雄英体育祭の決着は賛否も含めて大いに話題になった。これを機に便乗したUAIランドへの批判も含めて非常に多くのメディアが取り上げると、最終的には広報の効果としてまずまずの数値が叩き出されている。
あの爆発に耐えた優勝者は辞退し、危険な個性の暴走をしてしまった者が代表に繰り上げで選ばれるというのは多くの人にとって納得し難い結果であることも間違いない。しかもそれが前科持ちの評判の良くないヒーローの息子であるなら邪推するものも自然と増えていく。
爆豪と轟以外は負傷もしていたため、仕方のない状況であるのだが轟焦凍への風当たりは非常に厳しいものがあった。
そんな批判は知りつつも代表入りに他のプロたちは歓迎している。若干一名は少しオーバーリアクションかもしれないが。
「焦凍ぉ!なんだあの醜態は!あそこまで練り上げて、なぜ放出せずに暴走させる!?逆に辛くて難しいだろう!何を考えていた!?」
暗い視線で睨みつける。言われなくてもわかっていると言いたいのか。話すことなどないと突っぱねているのか。その両方かもしれない。
「まぁまぁエンデヴァーさん落ち着いて。この前から悪目立ちしまくってますよ。そのスタイルでやってる限り拒否されるぞって言われたばかりでしょ。事前の相談通り、俺らに任せてみてくださいよ」
ホークスが自信ありげに羽ばたいて、焦凍の視界からエンデヴァーを隠してくれる。
「皆さんが、教えてくれるんですか?」
「我々はすでに、日本を背負っている仲間だ。その一人が悩んでいるとあれば当然放っておくことなどできるわけもない」
ベストジーニストは揺るぎなく、一切の迷いなく答えていく。すでに決まっていたことであり、複雑な家庭環境によって悩んでいる子供を放っておくことなどできないのだから。ちょうど元凶も近くにいるようだし、矯正のしがいはありそうだった。
「ヒーローだしな!一応は!」
ヒーローらしからぬ姿勢で思いっきり足をテーブルにかけたままのミルコが元気よく吠える。そうは言っているが彼女はしっかりヒーロー免許持ちだ。
「一応ではなくちゃんとヒーローなんですけどね。とまぁそういうわけで焦凍くんとの連携を訓練するにもまずはできることを整理してから。氷だけでも結構強いとは思いますけど、炎も使えるなら強力だ。それができそうかだけ、この数日でチャレンジをしましょう。最短のスケジュールを組んだんで、俺たちと同じホテルに泊まってくださいね〜」
あれよあれよという間にホークスが場を進めて、焦凍は連れて行かれてしまう。
「オールマイトも来てくれるって言ってたんで安心してくださいよ。そう聞くと苦手な人がいてももう大丈夫って感じがするでしょう?あ、ちなみに結構俺はエンデヴァーに憧れてたりしてたんですけどね」
「あんたは、敵なのか味方なのかどっちなんだよ」
「さぁ?そんなの君が決めるしかないでしょうに。聞いてる暇があるなら早く決めちゃってくださいよ。じゃあ俺は先に行くんで!親子のあれこれもやりたいならどーぞ!」
遮っていた翼が颯爽と消えていく。そうして再び相対するのは、どこまでも憎たらしいほどに自分と同じ目をした男であったが、それを認めることはまだできない。
「いいか!日本代表にオールマイトが不在であるようにアメリカ代表にスターも出ることはできない。殿堂入りを除けば世界最高のヒーローが決まるということだ。今はまだ可能性だけでいい。しかし、世界で最も強く何よりも熱い炎を見せつけてやればいい!」
ゆらりと炎が内側で燃え上がり始めるが、二人に黒い繊維がピシリと巻きつき意識がそれた。
「そういえば聞かせてほしい。なぜ君がヒーローを目指すのかを。どうやら父親には良い印象はない様子。ではなぜ、強くなろうとする?」
冷静なジーニストが不燃性の繊維で首をグイと動かすと、ずっと睨んでいたもの以外がようやく目に入る。そこには最高に不機嫌そうなイレイザーがいた。その表情はなんというか、怖かった。言外にこれ以上やったら除籍してやるぞとブチギレているのが明らかに伝わっている。
