進まない調査、叩いても叩いても仕方のないヴィランたちの襲撃。
自分も相手を見つけるために最善を行っていた。当然ながら命を使って。
狩人として何度か出撃もしたのだが、それでも成果はなかった。ワープをするヴィランたちの消息が絶たれるのはまだわかる。電波暗室にワープさせられれば突如としてGPSを機能不全にもできるだろう。けれど、これはおかしい。
ワープに紛れて移動をしても、途中で別の場所へと転送されるのか。移動した先には誰もいないのだ。先ほどまでUAIで暴れていたものたちはどこにもおらず、南米の山中に放置されている。
多くは古代遺跡があるような場所だったが、その上であろう山や密林にいきなり出現させられるのだから困ったものだった。何かが根本的におかしい。襲撃者たちにこれまで生活していた拠点のことを聞けば山中にある開けた土地、というより街のような場所で暮らしていたと本気で答えるのだ。
そんなものがあったとして衛星からそれを隠し切るにはどれだけの工夫がいるのだろう。個性でそんなことができるものだろうか。
ゴリーニファミリーが合流して幅を利かせてからはさらに生活は快適になったらしい。外国からの反社会勢力の合流も遮断できていないようで、使い捨てのテロリストたちが死柄木弔のお供として何十名、いやすでに三桁のヴィランたちが消費されていた。
今日の捜索は特に糸口を見つけてのものではなく、単純に数をこなすためだけの出撃だ。ヒントがあればそれを踏まえて考えてやり直す。その試行のほんの一回である。
一応気になる通報に対しての行動ではあるから、可能性はなくはないが進展は期待していない。
一ヶ月が経って、ヒーロー科のみんなも疲弊し始めているかもしれないが自分はその100倍は軽く捜索を続けている。これまでで一番の長期戦であり、そろそろ疲労も隠しきれないようになってきた。
ヘリの機体が山脈の上空に差し掛かると、音が変わった。ローターの轟音は途切れない。だが、反響の仕方が違う。低い音が谷に落ち、遅れて跳ね返り、また別の斜面に吸われていく。機内にいるはずなのに、外で鳴っている音を身体の内側で聞かされている感覚になる。
アンデス山脈は、上から見ると連なっていない。峰は一直線に並ばず、折れ、ずれ、重なり合っている。岩肌はむき出しで、雪はまばらだ。白は飾りのように残っているだけで、主役は灰色と赤茶だ。
風が強い。ヘリの機体がわずかに揺れ、計器が細かく震える。上昇気流が谷底から吹き上げ、次の瞬間には叩き落とすように流れが変わる。空は安定していない。人間が飛ぶことを想定していない場所だ。
高度を落とすにつれ、人工物が混じり始める。道とも呼べない線。斜面に沿って刻まれた跡。崩れた箇所を無理に避けた形跡が、そのまま残っている。車両が通った痕は少なく、人の足で踏み固められた部分だけが濃く見える。
ローターが空気を叩き潰し、細かく砕いた流れを周囲に撒き散らす。斜面の砂が舞い上がり、乾いた色の雲が遅れて追いかけてくる。
「アンデス方面の探索は初めて参加するけど、緊張するなぁ」
「緑谷さん。ずっと防衛戦で戦っていましたものね。死柄木弔は今日も来たのですか?」
「うん。そうみたい。ボロボロになりながら、ずっと戦い続けてる。日に日にその目が、なんだか遠くになっていくようで、毎回どうにか確保をしたいんだけど。どうしてもあのワープに対応できなくて……」
「珍しくあれには致死性の攻撃が許可されてねえ。なんかありやがる。気持ちわりい」
いまだに緑谷と爆豪が会話に混ざると若干ギクシャクするため、周囲が気を回すこともある。今日は八百万百の番だった。自然と場を仕切る委員長タイプは苦労をするものだ。
「……今日は轟さんも初めてこちらなのですね!」
「ああ、ずっと戦うのもダメだって医者からNGが出た。できるだけ抗議したが、結局は親父に任せちまった。でも、こっちもだんだん熱くなってたし、ちょうど良かったかもしれねえ」
