「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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その声は、宙域全体に染み渡るように響いた。

 

『――ザフトは、直ちにジェネシスの使用を停止してください』

 

艦の鼓膜が震えるような静けさの中、

モニターに映し出されたのは、エターナルの艦橋。

そして、その中心に立つ少女――ラクス・クライン。

 

だが、そこにあるのは歌姫の微笑ではなかった。

その双眸は、怒りと悲しみを帯びて、まっすぐにこちらを射抜いていた。

 

『核を撃たれ、その痛みと絶望を知ったはずの私たちが……それでも、同じことをしようというのですか?』

 

その声は震えていなかった。

 

『討てば、癒えるのですか? 失った命が、戻るとでも?』

 

沈黙した戦場の中――

まるで時間が止まったようだった。

 

『罪なき人々や子供を、再び……今度は私たちが? それが正義だと、言えるのですか!?』

 

『互いに放ち合う砲火は、いったい何を生むのか……! まだ解らないのですか!?』

 

その声は、涙のように宙域に降り注ぎ、

憎しみと怨嗟で塗り固められた空気を、静かに、しかし確実に貫いた。

 

 

 

 

俺はすぐにアークエンジェルへ通信を開く。

その中で、事情と目的、そして――負傷者の引き渡しを申し出た。

映像に現れたのは、落ち着いた表情の女性艦長。

マリュー・ラミアス。

 

『事情は、すべてではありませんが理解しました。……ナタルは、こちらで引き取ります』

 

その返答に、少しだけ肩の力が抜けた。

ドゥーが慎重にナタルを抱きかかえ、転送準備の台に寝かせる。

 

「……君たちは、何者なの……?」

かすれた声で呟くナタルに、俺はただひとことだけ告げる。

 

「……何者でもありませんよ。ただ守りたいだけです」

 

転送光が走る。

ナタルが静かに、アークエンジェルへと移送されていった。

 

マリュー・ラミアス。

話の通じる人で助かった――

俺は心の底から、そう思った。

 

これで、少なくとも一つは守れた。

だが、戦いはまだ終わっていない。

俺たちにできることは、まだある。

 

 

 

レーダーに無数の光点が走る。

その先に見えるのは、核を搭載したメビウス部隊――ピースメーカー隊。

 

「……見つけた」

 

歯を食いしばる。

胸が焼けるようだ。

 

「ドゥー! あれだ! 一機も通すな!」

 

『了解』

 

サイコガンダムが両腕を振り上げ、指先から高出力のビームを放つ。

光が迸り、宙域を真昼のように照らし出す。

その瞬間――

 

メビウスが、次々に火球へと変わった。

 

「流石だ……俺も!」

 

咆哮とともに、ハンブラビをMA形態へ変形。

加速しながら残存のメビウスに向け、ビームを連射する。

一機、また一機と撃墜。

吹き飛ぶ残骸の向こうから、まだ飛んでくる。

 

「まだだ……終わらせねぇぞ!」

 

その中を護衛するストライクダガーが割り込む。

だが――

 

ドゥーのサイコガンダムが一歩踏み出す。

その巨体から、溜めも躊躇もなく、焼き尽くすようなビームが解き放たれる。

一瞬で――ストライクダガー三機が蒸発した。

 

「ほらァ! 死にたくなかったら撤退しろ!」

 

叫ぶ。

吠える。

自分の鼓膜にすら痛いほどの声で。

 

それは、警告ではない。

祈りでも、願いでもない。

 

――“お前らは撃ちたくない”、その叫びだった。

護衛対象を失ったストライクダガー部隊は、混乱の中、散り散りに宙域を離脱していく。

 

残るは――もう、いない。

ピースメーカー隊、壊滅。

核攻撃、阻止完了。

静寂が訪れる。

 

 

戦場の片隅――

視界の先で、フリーダムとプロヴィデンスが激しく火花を散らしていた。

ドラグーンが飛び交い、ビームが交差するその中心。

“英雄”と“仮面”が互いの信念をぶつけあう、最終決戦。

 

