夜のスタジアムに光が広がる。
頭上にあるはずの星の光は今夜ばかりはよく見えない。代わりに無数のライトドローンが待機している。整然と漂い、今か今かと出番を待っていた。
100年ぶりのオリンピックの復活という大イベントを照らすのは今は戦争の主役でもあるドローンであるのは皮肉だろうか。
いや、歴史を見ても技術は常に争いによって加速する。その進歩を平和に使おうという非日常こそが五輪であったのだと思う。
かつて国の威信をかけて見せつけていた最新技術のパレードは最新の五輪にしては進歩が感じられないかもしれない。この演出を個性を活用し、幻想的で未来的な出来栄えにすることは容易い。しかし、それは個人の力であって人類が歩み蓄積していく歴史ではない。
多くの停滞を受け止めて、科学を再び芽吹かせるという決意がこめられているのだった。
それをAC内の視界に表示させて狩峰淡輝は目を細める。何度見てもこの対比はあまりに明るく、暗すぎた。
煌びやかな光を照らすドローンの会場。そして、そこから300km離れたこの洋上にもドローンはいた。一切の光を放つことはなく、ステルス加工をされた漆黒の機体には機能以外の何もない。
侵入者を見つけそれをレーザーで追跡、最後に銃火の光だけを放つそれは同じドローンとは感じられないだろう。
あちらでは華やかなビームライトを人々に向け、こちらでは不可視の赤外線センサーを狩人へ向ける。
喝采と銃声がそれぞれ起こり、密航船の警備用ドローンは全て撃ち落とされている。個性によって隠蔽されていたこの船の存在を知ったのなら空から爆撃すれば事足りる。実際に多くの船にはそうしている。しかし、その中で特に有力なものや有名なヴィランが乗っている船は貧乏くじを引いてもらう必要がある。
わざわざ船に乗り込んで、丁寧に一人一人を切り潰していく。それを記録や映像に残し裏社会へと流通させるのだ。腕自慢や無謀な犯罪者たちはヒーローに捕まるか、運が悪ければ軍に空爆されると思っている。人質さえ確保しておけば前者になるだろうと高をくくって、あまりに無防備にテロへと臨む。
だからこそそんな現実は存在しないのだと教えてあげないといけない。鮮やかな血でしか学べないものたちにはそのように教えてあげるのだ。
空が鳴った。
パン!という音で、会場にいるものたちの視線は空へと奪われる。次の瞬間、夜の高みに花が咲く。
色とりどりの光が広がって、ゆっくりと散っていく。赤、青、金、白。ひとつひとつが違うかたちで、違う光で。
あちらでは大きな音があとから届いて、見ている人々の胸の奥まで響いただろう。たとえ一瞬で消えるとしても、きっと心の奥底に子供達の記憶にはかけがえのない思い出としてこの花は残る。
全く同時に、こちらでもパン。という音と同時に船倉の壁に花が咲く。赤とピンクと白しかないが、人の腹にはこれほどの色が詰まっているものかと驚くほどの内容物が銃撃の衝撃に合わせて形を変えて壁へと跡を残す。こちらに歯向かう人の数だけシミを増やして狩人はゆっくりと進んでいく。
歓声が上がった。悲鳴が上がった。
会場には巨大なLEDパネルが床に埋め込まれ、各国の歴史と選手たちの肖像が映し出される。アナウンスが流れ、選手団の入場が始まる。各国は国家と共に、独自の入場演出を持ち込んでいた。
そして犯罪者たちの眼前には彼らの所属と構成員。さらには彼らの親類に至るまでの顔写真が、詳細な情報とともに流れていく。
奇襲をしたはずの秘密組織。今回だけ組んだだけの傭兵部隊との抱き合わせだというのにここまで情報が筒抜けというのはありえない。スパイがいても無理なはずだ。リーダー格の人間が知っていることを遥かに超えているのだから。
自分たちの情報が映されるたびに絶望し、投降するか暴れるかする彼らの結末は同じである。本人たちにとっては大きな違いがあるかもしれないが。
「投降してくれるなら苦しませずに殺してあげよう」
自動装填される弾頭が切り替わり、左右の銃で用途が変わる。一つは即座に命を奪う致死の大口径に。そしてもう一つは体内を細かく荒らすように設計された柔らかな金属が弾頭になっていた。