哀れ百ちゃん。こちらはこちらで非常に重い地雷だらけであった。しかし、エンデヴァーに任せることができるということは良いことなのかもしれない。肝心の説得は全くうまくいっていないらしいが。轟家の長男である人物が、今は荼毘と名乗ってテロリストとしてUAIに襲撃をかけ続けている。
けれどまぁ、一応の無事は確認できたのだ。エンデヴァーとしては最悪とも言えないだろう。
死柄木弔と荼毘。彼らは最優先で保護をすべきとの命令が降っており、それがここまで
長引いている原因でもあった。何名か他にも日本の若者たちがヴィラン連合に参加しており彼らに対しても捕縛をしようとしているが上手くいっていない。
「UAI側も周囲のテロリストは対応するが、彼らは俺たちに任されてる感がある。期待されていると思っていいだろうか」
そう言って思案顔になっているのは、今回の捜索組である障子君である。彼の方を掴み理解の表情を示すのは、同じ異形タイプの同級生。南米で最も広範囲に探索ができる口田君も一緒に来てくれていた。
「……雑談の時間は終わりだ。整理するぞ」
今回引率の相澤はヘルメットの内側で短く息を吐いた。傍には護衛としてレディナガンが素顔を隠したAC装備で付いてきている。相澤が担任らしく振る舞うたびに面白そうに凝視してくるから非常にやりづらくはあった。
「ヴィランたちは消える。残るのは、山の中に放り出された連中だけだ。全員、同じことを言う。街で暮らしていた、と」
間を置かず、人形が応じる。
「事実関係は一致しています。転送の痕跡は確認可能。転送先は毎回異なり、既存の拠点や集落とは重なりません。衛星観測上、彼らが主張する居住地は存在していません」
「じゃあ嘘か?みんなで幻覚でも見てたとか?」
「意図的な虚偽とは限りません。記憶の整合性は高い。生活の詳細、動線、隣人関係まで具体的です。これらが個性で実現されていると仮定しても、単独では困難です。複数の個性の組み合わせが必要。空間固定、認識阻害、観測撹乱。継続運用には管理者と何より莫大なリソースが要る」
そう。不可能である。オールフォーワンという規格外の怪物がいるのならできそうでもあるのだが、そんなことをするのならその力を攻撃に振ったほうが効果的だろう。
「別の可能性として。記憶の上書きという仮説もあります。実在しない街を、実在したと認識させられている。生活は虚構。だが、虚構は共有されている」
「全員に?」
「全員に。同時に。長期間」
「……そこまでできたら個性っていうか魔法じゃないです?」
ガジガジと自分用のいくらでも噛めるジャーキーを噛み締めながら、トガが言い放つ。
相澤は視線を落とした。襲撃してきた連中の顔が浮かぶ。怯え、怒り、確信。バラバラであったが自分たちは街から来たと疑っていなかった。地下であったり山中だったり密林の中だったりと複数の街があるらしかった。
「ゴリーニが台頭してから、生活が良くなったって話も出てる。供給は海路空路を含めて全部UAIが握っているはずなのにだ」
「確認しています。食料、医療、娯楽。いずれも供給が安定したと証言されています」
「ええ。供給は存在します。ただし、経路が見えません」
「その謎の調査として、様々な現地民の通報や噂話。実地での捜査データを精査していたわけだが、先日、傭兵部隊が担当した調査報告とマリアの分析が若干食い違った場所が報告されていた。普段なら無視されるレベルだが、今回はその確認のための行動だ。危険度は低いと判断されているが実地訓練だ、気を引き締めておけ」
「目標地点、上空です。降下を開始します」
ヘリが高度を下げ始めると、砂埃が渦を巻いた。乾いた風が遺跡の石壁に当たり、古い空洞を鳴らす。ローター音が反響し、何度も遅れて返ってくる。
着陸した瞬間、音は切れたが、代わりに山の静けさが目立つ。
