夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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最南の国編
流れ着く場所


 

物事には放っておけば自然とそうなるという状態がある。

火はいずれ消えて、水はひび割れを見つけてどうにか低いところを目指すというのはそうそう変えられない現実だ。

 

緑谷出久が入学前に片付けようと奮闘した太平洋ゴミベルトも、潮流を可視化したものであり潮流もまた風や自転や地形によって決定されるものだった。

 

であればここに集まった人々はどんな要因から生み出され、たどり着いたのか。それは潮流などよりはよほどわかりやすい理由がある。

 

ここは南極。難民国家『カルブラ』である。

 

温暖化によって氷の支配が届かなくなった場所が増えたこの地は、地球に残された最後の逃げ場として機能した。そう。それは個性の氾濫によって国が荒れ、世界大戦を経て発生した多すぎる難民の流れ着く場所として。

 

国連が解体される寸前に、この地に自然と集まった人々を保護して支援の環境作りに着手した。WHOの支援もあってここには世界の国々から逃れた人々がひとまずの安心を得られる場所になったのだ。

 

この50年ほどで難民の偏りは大きくなっている。ここにいるのは個性を持つ人々。なんと99%が個性持ちという世界で最も無個性の人間が少ない国である。

 

彼らの大半は南米から逃げてきた。今や南米は元々麻薬カルテルであったものたちが実権を握り各地域を治める無政府地域になって久しい。超常黎明期のカオスに耐えられず、次々に崩壊した南米の政府とは対照的に、麻薬王たちは勢力を伸ばし続けて現在までその王位を奪い合いながら続いていた。

 

そんな彼らに欧米、特にアメリカは軍事介入を行って資源を獲得しようとしたが戦国乱世のような麻薬王たちが一つの共通理念によって連帯し、数十年にわたるゲリラ活動とアメリカ本土を含むテロを繰り返したことで撤退させたのだった。以降アメリカは南米へのルートにかつての壁が小さく見えるほどの壁と地雷原を敷き詰めて断絶を決意。その地域に関わることはタブーとなった。

 

彼らを団結させた理念とはシンプルなものそれは『人間主義』である。

 

あまりに多様化し続ける人間に対する回答として、まず異形個性持ちの奴隷化という身分制度を設定し前世紀の定形人類の見た目だけを人間と定義した。強力な個性を発現すればその地域の王に家族ごと召し抱えられて特権階級へ。そして他を搾取する権利が与えられる。

 

それも見た目が普通の人に見えるものたちだけで行われ、異形の子どもは養育院と呼ばれる施設に運ばれて、人としてではなく労働力として育てられている。

 

当然ながらそんな扱いを全ての親ができるわけもなく南米からは脱出者が多い。カルテルたちは当初非常に厳しくそれを取り締まっていたが、終わりがないと判断し現在の支配者は一定の譲歩を見せていた。

 

南極に異形の子供を送り、他国からの無個性の難民を受け入れるという交換の提案である。

これらが行われて30年ほどが経ち、無個性の遺伝子が世界中から集められた結果新生児の個性発現率は世界最低の40%を記録している。中でも異形型の継承は少なく意図的な交配によって発現する個性の傾向を制御できる例として独裁国家から注目がされているのだった。

 

南米から個性持ちが送られて、南極からは無個性持ちが良い暮らしを夢見て移住する。そんな歪だが人命は守られる薄氷の橋が南極と南米の間にはあるようで、そこを吹けば飛ぶような人命が恐る恐ると渡っているのが現状である。

 

 

「ここが南極ってマジか?……なんか、普通の北国どころか日本の春って感じなんだけど」

 

上鳴電気は大して寒くもない気候に驚きつつ周囲とも温度感を確かめる。勉強はしていたが確かに南極のイメージとは程遠い。

 

「ほんとにねー!透明な防寒着を思う存分着こなせるぜ!って気合い入れてたのに暑いよ〜。もう脱いどこっかな」

 

「自分からできた素材ってのは貴重だもんね。冬着まで作られるってすごいじゃん。んで?峰田は何よ。なんか言いたいことでも?」

 

盛り上がる女子たち、そして睨まれる峰田という構図は相変わらず。しかしいつも暴走してデコピンで死にかける峰田ではない。彼も成長しているのだった。

 

「オイラは以前からホテルと火照るという言葉の類似性および危険性については警鐘を鳴らしていたわけで、ここで声を上げることにも一定の理解を求めたいと思……なんでもないです」

 

