夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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新学期 南米編
北上する星


 

南極沿岸に固定されていた人工島、UAIランドは動き出した。

 

大きな大きな亀が世界を背負い泳ぎ出す。乗っているものたちに自覚はないがゆっくりと加速していくのだ。

 

氷床を切り離すようにして浮上した島は、1日かけて姿勢を調整し、ゆっくりと北を向いた。氷海に慣れた推進系は即座に反応し、個性を応用した世界で唯一の推進系は規格外の推力を生み出す。

 

人工島の背後に白い航跡が伸びていく。

 

南極海は穏やかではない。

一年を通して低気圧が巡り、風は切れ目なく吹き続ける。氷山は静止せず、海は常に動いている。その中でもUAIが選んだのは、南極周極流に逆らわない進路だった。

 

南極を一周するこの海流は、地球上でも最大級のエネルギーを持つ。西から東へ、途切れることなく流れ続ける巨大な帯。これに抗えば燃料効率は落ち、船体にも大きな負担がかかってしまう。

 

UAIランドは南極半島沖を離れ、ドレーク海峡へ向かわず、あえて東へ出た。

ドレーク海峡は最短距離だが、世界でも有数の荒海であり、同時に「見られやすい」。各国の観測網、民間船、気象衛星が集中する場所を、UAIは通らない。代わりに選ばれたのは、南極海から南大西洋へと抜ける、やや遠回りのルートだった。

 

南極周極流を横切り、南大西洋に入るまでにかかった日数は約3日。

 

南大西洋に入ると、状況は一変する。

海は穏やかになり、海流は複雑に枝分かれする。南赤道海流の北上、ブラジル海流の南下。南米大陸が視野に入る頃、UAIは人工島本体を減速させ、空母打撃群を分離した。

 

打撃群の配置は一つではない。アンデス地域を探索するため、三方向から圧をかける形が選ばれた。

 

一つは太平洋側。

チリ沖、フンボルト海流の外縁部。冷たい海流が北上するこの海域は、潜水艦運用に適しており、沿岸国家の監視網も比較的薄い。ここに第一空母群が展開することで、アンデス西側への即応が可能になる。

 

二つ目は南大西洋側。

アルゼンチン沖、ブラジル海流と寒流の境界付近。ここは海象が不安定で、航空運用は難しいが、その分だけ「目立たない」。第二空母群はここに留まり、補給と後方支援を担う。

 

三つ目は人工島直下。

UAIランドは全ての空母の情報処理・指揮・AI支援の中枢となる。空母は前線に出るが、判断はここで行われる。EMP規制地域に入れば通信は切れてしまう。その前に、可能な限りの情報を集積する必要があった。

 

この配置が発表された時、国際社会は割れた。

当然ながら「侵略だ」と非難する声。「治安回復のために必要だ」と支持する声。しかし何より多かったのは、沈黙だった。南米諸国は表向きには抗議しつつも、実効的な行動は取らない。

 

米国は声明を出したが、軍を動かすことはしなかった。ヨーロッパはゴリーニの件が尾を引き、内向きになっている。中国はそれどころではなく、ロシアは監視を強めただけで、干渉は避けた。

 

誰もが理解していたのだ。

UAIはすでに世界の合意を必要としない段階に入っているということを。

 

南極から南米沿岸までの総移動距離は、およそ一万一千キロ。人工島の航行としては前例のない規模だが、海流を読み、風を使い、予定通りに到達した。UAIはさらに北上しつつ、ベネズエラ沖を目指すが人員はすでに捜索を開始できる準備が整っている。

 

 

アンデス山脈は、まだ見えない。そこに隠れ潜んでいるはずのヴィランもまた見えない。

 

見えるのは大海原と、運が良ければいくつかの島。さらに運が良ければ今日のように名前がついた島が見える。

 

南米のフォークランド諸島は、思っていたよりも近かった。島影は低く、鋭さがない。山と呼ぶには躊躇う起伏が連なり、草に覆われた斜面がそのまま海へ落ちている。雪はなく、岩は黒く、海は鉛色だ。

