自分との向き合い方がわからない少年も。
家族との向き合い方がわからない少年も。
友人であり恩人が何をしているのかわからない少年も。
誰もが迷い、それでも進もうと足掻いている。
英雄に憧れて良いかわからない少女も。
大切な人をどうやって救えるのかわからない少女も。
自分が何になりたいのかわからない少女も。
それぞれが苦しく、過酷な旅を続けている。
でもきっと彼らは幸運で、その意思を失い旅をやめた人の方が多い。それが普通というものだ。
自ら立ち上がり常道を外れて、旅を続け帰還する。旅を諦めた人々にも再び前に進む気力を与える存在のことを、ヒーローと呼ぶのかもしれない。
そして現実は子供たちに合わせて進んでくれはしない。時間の矢は旅人を常に追い越して、戻ることをまだ知らず、何の気なしにひたすら前へ前へと飛んでいく。
誰の何も解決などしないまま、雄英高校ヒーロー科の体育祭は始まった。
「全世界のリスナーのみんな!アゲてけアゲまくれ!実況でお送りするのはこの俺!!プレゼントマイクだ!!もはや一学校の行事を超えた世界的イベントになっている雄英高校体育祭を今年も粋でいなせなリリックとともにお届けするぜ!!エビバデハンザップ!!え?翻訳不可能な言葉使うなって!?こいつはシヴィー!!!」
最初からフルスロットルな彼は、逆立つ金髪をトサカのように揺らしてマイクに向かって叫んでいる。マイクから様々な声を届けてくれるのはプロヒーロー『プレゼントマイク』だ。雄英で教師をしているヒーローであるが彼はラジオというかDJというか大声だけれど明瞭なボイスを届けてくれている。
「例年なが〜く一年からやってたけど。今年はひと味どころか百味!いいや店構えごと違ってるぜ!いつもはメインの雄英体育祭はあくまで前座だ!!一ヶ月後に開催されるオリンピックへの出場者を若きヒーロー候補から選ぼうってのが目的さ!」
そう。UAIはオリンピックを復活させた。
主要な先進国への影響力を丸ごと奪った上で平和の象徴をトップにして世界中の注目を攫っているUAIにとって、開催をすることはそこまで難しくない。もちろん大変ではあるのだが、それでもやろうと思えば確実にやれる。
しかし、この世界から国際的な大イベントが消えて日本という国のトップとはいえ高校の体育祭が国際的に注目されるイベントになったという現状にはちゃんと理由がある。
それはたった一つなのだが解決できない大きすぎる問題。
中途半端な警備なら無視されるし、オールマイトやスターアンドストライプが睨みを効かせていても愚かなヴィランが怖気付くだけで、あえて強者に挑みたいという馬鹿が後を絶えないのだ。箔をつけたい名声を得たい。そんな自分勝手な願望と、成功しなくてもいいからイベントを妨害して欲しいという黒幕志望の需要はマッチして恐ろしいほどの量の悪役が生まれてしまう。
劇場版を作るために度々生み出されるオリジナルの悪党かな?と思うような多彩さだった。
大々的なメディアを入れた大会は格好のテロの標的となり続け、最終的に出資者がいなくなり世界は無法に屈してしまった。そんな中で治安を維持してきた最大規模のイベントが雄英体育祭だったという訳である。
だからこそ、このオリンピックも開催までは確実に行くだろうと誰もが確信していた。開催をさせてから破壊するのが誰にとっても利益が大きいからだ。
