風が耳を打つ音が遠くに聞こえているのだろう。
いつもなら轟音とも思えるほどの風切り音も、今は遠くにかすかにしか感じられないはずだ。個性が生み出す破壊音や、銃撃の音が戦場を支配しているのだから当たり前だった。
「麗日さん!そっち射線通ってる!」
言う前にすでに動いていたのだろう。黒い鞭のような何かが緑谷から発射され、2方向から狙われていた麗日お茶子を無理矢理にでも動かした。
その力は思った以上に強く、自身の重さをなくすまでもなく自在に空中を飛ばせてくれるのだった。先ほどまでにいた場所に、光る演出が施された模擬戦弾が殺到して危機を逃れた。
「散々練習したから……落ち着けば、当たる!!」
彼女に似合わぬ大型の狙撃銃は、一度に三発もエネルギー弾が発射される特殊な銃器だった。当然ながら殺傷力はなく、被弾すると対応するアーマーへとダメージが加算される。
このバトルロワイヤルではダメージに応じてホログラムアーマーが傷ついていき、一定を超えるとダウン扱いになって電気が加えられ動けなくなる。痛覚に作用しにくい電気制圧アイテムが流用されたシステムでサバゲーの判定にも使われている。
「うお!空中でそこまで当ててくんのかよ!全然うららかじゃねえなおい!アーマー割れかけだ!俺は引くぞ」
『うおおおお!麗日と緑谷!ナイスコンビネーションで待ち伏せの挟撃を離脱!これにはたまらず骨抜が一旦撤退の判断!柔軟な対応はナイスだぜイエエエエエ!!』
これにはプレゼントマイクも絶叫。観客たちも湧いている。
練習の成果がついに出て、お茶子はガッツポーズをしたくなるのをグッと堪えた。
Cクラスの戦闘訓練における真剣度は学年全体に影響を与えている。銃器に関する訓練も非力で直接の戦闘力がない生徒たちは進んで受けるようになっており、麗日は最初から受けているのだった。
雄英教師であるスナイプから受けた学びというものは非常に深く応用が効くもので、それだけに難しい内容でもあった。
「繊細な動作というものは体から離れれば離れるほどにコントロールが難しくなる。その時に重要なのは心だ。迷いや焦り、不安などは顕著に影響するものだ。殴るよりも棒。槍よりも矢の方が狙った場所に当てることは難しい。遠くの目的を達成したいのなら、まずは自分の心と向き合わなければいけないよ。つまりは、心配事なんてしてるなら弾なんて当たりっこないのさ」
ヒーローになれるかはわからない。自分が向いてるのかも、家族を悲しませるかもしれない危険に触れ続けるのも間違っているかもしれない。
それでも、今はたった一つだけを考えることにした。
きっとデクくんみたいな人は誰かを助けることができる。だから彼を支えようと、そう思えた。
彼のようにはなれないかもしれない。だけどきっと何か助けることはできる。良いと感じたものに集中して自分のことなど置いておく。フワフワとするのは得意だから。自分の確固たる意思で浮いてやると決めた。
『またまた麗日!!っ空中からの三連射!200m先でやり合ってた別の戦いに横槍入れやがった!!一年と二年の戦いだってのに、集中できる訳もねえ!短期決戦もできずに膠着しそうになってるぜ!』
一度決めたら、体が本当に軽くなった気がした。我を貫かないとヒーローとは言えないなんて悩むことも、強くならなきゃなんて自分を追い詰めることも一旦ふんわりと置いておく。
デクくんと体育祭を優勝したら、その時に何かわかる気がするんだ。
地面を蹴っているはずなのに、そこに重さはなかった。足先が空気を押した瞬間、身体はふわりとほどけ、次の瞬間にはもう宙にいる。重力は私を引き留めることはできない。
黒鞭に引かれて、急に方向を転換。木を地面にして軽く跳ねる。その反動で、さらに高く、さらに自由に浮かび上がっていく。髪は水の中の藻のようにゆるやかに揺れ、服の端が遅れてついてくる。
この気持ちは一体何なのか、誰よりも浮かれて無重力に翔けながら勝ってそれを確かめるんだ。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
『ちなみに気になってるリスナーのためにまたまた説明しておくと、この体育祭の優勝チームから日本代表が一人を選抜するって寸法だ!勝った後に仲間内で戦うなんてことにはならねえから安心してくれよ!』
緑谷出久と麗日お茶子は、三年生のチームにも一歩も引かず同級生のチームには優勢すらとってこのバトルロワイヤルを進行していた。3人1組で1チーム。そしてチームには護衛対象ということで一人分のロボットを守る義務が課されている。
