宇宙が、燃えていた。
連合とザフトの艦隊が入り乱れ、無数の光と爆発が宙域を覆い尽くす。
戦火に焼かれた星のように、戦艦が沈み、モビルスーツが散る。
そして、その奥――
プラントに向けて放たれた、数百発の核ミサイル。
ピースメーカー隊の起こした“死の雨”が、今まさに降り注がんとしていた。
そこへ、突如として現れる――第三勢力。
《アークエンジェル》。
《エターナル》。
そして、オーブの小艦隊。
戦場は、激しく揺れる。
「未確認艦隊が宙域に突入! 味方識別不明――いや、アークエンジェルです!」
「なに!? 奴らまだ生きていたのか――!」
混乱が走る。通信は錯綜し、味方識別は次々に崩れていく。
――その最中。
ふいに、すべてのチャンネルが静かになった。
『――地球軍、及びすべての戦闘宙域にいる方々に告げます』
女性の、静かな声が響いた。
『こちらは、ラクス・クラインです』
声だけで、空気が変わる。
それは軍人でも、司令でもない。
ただ“歌”を携えた者の、祈りに似た響きだった。
『地球軍は、直ちに攻撃を中止して下さい』
戦場が、息を呑んだように静まる。
『あなた方は――何を討とうとしているのか、本当にお解りですか?』
その問いかけは、誰に向けられたものでもなく、戦場全体に降り注いだ。
『目の前にいる敵を倒すことは、正義なのでしょうか』
『戦火の果てに、誰かの涙を望まれますか』
『どうか、お願いです。これ以上……命を、未来を、奪わないでください』
その声に、兵士たちは耳を傾けた。
誰かは顔を伏せ、誰かは手を止め、誰かは……通信を切った。
だが――確かに、声は届いていた。
『……もう一度言います。地球軍は、直ちに攻撃を中止して下さい』
ラクス・クラインの名を知らぬ者は、戦場にいなかった。
彼女の言葉は、弾丸よりも鋭く、核よりも深く――心を貫いた。
そしてそのとき、
“彼”らもまた、声を聞いていた。
――ハンブラビのコックピット。
――サイコガンダムの深淵。
二人の少年兵もまた、届かぬ祈りに耳を澄ませていた。
◇
――静かだった。
戦場に向かうはずのモビルスーツ整備区画。
だがそこに漂っていたのは、いつもの緊迫感ではなく――どこか、名残惜しさに似た空気だった。
俺とドゥーは、それぞれハンブラビとサイコガンダムのコックピットに収まり、出撃の最終準備を進めていた。
名目は《ピースメーカー隊の護衛》。
だが――
(そんなもん、最初からする気はねえ)
目的はむしろ逆。
ピースメーカーのミサイルを出来るだけ撃ち落とし、フリーダムやジャスティスの負担を減らすこと。
「裏切り」なんて言葉じゃ片付かない。
でも……どうでもよかった。
俺たちには、守りたいものがある。
そのとき、ブリッジから通信が入った。
『……』
モニターに映ったのは――バスク大佐。
いつものように、どこか威圧的な視線。だが、言葉はなかなか出てこなかった。
「……大佐?」
声をかける。
バスクは何かを迷うように、視線を落とした。
『……考えていた。ドゥーが……前に言っていたことだ』
思い出していたらしい。
ドゥーが言った、“守りたいもの”。
その言葉を噛みしめるように、バスクはゆっくりと口を開いた。
『……最低なことを頼んでもいいか、ゲーツ中尉』
その声音には、軍人としての威圧も、上官としての命令もなかった。
ただ、“人間”の声だった。
『ピースメーカー隊を…核を――破壊してくれ』
「……」
言葉を失った。
『アークエンジェルの援護も……できるだけ頼む』
「……っは」
気づけば、自然と敬礼していた。
バスクは、俺の顔を見ないまま――
いや、見られなかったのかもしれない――通信を切った。
深く、静かな沈黙が残った。
やがて、出撃信号。
「行くぞ、ドゥー」
『……うん』
ハンブラビとサイコガンダムが格納庫を出るそのとき――
……目に飛び込んできた。
整備兵たちが並んでいた。
そのひとりが――でかでかとハートマークの団扇を振っていた。
隣の整備兵は、なぜか「幸せになれよ」と書かれた旗を掲げていた。
「……お前ら……」
言葉にならなかった。
笑いと、涙が、同時に込み上げた。
「――最高かよ、お前ら……!」
機体が、宇宙へと滑り出る。
俺たちは、もう戻らないかもしれない。
でも今、背中は――
たしかに押されていた。
出撃と同時だった。
閃光。
視界を白が埋め尽くす。
宇宙を、あの巨大な光が焼いた。
ジェネシス――
ザフトの報復兵器が、連合艦隊をまとめて消し飛ばしたのだ。
予測していたとはいえ……
その威力には、思わず声を失った。
「……くそ、化け物かよ……」
一瞬遅れて、ドミニオンからの信号弾が放たれる。
《――現宙域を離脱する。本艦を目標に集結せよ》
ナタル・バジルール――やはり判断が速い。
すぐに撤退を決断したらしい。
「ドゥー、俺に着いてこい」
『うん』