でも先生がいることの安心感。そしてジーニストというその気になれば炎で暴れる二人を余裕で取り押さえることができるトップヒーローがいるということで心に余裕ができたのだった。
「明白だ!それはっっモグぁ!」
焦凍への問いかけにもかかわらず、エンデヴァーが口を開こうとしたので繊維がその口を塞いでしまった。手のひらで促され、焦凍はどうにか言葉を探す。
「俺は、お前の言うことに一つも同意しない。俺は、お前のためには何一つしない!俺がヒーローになるのは、炎を使わずにガキの頃から押し付けられた目標を超えてお前を否定することだった!だから雄英に来た!」
だけれど、もう。それだけでいいのか、確信が持てなくなっている
「けど……入学試験で、親に体を売られる子を見た。内臓を売られる子もいた。そいつらを目の前にして、自分の中の恨みとかそういうのを一瞬忘れた。おかしいんだ。自分にとっては精一杯の地獄だったのに、それ以上の地獄を見ると自分がまるで恵まれてたんじゃないかって!そう思ったら吐き気がして止まらないんだよ!」
「俺は、俺にはもうわからないんです。昔、ヒーローに憧れたこともある。アイツを否定したい気持ちも嘘じゃない。強くなればいいと思ったけど、負けてもっと惨めなことになっちまった。俺はこのままじゃダメなんだってことしか、わからなくて……すんません。わからないんです……」
コキリと首を鳴らし、そして正面から向き合ったジーニストはその独白を受け止める。そして大人として、ヒーローとして言葉を選び若者へと向けるのだった。
「君はよく苦しんでいると思う。私見だが、苦しみを経験したものというのはそれだけ真剣に生きることを考える機会が多くなる。世界には問題一つなく、家族と友人を無条件に信頼し人を疑わずに生きる人もいる。それは幸せなことだろう、しかし彼らは無防備でもある悪意あるものたちにとって格好の獲物であり、恵まれなかった者にとっては復讐の対象にもなり得るのだ。幸せに何も考えていない彼らを君は恨むかい?」
「いや、そんなことは。別に何かされたわけじゃない。彼らがヴィランに襲われたんなら助けると、思います」
「その気持ちがあるのなら、君はヒーローになれるだろう。逆に言えば、それがなければヒーローではないとも言える。ここでぜひ貴方にも問おうエンデヴァー。あなたの実績は凄まじい。事件解決数は事務所解散以前もその後も高い水準、その致死的な個性にも関わらずヴィランに重傷を追わせるでもなく捕縛をし続けている実力に疑うべき点はない。しかし、それでもあなたはヒーローと言えるだろうか」
「ヒーローとは人を助ける者だ。自分が助かるためになるものじゃない。自分の助けた人の声を聞くんだ。その辺から知るべきだろう」
「俺が、助けた人なんて……。俺は人を傷つけてばっかりで」
「そう言うと思って、以前の襲撃の際に君に助けられたという市民をホテルに招待して歓待をしているところだ。直々に彼らから感謝を聞くといい。その自分自身への分析がいかに乱れて、ほつれているのかを知るところから始めよう」
そう言って、焦凍を歩かせて別の場所へと向かわせた。彼が会うべき人々、向き合うべき市民たちと美味しいご飯でも食べさせようというのがこの計画を組んだ、ナイトアイ事務所との決定だったから。
やけにご飯を食べさせるということに固執していたように思えるが、それもまた効果はあるだろう。良いこととしてジーニストも賛成していた。
残るのは大人たちだ。ミルコはもう跳ねてどこかに行ってしまい、相澤もじゃあもういいですねと姿を消した。
残ったのは現NO.2のジーニストと、元NO.2のエンデヴァーである。普通ならば気まずさもあるだろうが、ジーニストもまた常人ではない。
「そしてエンデヴァー。尊敬すべき点は多い先輩である貴方に、なぜ世間とヒーロー業界は苛烈な罰を与えようとしたのか。私はここに来て知りました。そして今日確信をした。彼の不調を整えるためには貴方が変わる必要がある。指摘をしても?」