 

南極から続いてきた白と青の世界が、ここで急に色を失う。

何かが始まる前、UAIの一番高いこの塔からの眺める景色はいつも同じに見えるが、いつも違う。

 

潮風を肺にいっぱい吸い込んで背伸びをしていると、隣の幼馴染も真似しているようだった。風に煽られ、ポニーテールが揺れている。

 

「そういえば南極でも何かすごいことが起きるんじゃないかって心配してたけど、大丈夫だったでしょ。たまにはこんなこともあるもんだね」

 

「オリンピックもあったでしょうに。これを平穏とは呼びませんわ。まぁ、それも世界中の予測を超えて無事に終えましたけれど。アジアでのあれこれよりはマシでしたけれど!」

 

無事だったのにそんなことを言われても困る。しかし、南極に来る前にも散々何が起こるのだ、何を起こすつもりだと詰められまくっていたため肩透かしを食らったような感じなのだろう。

 

「それに南極ではもう普通のヒーローと遜色ないレベルの権限で活動をしました。あれは、人手が足りていないから仕方ないとはいえ。本来高校一年生がすべき内容ではなかったと思います。やっぱり変。変ですよ。雄英も、UAIランドも……」

 

自分で言いながら、納得していない顔をしている百ちゃんは気づいてしまっているのだろう。

 

人がどれだけ深刻に考え込んでいても、海は静かだった。

南大西洋特有のうねりはあるが、荒れてはいない。風は冷たく、しかし氷を含まない。潮の匂いがする。生き物の匂いだ。

 

「いいえ。わかっています。これが世界の普通で。日本がおかしかっただけ。世界的に見れば平和に街を歩いて子供が登校できる場所の方が少ない。私たちの常識の方がおかしかったというのが実際のところ。それくらいはわかってるんです。わかっているのに……」

 

「百ちゃんは正しいと俺は思うよ。日本みたいなバカみたいな平和ボケ。これくらいが人類の標準であるべきだ。それが正しい。世界がこんなに残酷だから、事実はここまで血だらけだから。知らないのは無責任って言われるかもしれないけど。それでも平和ボケをできるっていうのは凄まじいことだ。本当に平和だったんだよ。どこかの誰かが頑張っていたから」

 

「ええ、そうなのでしょうね。政治から軍事まで、そしてヒーローたちが平和を作りそこで市民たちは平和を謳歌する。それでも、私たちは平和でなくなってからでしか。その平和に気づけない。じゃあ、一体。平和ってなんなのでしょう」

 

幾度も考え、そして人類が議論した疑問にたどり着いた少女は答えを期待していない目線で問いかける。きっと誰にも答えは出せないものだと知っているから、ずるい質問だとわかって投げかけている自覚があるから。

 

すぐには答えず、風景に目線を戻す。

人工島の頂点。何より高い場所から見ると、島々はまるで忘れられた駒のように見えた。平和と言っていいと思う。しかしこの場所では、過去何度も争われてきた。今は平和というだけだ。

 

「あーくんの目指す世界平和ってなんですの?本気で、言っているのはわかります。でも、いったい何を……。どこまでを、誰を助けようとしているの?」

 

消えかかりそうな最後の問いは小さかった頃の百ちゃんを思い出すような話し方で、それがあまりにも昔のことになっている事に気づく。

 

「わたくしは、あなたを助けたい。五年前に、あれだけ危険な物質を作っておいて家で不安がっているだけだった愚かな私。あの時に無くしてしまったものを取り戻したいと思っています。だから知りたい。あなたは一体何をしようと思っていますの?」

 

彼女の目は確信的な不安で満たされていた。まぁそらそうか。

ミャンマーで入学試験を行なって、国のトップヒーローが惨殺。そして女王気取りの首相は行方不明。明らかにUAIとそれに関わる狩人がやった事だとわかっている。

 

続く北朝鮮では戦争にまで発展し、さらには魏漢からの全面攻撃。UAIごと消えかねない攻撃まで加えられて、魏漢はその後アメリカからの空爆によって崩壊した。

 