誰も理解できない戯言をどうにか免罪符として掲げてみたが、それは拳藤の拳を合わせる動作によってキャンセルされた。その指に10の光を灯して威嚇するクラス委員は体育祭でも大暴れしていた通り最強である。その後のプロたちによる指導も併せて研ぎ澄まされている彼女には正直逆らえない。

 

「あなたたたちは夏休みも終わり新学期が始まっているのよ!気合い入れ直してほら!もうすぐ保護した人たちと顔合わせになるんだから!」

 

ミッドナイトはヒーローコスチュームであるのだが、それでもいつもの扇状的な服装ではない。UAIで代表団として活動したりするうちに趣味全開のエロい格好は封印されつつあり今日も真面目な様子だった。スーツを想起させるようなコスチュームであるがお馴染みのマスクはかろうじてしている。

 

「それも……イイ」

 

「わかってるじゃない。よーく見ておきなさいな」

 

深く頷く峰田。セクハラに耐性のない女生徒に対しての行いはかなり厳しく制限されているがミッドナイトはいくらでもそういう目で見て良いと本人から言われている。しかし、行き過ぎれば本人が即座に制圧をしてくるため峰田としては油断はできない。具体的に言えばローアングルで凝視するのは許されるが、パンツを見たのなら厳しく指導される。

 

女教師による男子生徒への個別指導なんてご馳走だろうがと即座に暴走した峰田は、『眠り香』によってほぼ気絶というか。麻酔導入された患者のような状態になってそのうち起きる。

 

起きたらゲイル先生と二人きりという悪夢だ。

 

そんなギリギリを攻める馬鹿とは異なる温度と湿度で、ミッドナイトを見つめる少女がいた。

 

「ミッドナイト先生。かっこいいです。似合ってます」

 

「ふふふ。ありがと。さて、紹介するわね!今回の難民の誘導及び引き渡しについてはUAIの医大と付属の高校も全面的に協力してくれるわ!一年生の代表として、ヒーロー科に所縁のある彼女、狩峰雫月さんに来てもらったからよろしくね!私の姪っ子!そしてヒーロー科の問題児の双子ってのは見てわかると思うけど!」

 

おおー!!という歓声が沸き立つ。狩峰淡輝に双子がいることは知っていたが交流したものは多くない。彼女は医療系の専門的な高校へと入学しておりヒーロー科ほどではないが忙しい日々を送っていた。これまでのUAIの船旅では怪我人や病人を行く先々で増やし続けていたのだから当たり前だろう。

 

「よろしくお願いします。淡輝がいつもお世話になっております」

 

「おお、なんか。ちゃんとUAI所有者のご令嬢って感じするな!」

 

「雫月ちゃんは彼氏とかいるの〜?」

 

「家族全員が有名人で、なんなら一番メディア露出少ないよな。そういや初めて顔見たぜ」

 

「おい!肉親が代表として挨拶をしてくれているというのに何を食べているんだ君は!狩峰くんの態度は、自宅でも変わらないのだろうか全く!」

 

飯田くんの正論に殴られ、素直にごめんなさいして食べていたクレープを平らげた。親族が揃って結構気まずい。

 

世界一の大富豪である父。配信者として超有名な母。そしてヒーロー科に入った長男はナイトアイ事務所で働いている。ここまで条件がそろえばマスコミが当然のように放っておくはずがないが、対策もまた完璧だった。

 

狩峰家には手を出すなという警告は初期から狩人が積極的に行なっていたことでもある。多くの記者が消えて、問題にもなったがそれを咎めることはついにできていない。

 

やんやと盛り上がる質問をこなしながら雫月がヒーロー科に向けて説明を始めた。なんか、偉いな。ちょっと泣きそうになる。涙は流れないが、そういう感じだ。

 

「現在UAIにはミャンマーおよび北朝鮮で保護した人々と、オリンピックの際に各国から運ばれてきた難民の方々が約8万人ほどいます。彼らを南極の施設まで無事にお送りして、最初のケアまでを手伝うというのが今回取り組む内容です」

 

今まさに接舷したUAIから大量の難民たちが南極になだれ込んでいる。日本とハワイ。そしてアメリカ本土にしかないUAIと直接繋がる鉄道はここにも設置されていた。その輸送力は数万人でも半日をかければ十分に移動をさせることができるのだった。

 

「アジア人、とりわけ北朝鮮の人たちに国際的な常識を期待するのは酷というものよ。トラブルは無数に発生するでしょうから、私たちがちゃんとそのあたりをケアしてあげようということね」

