「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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サイコガンダムのコックピット。

正面モニターに映るのは――フリーダムとジャスティス。

ドゥーの喉が、ごくりと鳴った。

握る操縦桿に、自然と力がこもる。

 

(あれが……“本物”のエースたち……)

 

そんな緊張の只中、通信が走る。

『ドゥー! ……話した通りだ。フリーダムは俺がやる! そっちはジャスティスを!』

 

ゲーツの声だ。

その響きが、胸の奥で火を灯す。

ドゥーは震える声を押し殺し、応じた。

 

「……了解!」

 

瞬時にロックオン。

目の前の赤い機体――ジャスティスに向け、前門ビームを解き放つ。

だが――空振り。

照準を逸らされ、ビームは真空を焼くだけに終わる。

 

「よけるなよ……ッ!」

 

抑えきれず、叫びが漏れた。

その声音に、ドゥー自身が驚く。

 

(……いまの、ボク?)

 

それは誰かに似ていた。

ゲーツだ――

“彼”がいつも敵に叫んでいた言葉に、そっくりだった。

 

(……なんか、似てきた……)

そう思うと、ほんの少し、嬉しくなった。

胸の内に灯ったものが、恐怖を押し返す。

ジャスティスの反撃が来る。

即座に機体を横転させて受け流し、再びビームを撃ち返す。

 

命中はしない。

互いに一歩も譲らず、戦況は膠着したままだ。

 

ふと、横目にフリーダムとの交戦が映る。

ハンブラビの海ヘビが敵機の脚に絡みついていた。

 

(やった……! ゲーツ、すごい!)

 

胸が高鳴る――その刹那。

赤い機体が跳ねた。

ジャスティスが、フリーダムへ――!

 

「しまった……!」

 

咄嗟にビームを構える。

あれを逃せば、ゲーツが危ない。

守らなきゃ――

 

「お前の相手は、ボクだ!!」

 

叫びと共にビームを撃つ。

だが、アスランの反応は速かった。

フリーダムの前へ滑り込み、ジャスティス自身が盾となる。

直撃は逸れ、掠めた熱線が装甲を焦がすに留まる。

 

(止まらない……なら……)

 

歯を食いしばる。

敵が止まらないのなら、“力”で止めるしかない。

サイコガンダムが巨体を動かし、前進する。

狙うはジャスティス。

 

「どいてって言ってるのに……!」

 

砲撃、振り払い

だがジャスティスは紙一重で避ける。

それは機体性能だけではない――中の人間、アスラン・ザラの腕だ。

 

彼は速い。

しかもこちらの“殺気”を読むように、攻撃を見切る。

 

(来ないで……!)

 

サイコガンダムの巨大な腕が、恐怖と怒りを帯びて振るわれる。

だが、それすらもジャスティスのビームサーベルが受け止めた。

 

火花が散る。

轟音が響く。

質量で勝るこちらの腕は弾かれた。

 

至近距離――このままでは不利だ。

 

わかってる。

近接戦は、あの機体のほうが強い。

でも――

 

(離れたら、ゲーツがやられる……!)

 

それだけは、絶対に――させない。

もう一撃。

今度こそ決める――そう思った瞬間、

ジャスティスの脚が鋭く振るわれた。

 

サイコガンダムの腹部装甲が、鈍く軋む。

衝撃で、ドゥーの身体がコックピットごと跳ねた。

喉が詰まり、呼吸が一瞬止まる。

 

「っ……!」

 

スロットを乱暴に引く。

至近距離、逃げられないはずだ。

ビームを撃つ――

だがまた、外れる。

 

(このままじゃ……)

 

焦りが喉奥を焼く。

画面の隅――そこに、ハンブラビが映る。

ゲーツだ。

彼が、今まさにフリーダムと対峙していた。

……その時だった。

 

《……もうやめろ! こんなことをしても、君の望みは叶えられない!!》

 

フリーダムの通信が、モニター越しに響いた。

キラ・ヤマトの声。

その言葉が、耳の奥にこびりつく。

 

《頼む! 投降してくれ! 君を……君たちを、殺したくないんだ!!》

 

「ゲーツ! 白いのと話すのはやめてッ!!」

 

反射的に叫ぶ。

混乱と怒りが、言葉にならず口を突く。

 

やめろ。話さないで。

彼は敵なんだ。敵に情けなんて向けないで――

ボクたちの“居場所”が、壊される。

 

そのとき。

ドゥーは、左手をゆっくりと動かした。

 

あのハゲ大佐――バスク・オムには“使うな”と言われていたシステム。

そのスイッチを、迷わず押した。

 

サイコガンダムの装甲が、音を立てて開き始める。

ひとつ、またひとつ。

剥き出しになる骨格。

まるで筋繊維のような金属のフレームが、全身を這う。

 

装甲は宇宙空間に舞い上がり、それぞれが意志を持つように浮遊する。

“盾”となり、“刃”となる。

 

フリーダムとジャスティスが攻撃する――

だがすべて、パージされた装甲が受け止めた。

 

続いて、その装甲が逆に襲い掛かる。

鋭く、素早く、狙い澄まして。

ドゥーの視界が滲む。

痛みが、頭に突き刺さる。

 

(……脳が……焼ける……)

 

鼻腔から、何か温かいものが垂れた。

それでも止まらない。止まれるわけがない。

 

ジャスティスの盾が砕けた。

フリーダムの左腕が、破壊された。

 

(もう少し……もう少しで……!)