このロボットを壊されればチームはその瞬間に敗退することになるため必死に守っている。他のチームのロボットを破壊することが勝利条件に含まれているのだから、互いがヴィラン役になっているというわけだ。
『しっかしあの二人は、一体どこに護衛対象を隠してんだぁ!?ずっと自由に動き回ってるけど、それは防御を捨ててるって意味になる。もう一人に任せるってのも怖いはずなのにてかカメラにも映ってないから実況できねえよ!なんか上手いことやってんな!』
一人を守りながら三人で敵を倒して相手の守るものを壊していく。攻守の両方が求められるバトルロワイヤル形式の戦闘。これがランブルと呼ばれる戦いだ。
現在は開始10分時点。不幸にも二年のチームが開始地点の近かった三年の雄英ビッグスリーに倒されて脱落となっている。
出場している8チーム中、なんと一年生のチームが4チームというのは快挙にも見えるが短所もあった。学年から最も強いものを集めて凝縮したとは言えないのだ。チーム数を絞った分だけ2、3年は精鋭であるとも言える。三年などは最も実力のある三人でチームを組んでいて、互いに対抗意識を燃やして分散した一年チームとは対照的でもある。
「淡輝くん、淡輝くん。お茶子ちゃんたちのもう一人と守るのはどこです?もう一人の個性ですか?」
のんべんだらりとご飯を食べながら応援をしていると、トガちゃんが自然に後ろにいて殺しかけてきた。いつも通りに組み伏せて一緒にご飯でも食べるかと声をかければ「わーい。そのつもりでした」と中々に常識はずれな回答を頂けた。全然いいんだけども。
「よし。これだけ一緒に色々しても同じ学年の人たちをほとんど覚えていないトガちゃんに解説しよう。緑谷チームのもう一人は小大さん。ほら、唯ちゃんとか呼ばれてるあの子だよ。無口な感じの」
「あんまり出血とかしてないっぽいです?じゃあわからないと思いますー」
そうだ。この子は血液型ならぬ血液診断で人を見定めまくっている。小大さんは武闘派でもなくサポート寄りのためあまり血生臭い現場にはいないのだ。血の匂いとセットじゃないと人を覚えられないというかなり嗅覚に寄っているトガちゃんにとってはハードルが高いらしい。
「別に、味でも覚えられますケド?」
嗅覚と味覚はまぁ、セットみたいなもんだしな。こんな発言にいちいちツッコんでたら時間が足りないので解説に戻る。
小大さんの個性は『サイズ』触れた物の大きさを変える事が出来る。ただし生物には適用されない。大きい物を小さくして持ち運んだり、小さい物を大きくして壁にしたりとトリッキーな個性である。彼女も宇宙開発局から麗日さんとセットで声をかけられており、確かバイトをしているはずだ。
そこで仲良くなったのだろう。麗日さんが中継となって三人がチームを組んだのだ。
「小大さんの個性ならロボットを小さくできるけど、それは人として扱うことっていうルール違反になるからやれない。彼女ごとどこかに隠しているんだろうな。障子くんが見つけられてないあたり、ただの技術って訳じゃない。ちゃんと個性で隠れてるっぽいね」
「知ってるくせに、もったいぶること多いですよね。淡輝くんって」
「ま、まぁね。割と物知りだし、人の楽しみを奪わないようにって配慮をだね……」
「早く教えてほしーです。トガはCMを待つくらいならチャンネルを変えるのです」
「これだから若者はよ!ちょっとくらい我慢できないもんかね!」
「同い年っていうか今は淡輝くんのほうが年下ですよね?たまにおじさんみたいとは思いますけど」
「それ以上はいけない」
トガちゃんにナイフで心を滅多刺しにされながらも、どうにか解説へと戻る。戻るったら戻る。
「爆豪かっちゃんチームはさっき言ってた障子くんが索敵と防衛だね。かっちゃんは遊撃した方が良いし、もう一人も防御主体にするためにわざわざ誘ったんだろうな」
「あ、峰田くんだ」
画面には峰田が泣きながらモギモギを高速でモギ続けて護衛対象の口元以外を全て覆っていく怪奇映像が映されている。
「痛ってえんだぞ!これ!んな急がされてもオイラだって限界あんだよ!」
「減るもんじゃねえんだからとっとと貼れや」
「減ってるに決まってんだろアホ!この滂沱の如き血と涙が見えねえのかよ爆破バカの下水煮込みがよ!モギモギ投げつけんぞ!ていうかなんでもう一人が女子じゃねーんだ!話と違うだろうが!!!殺されてーのか!クソタードが! あ゛あ゛!!?」
「妙な語彙力発揮してる暇あんなら集中しろや!」
血走った目で爆豪の剣幕に対抗、というか押してすらいるのは性獣こと峰田くんだった。女子に釣られて騙されたらしい。横にいるのは障子くんという学年で一番にガタイのいい男の子だ。峰田的には騙して悪いがと不意打ちを喰らった心境であるのだろう。かっちゃんに少しも負けていないのはすげえや。