血走った目で口を拘束している繊維を指差す。そしてそれが緩められると、荒々しい声が答えるのだった。
「黙っていろ。これは家庭の問題だ。あの個性の掛け合わせは俺が長年考え、研究していたことだった。俺以上の専門家はいない!奪った2位の座はすぐに奪い返してやる。俺が封殺されるなら必ず焦凍がそれをやる!」
「やはり、こちらの方が手強そうだ。ではこちらとしても切り札を切らせていただこう。これはナイトアイから送られてきた極秘資料からの情報だ。貴方には聞く義務がある」
「そんなものはない!いいから放せ!焦凍のくだらない我儘も、反抗期を許容するのも今日までだ!日本代表になった以上はその責務を果たしていかなくては!世界が認める最高の機会だぞ!?もはや一刻の猶予もない!すべきことをしなければ手遅れになる!!一秒だって無駄には……」
「
きっとミルコはこの場にいても、その言葉を理解できない。エンデヴァーの苗字すら覚えていないだろうから問題はないだろうが、それでもここにいなくて助かった。この情報はまだ家族にすら伝えられていなかったから。
「…………?なに、何を言っている?」
「五年前、オールフォーワンの拠点を日本から根こそぎナイトアイ事務所が掃討した際に近い特徴の子どもの記述があったらしい。それだけでは不確かすぎるということで調査が進められていたらしいが、先日のUAI襲撃。その時にUAIへと殺到したヴィランたち。その中にやけに火力の高い炎熱系の個性を使うヴィランがいたとの報告がある。『抹消』と『ライフル』の狙撃で即座に無力されたらしいが。そして、あの黒いワープ能力は知っているな。あれは優先度の高いものから回収していった。その炎の彼もまた回収されたらしい」
あまりにも呆気ないその帰結は、先日の体育祭の最後を見れば想像に容易い。個性を抹消するのは反則にすぎる。
炎を撒き散らす人物が、一瞬で消されて銃で撃たれる姿を幻視し、なぜだかそれが無性に許せなくなっているのだった。
「だが、血痕は残っている。UAIのロボットたちは今回の襲撃犯全員の生体情報を可能な限り回収しDNA分析にかけている。世界のデータベースへと接続し、誰がどんな経緯でオールフォーワンに協力するようになったのかを暴くために。そしてDNAがほぼ100%で一致した」
「嘘だ……。だって、燈矢は……」
「貴方が重大な過誤で死なせた長男は生きている。そして、ヴィランとなって世界の敵になっている。これ以上同じことを繰り返すなら、きっとまた轟焦凍に同じことが起きてしまう。轟親子がいるオリンピックで、オールフォーワンの手元に死んだとされる息子がいる。これがどれだけの事態か理解できるだろう。そして貴方の言葉は一つだけ正しい『もはや一刻の猶予もない、すべきことをしなければ手遅れになる』これだけは、私も賛成だ」
力なく、その場に崩れ落ちるエンデヴァーはいつも纏っていた炎が消えていた。そこには炎を失い、息子を失っていたと思い込んでいた轟炎司というちっぽけな人間がいるだけ、ヒーローなどどこにもいない。
「あなたの子供は生きていて、そして苦しんでいる。オールマイトや世間のことなどどうでもいい。まずは彼らを救うことが、今回の私の受けた依頼でもある。あなたにとって
言葉はない。あまりのことに心が全く追いつかない。
「そして、人を救うにはまず自分が救われていないといけないと私は思う。だからこそ、あなたを手助けさせてくれエンデヴァー。ホークスもそのつもりで来ている。彼は本当に小さい頃からあなたのファンであったらしい」
そこにいるちっぽけな男は大柄な体を支えきれないかのように、その場に座り込んでいた。広い肩は力を失い、分厚い背中はわずかに丸まっている。拳を握りしめたまま、腕がだらりと垂れ下がった。
現実を拒む言葉すら出てこない。
ヴィランの苛烈な攻撃を、自身が発する灼熱の炎を何度も耐えてきた鋼のような体。痛みも、恐怖も、責任も、受け止めてきたはずだった。