それを無視してオールフォーワンが全力で攻撃した時には世界の誰もがやられたと度肝を抜かれたが、それを防ぎ切ったUAIの方にそれ以上に世界は驚愕した。どれだけ計測や計算を繰り返してもあの熱量の攻撃をオールマイトが防ぎ切ったのは説明がつかないとAIと科学者たちは混乱するだけ。まぁオールマイトだしなと、裏社会も含めてあの理不尽な平和の象徴を認めるしかなかった。
あれほど異常な防衛力を証明したUAIに挑むものなどいないとまともであれば考えるが、世界にはまだ見ぬ愚か者がひしめいていて、彼らは得た情報を全て自分たちの都合の良いように解釈している。
あの戦いですでに消耗をしている。オールマイトは弱っている。スターアンドストライプはもう動けない。ある程度事実に沿った分析もあるから厄介だった。しかし彼らはここまで見せつけられても想像が及んでいなかった。
わかりやすい強者の圧倒的なパワーにばかり目がいって、なぜ彼らがあそこまで見事な迎撃をできたのかを無視している。大局だけでなく市民の一人も死なせていないという細かな点にこそ異常性は見えるはずなのに、それを考慮しないのは無名の者の命を誰も重視していないということだろう。
オールマイトがオールフォーワンを再び退けて守り切った。その物語が一人歩きしているのだ。
真に警戒すべき脅威となるのは、まるで未来を見ているかのように人を動かす黒幕であるのに、黒幕を自称する浅はかな者たちは気づかない。まともな者たちはナイトアイの影に怯えてすでに屈服しているのだ彼らは確実に襲いにくるだろう。
けれどもその分、雄英高校の体育祭については安全に進行できるだろうと予想していた。
結果的にそれは正しい。テロはわずか二件のみ。それらも事前に傭兵部隊が強襲し洋上で不可視になっていた船ごと破壊している。
体育祭は無事に滞りなく進行することができた。そしてその勝者及び選抜があの人物になるとは思っていなかったが、それも良いだろう。
スターと話したまま同じ場所で考え事をし続けていた。不気味な亡者たちと潮風を感じているとそこに緑谷がやってきた。よくよく彼とはここで話をするものだ。いつの間にかお互いに定位置ができている。見かけなかったらここにいると思われていそうだ。いや実際問題、結構いるけども。
「狩峰くんは、体育祭休むんだね。出れそうなのにやっぱり出ないんだ」
「卑怯なことしないと予選も勝ち抜けないからね。スポーツでそこまでやるのは流石の『
ほらよこれと、作っておいたおにぎりを渡しておく。こちらだって来るかもと読んでいたのだ。自分用にプラス一個くらい持ってきている。ナイトアイを継ぐものをなめるなよ?これくらいはお見通しだ。
二人して大きめの握り飯を頬ぼってから会話を再開した。
「狩人のあのAC。今回どんな理由があったのかって聞いていい?」
やはり来た。緑谷の性格上、これは聞かないわけにはいかないだろう。
「ナイトアイが乗れる状況じゃなかった。これは本当だ。本来なら俺も手伝えたらよかったけれど、オールマイトと戦ってた見えないあれ。アメンドーズと俺の相性は最悪で、見るだけで戦闘できない状況になる装備って言えばいいのかな。それを持ってる奴に封殺されてたんだ」
「狩人はやっぱり狩峰くんやナイトアイの仲間っていうか。そういうことでいいの?」
「ああ、そう思ってもらって構わない。あれがやっている殺戮や拷問、一般人の殺害も含めてナイトアイ事務所は非常に大きく関与してる。とは言ってもナイトアイと俺だけどね」