「なんか、すごく雰囲気があるね」
「この遺跡、おそらくインカ文明のものですわ。正確に言えば、インカが整備した都市遺構の下に、さらに古い文明の構造が残っていることありますの」
山中にいきなり人の住める場所が現れたかのような違和感。古代の遺跡があったのであろう場所にキャンプを設営した痕跡が見つかった。それを調査チームが調べた後にすでに放棄されていると判断された場所である。
石段は崩れ、祭壇だったと思われる平場は半分以上が土に埋もれている。だが、その上に人が暮らしていた痕跡がある。最初に目に入るのはテントだ。
軍用ではない。色の褪せた布製で、何度も張り替えられた跡がある。石柱の根元にロープが巻き付けられ、かつて彫刻があったであろう部分が支点として使われている。文様の上に結び目が食い込んでいる。
足元には生活の残骸が散っている。
空き缶、乾燥食料の袋、割れたプラスチック容器。石畳の隙間に入り込んだ油汚れが、何度も同じ場所で調理が行われていたことを示している。焚き火の跡は浅い。火力を抑え、煙を最小限にしていたのだろう。
奥へ進むと、石室の一つが寝床になっている。床に敷かれたマットは薄く、重ねて使われていた。壁画の前に頭を向ける形で寝ていたらしく、布には人の形がそのまま残っている。壁画は削られていない。ただ、視線を向けられ続けて、黒ずんでいる。
ここには確かに人がいたらしい。
「割といい暮らしをしてたらしいな。必要なものが揃ってる」
水源や寝床までを確認し轟も独り言のように呟いた。しかし、これは彼なりのコミュニケーションである。説明モードの百ちゃんはこれ幸いにと語り出した。
「インカは、何もない場所に都市を作ったわけではありません。既にあった聖域や集落を取り込み、拡張し、上書きする形で支配を広げていきましたの。ですから、地上はインカ式でも、地下に降りるほど古くなる、という構造が多いですわ」
「べ、勉強になる。八百万さんは、やっぱりすごいね」
「ガリ勉が。AIに聞きゃわかる話を知ってる意味があんのかよ」
「ええ、ありますわ。私が把握していないと、ここに最適な『創造』ができない可能性もありますから。勉強をすることで、この壁に馴染む迷彩マントも生み出せます。インカの遺跡にアステカの壁を生み出してもばれてしまいますから」
爆豪の悪態はすでにこれもただの鳴き声として認識されており、矯正中の彼も気を許した相手にはあまり遠慮はない。それに、口調は攻撃的だが実際それほど害意はないとみんなすでに知っていた。
「ここの地下構造が、事前のスキャンと一部調査員の報告が噛み合わなかったらしい。スキャンのミスだろうが、それを確認するのが今回の任務だ。八百万、口田、障子。お前らの個性で調べてみろ」
「良い先生じゃない。本当に教師なのねえ。びっくりだわ」
ナガンは笑いを抑えながら、それでも一言をつぶやくことを我慢できなかった。
「あら、お二人はお知り合いでいらっしゃいますの?」
「八百万。その部外者と無駄口を叩くな。とっとと仕事をしろ」
この関係性を調査しなければ、後で女子たちに苦情をつけられると直感していたが相澤先生の前では難しいらしい。
「奥の方にやはり部屋がありそうです。虫たちが教えてくれました」
人以外の生物と対話ができる口田くんが確認し、調査員が見つけたという部屋を確認した。
「あの、変ですわ。私がここで作ってスキャンをした結果は、そこに空間はないと出ています」
「機械では見つからない部屋。やはり異常があったか。増援を要請した。一旦状況を確認するぞ、ついてこい」
一同に、緊張感が生まれ始める。
淡輝としては期待もしていなかったため、意外な展開にようやく何かが始まるかと期待を始めていた。
「え、学生たちだけで入るわけ?ちょっと護衛としてそれはオススメできないわ」
「今、ナイトアイから許可が入りました。調査はしなくちゃですね。護衛を頼みます」
