威圧感を与えるために意図的に燃やしているのだという。ヒーローコスチュームは、彼の個性『ヘルフレイム』を最大限に活かしたものだ。肩から胸、腕にかけては炎が渦巻き、まるで生き物のように体を覆う。目は炎で作られた仮面のようなマスクで隠され、表情を隠してしまっている。
「元NO.2だ……」
「エンデヴァーって捕まったんじゃ!?ここにいていいのかよ!?」
「お前、なんでこの状況でカレー食えんだよ」
ここは食堂だぞ。むしろなんで食わねえんだ。カニが入ったカレーは初めて食ったが美味かった。カツオだしが効いていてカレーなのに和風というのもいい。頑張ってくれた相澤先生にもあげよう。
「とっくに釈放済みだ!大体、普通なら執行猶予がつくところを無理矢理に懲役をつけられたのだから刑期は短かく、あんなものは見せしめ以外の何物でもない不当判決だった!知らんようだが、その後もヒーロー活動はしていたからな!」
素直な反応に対して即座に反論の声を飛ばす。きっと慣れているのだろう。
気炎をあげる様子には納得していないという考えがはっきりと現れていた。思わず叫んだようだが、おほんと気を取り直した様子で努めて落ち着いて話し始める。
「おい、轟。もうさっきみたいのを起こさないなら俺はもう行くが、大丈夫だと思っていいんだな?」
「……迷惑をかけました。もう、大丈夫です」
担任へと返答するその顔はまだイレイザーにいて欲しいという気持ちを隠し切れてはいない。けれどそう言った以上は相澤は言葉を尊重してその場を離れることにした。お土産にカレーを持たせた時に、何か言いたげそうだったが、感謝はいらんですよとジェスチャーをすれば諦めたように受け取って退散したのだった。
「ふん。抹消は強力だが、そもそも俺がここにいる。余計な心配は無用だ。改めて、ナイトアイ事務所からの要請で、雄英高校への臨時講師を引き受けた。エンデヴァーだ。焦凍への指導をしに来た。オールマイトが弱って萎んでしまう前に越えなくてはいけない。もはや一刻の猶予もない。強くなりたければ俺に学べ。焦凍」
「お前は、何にも変わんねえな。誰がお前なんかに教わるか!それより裁判所の命令で接近できないんじゃなかったか?」
「そちらからの要請があれば別だ。そしてお前は今、両方の個性を使おうとしているのだろう。その個性についての教えを受けるにあたって、この世界に俺以上の適役は存在しない。お前が必要だったと言えば俺が咎められることはない。それにしても」
その目にたぎる執念は誰も口を挟めないほどの熱があった。絡みつくような、それでいて相手をまるで見ていないその目は、決してヒーローのものじゃない。皮肉なことにその視線という点において彼らは似たもの親子であった。
「強くなりたいというのはその程度か?オールマイトを超える。その気持ちはどうやらあの金髪の少年の方が強いということか。いやそれよりも活躍しているあの学年主席の緑谷君だったか。オールマイトと似た個性の彼は良い刺激になると思ったが、どうやら足りなかったらしい」
「名前も覚えられてねえってか、よりにもよってなんでデクの名前は知ってやがんだクソが!」
「べっべべべべつに!オールマイトと個性なんて似てないですけどね!!?なんでだろう!不思議なことを言うんだなエンデヴァーさん!動転してるのかも!あはは!」
名指しと名指しすらされなかった二人が過剰に反応するが、エンデヴァーの興味の対象は一人だけ。息子のみに向けて粘りつくような執念を燃やしていた。
「焦凍。よく考えろ。どこが間違っている?雄英は正しい判断をした。お前を成長させるなら俺以外にいない。それをお前は感情だけで否定するのか?強くなりたければ受け入れろ。お前が超えるんだ。何より高い壁を、オールマイトも、スターアンドストライプさえも。全てを超えることができるのはお前だけだ!!」