 

このまま、勝てる――

ゲーツとボクが、世界に勝つ。

 

そのとき。

 

『ドゥー! もういい! 撤退だ!!』

 

ゲーツの通信。

あたたかくて、怒っていて、それでも――心配していた。

だけど……

 

「……ボクは……まだやれる……!」

 

歯を食いしばり、目を見開く。

血が視界に滲む。吐き気すら覚える。

 

『やめろ! 聞け! もう限界なんだ、ドゥー!』

 

(限界……? そんなの……関係ない)

限界なんて、ボクが決める。

あの日からずっと、“限界”なんて言葉は捨ててきた。

 

「ま……だ……」

 

まだやれる。

まだ戦える。

まだ、ゲーツの役に立てる――

……なのに。

 

『……俺の言うこと、聞けないってのか?』

 

ゲーツの声が、急に冷たくなった。

――え?

 

(ま、待って。そんな言い方……)

 

胸がざわついた。

嫌な予感がした。

何か、大切なものを踏み外してしまった気がした。

やだ、やだ、やだ――

 

『……嫌いになるぞ』

 

世界が、凍りついた。

目の前が真っ暗になる感覚。

心臓がぎゅっと握りつぶされたように痛んだ。

 

「……ごめん……なさい……」

 

声にならない声が、ぽつりと零れた。

 

パージされた装甲が静かに戻り始める。

ドゥーの指は、震えながら機体を後退させる。

 

背を向ける。

戦場から。

フリーダムとジャスティスから。

――そして、壊れそうなゲーツの声から。

 

 

 

 

アレキサンドリア――格納庫。

 

戦火をくぐったハンブラビとサイコガンダムが、煤と焦げ跡にまみれたまま並んでいた。

その姿は、まるで屍のように沈黙していた。

俺は、迷うことなく駆け出していた。

コックピットを開け、跳び出して、一直線にサイコガンダムへ――。

 

「ドゥー……!」

 

強制開放装置を叩くように操作し、唸りを上げて開いたハッチの中。

そこには、小さく、震えるドゥーの姿があった。

血で濡れた顔。力なく垂れた肩。

普段の無感情さすら霞むほど、彼女は壊れかけていた。

 

「ドゥー!!」

 

叫ぶと同時に、俺は彼女を抱きしめていた。

熱い。けれど異常な熱じゃない。

――生きてる。それだけで、喉の奥が詰まりそうになった。

 

「ごめんな……無理させた。俺のせいだ……!」

 

震える腕で彼女を包み込む。

自分がどれほど追い詰めていたのか、ようやく実感する。

あの言葉――あんなの、言うべきじゃなかった。

 

「え……?」

 

ドゥーが、かすかに顔を上げる。

 

「……嫌いになったんじゃ……なかったの……?」

 

その言葉に、胸が締めつけられる。

 

最低だ。

分かってて、わざと言った。

彼女を止めるために、大事なものを踏みにじった。

それが、どれだけ酷いことかも分からずに。

 

「……そんなわけあるかよ! 俺が……お前を嫌いになるわけ、ねぇだろ!」

 

俺は震えた手で、彼女の頬を拭った。

血と汗にまみれた顔を、丁寧に拭う。

どこか、安堵したように目を細めたドゥーがぽつりと呟く。

 

「……ボクは……まだ……ゲーツの“相棒”で、いられるの?」

 

「当然だろ。俺の相棒は……お前だけだ、ドゥー!」

 

そう言って、もう一度、強く抱きしめる。

彼女が壊れてしまわないように。

俺が壊してしまった罪を、せめて今、拭いきるように。

けれど――ドゥーは、また迷いを滲ませる。

 

「でも……ボクは……ゲーツの役に立てなかっ…」

 

その言葉を聞いた瞬間、何かが切れた。

 

「――うるさい!」

 

思わず出た声と同時に、俺はその小さな唇を塞いでいた。

彼女が以前、俺にしたように。

 

ドゥーの瞳が、大きく見開かれる。

頬がみるみる赤く染まり、反応を失ったように固まった。

 

(……やべぇ、やりすぎたか……)

 

そんな俺も、たぶん同じくらい顔が熱くなってる。

 

「……ふ、ふぇ……」

 

わずかに震える声が洩れたあと、

不安の色が消え、彼女の表情に少しずつ温度が戻っていく。

瞳の奥に灯るのは、疑いでも恐れでもない――確かな、信頼。

そのときだった。

 

 

「……ビーフシチュー、できてるぞ」

 

格納庫の静寂をぶち壊す、低く響いた声。

振り向けば、そこには――

妖怪ビーフシチュー大佐こと、バスク・オムが立っていた。

 

艦内用トレイにビーフシチューを二人分乗せて。

 

……頼むから、空気を読んでくれ。

今はまだ……そういう空気じゃねぇんだよ。

 

 

 

 




バスク大佐サイテー!
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