人を助けるためだったという言い訳など誰も信じない。それを言って納得させることができるのはこの世でオールマイトだけだろう。

 

「世界征服でもしそうな勢いだもんな。どうしようね。父さんが魔王になるとか言い出したら」

 

「冗談はやめてください。お父様じゃないでしょう。あーくんが、何をするのかと聞きました。私の幼馴染は私利私欲のためにこんなに大変なことができないということを知っています。だからこそ怖い。あなたは誰かのためになら、平気で限界を超えていけるようになってしまった。昔はそんなことなかったのに」

 

別に隠すようなことでもない。知られて困ることもない、だから語った。考えている平和について、言葉に出して共有してみた。だって彼女も、平和を愛してそれを人々に届けたいと思っているヒーローなのだから。

 

「人が人を殺さないで済むならいいよね。あとは飢えないし、水もたっぷりある。資源だってわざわざ奪わないで済んでさ。お互いに脅し合わなくても不安にならずに済んで。病気とか寿命とか、事故とかで生きたい命が消えないで。自分らしく生きれて、それが周りからも認めてもらえて。種族や性別も変えられて個性だって選べたら良い。そんでそうだな。誰かを蹴落とすような戦いじゃなくて、それこそオリンピックみたいなスポーツ的な戦いに熱中できたらいいのかも」

 

 

ここから見れば、南米はまだ遠い。

アンデスも見えない。都市もない。ヴィランもヒーローも、この景色の中には存在しない。

 

見えないものは存在しないのと同じだろうか?けれど想像をできてしまったら、それは現実と言えないか?

 

「…………本気で、言っていますのね」

 

「俺がそこまでやりたいわけじゃないよ?だってさ。それくらいまでやらないと、ヒーローたちは駆け出しちゃうだろ?オールマイトも緑谷も、自分のことなんて忘れてさ。すっ飛んでいって怪我しながら、自分の人生削りながら誰かを助けちゃうんだ。俺はね。そんなヒーローを救うために世界を平和にしたいんだ。俺が助けたいのはオールマイトだよ。オールマイトみたいなヒーロたちさ。俺はヒーローにはなれないけど、でもヒーローを助けてみせる」

 

 

まるで決別のような、突き放すかのような宣言だった。差し伸べた手を振り払うような強さの目は静かに沸騰している。

 

 

 

 

 

百は、自分の中で何かが切れたような音を聞いた。

 

「それなら、私は」

 

前にずんと出て、ポケットに突っ込んだその手を奪い取る。

かっこいいと思っているのだろうか。そういうのはダサいって言わないとわからないのだろうか。わからないのだと私だけは知っている。

 

「わたくしは、あなたを助けます。ヒーローを助ける人を助けるヒーローに私はなります」

 

右手を奪って固く握り。そして左手でむかつくニヒルな笑みを作っている頬を摘み上げた。

 

「そんな風になんでもわかったみたいな態度はさせませんから。前みたいにバカみたいな何も考えてない笑顔をここに取り戻しますわ!あーくんのそういう態度が気に入りません!絶対許しませんから!」

 

 

幼年期など終わったと、五年前に別れを告げられた気がした。

 

ふざけるなと、百は思った。

 

「それに、それに!最近は砂藤さんとのお料理の時にしか、笑っていないのも許しません!絶対に、どれだけかかっても笑わせてみせますわ!」

 

子どもみたいなバカ笑い。あれをもう一度取り戻してやるんだと、それがどれだけの困難であるのかすらもわからないままに宣言した。

 

「え、それって……告白?」

 

無礼な言葉を思いっきり頬を引っ張りぶん回すことでかき消して、どうにか黙らせる。これ以上発言させたら、助けたい人を殺すところだ。

 

おどけたような逃げ方も、今だけだ。どこかで線引きをしている彼には今はどんな言葉も届かないとわかってしまう。

 

きっと、彼はどこかのタイミングで死ぬつもりなのだろう。

 

 

それだけは、許さない。どんなものを創り出しても助けてみせると心に決めた。

 

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