コツンと杖が床を叩く。もはや演説となっていたエンデヴァーから注目が車椅子の老人へと移った。その視線の移動に違和感を覚えるのはエンデヴァーのみ。雄英生徒たちはすでにゲイルを無視することなどあり得なかった。
「君は一応、ヒーロー科への臨時講師という枠組みのはずだがね。実子だけでなく他の生徒へも指導はしてくれたまえよ」
「……わかっている。ところでご老人。あなたはヒーローだったのか?記憶にないが」
「私がヒーローであったことなど一度もないよ。これまでも、これからもね。……さぁ、それでは私はいい加減に退散するとしよう。轟焦凍、君が拒否するならば彼は近づくことはできない。その場合、彼が教える時には君が席を外すことになるだろう。彼を講師として呼んだ以上は他の生徒にとっての学びを君が奪うこともまたできない。君は好きに選ぶといい。彼は問題は抱えているがそれだけで他の能力の全てがなかったことにはならない。当然ながら能力があったところで問題も消えて無くなりはしないが、それらは確かに同時に存在しているのだ。認め難いかもしれないがこれは事実だよ」
そこで爆豪が食堂から逃げ出すように走り出して退出した。クラスメイトたちはそれを理解できないでいる。彼がなぜ今ここにいることが耐えられなくなったのか。誰にもわからない。
緑谷出久もまたわからなかった。けれど、彼の横顔を一目見ただけで体は動いていた。彼もまた追いかけて食堂を出て行ったのだった。
残ったものたちはこの爆発寸前の親子関係に固唾を飲んで見守ることしかできていない。先ほどから繰り返されるのはあまりに分かりやすい挑発であるが、憎悪の対象がそれを言うことで轟焦凍も無視できない。
「……こんな奴に教わることは何一つねえ。二度と会わないつもりだった。それは、今も変わらねえよ。あれしきのことで償えた気になってるなんて、めでてえな」
「焦凍ォ!お前はこのままでいいのか?氷を使うにしても炎を使えば体温低下を防ぐことができる。他と違って最高の相性の個性を備えていながらお前は!」
「てめえ今なんつった?」
轟焦凍が一人で佇む氷原の、あまりに多く仕込まれた地雷。それを踏み抜くことにかけてエンデヴァーほど巧みなものはいないのだった。それは彼が犠牲にしてきた兄姉たちを蔑む言葉であって、決して許されるものではなかった。
イレイザーもいない状況で、炎熱系親子の本気のぶつかり合いが展開するその一手前。プロでもなければ介入できないその一瞬に余裕で間に合う男がいた。
風切り音が食堂を抜けたかと思ったら、ふわりと轟親子が浮かんで。お互いの体の向きが回転させられる。エンデヴァーは途中でそれを振り解いていたが、焦凍はあまりに鮮やかに背を向けさせられ、呆然としている。
「あらら、フラれちゃいましたね。エンデヴァーさん。あんまグイグイ行くのもどうなんです?拒否されるなら、近づいたら逮捕案件じゃないですか?嫌だなぁそれは。エンデヴァーさんのこと小さい頃から憧れだったのに」
「んだよ!?これは!?」
「貴様らぁ!出しゃばるなと言っただろうが!」
「いやここでドンパチはまずいですって。炎上案件ですよ本当に。ジーニストさんも見てないで助けてくださいって」
すると黒色の線がどこからともなく溢れ出し、そして轟焦凍の左半身をぐるぐる巻きにしていった。
「対炎難燃性の特殊繊維だ。強度も折り紙付きのそれは生半可ではびくともしないぞ。親子の話に介入するのもどうかと思うが、確かに少し過激に過ぎるかもしれないな。そして接近禁止の裁判所命令だが、UAIにおいて日本の司法がどれだけ効力を発揮するのか、法律家たちも悩んでいるらしい。我々で判断はできないだろう」
大きな翼を背中にたたえる男はいつの間にか食堂で自由に羽ばたいていて、口元を隠す全身ジーンズの長身な男は紅茶を嗜んでいるようだった。速すぎる男と呼ばれる若手NO.1のホークスに、ベストジーニストが応答している。学生たちにとってはテレビでしか見ない光景である。
