艦内ブリーフィングルーム。
俺とドゥーは、並んでスプーンを動かしていた。
目の前にあるのは、熱々の――ビーフシチュー。
バスク大佐が自ら運んできた逸品だ。
味は……まぁ、悪くない。
肉はとろけるし、ルウは濃厚。ちょっと胡椒が効きすぎてるけど。
隣でドゥーも静かにスプーンを動かしている。
あれだけの戦闘の後だというのに、彼女の表情はどこか安らいでいた。
俺もだ。
なんだか、こうして一緒に座って食ってるだけで、全部がどうでもよくなりそうで――
……いや、ダメだ。状況は悪化してる。
「……それで、結局どうなったんですか?あのあと」
そう聞くと、大佐は静かに話し始めた。
どうやら――
ドミニオンの艦長、ナタル・バジルールの判断で撤退が下されたらしい。
戦況はすでに崩れていて、オーブの艦隊とアークエンジェルに押されていたと。
あそこで続行していれば、こちらが全滅していた可能性も高い。
つまり、俺たちの撤退は“命令”というより“限界”だったわけだ。
「ドゥーが限界を迎える直前でな。あのまま戦わせていたら、本当に廃人になっていたかもしれん」
と、大佐はボソリと呟いた。
……それを聞いたドゥーの手が、一瞬だけ止まった。
でも、何も言わず、また静かにスプーンを口に運ぶ。
俺は、小さく息を吐いた。
そして――
「で、大佐。あのアズラエルは?」
訊ねると、バスクの口元がわずかに歪んだ。
「ドミニオンに通信を繋いで。“お前たちのせいで、あの二機を撃破できなかった。責任はどう取るつもりだ”と伝えてやった」
そのときの光景が、まざまざと浮かぶ。
悔しがるアズラエル。
怒鳴る彼の背後で、ナタルが無言で頭を垂れている姿も想像できてしまう。
ナタルさんには、正直ちょっと申し訳ない気もする。
でも――
「……まぁ、アズラエルは悔しがっただろうな」
「ふふっ」
ドゥーが、小さく笑った。
さっきまでの顔に、ようやく“いつもの彼女”が戻ってきた気がして、俺もふっと笑った。
バスク大佐は、それ以上何も言わなかった。
そして、ゆっくりと立ち上がると、背を向けて出口へと向かう。
無言で、ドアの前で立ち止まり――
振り返らずに、ぽつりと。
「……ビーフシチューの感想は、あとで書面で出してくれ」
そう言い残して、去っていった。
「……いや、空気読んだ風出してるけど、遅ぇよ!」
ドアが閉まる直前、ついツッコミが口をついて出た。
ドゥーが、ぷっと吹き出して笑った。
その笑顔が見れただけで――
まぁ、大佐の空気読めなさも、今夜くらいは許してやってもいい気がした。
シチューを食べ終えたあと、二人は無言のまま格納庫に入った。
誰にも見られないように――ただ、そっと。
向かった先は、サイコガンダムのコックピット。
その巨大な躯体の中、二人だけの“部屋”のような場所。
ドゥーが、俺の手を引いた。
迷いなく、まるでそこに帰るのが当然だと言わんばかりに。
無言でコックピットに滑り込み、ハッチを閉じる。
外の喧騒が、完全に遮断される。
閉じた空間――沈黙。
そして、ドゥーが俺の膝の上に座った。
背筋を伸ばし、まっすぐに俺の胸へ額を預ける。
その小さな肩が、微かに震えていた。
「……ボク、わかるよ」
ぽつりと、囁くような声。
「これが、幸せなんだって……」
俺は息を飲む。
そんな言葉を、ドゥーの口から聞く日が来るなんて。
だから、そっと頭を撫でながら言った。
「――こんなもんじゃないさ」
ドゥーが顔を上げる。目が潤んでいた。
「……?」
俺は思った。
たとえば、どこか戦争のない場所――オーブあたりで。
二人で家を買って、庭に木でも植えて、
毎日飯を食って、くだらないことで笑って……
そのうち子どもなんかも……?
