「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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宇宙――

前方では、アークエンジェルとドミニオンが激しく火花を散らしていた。

 

艦隊戦。

砲撃とビームの光が交錯するなか――

その後方、アレキサンドリアは沈黙を保っていた。

出撃準備を整えたまま、まだ動かない。

静寂のブリッジ。

 

戦況モニターが、無慈悲に敵味方の数を並べている。

 

「――ドミニオンから入電です」

 

通信士が緊張した声で言った。

 

「そっちも、“あの二人”を出せとのことです」

 

バスク・オムは目を細める。

静かに、唇の端を引き結ぶ。

 

「……“出撃準備中”だとでも伝えておけ」

 

「はっ」

 

通信士が答え、すぐに回線を切る。

ブリッジに、重たい沈黙が戻る。

 

(味方に銃を向けるような真似を……)

 

バスクの胸には、鈍い違和感が渦巻いていた。

アークエンジェル――

確かに今は反旗を翻している“裏切り艦”だ。

 

だが、その名はかつて、希望と共にあった。

命を懸けて、連合のために戦ってきたはずの者たち。

 

(あれが、ただの“敵”だというのなら……)

 

そう思った瞬間、言いようのない虚無が胸を刺す。

 

「――しかし」

 

小さく息を吐き、視線を前方の戦場へ戻す。

 

「このままというわけには、いかん」

 

戦争だ。軍人である以上、命令は絶対。

それが不条理でも、戦場に立つ者は選べない。

せめて、自分にできるのは“最低限の節度”を守ることだけだ。

 

「……二人には、発進準備だけさせておけ」

 

部下たちが一斉に敬礼し、命令を受ける。

ブリッジの空気が一段と張り詰めた。

 

バスクは椅子に深く腰を下ろしたまま、目を閉じる。

まるで、祈るように。

 

(……死ぬなよ。ビーフシチューは用意してある)

 

視線を逸らすように、机の端に置かれた保温ボックスに目を向けた。

中身は、彼なりに腕によりをかけて作った夕食。

調理員には任せず、自分で煮込んだ。

 

――あの二人が帰ってきたとき、ちゃんと温かいものが出せるように。

 

(まったく、いつからこんな甘やかしを覚えた……)

 

口元がわずかにほころぶ。だが、それもすぐに引き締めた。

戦争は、誰かの善意を容易く踏みにじる。

 

それでも――

 

「帰ってこい、ゲーツ。ドゥー。」

 

バスクは静かに呟き、目を閉じた。

その声は、祈りにも、命令にも似ていた。

 

 

 

 

三機のガンダムがドミニオンへと退いていくなか――

 

その戦場に、新たな影が現れた。

アレキサンドリア。

今まで何もしてこなかった、ただ不気味に沈黙していた艦から。

 

黒と青の機影――

ハンブラビと、サイコガンダム。

 

「……!」

 

その瞬間、キラの背中を冷たい何かが這いずった。

あの艦が、奴らの母艦だったのか――

ようやく腑に落ちた。だが、それ以上に嫌な予感がした。

何かが、これまでの戦いとは違う気配を孕んでいた。

 

『キラ、来るぞッ!』

 

アスランの声が無線を割る。

――間に合わない。

反射的に機体を捻る。

 

「ッ――!」

 

ハンブラビのビームが、フリーダムの目前をかすめた。

ただの牽制じゃない。迷いがない。

明確な――殺意。

 

(あの時と、違う……)

 

オーブで交戦した時とは、まるで違う。

あの時に感じた“ためらい”はもう、ここにはない。

 

けれど――キラの胸の奥には、確かな直感が残った。

 

このパイロットは、本当は戦いたくない。

殺意の裏に、引き裂かれるような苦しさが見える気がした。

 

「やめろ!! どうしてこんなことをするんだ!!」

 

無線をオープンにし、叫ぶ。

それが届くと、信じたくて。

 

だが――返ってきたのは、

 

『生きるためだよ、“主人公”。

俺たちが生きるために――お前が死ね!!』

 

「ッ――!!」

 

ハンブラビの《海ヘビ》が放たれる。

右脚に絡みつく。次の瞬間、激しい電撃が機体を駆ける。

 

「ぐっ……!?」

 

右脚が痺れるように沈黙する。警告音。制御系に損傷。

操縦桿が重くなる。

 

「なに……!?」

 

すぐさま援護。

アスランのジャスティスが、ビームでワイヤーを撃ち抜く。

爆炎と共に、フリーダムの右脚が吹き飛ぶ。

 

『キラ! 無事か!?』

 

「アスラン……助かった」

 

危機一髪だった。アスランがいなければ、今ごろ……!

