夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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爆豪勝己 オリジン

自分の中で声がする。

 

『すっげえ!やっぱかっけえよ。オールマイト!』

 

『てめえはつくづく、俺の神経逆撫でするなぁ』

 

『来世は個性が宿ると信じて…屋上からのワンチャンダイブ!!』

 

『完膚なきまでに差つけて、てめえぶち殺してやる!』

 

『デクがいっちゃん、すごくない』

 

 

何が怖いんだ?

 

 

周囲を視線だけで傷つけるように睨んで、それでダメなら怒鳴りつける。傷ついた野良犬みたいに威嚇して、周りを遠ざけて一人でどこに行こうとしてんだ。

 

『どんだけピンチでも、最後には絶対勝つんだよなぁ』

 

そうだ。最後に勝てばいい。ずっとそう思ってたから。それまでに不快なものがあればただ無視して我を通した。

 

ずっとずっと、負けるのが怖かった。

 

だって負けたならそれは夢の終わりで、それで……ひどいことになるって。そう確信してた。今までの全部が無駄になる。今までの全てが……。

 

勝利を、次の戦いを。自分から手放してみるなんて考えたこともなかった。ありえない。俺の進む道じゃない。憧れのヒーローの姿じゃない。俺が俺じゃなくなる。そう思ってたのに、今はそうするのが一番だってどっかでわかっちまってる。

 

 

そうして勝利を手放してみると、まだ叫びたがってる自分がいた。

 

 

何が怖いんだ?

 

 

ヒーローは勝つもんだと思ってた。

でも違った。恐怖に立ち向かい、それで負けない。カッコ悪くても、負けながらでも負けを認めずに戦い続けて、それで最後まで折れなかったやつがヒーローなんだ。

 

俺はそれを勝ってると思い込んでただけだ。

 

『君はまず、過去の罪と向き合いたまえよ』

 

向き合えばどうなる?間違いを認めることが怖いのか?違う。もっと怖いのは、これだ。

 

 

「なあによ。改まっちゃってさ。ずっと大変だったでしょ。まずは風呂でも入んなさい。あっつあつ一番風呂入れておいたんだから」

 

 

「俺、いじめしてた」

 

 

「……え?」

 

 

「たぶん、幼稚園かそこらから。デクの個性がないってわかったあたりからだ。中学になってあの事件に遭うまでは昔ほどじゃないけど、関わることがありゃやってたと思う。いや、ダメだ。たぶん俺は忘れてる。あんまりに普通にやってたことだから」

 

思い出せる限りの行為をつぶさに伝えていくたびに、爆豪光己は殴られたような。いや殴られる方がマシであろう苦痛を感じているように表情を絶望に曇らせていく。

 

自分と母は外見が似ている。まるで自分が打ちのめされているように見えるが、まるで違う。これでここまで傷つけるような人間は、そもそもそんなことはしないのだから。

 

「俺は、これから出久に謝りに行ってくる。何もかわりゃしないけど、それでもまずは言ってみる。それで、これからの話をする。今更何も変えられねえとわかってるけど、でも諦めるのはできないみたいだから」

 

手を振り上げた母を見て、ああ罰が来るんだと目を閉じる。どこかで安心したような、何かが抜けていくような感覚を感じながらそれを待つ。

 

グーで人を殴る音だけが聞こえた。痛みはなく、衝撃もない。

 

「なっ!?ババアてめえ何して!」

 

母は自分の頬を思いっきり拳で殴り抜いていた。そうして息子に駆け寄って、強く強く抱きしめる。

 

反射的に引き離そうとするが、体が咄嗟に動かない。いつぶりかもわからない。久々に感じる体温に込み上げてくるものが止まらない。

 

「何、してんだよ。バカじゃねーのか」

 

「別に、最悪だったバカを殴って、自分の子供を抱きしめてるだけでしょ。なんも変なことなんてない」

 

押し潰されるくらいに力をこめられるが、強く大きくなった自分には何も痛みなど感じない。でもその分だけ痛かった。

 

「ごめんね。ごめんね勝己。もっと早くに気づいてあげられてたら、最初の時に叱ってあげられてたら。殴ってでも止められてたら、そんなことさせずに……!ごめんねぇ……」

 

世界の誰にも聞こえない。母にしか聞こえない声で心の底から言葉が出てきた。

 