ただこれだけは、受け入れるにはあまりにも重すぎたというだけだ。
彼は項垂れたまま、動かない。強靭な肉体とは裏腹に、心だけが現実の前で完全に膝を折っていた。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
体育祭が終わってから今までの心配が爆発してしまったようで、両親がとにかく不安がる。
今日の大仕事は自分が元気だと伝えること。つい先ほど心配しきりな両親をどうにか安心させて、ようやく自由に出歩く権利を得たのだった。
麗日お茶子は、ふわふわと思考を漂わせなら歩いている。
考えるのは、なぜかいつも緑谷出久のことばかり。
クラスメイトで、体育祭でも同じチーム。期末試験の実戦では、敵の一番強い人たちのところにまで同行した。
「デクくん。やっぱり事情があったんだろな」
学生がACを纏っているのもおかしいが、それが世界的な猟奇的連続殺人犯の装備であるのだから一個前の違和感が吹き飛ぶくらいにはおかしい。おかしすぎる。
ナイトアイ事務所との協力関係。ナイトアイが動けずヒーロー『デク』が助けに入ったことは聞かせてもらった。
けれどそれ以上に、デクくんは頑張りすぎだと思う。そしてできてしまうのがちょっと怖い。
そう。怖いんだきっと。彼が恐ろしいというわけじゃない。
あの入学の時に転びそうになってた少年が、気づくとまるでオールマイトや先生たちみたいに。まるで大人みたいに人を助けているというのが怖かった。置いてかれていく感覚。知らない人になってしまうという焦り。自分が進めていないという気後れ。
いろんなものがごちゃ混ぜになって苦しかった。
それ以上に、放っておけない感じがして。この感情が世界最高レベルの吊り橋が与えるドキドキなのかどうか。確かめること自体が怖かった。
でもこの前の最後には何も考えていなかった。手を伸ばして触れなきゃいけないと思うだけで、体は勝手に動いていて、そしてそれがなければ二人の同級生が大きな怪我か、何かを間違えたら死んでいたかもしれない。
きっとこの衝動に従うことは正しい。
そんな感じがして、迷わなくなって動いてみると余計に確信は増すのだった。でもでも、それだけじゃ足りなくて。どうしても足りなすぎていて。
だからなぜか知らないが、麗日お茶子はここに来ていた。デクくんが彼ならいつもここにいると言っていたから。
目当ての人物は、愛おしそうに色々なことを込めた視線で水平線に登り切った太陽を見つめている。他愛もない世間話とちょっとした相談から始めるつもりだった。
でも彼もおかしくて、そう。デクくんと同じ速さで、いやそれよりも先に進んでいる感じがする彼は、やっぱり先回りしていたようだった。
「力が欲しいか?」
きっとこれも何かの引用なのだろう。でも、あまりに単刀直入で自分のごちゃごちゃをまとめた言葉だと思って笑ってしまった。
「うん。欲しい!」
「即答マジかよ……」
淡輝くんは変だけど、なんだかんだで人を笑わせようとしてくるところがある。彼はちょっと怖いところがあるけれど、良い人だって知っていた。
「よし。じゃあ、色々知っちゃった麗日さんにも協力してもらおうかな。俺たちの悪巧みにさ」
これは今まで、クラスの男子たちが放課後裏山とかに秘密基地を作りにいく時のような顔だった。だいたいこういう顔をしている時の男子は女子を除け者にするものだが、誘ってくれるらしい。
「デクくんもだよね。二人して、何しようとしてるん?」
「 世界平和 」
バカみたいな夢を実現するための協力者が集まりつつある。一人では決してできないことを寄り集まってどうにかしようと、足掻くのだ。
人をバカにしていない。誰も不快にさせない笑い声が、この人工島に響く。この数が増えるごとに、平和が近づく感覚はきっと夢ではないのだろう。
次回からはオリンピックということで少しだけ間隔が空きます。
ええ、三日後に来てください、本物の次話をお見せしますよ。
次回は1/6更新です!