ダムダム弾などと呼ばれる兵器として禁止されているものであるが、そんなルールは狩人にはどうでも良い。より苦痛を与えてそれを臨場感たっぷりに記録し、一人でも愚か者が減るようにと祈っていく。
「おい!あんたには高い金を払ってんだ!働いてくれよ!」
「ああ、仕事をしよう」
電光石火の奇襲を行い、趣味全開の無駄な拷問を2〜3分としていれば真打が登場してくれる。実際のところ、こいつはかなり手強い。
そいつはACほどの機械化はされていないが、多くの部分に機械を使った装甲が身体に密着していた。無骨な設計だが、着ている男の動きに一切のぎこちなさはない。まるで筋肉の延長のように、スーツが呼吸している。
口元がかろうじて見えるが、そこには焼けた跡、裂けた痕、そのすべてが実戦を物語っている。目だけが鋭く、静かに戦場と敵を見定めている。
彼の個性は『遮断』。シャットと呼ばれる傭兵は熟練である。銃弾や単純な衝撃なら影響を与えることはできず、無敵に見間違うほどの防御の前に消えていく。
そうして手にするのは、大きな金槌のような武器だった。
振りずらそうで、重心など考えていないような狂った設計が一目でわかる。怪訝な目線に狩人は肩をすくめて答える。
歓声に包まれる日本の選手たち、トップヒーローが手に持つのは木製の槌のようなもの。鏡開きに使うようなそれは通常サイズではなく、対応する樽もあまりに巨大である。
伝統の日本酒を世界へと振る舞うという演出であるが、プロヒーローたちの常識はずれな膂力によって叩き割られようとしている。炎や氷で盛り上げろと言われ、焦凍も選手として必死に自分の役割を果たそうと向き合っていた。
せーの!よっこいしょー!!
みんなで掛け声、笑い声。そして割れて爆発の演出が背後で起こる。
爆発する金槌を叩きつけられたシャットがどうなったか。そこにはもう船がなかった。残っているのは巨大な噴煙と巻き起こる激流。それを生むのは今にも沈没をしようとしている密航船だ。
あの金槌はぶつけると爆発するという頭のおかしな武器だった。爆豪の個性を分析し応用されたその爆発は指向性を持たされていて、持ち手には影響が少ないようにできている。
水上に飛び出したACの手にはすでに金槌はなく、残っているのはただの棒である。弾頭部分が勢いよく爆発をしすぎて消えていた。
「バッカじゃねえのかこれ!!どんな威力だよ!いや、なんでここまで強くなったんだマジで」
船内から起きた爆発が船底の区画ごと吹き飛ばし、船はひしゃげた。そして今まさに海の藻屑になっている。淡輝は繰り返すごとに武器の試用を繰り返している。危険なまでの威力のテストもできるのだから、ギリギリを攻めることも多い。けれど、これはやり過ぎだった。
「爆発金槌。これはちょっとダメだな。ロマンの塊すぎる」
ガラクタと化した金属棒を捨てて、火薬庫を名乗る部署の再編を検討し始めるのも仕方ないだろう。それくらいダメな威力であった。
各国の演出が終わり歓声が上がる。だが、それは熱狂というよりも、見守るような静かな尊敬の拍手だった。100年ぶりの平和の祭典。テロが起こって開会式が何分で台無しになるかの賭けまでされているのだ。
ここまで大規模なイベントが進行している事実が、まるで人類が一体であるかのような錯覚まで演出していた。
入場がすべて終わると、会場の照明が一段階落とされる。彩度と音量が静かに引いていき、空間が何かを待ち侘びているように見える。
地面に投影されていた各国のエフェクトも消えていく。火も水も、葉も風も、ひとつずつ納められていくように演出され、最後にはただ、中心にぽっかりと空いた丸いフィールドだけ。
長い一拍の静寂。 そこに、上空からゆっくりとトーチが降りてくる。
トーチを持っていたのはたった一つを除いて普通の人であり、どこにでもいそうなアジア人の男性。
体が輝くというだけ、『発光』の個性を持った彼は、輝く体で聖火を持って走り出す。
超常の始まり、光る赤子から始まったこの混沌たる世界は今、輝く人によってまた一つ歴史を進める。