――その傍らで。

ドミニオンから射出された小さな脱出艇が、無力にも宇宙を漂っていた。

 

「……まだ、間に合う」

 

俺は、ドゥーと共にそちらへ機体を向けた。

 

フレイ・アルスター。

個人的な好みで言えば――はっきり言って好きなタイプじゃない。

だが、関係ない。

 

今の俺にとって、救える命はすべて、等しく価値がある。

フリーダムがこちらに気づいた。

一瞬、戸惑いのような動き――

 

だが。

プロヴィデンスが動いた。

こっちを見て、ニヤリとでも笑った気がした。

 

「来るぞ、ドゥー! ドラグーンだ――オールレンジ攻撃!!」

 

咄嗟に旋回。

一発、二発、三発――ビームを紙一重でかわす。

だがすべてを避けきれるわけじゃない。

 

反撃でドラグーンを狙うが、ことごとく空を切った。

 

あの仮面の化け物……俺たちを“余興”程度に見てやがるのか?

腹の底が煮えくり返る。

 

……その時だった。

 

プロヴィデンスの主砲が、脱出艇へと狙いを定めた。

一条のビームが――直撃する。

 

「――ッ!」

 

だが、フリーダムが割り込んだ。

シールドを展開し、辛うじてビームを防ぐ。

 

……その隙。

 

ドラグーンが回り込む。

脱出艇を狙う動きだ――!

 

「キラ!油断するな!ドゥー!」

 

俺の声が震える。

ドゥーの動きが追いつかない。

時間が、足りない――!

 

「くそっ!!」

 

考えるな。

動け。

守れ。

 

操縦桿を叩きつけるように、機体を変形急加速させた。

何度も調整を重ねその変形速度は約0.5秒まで短くなった。

ハンブラビが、まっすぐに――脱出艇の盾となる。

 

視界が真白に染まった。

閃光。

爆風。

空間が軋む音。

 

コックピットが揺れた。

全身を焼かれるような衝撃。

でも、意識はまだある。

 

……あぁ。

やっちまったな。

 

だけど――

 

これでいい。

これで、あいつらは――生き残れる。

 

「……あとは、頼んだ。主人公」

 

ドゥー…

通信ボタンに手を伸ばす暇もなく、

ハンブラビは、爆煙の中に沈んでいった。

 

――物語の主人公には、なれなくても。

せめて誰かの、“盾”にはなれたはずだ。

 

 

 

 

フリーダムのコクピット。

 

プロヴィデンス――

クルーゼのガンダムと交錯する剣と砲火。

 

「僕は……それでも、僕は!」

 

震える声が、吐き出された。

 

「力だけが僕の全てじゃない!!」

 

《――それが、誰に解る? 何が解る?》

 

通信に割り込むように、あの仮面の声が響く。

 

ラウ・ル・クルーゼ。

真っ直ぐに俺の核心を突く。

 

「くっ……!」

 

《解らぬさ。誰にも。貴様にも……!》

 

彼の声は怒りではなかった。

絶望と嘲り、諦念と――わずかな哀しみが混じっていた。

 

フリーダムのモニターが切り替わる。

 

――ドミニオンの脱出艇。

 

その中に、揺れる赤い髪が見えた。

 

「……あっ!」

 

僕は、名前を叫んだ。

 

「フレイ――!」

 

だが、その時。

視界の奥から、ふたつの機影が現れた。

あれは――ハンブラビと、サイコガンダム……?

