夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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氷船

 

 

「んだよ。見せもんじゃねえぞ。半分野郎が」

 

そう言うや否や間髪入れずに、パァン!と気持ちの良い音がしてグルルと威嚇していた獣が捕縛布という特殊な繊維でできたマフラーに殴られていた。

 

「相澤先生は随分と優しい。叩いて直してあげるとは、私なら無言で推薦を取り消すところだったがね」

 

「おい、爆豪。俺はみっともない真似すんなと言ったぞ。同じことを言わせるなよ。合理的じゃない」

 

開会式を終えて、轟焦凍は再び助言をもらおうとゲイル先生のところに来たのだが、もう一人話したいと思っていた人物もちょうどいた。さらに感謝しないといけない人もいてくれた。

 

相澤とゲイルの二人に、爆豪までがそこにいたのだ。

 

自分を含めるとかなり見慣れたメンバーになっている。入学当初は特にこの四人で指導をされることも多かったことを思い出し、クスリと微笑が溢れる。そしてそれがお相手の逆鱗に触れてしまう。

 

「何笑ってやがんだ!?ああ゛!?」

 

可能な限り穏やかに、歯をギリギリとさせながらの恫喝という器用な態度に驚かされる。

 

「いや、悪い。俺たち二人とも生徒指導をされることの方が多かったのに、夏休みにこんな風に先生のとこに自分からいるって思ったら、自然と変な顔になってた。馬鹿にするつもりはないんだが、怒らせたなら悪かった」

 

「はっきり言いやがったなオイ。いい度胸だ。表出ろ……いや。んな暇はねえ。とっとと消えろ。半ぶ……轟野郎」

 

轟野郎ってなんだ?爆豪本人を含む全員が疑問符を浮かべるが、それはいい。

邪険に扱い、ここまですれば以前なら轟焦凍はキレている。しかし、今の彼は深々と頭を下げて必死な様子で懇願した。

 

「話があるんだ。聞いてほしい。頼みます」

 

そして話した。これまでのこと。そしてこれから向き合わなければいけないと思っている物事について。

 

「伝えるべき助言はいくつかある。しかしそうだね。君は何を考えて、この悩める若者にどんな言葉を送るかな?それができれば先ほどの無様な威嚇はなかったことにしてあげよう」

 

杖で突かれた爆豪が、バツの悪そうな顔で考え込む。思考を深めているというよりは、言うべきことは見つかっているが、どう言っていいのか表現を探している顔なのだが焦凍にそこまでの機微はわからない。

 

「てめえの問題は最後はてめえで向き合うしかねえ。その上で言えるとしたら……」

 

対人関係において決して柔和で巧みとは言えない4名ではあるが、それでも真剣に検討し話を深める。

 

焦凍はここに来て良かったと確信し、そして競技へと向かうのだった。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

「さぁ!遠泳三百キロメートル。本日最後のこの競技が始まってから、すでに三十分が経過しています。画面に映るのは、広大な海。その先に浮かぶ空母ロジャース。これが選手たちの目指すゴール地点です。ここからは海洋に関するスペシャリストであるヒーロー。奥渡水族館の館長でもいらっしゃいますギャングオルカをお呼びして日本の皆様に向けての、実況解説を行います!」

 

「よろしく頼む。海洋についての知識ならば並大抵のヒーローよりはあるだろう。海の生き物が映ればそれらを知識の限り生態を伝えることもやぶさかではない」

 

「心強い!そして優しい!!さて、この競技を初めてご覧になる方が多いでしょう。簡単に言えばゴールを目指すタッグの競泳。ただそれだけのシンプルな内容です。ただしその長さだけは規格外!スタート地点からゴールまでは、直線でおよそ三百キロメートル。これは東京から名古屋を越えて、さらに進んだあたりに相当します。この距離を機械を使わずに進むのです」

 

通常の遠泳大会では、数キロからせいぜい数十キロ。三百キロという設定は、明らかに常軌を逸している。当然ながら個性の使用が大前提だ。

 

「ちなみに一般の方が三百キロを進む場合、必然的に泳ぐことになるわけですが。そうすると、単純計算で十日以上かかると言われています。それも休まず進んで、天候が安定していた場合の話です。とんでもない話ですよね。ですが、これは現代のオリンピックなんです。彼らは皆が各国トップの能力を持つものたち。それぞれ進む方法があります」