声は言葉にならず、喉の奥で砕けていた。息を吸うたびに嗚咽が混じり、胸が上下するたび、慟哭が零れ落ちる。涙は止まらず、頬を伝って尖った髪を濡らし、床に落ちて小さな染みを作った。

 

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

ようやく言葉を交わし、触れ合い、泣きあって、そして罪と向き合うことに決めたのだった。

 

そう。これからだ。母はいつも正しかった。だからひとしきり泣いた後に、指が食い込むくらいに両頬をガシッと掴まれて逃げられない状態で叱ってくる。

 

「いい?あんたと私がいくら嘆いても、あんたがいじめた人には関係ない。勝己がどれだけ不安で傷ついてようが何も関係ない。人を傷つけた側が被害者になるのは絶対に許さない」

 

頷いた。その通りだと思ったから。

 

「デクくん……いや出久くんは本当ならアンタの姿を見るだけでしんどいのかもしれない。怒鳴り声なんて、きっと昔の嫌なことを思い出すに決まってる。それでもおんなじ高校で一緒にいるんだから、出久くんは本当に強い子なのね。出久くんと話すの?」

 

「ああ、そうしないといけないと思ってる」

 

「ちゃんと考えなさい。許してもらいにいくのは私が許さない。学校から消えてくれって思ってるんならそうしなきゃだめ。相手にした理不尽の分だけこっちも何されても文句は言えないだから。ああ、ほんとに出久くんが強い子で、死なないでくれてよかった。そんなことになってたら、アンタを殺すことになってたかもしれない」

 

その目はちゃんと自分を愛してくれていて、それでいて人を殺していたのなら自分で殺すことも厭わないという狂気を孕んでいる母の目だった。知らなかった。自分の母親のことすら知らない。

 

自分は一体何を知っているんだろう。

 

今まで想像もしなかった一面にゾッとしつつ、ただの幸運で今生きているという事実を噛み締めた。詳しくはないがいじめで死ぬ人間は多いと知っている。なんで自分にはそれが無関係だと思っていたのか理解はできない。

 

「いい?私はアンタの味方だけど。何をしてもずっと守ってあげられるわけじゃない。最後の最後まで絶対に諦めないけど、自分勝手に人を殺すくらいなら私がそうなるのを止めてあげるくらいには愛してるのよ。だから安心して、アンタが思う良いことをやってみなさい。お母さんが見といてやるから。最後まで叱ってやるんだから」

 

「殺すぞって言われて安心してとか、おかしいだろ支離滅裂だわ」

 

「生意気言ってないで、今すぐに行ってきな!己に勝つで勝己って名前なんだから、踏ん張りな!ほら、餞別だよ!このバカ息子!」

 

すると、笑顔で思いっきり右頬をぶっ叩かれた。この自分の体幹をもってしても回転してふらつくほどの一撃を不意打ちでもらって、足がガクガクする。

 

たぶん、手形ができていると思うし腫れてもいるだろう。だけど仕方ない。こんな傷は消える。これは傷とも呼べないものだ。自分が人にしたことを今更になって自覚する。

 

自分では想像もできないということだけを自覚できた。

 

 

「いってくる」

 

「いってらっしゃい。ボロボロになって帰っておいで」

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

『おい、デ……。今どこにいる、ツラかせ……いや。行くから場所教えろ』

 

いきなりのかっちゃんから直電である。内臓が飛び出るかと思った。目の前にいた淡輝くんには一発で伝わってしまっただろう。今だに電話越しでも挙動不審になってしまうから隠せない。

 

『かかか、かっちゃん!?えっと、あの珍しいね!あ、じゃなくて、今いるのはUAIの一番高い展望デッキなんだけど、すぐ下いくね!』

 

『そこにいろや!……いてくれ。あと10分くらいで着く』

 

やはり変だ。最近のかっちゃんはどこかおかしい。あの辞退だって、何か健康上の理由があるんじゃないかと心配になってオールマイトに聞いてもみたが本人に聞いてくれと教えてくれなかった。

 

やっぱり、何か大変な病気か怪我でもしてるんじゃ……。

 

『ええ……?うん。わかったけど、じゃあ、そうするね』

 

 

「爆豪、ここに来るって?」

 

「うん。もう少ししたら着くみたい。急にごめんね?」

 