 

敵だ。

何度も戦場で相対した機体。

俺たちを何度も窮地に追いやった、あの二機。

でも。

 

「……敵意が、ない……?」

 

違う。

動きが違う。

脱出艇を、守るように動いている。

 

……まさか。

プロヴィデンスのドラグーンが飛ぶ。

僕が対処しようとするより早く、サイコガンダムの砲撃がそれを逸らした。

 

「何を……!」

 

ハンブラビもまた、ドラグーンを一基ずつ狙って撃ち落とそうとしている。

確かに、守っている。

脱出艇を――

 

フレイを。

 

クルーゼが動いた。

主砲を脱出艇へと向ける。

 

「やめろッ!!」

 

フリーダムのシールドが割り込む。

ビームが弾け、宇宙が閃光に包まれる。

 

「……間に合った……」

 

だがその刹那。

 

《――キラ! 油断するな!!》

 

通信が入る。

ハンブラビの、パイロットの声――

初めて、僕の名前を呼んだ気がした。

その瞬間、嫌な予感が走る。

 

モニターが警告を告げる。

ドラグーンが、再び回り込んでいた。

狙いは――脱出艇。

 

まずい、間に合わない。

 

「くっ……!」

 

歯を食いしばり、加速する。

 

だが――

 

その時だった。

ハンブラビが、飛び込んだ。

鋼鉄の盾となって、脱出艇を庇う。

 

閃光。

爆発。

 

彼の名も、顔も知らなかった。

でも。

間違いなく――彼は、僕たちを、フレイを、守った。

 

「な、ぜ……」

 

何も言わずに散っていった彼が、

最後に、何かを託していった気がした。

 

胸が、熱い。

何かが、込み上げる。

涙が滲む。

 

「僕に、託したのか……?」

 

この戦争を――

誰かの“意思”で終わらせる力を、希望を。

 

「――僕は!」

 

握った操縦桿に、力が入る。

音を立てて、“何か”が弾けた。

視界が鮮やかに変わる。

感覚が研ぎ澄まされ、すべての動きが見える。

 

「僕は、止める……! 絶対に、こんな戦いを!」

 

キラ・ヤマトの“種”が割れた。

――彼の意志と、もう一つの命の意志を背負って。

 

 

 

 

「ゲーツ!!」

 

絶叫が宇宙に響くことはなかった。

だが確かに、その声はコックピットを震わせた。

 

爆炎の中心で、ハンブラビの姿が消えていた。

彼は脱出艇の盾となって――ドラグーンの砲撃にその身を晒したのだ。

 

サイコガンダムのコックピットで、ドゥーの身体が硬直する。

視界が揺れる。

震える手が、操縦桿から滑り落ちそうになる。

 

――崩れる。

 

心が、壊れてしまいそうになる。

けれど。

 

「……っ、まだ……」

 

震える手を、もう片方の手で無理やり掴む。

 

「ボクが……やらなきゃ」

 

ゲーツが託したもの。

ゲーツが守った命。

ゲーツが望んだ、未来。

 

涙は零れた。

だがその瞳には、もう迷いはなかった。

ドゥーは通信を開く。

 

「フリーダム!」

 

視線の先、青白い機体がクルーゼと交戦している。

 

「協力して。あの機体を……倒す!」

 

その声に、フリーダムのコックピットのキラが目を見開く。

 

『君は……あのときの……』

 

「早く!!」

 

ドゥーの声がキラの胸に突き刺さる。

 

すぐに答えるように、フリーダムが加速した。

サイコガンダムの装甲がパージされていく。

不要な外装を切り捨て、筋肉繊維のような機体の骨格が剝き出しになる。

 

次の瞬間。

散った装甲の一部が、まるで意志を持つかのようにドラグーンへ向かって飛ぶ。

 

一枚、また一枚。

凶悪なオールレンジ攻撃を、“盾”のように打ち砕いていく。

 

キラは確信する。

この少女――いや、この戦士は、

確かに何かを“背負って”いる。

 

フリーダムとサイコガンダムが、並ぶ。

かつて敵として刃を交えた者たちが、今、共に立つ。

二機は、プロヴィデンスへと突き進んだ。

 

――これは、希望の継承。

そして、戦いの終わりを告げる、最後の共闘だった。

 

 

 

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