ここまで踏み込んでしまえば、彼が俺を許さないということは大いにあり得る。オールマイトとは戦場で捕まったなら諦めるという約束をしてどうにかしているし、彼はどこかで現実主義だ。狩人の存在を認めはしないが排除もしない程度には現実を見据えている。
今の緑谷はなんと言うだろうか。
「そっか、そうだよね。ありがとう。言ってくれて嬉しいよ。一つ聞かせてほしい。なんで、あんなに殺したりするの?」
想像よりも真っ直ぐで純朴な疑問に殴られるような衝撃を覚える。糾弾される想定も、軽蔑される想像も十分すぎるほどにしていたけれど、ちょっとこの準備はしていなかった。
スターの言う通りだ。やり直しばっかりに頼っていて、自分には人のことがわからなくなっているらしい。
ついこの前に緑谷には助けられたというのに彼のことをまだ理解できてない。できる限り真摯に伝えられることを伝えなきゃいけない。これは裏切ってはいけない目だ。
「必要だと思っているからかな。他人の痛みを想像できる人はあまりにも少なくて、国や人種が同じでも価値観は違う。実際問題、国や人種ってのは大きな違いだよ。教育を受けてれば対話もできるかもしれないけれど。今それを期待するのは無理だ。彼らと共感できるのはシンプルな感情だ。『死にたくない』『痛いのは嫌だ』この辺りはマジで人類共通だから、それを使わないことには世界平和には近づけないと思ってる」
「平和のために、人を殺すの?」
「ああ、そうする。他にもっと良い方法があるなら殺すことには固執もしないけど、共通の価値観が無さすぎるんだ。今の個性だらけの超常社会は。いや、前時代からそうだったのかもしれないけどね」
緑谷は迷っている様子ではなかった。きっと彼も気づいていたんだろう。理由なく人を無差別に殺しているわけではない。現実に人は人を殺し続けて歴史は紡がれている。入学試験からずっと助けきれない人ばかりだった。全てを救えるわけではないというのは身に染みてわかっているはずだった。
彼なりの答えももう、出ているのかもしれない。
「実は嘘ついたんだ。ごめんね狩峰くん。スターアンドストライプとね今朝話して、だからここに来たんだ。多分だけど狩峰くんと話した後だったんだと思う。世界最強のヒーローに言われたんだ。ちゃんと考えて答えを出せって。そう言われてさ、もちろんそれは狩人のこともそうだけど。UAIとか雄英高校のやり方とか、オールマイトのこととか全部のことを含めて、ちゃんと考えるんだって言われてハッとした。ずっと考えるより先に動いてここまで来たからさ」
へへっと言いながら笑い、今までの困難がどうやら素敵な思い出になったことがその笑顔からは伝わってくる。翳りがない表情にはこれまでの歩みに一切の後悔がないと確かに刻まれているようだった。
「僕は今、そのやり方を否定できない。きっと今までもずっとそうで、誰かが代わりに血を流して流させていたんだと思うんだ。でも……」
そうだ。きっとそうだと思ってた。それで納得できるようならヒーローなんてバカみたいな職業に本気で憧れたりしないだろう。
「僕はきっと、それを超えたいって思ってる。もっともっと、人を助けて笑顔にして、オールマイトみたいに……。ううん。オールマイトを超えて、ナイトアイとかスターとか。あんなにすごい人たちが必死で頑張ってこれなのに、自分なんかがって思うんだけど!無理だってどっかで考えちゃうけど。それでも、どうにかしたいって。そう感じて仕方ないって。気づいたんだ」
「ああ、きっとできるよ。お前なら……」
そう言った瞬間に、緑谷はバッと立ち上がり肩を掴んで揺さぶってくる。なんだ!?どうした!?