彼の走りは、今やむしろ珍しい普通の動きだった。一般的な人間の、決して意外性のない動き。観客席のいくつかに、拍手がゆっくりと起きる。その速度もまた速くはない。
彼は走り、各国の人々が持つ松明へと火を移していく。そして継がれた火をそれぞれが持って、彼へと続く。
中央の聖火台へとまっすぐに。世界の人々がそれぞの個性を掲げて走っていく。
続くものたちがマントを翻らせ、ヴェールを浮かばせる。聖火の残光のように軌跡を描いていくのだった。
『超音速まで加速します』
ACを空中で待機していた外部の加速装置に接続する。煙突がいくつも狂ったように生えているような見た目のこれは『ヴァンガード・オーバードブースト』通称VOBと呼ばれる加速装置である。
点火と同時に、加速。徐々に音と並び、最後には置き去りしていく。
機械の認識から個性によって隠されている船舶をピンポイントで狙って回る。加速のための炎は最小限に、それでも軌跡を空に残して狩人は空を切り開く。
このテロリスト船団の堂々たる密航は『隠蔽』の個性を持つヴェールという大物ヴィランが成立させていた。そいつが生み出す膜に包まれると、機械が全く認識できなくなるのだ。昔はいなかったらしいが、今では機械に作用する個性が多く生まれている。これもまた新世代の個性たちだ。
まぁ、そんなセンサーで確認できず視認が困難な船団であっても、そこにいると知っている者にとっては大した障害になり得ない。
放たれた光、というより分離していく光は真っ直ぐに狙った場所へと落ちていく。そして、爆発。炎上した。
『携行型ミサイル『火炎瓶』命中しています。今のところ撃ち漏らしなし、撃墜率100%です』
次々に火を灯す。だんだんと火が世界へと広がっていく。万国の旗が誇らしげに揺れている。
次々に撃墜する。多国籍な船舶たちがそれぞれ爆撃され、海上に残る炎の塊になって沈んでいく。偽装された国旗は海底で揺れるだろうか。
裏社会のものたちは揺れていた。なぜ一つも妨害が起きないのか。誰一人として状況を把握していない。潜り込ませた密偵は、工作員は、隠された船団はなぜ砲撃を開始していないのか。
全ての海上戦力が一時の灯台に変えられた頃。狩人はその背中から伸びた巨大な加速装置を切り離す。
『パージします』
その勢いのままに、UAIの円周部。その壁の上にある一点へと突貫する。そこに生まれた黒いモヤから今回唯一にして、最大の戦力が現れると知っているから。
「力だけが支配する世界を創るのだ。私の夢を……」
加速し切った体を銃だけを安定させて、ドリフトのように制動する。その轟音より早く、手元の銃から最適な弾頭が放たれた。
体を覆う装甲に、口元まで隠れた風貌。長い銀髪の彼は、何をするでもなく。その類稀なる強力な個性『気象操作』を発揮することなく、意識を飛ばされた。
「奇襲できなきゃ開会式は壊滅。殺したら即大暴走だからな。殺しちゃダメってのは初見じゃ絶対避けられない」
そして、ACは活動限界を迎える。他の部隊も、特殊部隊たちもそれぞれにテロリストを処理し、開会式が滞りなく進んでいった。
「任務完了。これより帰投する」
聖火台は、先端がまだ閉じられている。彼が近づくと、ゆっくりと花のように開いていく。真ん中には、炎のない火口。
彼は一瞬、立ち止まる。
視線を前に向けたまま、深く息を吸いトーチを掲げる。
その火が移った瞬間、会場の底がわずかに震えた。
聖火は、轟音を上げたりはしない。 ただ、小さく、白く、強く灯る。しかしそれでは全体に火はついていない。
各国に受け継いだ火が、それぞれの人によって灯されていく。最後の二つの炎はオールマイトが歩きで運び。スターアンドストライプが空から持ってきている。
光が集まり、人々が寄せ集め、地球儀を照らす大火となった。
スタジアムの外周が、遅れて光を帯びる。都市のビル群に連動した照明が、時間差で五色に変わる。
空間が人々の拍手と叫び、音と光で満ちる。一世紀ぶりに聖火が灯され世界を太陽のように照らす。
その夜、都市の空に五色の軌跡が弧を描かれた。
輝く五輪は誰に止められることもなく、あまりに静かに、確かに動き出した。