 

出場できるのは主に、水中や水上能力に特化した個性を持つ者のみ。飛行に属する能力者も参加可能だが、体重かそれ以上の重さを常に水面に接していることが条件づけられている。

 

つまりはキャプテンセレブリティが顔だけ出して水中を飛行することは可能だが、それは凄まじい抵抗を受けることを意味している。普通に異形型や水中特化の個性に任せた方が良い。

 

その中でも選ばれた、限られた選手だけがこの競技に挑んでいる。

 

さらに、この競技には妨害要素がある。それもまた、ルールに組み込まれた演出であり、挑戦の一部とされていた。

 

「海中には、攪乱型の潜水ロボットが複数配置されています。これは選手を追跡し魚雷などで攻撃を行う障害物です。また、水上には視界妨害型のドローンが飛行しており、一定の距離に近づくと攻撃を行います。また各所に水生型のヒーローなども妨害要因として配置されており、それぞれ他国選手への妨害用アイテムを手渡されているようですね。その視点も後ほどお届けできるでしょう」

 

「重しを付着させる妨害は致命的だな。速度は遅れ、沈みやすくなる。あれは最優先で避けるべきだろう」

 

「その通りです。この競技では、途中で陸地や船舶に上がることはできません。身体の一部でも船体に触れれば即失格です。つまり、選手は三百キロの間、一度も止まることなく泳ぎ続ける必要があるというわけです。これは常人には不可能ですよね」

 

「シャチであっても数日はかかるだろう。どんな離れ技を見せるのかが楽しみだったが、やはり個性が出ているな」

 

 

映像には人魚のような女性が優雅に水中をなめらかに進む様子が映し出されている。そして次の瞬間、それが網によって捕まり悪態をついているようだった。音声が拾えていたら危ういものが放送されてしまっただろう。

 

「あの網は即分解性の最新プラスチックだな。塩に反応して溶けていく。未だに海洋生物の多くはプラスチックや魚網によって死に続けているからな。これは全世界が直視すべき光景だろう。網に絡まると、国を代表する水中のスペシャリストでもああなるのだ」

 

 

天候も不安定だ。この後は南から強い風が入り、波の高さが急上昇する予測も出ている。

 

「ゴールに最初に到着した選手が金メダル。ただし、完泳できる選手自体が少ないとの予想も立てられています。途中でリタイアすればサポート艇が回収しますが、どうなるでしょうか」

 

「日本勢は、そうだな。これを泳いでいると表現するのは無理があるだろう。よくもまぁ考えつくものだ。これも親子ならではと言うつもりだったが、どうやらトラブルがあったようだな。だいぶ火力が落ちている」

 

氷でできた船体は、陽を受けて微かに青白く光っていた。滑らかで鋭いフォルム。形はボートレース用のスピード艇に似ている。無駄を削ぎ落とした流線型。正面からの抵抗を最小限に抑えるため、船首は細く尖り水面を切り裂くように進む。

 

「これまで30分も炎を出し続けていますから、この辺りで一度落ちるのも自然なのではないですか?」

 

「いや、エンデヴァーの火力であればもっと、そして最高火力を持続できるはずだ。何かがあったに違いない。最初はトップだったがすでに6位まで落ちている。打開するには何かを変えなければ厳しいだろう」

 

機械の使用は禁止されておりエンジンなどは搭載されていない。だが、船尾からは鮮烈な炎が噴き上がっていた。後部に設置された装置から、絶え間なく炎が射出されている。白とオレンジが混じり合った尾が、空気を焦がし、飛ばした水飛沫を蒸発させるようにアフターバーナーを残している。

 

しかし、それも予定された出力には到達していないらしい。船を維持する轟焦凍と、推進を担っているエンデヴァーはどうやら問題を抱えているようだった。

 

ギャングオルカの解説は的確で、何より本人たちが最もそれを知っているのだった。

 

「おい!出力が落ちてる。予定じゃまだまだいけるはずだったろ。何してる!?」

 

「燈矢?いや焦凍……?あ、ああ。いや、違う。俺は、どうやって?」

 