言葉少なに頷くドゥーを先導し、
俺のハンブラビと、サイコガンダムが宇宙の混沌を突き進む。
ザフトのMS部隊、ジン、ゲイツ――
進路を阻む敵は容赦なく叩き伏せた。
迷っている時間はない。
守れるなら、救えるなら。
一人でも多く。
戦火が交錯する宙域――
その片隅で、ひときわ目を引く四機がいた。
ピンクに染められたストライクと、アストレイが三機。
それぞれが、ザフトのMSに囲まれている。
「あれは……」
目を細めて視る。
特に動きが良い。あれは確か――
「マユラ・ラバッツ、アサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン……だったか?」
オーブ国防軍M1アストレイ隊の正規パイロットたち――
三機のアストレイは巧みに連携を取っているものの、ザフトの包囲は狭まりつつあった。
「ドゥー、アストレイ周辺のザフトMS……撃てるか?」
『……やってみる』
その返答と同時に、サイコガンダムの両腕がわずかに広がる。
十本の指先が光り――
それは次の瞬間、赤い閃光と化して空間を貫いた。
指から放たれた十条のビームが、正確に、包囲するザフト機を次々に撃破してゆく。
爆炎、火花、残骸――
アストレイの周囲が一瞬で静まり返った。
まるで、“そこだけ戦争が終わったかのように”。
「……!」
一撃の余韻に包まれた戦場のなかで、
俺はハンブラビの右腕を掲げ、指先で――親指を立てる。
「任せたぞ。あとは頑張れよ」
通信は通さない。ただ、視覚でのメッセージ。
その意図を汲んだかは分からないが、
ピンクのストライクと三機のアストレイは、ぽかんとしたように硬直していた。
見れば、ジュリのアストレイがわずかに小刻みに動揺している。
「……今の、何?」とでも言いたげに。
俺とドゥーはもう、そこから視線を外していた。
救うべきものは、まだある。
そして…
ジェネシスによる二度目の閃光が走った――!
凄まじい熱波が機体を飲み込む。
咄嗟に、サイコガンダムが盾のように前に出た。
『く……っ!』
ドゥーの呻き声が聞こえる。
「ドゥー!! 無理すんなよ……!」
コックピットを揺らすほどの衝撃。
視界の先では、月面基地が崩壊していく。
もう、連合の戦力は半分以下だろう。
――この戦争は、終わりに向かって加速している。
だがその“終わり”が地獄でないと、誰が言える。
「……急げ!」
前方に、ドミニオンが見えた。
俺は通信を開く。
《ハンブラビ、サイコガンダム。補給求む》
艦内からすぐに応答があった。
着艦指示に従い、俺とドゥーの機体はドミニオンへと滑り込む。
コックピットハッチが開き、宇宙の無音から、艦内の喧騒へ。
そして――
俺とドゥーは無言のまま、ブリッジへ向かった。
艦内は静まり返っていた。
ドミニオン――かつて地球連合軍の誇る戦艦も、
今はほとんどのクルーが脱出し、艦としての機能は既に停止している。
唯一、ブリッジだけが――命を灯していた。
「僕にこんなことをして……どうなるか解ってるんだろうなッ!!」
甲高く響く怒声。
銃を握るアズラエルの腕が、怒りでわずかに震えている。
銃口の先――
ナタル・バジルールは何発か既に被弾しており、壁にもたれかかるようにして立っていた。
血が、制服を赤く染めている。
それでも彼女は、毅然とした声で言った。
「……あなたは、ここで死すべき人間です。私と共に」
そう、覚悟を決めた表情だった。
その時だった。
「――死ぬのは、あなた一人」
ブリッジに響いたのは、冷たく抑えた声。
ドゥー・ムラサメのものだった。
アズラエルがハッとこちらを振り向こうとした、その瞬間――
パン、パン、パンッ!
乾いた銃声が三度、ブリッジに鳴り響く。
アズラエルの額に、正確に三つの弾痕。
ゆっくりと仰け反るようにして、彼は無重力のブリッジを漂った。
虚ろな目のまま、声一つ発さず。
沈黙。
「……終わり」
そう呟いたドゥーの手には、なお熱を帯びる拳銃が握られていた。
「ナタルさん!」
俺は駆け寄り、すぐに彼女の身体を支える。
「き、君たちは……くっ……」
呻くようにして彼女が顔をしかめる。
「喋らないでください。アナタは……生きるべき人です」
そっと声をかけ、ナタルを背負うようにして抱きかかえる。
そのとき。
「……浮気」
ドゥーが、じと目でこちらを見ていた。
「いや今言う!?」
俺は思わずツッコミを入れながら、ブリッジを離れハンブラビのもとへ
ナタルの体をコックピットへと押し込む。
「申し訳ない……私は……」
ナタルが戸惑ったように口を開くが、すぐに目を閉じて息を整える。
「安心してください。アークエンジェルへ連れていきます」
ハンブラビとサイコガンダムはドミニオンを離脱した。
宇宙は、まだ戦いの只中にある。
だがこの瞬間――
一つの罪が、静かに終わりを告げていた。