 

だが――安堵も束の間。

ジャスティスのすぐ目前に、サイコガンダムの砲口が閃いた。

 

「アスラン、気をつけ――!」

 

巨体から放たれる収束ビーム。

ジャスティスが回避し、空間が焼ける。

そのまま、サイコガンダムとジャスティスが激しく交錯していく。

 

赤と黒の閃光が、戦場の空気を灼き尽くす。

 

(アスラン――頼んだ)

 

キラは、コックピットの視界を戻す。

再び、ハンブラビと向き合っていた。

 

砲火を交え、命を削り合う戦場で――

その機体だけが、どこか歪んで見える。

 

この戦いは、何かがおかしい。

けれど、それでも――止めなければならない。

 

「……もう一度、訊く!」

 

キラは通信を切らず、叫ぶ。

 

「君は本当に、それを望んでるのか――!」

 

 

 

 

ハンブラビのコックピット。

目前には、フリーダムとジャスティス――二機の英雄機が並び立つ。

無線を開く。

 

「ドゥー! ……話した通りだ。フリーダムは俺がやる! そっちはジャスティスを!」

 

『……了解!』

 

短くも、力のこもった声が返る。

ドゥーの覚悟が伝わる。もう、迷いはない。

 

――殺るしかない。

 

背部のビームライフルを構える。標的は、コックピット。

確実に、命を奪える一点。

一発、また一発。

 

だが、フリーダムは紙一重で全てを躱す。

 

「ちっ……!」

 

口元が歪む。さすがは“あの”キラ・ヤマト。反応が化け物じみている。

そんなとき、オープン通信から声が飛び込んできた。

 

『やめろ!! どうしてこんなことをするんだ!!』

 

キラ・ヤマト――本物の“主人公”。

 

その声に、胸が一瞬だけ揺れる。

けれど、すぐに振り払う。

 

お前に恨みはない。だが――死んでもらう。

俺とドゥーが、生き残るために。

そして……このくだらねぇ戦争は、俺たちが終わらせてやる

だから、安心して――死んでくれ。

 

だから――

 

「生きるためだよ、“主人公”。」

 

「俺たちが生きるために――お前が死ね!!」

 

新型の武装、海ヘビを起動。

ワイヤーが疾走し、フリーダムの右脚に絡みついた。

瞬間、電撃を流す。機体の駆動系に異常が走ったはずだ。

 

「……よしッ――」

 

が、そこへ割って入るビーム。

ジャスティスが海ヘビを撃ち、ワイヤーを断ち切る。

 

「チッ……!」

 

その隙に、サイコガンダムがジャスティスを牽制する。

両者が分断されたのを見て、再び狙いを定めた。

 

――フリーダム。キラ・ヤマト。

 

そのとき、通信が再び開かれる。

 

『……もう一度訊く!』

 

『君は本当に、それを望んでるのか!?』

 

――やめろ。そんな顔で、そんな声で言うな。

 

迷うじゃないか。

それでも――答えは、決まっている。

 

「俺の望みは……ドゥーと、二人で生き残ることだッ!」

 

スロットルを踏み込む。

加速するハンブラビ。

その視界の先、白い光の機体に、憎しみも悲しみもない、ただ静かな決意があった。

 

――これで終わらせる。

 

 

フリーダムが反撃してくる。

ライフルの射線は正確。迷いなく、鋭く。

 

だが――読める。

 

(こいつ……やはり、致命は狙ってこない)

 

キラ・ヤマト。

命を奪うことを良しとしないその戦い方は、徹底して“武装”を狙っている。

甘い――とは思わない。

ただ、その“優しさ”は、逆手に取れる。

 

「見えてんだよ……そっちの狙いは!」

 

次々に走るビーム。

だが、俺のハンブラビはそれらをすり抜けるように翻る。

 

(原作で、あのシン・アスカがやっていた通りだ)

 

読める弾道、避けられる予測。

そして――焦るフリーダム。

 

「そら、終わりだ……!」

 

一瞬の硬直。

俺は狙い澄ましてビームを放つ――

 

しかし、フリーダムはギリギリで盾を差し出し、受けた。

 

「チッ……まずはそれを潰すか」

 

ビームサーベルを抜く。接近戦だ。

フリーダムも応じて、抜刀。

 

構えからすぐにわかる。狙いは――俺の右腕。

 

「ほら、武装だろ?」

 

読めていれば避けられる。

そのまま、こちらの一閃でフリーダムの盾が砕ける。

 

直後、至近距離からビームを撃ち込む。

命中。フリーダムの顔――半分が焼き切れた。

 

(いける……押せてる!)