ついでに言うとタードはクソ役立たずみたいな意味のスラングらしい。クソにクソを上乗せしている。ファッキンクソ野郎みたいなもんだろうか。峰田ってば意外と博識。なのかと思えば、海外のエロを漁る上でしっかり英語でコミュニケーションをとっているらしい。本当にすげえや。
『おおっと!ここでビッグスリーが一年のホープに襲いかかる!通形ミリオ!雄英トップの実力を持つ男!プロヒーローと比べても『ルミリオン』の力はバツグンだ!』
個性『透過』によって神出鬼没を実践できる雄英最強の男はこの形式の戦いでも強かった。
「あのお腹叩く三年生、嫌いです」
トガちゃんを何度か不審者として確保しようとしてくれたミリオ先輩は素晴らしいヒーローだ。そして強い。なんと言っても強いのだ。
開始5分で二年チームを補足して、ものの数合で護衛対象を的確に殴り抜き敗退へと追いやっている。衝撃を与える拳が当たる瞬間だけ実体化させるという神業を阻止することは非常に困難であり、二年の実力派は見事に対策できずに散ってしまった。
「流石に一年相手に奇襲ってのもヒーロー的にはできないからさ!今から行くよ!恨みっこなしだ!」
スウっと地面に落ちるように消えたミリオはどこから出てくるのかわからない。
「くっそ!なら地面ごとひっくり返してやれば!」
焦る轟は全身に力を入れて、天地がひっくり返るほどの個性を発動させようとするが、それを止める今はチームメイトがいるのだった。
「ちょい待ち!地中には必要ない!上に上に氷を増やして動き続けろ!常闇は背負えてるよな?」
「問題ない!ダークシャドウが保持している!」
「氷でもすぐ抜けられる。意味なんか……」
「いいから!柔軟な対応は任せろって言っただろ!信じろ!」
半信半疑という様子で、地面を動かそうとしていた出力を上に積み上げる形に変更。氷の層を作っていく。体ごと持ち上がって、上へと加速する。一帯ごと、5mは上がっただろうか、これもまた地形が変わっていると言えるだろう。
「これで多分奇襲はない!あっち潜るたびに、出てくるところの地形を変えときゃいいんだ!」
実際その通りに奇襲はなかった。近くから出現し、一拍置いてからのアタックが続く。
「あれ、なんでです?」
「ミリオ先輩は、透過すると光も受け取れない。だから事前に覚えた地形の記憶を元に移動してるんだよ。だからあんな風に顔を出す前に地形が変わってるとやりづらい。骨抜くんはちゃんと頭いいな。さすが柔軟な男」
攻防が続くが、これはバトルロワイヤルだ。別チームから護衛対象が攻撃されたり、消耗戦をできない状況になったりと忙しい。轟チームはこの攻めをどうにかいなしたのだった。
「じゃあ、腹パン先輩のとこが勝ちそうなんですか?早く教えてください」
「いや、もしオッズがあるならビッグスリーを押さえての一位がいるだろ。ほら、トガちゃんだってよく知ってる。ていうかお世話になってるよな。流石に知らないとは言わせないぞ」
「いつかちゃんはかあいいので知ってます。けどそこまで強いんです?」
「うん。普通にやばいね。サポートアイテムの持ち込み可だし、実践想定で準備が可能だ。だからほら、ミリオ先輩が逃げてる」
大きな拳が、ぐっと握ると。まるでその景色が潰れていくようだった。その度にミリオは目測を狂わされながら、どうにか勘で透過を使い逃げていく。
「先輩用にネイルつけてきたんですから!胸かしてください!殴り合い希望です!」
「メタを乙女の準備みたいに言うのは違くない!?それえげつなすぎるし、他にも色々あるだろきみ!」
一瞬で肉薄し、一撃を見舞うが巨大化した拳によって防がれた。その瞬間、『ズッシリ』という言葉が飛び出して、ミリオの体感が少し崩れた。
「なんだいそれ。なんか、おかしいよね?」
「女子の秘密です。受け止めてください!」
距離を縮めるネイルを光らせ、触れたら相手を重くするという効果すらつけている。他にも七色に輝く様々な効果をその手に宿した一年生が吠えている。
拳藤一佳は準備さえできるなら雄英高校最強の女である。
生命線によって基礎能力を上げ、ネイルによって様々な異能を宿し、そして同級生の吹出の個性『コミック』は発した擬音を具現化することができる個性だがこんな風にストックができることはミリオは全く知らない。
「このバトルロワイヤルの攻略法は、そうだな。通形ミリオをいかに防ぎ、拳藤一佳をいかに避けるか。そんな感じになるんじゃない?」
突出すれば叩かれるのがこの戦いだ。だけれど目立つことを一切恐れていない彼女は、正面から全てを叩き潰せるだけの準備をしてきたのだった。