渋るナガンをトップからの一声で制して、調査を進めることになった。まだ嫌がってはいたがその意見に常識はあってもUAIで通用する理屈はなく、渋々同行が承認される。
遺跡の内部に入った瞬間、空気が一段冷えた。外と温度が違うわけではない。ただ、音が減った。足音が吸われ、装備の擦れる音だけが残る。
スタスタと、ガチャガチャという音が響く。
通路はまっすぐだ。迷路ではなく入ったものを逃がさない造りでもない。
しかし、外に比べて暗くあったはずの窓も閉じられていた。地下はやはり暗い。
それでも問題なく最初の部屋に入る。共有スペースだったらしい場所だ。
ライトをかざせば、床には布の跡があり、鍋の底が石を削った円が残っている。配置は整っている。乱雑ではない。誰かが毎日、同じ動きを繰り返していた痕だ。
「食器や日用品が並べられていますね。几帳面な人がしっかりと整えて生活をしていたようですわ」
「百ちゃんみたいなタイプがいたのかも。キッチンがやけに綺麗だもんな」
共有部までは皆が話しながら捜索をしていたが、そこから進む際には皆が黙った。
一つ目の寝床。マットは薄く、中央が沈んでいる。
最近まで使われていた。温もりはないが、空気がまだ落ち着いていない。
壁に掛けられた袋を開けると、中から日用品が出てくる。包帯、薬、折れた櫛。どれも途中で使うのをやめている。
二つ目。
毛布が乱れている。逃げた形ではない。日常的で変哲もない。だけれど、何だろう。何か違和感があるような気がする。
通路の先が暗い。照明は届くが、光が戻ってこない。壁が黒く見える。近づくと、黒いのは煤だと分かる。
「ちょっと、誰か、少しくらい話してもいいんじゃないの?緊張……しちゃわない?」
障子の音による索敵のために全員が、あの爆豪ですら静かにしているというのにまさかの護衛が声を上げた。
「おい。お前まさか、怖いのか?」
呆れ声で相澤が護衛を非難した。お前マジかといった語気を隠しもしない。
「こ、怖いわけないでしょ!?でも学生たちも不安そうだし、一部を引率して地上の警戒担当をしてあげてもいいんだけど?」
護衛の彼女はホラーが苦手。百は心の中にメモをして先へと進む。奥には何の変哲もない、ただの空き倉庫があるだけだった。
倉庫というが、そこにあるのは食器の一つだけ。隠し通路などもない。
「これ以上の空間は、なさそうだ。口田もそう言っている。この部屋が何故かセンサーを掻い潜っているらしいが、何もないようだ」
障子は索敵班をまとめて報告し、ナガンが露骨にため息をついた。
淡輝も肩透かしを食らった形だが、まだ落胆はしていないかった。倉庫にライトを向けてじっとそれを見ている。
何か、違和感があった。そうだ。さっきの会話を思い出す。
「なんで、ここにあるんだろう」
「どうしました?何か気になるものでも?」
「いや、結構几帳面な人がここ使っていたって言ってたじゃん?ここにあるのってなんでだろうって思ってさ」
「何のことですの?」
「これだよ。この食器、ていうか古いコップ?なんていうんだか忘れたけど……」
淡輝はそれをヒョイと拾いながら、適切な語彙を脳内で検索していた。
けれど、それを見た八百万百は血相を変えて、叫んだ。
「相澤先生!!こちらに!!異常事態ですわ!」
「きゃあ!なに!?何よ!なんなの!?」
飛び上がる護衛ほどではないが淡輝も驚き、百の行動の真意を考えた。一体何が起きた?
「彼が、見えない
?? 何を言っている?
そう問いかけようとした時には、何かが引き込まれるような感覚。落ちていくような、浮かんでいくような感覚に襲われてそれどころではなかった。
しかし、脳裏には直前の思考の結果が場違いにも浮かんでいた。
そうだ。普段あまりにも使わないからすぐに出なかった。このタイプの食器はこう呼ばれていたのだった。
もーいいよ