「じゃあ俺は退散しようかな。頑ななかっちゃんが俺がいたら余計にこわばっちちゃうだろうし。それに、もう一人でも大丈夫だろ?」

 

「え、あ。うん。ありがとう。もう大丈夫だよ。今までみたいにかっちゃんの背中に怖がって、でも離れられない僕じゃない!って言いたいんだけど。でもちょっと不安かも……」

 

「緑谷、お前が思ったことを素直に言えばいいと思う。色々難しく考えないで、そのままを言ってみていい。お前にはその権利がある」

 

「それって、どういう?」

 

答えはせずに、砂藤特製クッキーの最後の袋を投げて渡してくる。

 

「それ、めっちゃ美味いから。ビビるほど美味いからあとで食えよ。頑張ったやつのご褒美だ」

 

 

言ったきり、狩峰くんは行ってしまった。クールに去るぜとか言っててちょっと台無しだったけど、それ以外はなんかやっぱり大人でかっこいい。

 

 

少しして爆豪勝己がやってきた。

 

 

「話がある。今までのことと、これからの話だ」

 

 

その姿はまるで戦いに行く雰囲気のようで、思わず緊張した。同時に苦手なかっちゃんを前にした動悸も始まっている。

 

「それ、それだ。それは俺のせいだよな?」

 

「へ?な、何のこと?どれのこと言って」

 

「俺と話すと、声上擦って息切れして、脈拍早くなってんだろうが。そのことを言ってんだよ」

 

「っごごご、ごめんね!?わざとじゃないんだけど!」

 

「っんで、てめえが謝ってんだ……」

 

息を吸って吐いた。何かがくる予感がする。

 

「俺が、悪かった。今までの態度も、ガキの頃やったことも。全部バカでどうしようもなくて、俺が悪さをし続けてた。それで、お前をそんな風にしたってんなら。それを含めて全部、俺の責任だ」

 

「な!?何言ってんの?かっちゃん!?」

 

「俺はお前のこと、いじめてただろうが。それを後悔して、まずは最初に謝ってる。クソ……。上手く言えねえが、そういうことだよ。本当に悪かったと思ってる」

 

「本当に、そう思うの?」

 

「ああ、そう思う」

 

「変わりたいと思ってるの?」

 

「ああ、そうしたい」

 

自分の中で、スイッチが切り替わる感じがした。そうだ僕は変わった。昔からのダメダメなデクじゃなくて、最近の。頑張れって感じのデクなんだ自分は。みんなに変えてもらったから。

 

反射的に、許そうとしてそれをやめた。適当な言葉はダメだ。ちゃんと話したい。

 

俺は僕にとって本当に嫌な経験で、大嫌いだったけど。彼には憧れを持っていて、幼馴染として昔から一緒だったところもあって、なんていうか難しいけど。憎しみだけじゃない何かがあるんだ。

 

 

「あれ、嫌だったよ。なんで、あんなことしたの?」

 

 

いつぞや狩峰くんに言われたことがあった。「お前、原因もわからずとりあえず謝るのやめろな?」と。再発や予防ができない適当な謝罪は、相手の時間を奪う行為であるとガチで説教されたのだ。

 

 

「お前が怖かった。何にも持ってないと思ってたのに、それでも人を助ける姿が、一番強い憧れの姿に重なって、自分とは違うって気づいて。それで気持ち悪くなって、どう接していいかわからなくなって、それでやったと思ってた」

 

それは本当に?そう問う前に、かっちゃんはすでに続きを話してくれていた。

 

その表情はあまりに苦しそうで、訓練の時にすらみたことのない。いや今まで見てきて初めての表情だった。

 

「でも、違った。俺は、俺は!」

 

 

何が怖いのか。それはこれだ。

 

「その感覚はあったのはあった、けど。たぶん俺は、何も考えてなかった。気づいたらそうしてた。ああ、そうだよ。お前が人を助けるみてえに。なんの理屈も考えもなく、暇だったからそうしてたんだ。小学校とかの辺りは特にそうだったと思ってる」

 

いじめが始まるのに大層な理由などない。それぞれの抱えたコンプレックスや状況。環境や力の強弱。それらはいわば燃料であり、火がつく理由というものにしっかりとしたものなどないのだ。

 