「燈矢だと!?なにを呆けてやがるんだ!炎を出すことだけはお前の得意技だっただろうが!」

 

「違う。俺のせいじゃない。わざとじゃないんだ。炎を使うたびに、思い出す。燈矢の炎を……」

 

ぶつぶつと何事かを呟いて、ガクリと肩を落とす。ついにその大きな体が沈み込んだ。炎の噴出が止まり、慣性によって進むだけになった船はゆっくりと減速している。

 

「おい!何してる!?」

 

確かに先日からおかしかった。ずっと炎を纏っていなかったし、受け答えだけはできていたが上の空という状態であった。交代を打診してみたがそれは認められず不戦敗になるくらいならと当初の予定通りに二人で臨んだのだが、やはりおかしい。

 

力任せに胸ぐらを掴んでそれの顔を見れば、そこにあるのはあまりに情けない顔だった。瞬間的に沸騰する血が確かにあったが、それでも熱は制御できる。深い深い深呼吸をした後に、焦凍はその表情と対峙した。

 

「なんだ、その顔。なんでお前がその顔をしてやがる!?よりよって、お前が?冗談でもやめろ!ふざけんじゃねえ!被害者ヅラをお前だけはしてんじゃねえぞ!?」

 

「焦凍……。燈矢が、生きてた……。俺は殺してなかったんだ。だから、でも。炎を使うと、燈矢が浮かんで……」

 

「は?」

 

「燈矢が、生きてヴィランになってるけど、元気だって……。じゃあきっと、家族も元通りに」

 

「何から何まで、何言ってんだお前は」

 

「燈矢が死んでいないんだ!!俺は全部を取り戻して、やり直しをできるんだ!」

 

 

殺してやる。

 

 

瞬間的に抱いたのは殺意であって、それが全身を熱として駆け巡る。こいつを俺が殺しても誰が責めることができるだろうか。燈矢兄が俺の獲物だと主張するくらいだろう。他の奴らに口を挟む余地はない。

 

火傷をしている目の周りから怨嗟の炎が燃え上がりそして視界が赤に染まろうとした時に、思い出した熱があった。自分を抱きしめてくれた小さな手。あの極寒の中で気づかせてくれた友達の手。

 

すると、驚くほどスっと熱が引く。そうだ。もう俺の傷は、辛い思い出だけにはできない。

 

あの子に誇れる自分でありたい。

友達の期待を裏切りたくない。

憧れに失望されるなんて絶対に嫌だ。

 

そうしてもう一度そこにいる男を見れば、そこにいるのは強く絶対的な最悪の敵ではなく。傷付き弱り果てたただの震える男だった。

 

 

その男は、どうしようもなく助けを求める顔をしている。

 

 

ああ、今わかった。きっと燈矢兄の話は本当で、だからこそここまで追い込まれているんだろう。

 

そして何より。こいつは俺にとっての悪役じゃなかった。こいつは敵じゃない。俺は燈矢兄を救うために、母さんを兄さんを姉さんを、家族を救うために。こいつも救わなきゃいけない。

 

いや、何よりも。太陽のような憧れであれば、こいつに復讐をするなんてそんなことは思いもしないだろう。俺はそこまで純粋には助けられない。だからこの殺意は凍らせて、その上でに立ってやる。

 

ようやく気づいた。自分が救われてからじゃないと、人のことは救えないんだ。

 

「俺は、NO.1ヒーローにならなきゃいけないんだ。俺を、これからでもいい俺を見ていてくれ!焦凍!お前が、お前だけでも見ていてくれれば俺は!」

 

だからこいつは誰も救えないんだろう。そんな余裕がないんだ。きっと誰にも会えずに、最後まで話をできなかったら、俺もこうなっていたんだろう。

 

じゃあ、どうすればいい?ヒーローなら何をする?