そこにいるのはまごうことなきトップヒーローたちだった。ヒーローチャートが変動し、対処数よりも予防数が重視されるようになっても変わらず、それどころか順位を大幅に伸ばした実力派がここに揃っている。
「はっは!良いぞ!生意気だ!何があったか知らねえけど、思い切ったことするもんだな!性格はアレでも実力は間違いないってのによ。んで?騒ぎを潰すのに誰をぶん殴りゃいいんだ?蹴りゃいいんだよ大体は」
長い白髪と健康的な小麦色の肌。赤い瞳が睨みつけるのは老若男女を区別しない。その頭には長い耳がついていて、周囲を警戒するレーダーのようにピクピクと動いていた。そのコスチュームはまるで競泳水着のようで剥き出しになった四肢には服ではないが、装甲のような筋肉がついていた。
うさぎのような印象、いやこんなに獰猛で攻撃的なうさぎなど知らない。だから新種の肉食うさぎのような表情で笑う女がいる。大胆に生足を曝け出し、その健脚を見せつけるのはラビットヒーロー『ミルコ』である。彼女も若手の有望株、それも超がつくほどの武闘派だった。
「あ、ミルコさんは大人しく部屋に戻っといてください。あんたまで暴れられたら片手間じゃ済まないんで。あ、無理そうですね。じゃあ暴れたければこの羽全部撃ち落とした後ならいいですよ」
いいや限界だ跳ぶね!そんな叫びに先んじる形でホークスの『剛翼』が展開されて、窓の外へと飛んでいく。それを追って、まるで猟犬のようにウサギが飛んでいってしまった。
「先ほどのバクゴー少年に、こちらのトドロキ少年。ミルコもまぁ含めていいかもしれないな。才能のある若者が多いことは素晴らしい。しかし、相応に問題も抱えていると見える。私たちが大人として。ヒーローとしての規範を見せてあげねばなるまいよ。卸したてのジーンズのようにしわ一つない姿勢で臨もう」
個性を消され、体を掌握されて、拘束される。プロによって鮮やかな敗北を連続して味わった焦凍はしかしその負の感情を全て憎悪にまとめ上げ、エンデヴァーへとどうにかぶつけようともがいている。
轟焦凍は憎んでいる。憎しみが増すごとに抑えが気なくなるこの熱気をどうすれば良いのかわからない。ただ何を憎んでいいかもわからずに焦っているのだった。
「え〜割と気まずい流れの挨拶になって悪いんだけど、これから体育祭に向けて臨時の講師をするプロヒーローの一人。ホークスです。無駄なことは好きじゃないんで、サクサク必要なことだけ教えられたらいいかなって思うで、どうぞよろしく。この中の誰が同じ日本代表になるのかだけは楽しみかな」
ベストジーニストだけがよく知った大人の表情をして眉を抑え、ホークスは挑発的。エンデヴァーは一人だけを見ているという始末。ミルコについては窓から出ていって姿すら見えない。
「一応だけど、日本のトップだからさ。勝手に参考にしてね」
昔憧れたヒーロー像は一体どこに。ヒーローを目指す学生たちは、目まぐるしすぎる雄英高校での体験に少しずつ慣れつつある。
ちなみに個人的には至高のカレーの方が好きだった。カレーの真髄がそこにあったのに、みんな味わえていないようである。なんて勿体無いんだろう。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
食堂を出てからすぐ、追いかけられていることは知っていた。建物を出るまでに撒ければ良かったが、相手もクソみたいに機動力はある。いつの間にかありやがった。
「なんの用だデク」
だから、不本意だけれど言葉で止める。
「いや、あの。なんていうかわかんないんだけど、でも何か話せないかな?一人でいるより、話したほうが良い時だって!」
「またその顔か?」
「え、顔って、どういう……」