「違うよ。そうじゃない。僕だけじゃ無理だって言ったでしょ?それだけは自信があるんだ。僕だけじゃ絶対無理だからさ、だから狩峰くんも一緒にやろう。夢を現実にしちゃおうって、宣言しちゃうとか……どう……かな?」
最後の最後でなぜか自信を失いながら話すのが癖のようなものだと知っているが、なんとも締まらない。それこそ憧れの英雄たちと緑谷はあまりに違う。
でも、そういうものなのかもしれない。彼らでできていないのだから、そうじゃない方法を試すべきなのだ。
「俺はヒーローにはなれない。ひどいことも確実にする。それでも世界を平和にしてやるって勝手に決めてるんだ。」
「僕はきっと全部に賛成はできないし、全部を手伝えると思わない。でも狩峰くんと対立するっていうのも全然想像できなくて。なんていうか、やれる範囲で全力で、一緒にやれたらなって思うんだ。それで、いいかな?」
「行けたら行くって話だろ?こんなに曖昧な約束、あんま意味もないはずなんだけどなんか心強いな。なんでだろ」
「ナイトアイだってオールマイトだって一人じゃ戦えない。僕や狩峰くんが一人で頑張っても無駄って、合理的な考えだと思うんだ。だから、その都度がんばるって感じで……」
正面から手を差し出して、固く結んだ。
彼は正しい。そして現実としてこの二人だけでできることなど、たかが知れている。
もっと増やさなくてはいけない。この仲間を増やして増やして大きくしていけば、世界は変わる。
魔王を倒して世界を救う勇者たち。そんな話はいまだに多く作られている。けれど、目的を達成できるなら魔王なんて倒さなくても良いかもしれない。
勇者パーティーに全人類の半分でも参加してくれればそれだけで世界は大きく変わるだろう。
仲間を作ろう。そして、敵を仲間にしてしまおう。それこそが平和の最短経路だ。
「ところで、体育祭は大丈夫なんだっけ?ランブル形式のバトロワだろ?」
「うん。一発勝負のバトルロワイヤル方式。『ULTRA RUMBLE』の国際バージョンだったよね。確かAPEXレギュレーションだったっけ。日本のレギュレーションと違って模擬弾を使った銃器の装備ができるのが特徴で……」
ぶつぶつと分析モードに突入してくれた彼は平常運転に戻ったようだった。
「時間とともに進む円収縮。その際の位置どりとエリアの確保が重要で、それが遠距離攻撃が当たり前になると個性の価値がグッと下がる。どっちかっていうとかっちゃんの機動性とか、地形を変えられる轟くんみたいな個性が重宝されることになって……」
この体育祭はいったい誰が勝つだろうか。
「三人の個性のシナジーが何より重要な戦いになるぞ。何倍にも活用幅が広がる個性は個人戦とは全然違う展開になるから、というか日本代表を選ぶに当たってはトップヒーローたちと相性の良い人が勝った方が良いっていう見方もあるかもしれない……」
「よし。その辺にしようか。体育祭、楽しみにしとくわ。ところで爆豪とはあの後は話せたか?」
「あ、ごめんね。いつもの癖でつい……。いやそれが話せてなくてさ。こっちからも話しかけづらい雰囲気があって。どうしよっかなって……」
「爆豪も色々考えてるみたいだし、今は勝つことだけを考えていいのかもな。でも轟については話してみてもいいかもしれない。あいつ大変そうだよマジで。エンデヴァーの対応に完全に参ってる。助けてやってほしい」
「やっぱり!そっか。家族のことだからって思ったけど、クラスメイトだし、やっぱり放っておけないよね。うん、これから行ってみる!ありがとう!」
「情報収集だけは任せろ。こんな風に動いてもらう形になるかもしれないな。悪いね緑谷にばっか負担かけて」
「それこそ適材適所ってやつだと思うんだ。理に適ってるし、これがいいと思うよ。じゃあ行くね!」
そう言って彼はエレベーターすら使わずに、UAIの頂点から飛び降りた。ちょっとずつ発現している『浮遊』とかなり使いこなし始めている『黒鞭』を全身で使って文字通り飛んで行ったのだった。
「ヒーローとなら、できるかもな」
悪夢に打ち克つのはいつだってヒーローなのだから。その代わり、押し寄せる現実は自分が対処しよう。
ひとまずは、目前の楽しげな体育祭へと集中することに決めた。
僕たちが来た!
24人の大乱戦をチームで勝ち抜く僕たちのヒーローアカデミア!
3人1組、合計8チームで行われるバトルロイヤルで最後まで生き残れば勝利となる。
『APEX ULTRA RUMBLE』へようこそ。