 

「今朝、友達と話したんだ。先生にも話を聞いてもらった。今改めてわかった。俺たちは順番を間違えてる。それは後回しにしなきゃいけない。その願いってやつは一度捨てなきゃいけないんだ」

 

爆豪との対話を思い出す。彼は言った。自分で自分の口がそんな言葉を紡ぐのが信じられないという表情で、それでも言い切ってくれた。

 

「俺は自分を見るのも見せるのもやめる。まずはやることやってからだ。最初にマイナスをゼロにしなきゃなんねえんだ。できねえかもしれねえ。でも絶対にマイナスがいきなりプラスになることはないってそこのジジイに言われて気づいた。まずはゼロを通ってからだろうが」

 

もう、お互いを見るのをやめよう。その決意をもって、その燃える顔を掴んでこちらの目をみせる。

 

「エンデヴァーをもうやめてくれ親父。俺も、ヒーローを目指すのはやめる。その前に燈矢兄を助けよう。それができてからだ。ヒーローになるにはまずスタート地点に立たなきゃいけないんだ」

 

そうだ。爆豪は、あいつはそれに気づいたから辞退した。それで俺にも教えてくれた。あいつはもうヒーローになろうとしている。俺らはこれからだ。

 

「俺の恨みも、お前の感情も一旦どうでもいい。お前の話が本当なら燈矢兄を助けなきゃいけない。その次は母さん。それで兄さんと姉さんだ。俺はもう救ってもらった。でも燈矢兄はお前にしか救えないと、そう思う」

 

だから助けにいこう。肩に添えた手は、体内に籠る余計な熱を抑える優しい冷気に満ちていて、それは傷ついた少年をヒーローが慰めているような。そんな姿に近かった。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

氷の船に、火が付いた。それは静かに加速する。

 

 

「おおーっと!ここにきて再度加速した!ついに減速して停止した日本の轟親子が再始動しました!しかし、今は最下位になったところです。ここからの巻き返しなどできるのでしょうか!」

 

親子の会話はそこからゴールに至るまでたった一つだけ。

 

「やれるんだな?」

 

「ああ、最短で終わらせる。それにヒーロー、エンデヴァーの最後の見せ場だからな」

 

 

氷の船が形を変える。

より鋭く、風を切り裂く剣のような形になり、そして船艇に刃が伸びた。水面にサメが背びれを出す逆のような形で海中へと氷が突き刺される。

 

先端から水面と並行なる形でさらに刃が生まれると、だんだんと船自体が浮き始める。

 

海面と最低限の接触になり、速度が上がり続ける。あまりの速さに他が圧倒されていく。

 

そこから妨害を打ち砕いたり、空中で壊れた船を再度構築したり、米国の水上を走るスプリンターとのデッドヒートがあった末に日本が逆転勝利をしたのだが、それは重要じゃない。

 

 

ゴールしてから、まるでつきものが落ちたかのような表情の轟炎司は、空を眺めていた。

 

炎も纏わず、眉間にはいつぶりかもわからないほどの平坦さ。むしろ初めてかもしれない。地に足がついている感覚を得て、ここが洋上であると気づき自嘲する。

 

ようやく思考が冷えた気がする。

 

「焦凍。お前は雄英をやめるな。俺はこれからUAIに協力を要請する。お前もここにいるべきだ。それが良い。お前の言う通りだ。俺は捨てなきゃいけなかった。そうだ。何かを間違えたなら、何かを諦めなきゃいけない。全部をとっていくなんて無理な話。でも、それで諦めたりはしない。特に家族についてだけは」

 

 

『はい。ホークスです。エンデヴァーさん、引退声明とは困りますよ。ところで、なんのご用件で?』

 

『お前が関わっていた、胡散臭い公安の特殊部隊、いや今は自衛隊だったか。UAIも噛んでいるアレに繋げてくれ。俺には助けなきゃいけない人がいる。手段は選んでいられない』

 

『すごいな。レース一つで人が変わったみたいだ。でも、それならUAIのAC部隊。そっちの方が自由に動けるし、オールフォーワン。いや全一くんならここにいた方が関わりやすいと思いますよ。息子さんって確か全一くんのところですよね』

 

 

細かな打ち合わせもそこそこに電話が切られる。その寸前に、ホークスの声に感情が乗った。

 

『エンデヴァーさん。俺は復帰待ってますからね』

 

まだ答えず、しかし目には炎を灯して轟炎司は歩み出した。自分の息子を助けるために、自分の罪を全てを背負わせてしまった息子に追いつくために歩み出す。

 

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