「その、ナメた顔やめろって言ってんだよクソナードが!誰がお前に助けてくれって言った!?ああ!?」
「で、でもでも。それでもさ誰かに頼ったり話したりしないと、問題って全然変わらないんだ!これは本当だよ!僕はいつも、ずっとそうだった。誰かに助けられ続けてたんだ!だから、かっちゃんもさ」
ぶちりと何かがキレかける音がして、体が考える前に動く。そうして本能に全部を預けるその前に声が聞こえた気がした。
『君はまず、過去の罪と向き合いたまえよ』
脳裏にあらゆる情景が走り出す。今まさに命の瀬戸際かと思うほどに思考が速くなる。無意識に動いた体を追い越して考えが加速し、加速し、加速加速加速。
そうして妙な考えに行き着いたその結果。爆豪勝己は体の支配を再び奪い取るのだった。
無意識に向けていた掌からは今にも爆発しそうな汗が滴るほどに出ていたが、それでも起爆はしない。自らの意思で止めていた。
そして不用意に手を伸ばしてくるデクの手を慎重に払いのけて、万感の全てを噛み潰してどうにか言った。
「てめえとは、また話す。今話すことは、ねえ。帰れ」
「かっちゃん!僕は……」
「なぁ、帰ってくれ」
緑谷出久は、言葉を失ってそこに立ち尽くし、今度は体が動かなくなった。だって今、信じられないことを聞いたのだから。
爆豪勝己が、緑谷出久に何かを願うなど。あり得ない。そんな世界がひっくり返るようなことなど起きるはずもないのに、なんだこれはと脳が処理し切れていなかった。追いかけないとといくら脳が思考しても、体がぴくりとも動かない。
爆豪はそこから、声を一度も荒げずに帰宅した。UAIとその学生たちの居住区は狭い。知り合いに合わないことなど不可能で、心ここに在らずといった様相をからかわれるが、それすらも気にすることはなかった。
乱暴に玄関を開け放ち、荷物を捨てるようにして部屋へと篭ろうとする。壊れる寸前まで力を入れた結果、扉はバァンという悲鳴をあげていたが、これで少しは親避けになる……。
「勝己!あんたね。聞いてんの?お風呂先に入るかってお父さん聞いてるでしょうが!とっとと答えなさいよ!お父さん着替えられないでしょ!」
はずもなかった。爆豪母親はそれ以上に強かった。これしきで引くほど弱くもなかった。
「聞こえてるわ!先入ってろやババア!」
「え、あんた。一番風呂を譲るとか大丈夫?熱でもあるの?それに入るのはお父さんって言ってんのに、本当に熱でもあんの?」
逡巡する。けれど言葉を飲み込んで、いつも通りに暴言で誤魔化し顔を背けた。
「んでもねえよ。構ってくんなうぜえ」
「はぁ!?あんたが言い淀むなんてただ事じゃないってわかんないの!?それこそバカでしょ!これ無視なんてできるわけないんだからちゃっちゃと吐きなさい。それまで一歩も動かないよ。ほら、幼稚園以来に添い寝させられたくなけりゃ、白状しなさいって」
「クッッソババアが!」
それでも決して折れず、曲げない。母親は自分よりも頑固でそういう人間だと知っているからこそ、文句を言いながらもこちらが折れるのがいつものやりとりである。
少しの沈黙ののち、語り出そうとして声が出なかった。
「おい、もし俺が……」
「……?あんたが?」
続く言葉が見つからない。あっとして声に出せない。どうやって話していたのかを忘れたみたいに難しかった。
「やっぱ、いい。出てってくれ。一人で考えたい」
「え……?ちょっと、そんなの、ほんとにどうしちゃったわけ?勝己?」
困惑する母にそれ以上の説明もできず、黙っていると出ていってくれた。なんだこれは。やめろと言っても止まらないデクも。何を言ってもこっちの都合を無視するババアも。一言頼むだけで、世界が終わったような顔で聞きやがる。
全てが変だ。全部がおかしい。なんだこれは?どうすればいい?
爆豪勝己は悩んでいる。自分でも全く似合わないと思っているが、確かに人生で初めて、迷っているのだった。