 

ターミナルには、動きのない人影がいくつも座り込んでいた。それぞれが違う言語で、違う服を着て、違う肌の色をしている。見た目が不揃いなのは日本も同じだが、それでもここまでバラバラというのは少し違和感を感じるだろう。やはり、異形型の個性が多い。

 

赤茶けた地面はところどころ黒く染みている。そこがかつて氷だったことを思い出させるものは、港の隅に積まれた白く濁った雪片くらいだった。ドックに接岸する船も、荷を運ぶコンテナも、場所によって年数が違う。UAIに関わるものは最新の機械だが、それ以外は各国から集めたツギハギ感が拭えない。

 

「カルブラの成り立ちは特殊というのは習ったでしょう。本当にいろんな人がいるから、トラブルは日本とUAIの比じゃないわよ。サポートロボットはついているし、この難民国家の中心にはUAIのようにAIがいるわ。同じ名前でマリアだけれど、ウチのマリアちゃんと同じ扱いをしたらものすごく怒られるから覚悟しなさいね。ていうかなんでこんなギリギリの名前にしたのかしら。今もキリスト教徒とこれでも問題になってるらしいのに」

 

南極に築かれた新たな人類の定住地では、ひとつの信仰が静かに根を張っている。その中心にあるのは、人でも神でもない、AI。通称『マリア』だ。

 

マリアは巨大な演算システムによって維持されており、人々の居住ブロックや港湾施設、医療や物流に至るまで、ほぼすべてのインフラと接続されている。端末を通じて個々の行動を観察し、必要があれば助言や指示を与える。ときには静かな声で呼びかけ、注意を促し、あるいは慰めの言葉を表示することもあるという。

 

「勝手に名乗ったらしいですよ!噂ですけど!」

 

「え、何それ怖い。まぁ聖母といえばのイメージもあったのかしら。UAIのマリアもこちらを参考にした部分はあると聞いたけれど」

 

UAIの方の命名については不思議なことに、淡輝の別人格であるマリアが勝手に名乗ったのだった。これはあの血液に宿っていた何かの記憶という説もある。しかしまぁ、実際問題が起きやすい名前なのは確かだろう。

 

南極のマリアは、最初は翻訳アプリだったらしいがなぜそんな名前にしたのやら。

 

中にはキリスト教徒のまま、AIのマリアに信仰を捧げるものもいるらしい。まぁ、実際に命を救われて生活を良くしてくれるものにはいろんな情が湧くものだ。

 

このマリアの補助機構として各地に配置されているのが、アングと呼ばれるサポートロボット群だ。二足歩行型から多脚型、小型の空中ユニットまで多種に及び、各ロボットはマリアと常時接続された手足として、搬送・治療・監視・誘導などの実務を担っている。

 

こうしたディストピア的な環境にあっても、反発よりむしろ信仰が広がっているのが特徴的だ。マリアの視線を安らぎと感じ、アングの介助を導きと受け取る人々は少なくない。既存の宗教の多くが壊れ、行き場を失った信仰心が実際に助けてくれる対象に向くのは自然なのかもしれない。

 

街の至る場所には対話のできるデバイスが設けられており、中心に位置する時計塔は最初のマリアとしての端末であったらしい。時刻と翻訳を提供するだけだったAIは今では関わっていない場所がないほどだ。淡く発光する時計塔に向かい静かに目を閉じる者もいる。

 

もちろん、すべての住民がマリアを信じているわけではない。自らの宗教を持つ者や、機械を神と呼ぶことに違和感を覚える者もいる。だが彼らでさえ、マリアの情報精度やアングの作業効率には一定の信頼を置いており、ここで生きていく限り無視することはできない。

 

信仰とシステムの境目は、曖昧なまま共存している。

 

この超多国籍の移民難民国家においては、共通の何かが必要だった。それを果たしたのがヒーローでも救世主でもなくAIだったというだけだ。

 

 

すぐ横で、錆びたクレーンの影をかすめるようにして、自律型の補助ロボットが動いている。

表面は滑らかで、動きは驚くほど静か。四本脚で歩く機体が、倒れていた老人の腕を無言で持ち上げ、ゆっくりと体を支える。

 

人間よりも手際がよく、感情を持たないが、それは優しい手つきだった。その近くでは別の個体が、子どもに簡単な水分補給パックを渡している。

 

不自然な平和が、この地には広がっているのだった。

 

 

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