その声は、宙域全体に染み渡るように響いた。
『――ザフトは、直ちにジェネシスの使用を停止してください』
艦の鼓膜が震えるような静けさの中、
モニターに映し出されたのは、エターナルの艦橋。
そして、その中心に立つ少女――ラクス・クライン。
だが、そこにあるのは歌姫の微笑ではなかった。
その双眸は、怒りと悲しみを帯びて、まっすぐにこちらを射抜いていた。
『核を撃たれ、その痛みと絶望を知ったはずの私たちが……それでも、同じことをしようというのですか?』
その声は震えていなかった。
『討てば、癒えるのですか? 失った命が、戻るとでも?』
沈黙した戦場の中――
まるで時間が止まったようだった。
『罪なき人々や子供を、再び……今度は私たちが? それが正義だと、言えるのですか!?』
『互いに放ち合う砲火は、いったい何を生むのか……! まだ解らないのですか!?』
その声は、涙のように宙域に降り注ぎ、
憎しみと怨嗟で塗り固められた空気を、静かに、しかし確実に貫いた。
◇
俺はすぐにアークエンジェルへ通信を開く。
その中で、事情と目的、そして――負傷者の引き渡しを申し出た。
映像に現れたのは、落ち着いた表情の女性艦長。
マリュー・ラミアス。
『事情は、すべてではありませんが理解しました。……ナタルは、こちらで引き取ります』
その返答に、少しだけ肩の力が抜けた。
ドゥーが慎重にナタルを抱きかかえ、転送準備の台に寝かせる。
「……君たちは、何者なの……?」
かすれた声で呟くナタルに、俺はただひとことだけ告げる。
「……何者でもありませんよ。ただ守りたいだけです」
転送光が走る。
ナタルが静かに、アークエンジェルへと移送されていった。
マリュー・ラミアス。
話の通じる人で助かった――
俺は心の底から、そう思った。
これで、少なくとも一つは守れた。
だが、戦いはまだ終わっていない。
俺たちにできることは、まだある。
レーダーに無数の光点が走る。
その先に見えるのは、核を搭載したメビウス部隊――ピースメーカー隊。
「……見つけた」
歯を食いしばる。
胸が焼けるようだ。
「ドゥー! あれだ! 一機も通すな!」
『了解』
サイコガンダムが両腕を振り上げ、指先から高出力のビームを放つ。
光が迸り、宙域を真昼のように照らし出す。
その瞬間――
メビウスが、次々に火球へと変わった。
「流石だ……俺も!」
咆哮とともに、ハンブラビをMA形態へ変形。
加速しながら残存のメビウスに向け、ビームを連射する。
一機、また一機と撃墜。
吹き飛ぶ残骸の向こうから、まだ飛んでくる。
「まだだ……終わらせねぇぞ!」
その中を護衛するストライクダガーが割り込む。
だが――
ドゥーのサイコガンダムが一歩踏み出す。
その巨体から、溜めも躊躇もなく、焼き尽くすようなビームが解き放たれる。
一瞬で――ストライクダガー三機が蒸発した。
「ほらァ! 死にたくなかったら撤退しろ!」
叫ぶ。
吠える。
自分の鼓膜にすら痛いほどの声で。
それは、警告ではない。
祈りでも、願いでもない。
――“お前らは撃ちたくない”、その叫びだった。
護衛対象を失ったストライクダガー部隊は、混乱の中、散り散りに宙域を離脱していく。
残るは――もう、いない。
ピースメーカー隊、壊滅。
核攻撃、阻止完了。
静寂が訪れる。
戦場の片隅――
視界の先で、フリーダムとプロヴィデンスが激しく火花を散らしていた。
ドラグーンが飛び交い、ビームが交差するその中心。
“英雄”と“仮面”が互いの信念をぶつけあう、最終決戦。
――その傍らで。
ドミニオンから射出された小さな脱出艇が、無力にも宇宙を漂っていた。
「……まだ、間に合う」
俺は、ドゥーと共にそちらへ機体を向けた。
フレイ・アルスター。
個人的な好みで言えば――はっきり言って好きなタイプじゃない。
だが、関係ない。
今の俺にとって、救える命はすべて、等しく価値がある。
フリーダムがこちらに気づいた。
一瞬、戸惑いのような動き――
だが。
プロヴィデンスが動いた。
こっちを見て、ニヤリとでも笑った気がした。
「来るぞ、ドゥー! ドラグーンだ――オールレンジ攻撃!!」
咄嗟に旋回。
一発、二発、三発――ビームを紙一重でかわす。
だがすべてを避けきれるわけじゃない。
反撃でドラグーンを狙うが、ことごとく空を切った。
あの仮面の化け物……俺たちを“余興”程度に見てやがるのか?