「わ、わ、わ! や、やめてよ……!」
突然、ドゥーが顔を真っ赤にして身をよじった。
「な、なに想像してるの!? ボクに伝わってきたよっ……!」
「バレたか」
思わず苦笑する。
ドゥーは両手で顔を覆いながらも、少しだけ笑っていた。
――ほんとに、意外とピュアなんだよな。
「……死ねないだろ?」
そう呟いたのは、俺。
「……死ねない」
返す言葉は、決意だった。
再び沈黙。
俺たちは、そっと、強く抱きしめ合った。
鼓動が、互いに伝わってくる。
しばらくして、ドゥーがぽつりと問う。
「……でも、どうするの? あの二機」
あの二機――フリーダムとジャスティス。
俺たちが全力で挑んでも、なお届かなかった“物語の主役たち”。
「――今後の話をしよう。よく聞いてくれ」
俺はそっと、ドゥーの背を撫でながら続ける。
「連合は、核を撃つ。まずは宇宙要塞ボアズ。次は、プラント本土だ」
「え……?」
小さく、ドゥーの体が震えた。
「それって……物語の中の話じゃ――」
「ああ、そうだ。けど、俺は知ってる。
このままじゃ、戦争は終わらない。
そして、ザフトは対抗して、ガンマ線レーザー兵器――“ジェネシス”を出す」
「ジェネシス……」
その名を呟いたドゥーの顔が、ゆっくりと翳っていく。
「核も…ジェネシスも…そんなのが発射されたら、俺たちの暮らしも、夢も……全部吹き飛ぶ」
「――潰そう。両方とも」
はっきりと、迷いなく。
「連合を、裏切ることになるぞ?」
「……ゲーツと一緒なら、それでもいい」
その言葉が、胸に刺さった。
たった一言で、俺の中の迷いが吹き飛ぶ。
「……そうか。じゃあ、やるぞ」
そう言って、もう一度強く、互いを抱きしめた。
この戦いが終わったら。
――今度こそ、幸せになろう。
◇
宇宙――その深淵に、閃光が走った。
連合の核攻撃によって、宇宙要塞《ボアズ》は沈んだ。
蒼い球体のような光が膨張し、やがて爆煙と金属片を宇宙に撒き散らす。
その光景を、俺とドゥーはモニター越しに、ただ黙って見ていた。
「……終わったな」
ぽつりと呟いた俺の隣で、ドゥーがかすかに肩を震わせていた。
「……これが、現実なんだね」
感情の読めない声。
けれど、その小さな手は強く握られていた。
ボアズの崩壊を皮切りに、連合は“次”に動く。
数百のミサイル――それらを載せた機体群が、プラント本土へと向かって発進する。
その名は、《ピースメーカー隊》。
皮肉な名を冠した、終末の使者たち。
通信室の床に、軍靴の音が響いた。
バスク・オム大佐は、無言のまま指揮卓に立っていた。
その拳は強く握られている。
血が滲むほどに。
その姿を見て、俺は思った。
この男もまた、“割り切れていない”のかもしれないと。
「……ピースメーカー隊の、護衛に就け」
絞り出すような声だった。
それは命令だった。確かに。
だが――
どこか、命令には聞こえなかった。
命じているのではない。
――頼んでいるような。
あるいは……懇願しているような声音だった。
「……それが、上の意思ですか…」
俺がそう言うと、バスクは微かに頷いた。
「命令に従うのが、お前たちの役目だ」
それでも、目を伏せたままだった。
ドゥーが小さく首を横に振る。
「本当に……守りたいのは、それなの?」
誰も、答えなかった。
ただ、モニターには今もなお、軌道上を進む“死神たち”の姿が映っていた。