「コミックのヴィランみてえによ。なんか理由があったらならまだマシだった。自分も被害者だったとか、恨みを返すためにとかそういうやつだ。でも、ない。笑っちまうくらいになんもない。ただの暇つぶしに、なんも考えないで人の人生を潰そうとしてた。それが俺だった」

 

 

特に大した理由もなく、俺は嫌なやつだった。ただそんな普通の結末が怖かった。それを認めてしまうのが耐え難かったのだ。

 

 

「じゃあ、かっちゃんは。これからどうするの?」

 

 

許しも、同情もしない。まだ聞いてないことがあるから、その目はまだ諦めている目じゃなく、助けを求める目でもない。同じヒーローの目だと思ったから。

 

「担任の推薦で、UAIにある小学校の教育実習に行く。そこでは、いじめがあるらしい。それをどうにかなくせないかやってみる」

 

「それが、かっちゃんの考えた罪滅ぼしっていうか謝る形ってこと?」

 

「いや、罪滅ぼしじゃない。それはどうやっていいかわからねえ。お前が何をしたいかして欲しいかを聞けって言われて、俺もそう思った。でも、それはまたお前に何かを背負わせることになるじゃないかって思って、そこも迷ってる。だからこれが俺なりの、最善だった」

 

「最高のヒーローになるのが夢じゃなかったの?オリンピックに出るのなんて、一番大事じゃん。それを蹴ってまでそうしようと思ったんだ」

 

「俺のことは許す許さないってのは俺が話すことじゃねえ。でも俺は、たぶんいじめられるやつの考えとか気持ちが欠片もわかんねえでいやがる。次の俺みたいなバカを生まないために、助けてほしい。お前みたいに苦しむ奴を減らせるようにしたいって思ったんだ。だから、話を聞かせてくれ」

 

震えを隠すように全身に力を入れて、汗が流れていく。長いか短いかわからないほどの沈黙が流れた。

 

「今かっちゃんはさ。誰かを助けるために、自分がいじめたやつにその話をしろって言ってるんだよ。それが本当にかっちゃんのしたいことでいいの?」

 

「ああ、俺は自分勝手だ。そうとしか生きられねえ。人の気持ちはわからないってことだけわかった。今の俺ができるのは、これくらいだ」

 

改めて、整理すれば身勝手極まりない。この話し合いだってそうだ。一方的な表明じゃないか。

 

でも、それでも。許してくれなんて言われるよりはよっぽど良かった。というか、不思議と笑顔になっていた。

 

「ちょっとだけ嫌だけど。でもそれ以上に、僕は協力したいって思うよ。ものすごく、今にも体が動いちゃうくらいに、そうしたいって思ってる。初めてかっちゃんと一緒に戦いたいって心から思えた。一緒にやろう。助けを求めてる子どもたちはきっといっぱいいるから、彼らを助けたい!」

 

 

許せと言われてもできなかっただろう。だってあれは自分にとってはいじめとはちょっと違っていて。側から見たらそうなんだろうけど、でもかっちゃんとの喧嘩じゃないけど。二人の中の話だった。でも、そうじゃなくてこれから一緒にすることを言ってくれたのだ。

 

これからどうしたいのか。もっと良くすることはできないのか。過去は償えないけれど、未来を

変えることは出来る。というか僕らにはそれしかできないじゃないか!

 

 

「俺は、俺はこっからだ……。ここで一番じゃなくても、できなかったことをやれるようになって、それでいつか胸を張れるようになる。人を助けて、それで勝ちたいんだ俺は」

 

 

「うん。一緒に勝とうよ。きっとできる。今の君となら、できるって僕は思うんだ」

 

 

手を握った。それこそ幼稚園ぶりだろうか。固く握ったその手には互いに成長した力が漲っている。

 

まだ何も成していない。まだ何も変わってはいない。誰も救えてはいない。

 

それでも、この握手はこれまで起こり得なかったことで、確かに変わった一つの未来の形なのかもしれない。

 

「ていうか、言えなかったんだけど、かっちゃんさ。そのほっぺどうしたの?たまに笑いそうになって困ってたんだけど」

 

「ババアに殴られた」

 

その頬には母の手形が押されていて、それを指差し笑う幼馴染がいる。

 

小さくて大きなこの変化は、これから何を変えていくのだろうか。

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