 

そのとき、フリーダムの挙動が変わる。

鋭い。無駄がない。迷いが――ない。

 

「ッ、くそ……種割れか!!」

 

一転、防戦へ。

フリーダムのバラエーナが展開される。背部から、プラズマが唸る。

回避が間に合わない――

 

「ッ……!」

 

ドゴォッ!

背部ビームライフルが、蒸発する。

 

武装を失い、距離を取った俺に通信が飛んでくる。

 

『……もうやめろ! こんなことをしても、君の望みは叶えられない!!』

 

「……わかったような口を!」

 

『頼む! 投降してくれ! 君を……君たちを、殺したくないんだ!!』

 

――そのとき。

ほんの一瞬だけ。

その選択肢が、胸に浮かんでしまった。

 

(もし……俺とドゥーが、生きて帰れるなら――)

 

『ゲーツ! 白いのと話すのはやめてッ!!』

 

ドゥーの叫び。

同時に、空気が変わった。

 

サイコガンダムの装甲が――外れた。

 

バシュゥッ、と音を立て、各部装甲がパージされる。

巨大な骨格機体。その筋繊維のような金属フレームが、露出していく。

 

残骸ではない。これは進化。

パージされた各部装甲が、別個に浮遊を始め――

 

(オールレンジ攻撃……!)

 

飛翔体と化した各装甲が、自由軌道でフリーダムとジャスティスを襲う。

空間ごと支配する殺意の檻。

避けられない。斬れない。止められない。

 

「ドゥー……お前、こんなモンまで仕込まれてたのか……!」

 

戦場が、一気に――地獄へと傾いた。

 

フリーダムとジャスティスは、サイコガンダムのオールレンジ攻撃に翻弄されていた。

全周から襲い来る無数の飛翔体。パージされた外装が意思を持つかのように二機を取り囲み、すべての射撃・格闘を阻む。

ジャスティスの盾が砕け、フリーダムは左腕を失った。

 

(いまだ――!)

 

ゲーツはハンブラビのビームサーベルを抜き放つ。加速――。

 

「今、決めるッ!!」

 

だが――

緊急信号弾が、宙を裂く。

視界の先、戦況が一変していた。

ドミニオンが、アークエンジェルと、どこかで見覚えのある白と青の艦隊――オーブか――に押されている。

 

味方が劣勢に傾き始めていた。

 

「クソが……!足を引っぱりやがって……!」

 

だが、それでも俺は行く。仕留める。このまま引くわけにはいかない。

その時、通信が走る。

 

『ゲーツ! 引け! もう限界だ!』

 

バスク大佐の声だ。

 

「いえ、やれます!」

 

反射的に返す。

 

――だが。

 

『冷静になれ!ドゥーを、見てみろ!』

 

その言葉に、俺は息を呑んだ。

振り返る。

 

……サイコガンダム。そのコックピットの向こうに、彼女の苦悶が伝わってきた。

吐息の乱れ。震える指先。圧迫された神経。強化人間としての限界。

無理を――させすぎた。

 

俺は咄嗟に通信を開いた。

 

「ドゥー! もういい! 撤退だ!!」

 

『……ボクは……まだやれる……!』

 

苦しい声だった。それでも、彼女は機体を動かし続けている。

 

「やめろ! 聞け! もう限界なんだ、ドゥー!」

 

『ま……だ……』

 

「……俺の言うこと、聞けないってのか?」

 

言葉が詰まる。迷うな――言え。

 

「……嫌いになるぞ」

 

途端に、サイコガンダムの動きが止まった。

沈黙。

 

やがて、静かに、パージされた装甲が回収され始める。まるで、彼女自身の腕を抱き寄せるように。

 

「……撤退だ」

 

それだけを告げ、俺は反転する。

その背を、サイコガンダムが静かに追ってくるのを確認した。

 

フリーダムも、ジャスティスも――追ってこなかった。

ただ、深く傷ついた目で、俺たちを見つめていた。

 

……あぁ、まだだ。

 

俺たちは負けてない。

生きている。だから、次は――

 

勝つ。

 

 

 

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