腹の底が煮えくり返る。
……その時だった。
プロヴィデンスの主砲が、脱出艇へと狙いを定めた。
一条のビームが――直撃する。
「――ッ!」
だが、フリーダムが割り込んだ。
シールドを展開し、辛うじてビームを防ぐ。
……その隙。
ドラグーンが回り込む。
脱出艇を狙う動きだ――!
「キラ!油断するな!ドゥー!」
俺の声が震える。
ドゥーの動きが追いつかない。
時間が、足りない――!
「くそっ!!」
考えるな。
動け。
守れ。
操縦桿を叩きつけるように、機体を変形急加速させた。
何度も調整を重ねその変形速度は約0.5秒まで短くなった。
ハンブラビが、まっすぐに――脱出艇の盾となる。
視界が真白に染まった。
閃光。
爆風。
空間が軋む音。
コックピットが揺れた。
全身を焼かれるような衝撃。
でも、意識はまだある。
……あぁ。
やっちまったな。
だけど――
これでいい。
これで、あいつらは――生き残れる。
「……あとは、頼んだ。主人公」
ドゥー…
通信ボタンに手を伸ばす暇もなく、
ハンブラビは、爆煙の中に沈んでいった。
――物語の主人公には、なれなくても。
せめて誰かの、“盾”にはなれたはずだ。
◇
フリーダムのコクピット。
プロヴィデンス――
クルーゼのガンダムと交錯する剣と砲火。
「僕は……それでも、僕は!」
震える声が、吐き出された。
「力だけが僕の全てじゃない!!」
《――それが、誰に解る? 何が解る?》
通信に割り込むように、あの仮面の声が響く。
ラウ・ル・クルーゼ。
真っ直ぐに俺の核心を突く。
「くっ……!」
《解らぬさ。誰にも。貴様にも……!》
彼の声は怒りではなかった。
絶望と嘲り、諦念と――わずかな哀しみが混じっていた。
フリーダムのモニターが切り替わる。
――ドミニオンの脱出艇。
その中に、揺れる赤い髪が見えた。
「……あっ!」
僕は、名前を叫んだ。
「フレイ――!」
だが、その時。
視界の奥から、ふたつの機影が現れた。
あれは――ハンブラビと、サイコガンダム……?
敵だ。
何度も戦場で相対した機体。
俺たちを何度も窮地に追いやった、あの二機。
でも。
「……敵意が、ない……?」
違う。
動きが違う。
脱出艇を、守るように動いている。
……まさか。
プロヴィデンスのドラグーンが飛ぶ。
僕が対処しようとするより早く、サイコガンダムの砲撃がそれを逸らした。
「何を……!」
ハンブラビもまた、ドラグーンを一基ずつ狙って撃ち落とそうとしている。
確かに、守っている。
脱出艇を――
フレイを。
クルーゼが動いた。
主砲を脱出艇へと向ける。
「やめろッ!!」
フリーダムのシールドが割り込む。
ビームが弾け、宇宙が閃光に包まれる。
「……間に合った……」
だがその刹那。
《――キラ! 油断するな!!》
通信が入る。
ハンブラビの、パイロットの声――
初めて、僕の名前を呼んだ気がした。
その瞬間、嫌な予感が走る。
モニターが警告を告げる。
ドラグーンが、再び回り込んでいた。
狙いは――脱出艇。
まずい、間に合わない。
「くっ……!」
歯を食いしばり、加速する。
だが――
その時だった。
ハンブラビが、飛び込んだ。
鋼鉄の盾となって、脱出艇を庇う。
閃光。
爆発。
彼の名も、顔も知らなかった。
でも。
間違いなく――彼は、僕たちを、フレイを、守った。
「な、ぜ……」
何も言わずに散っていった彼が、
最後に、何かを託していった気がした。
胸が、熱い。
何かが、込み上げる。
涙が滲む。
「僕に、託したのか……?」
この戦争を――
誰かの“意思”で終わらせる力を、希望を。
「――僕は!」
握った操縦桿に、力が入る。
音を立てて、“何か”が弾けた。
視界が鮮やかに変わる。
感覚が研ぎ澄まされ、すべての動きが見える。
「僕は、止める……! 絶対に、こんな戦いを!」
キラ・ヤマトの“種”が割れた。
――彼の意志と、もう一つの命の意志を背負って。
◇
「ゲーツ!!」
絶叫が宇宙に響くことはなかった。
だが確かに、その声はコックピットを震わせた。
爆炎の中心で、ハンブラビの姿が消えていた。
彼は脱出艇の盾となって――ドラグーンの砲撃にその身を晒したのだ。
サイコガンダムのコックピットで、ドゥーの身体が硬直する。
視界が揺れる。
震える手が、操縦桿から滑り落ちそうになる。
――崩れる。
心が、壊れてしまいそうになる。
けれど。
「……っ、まだ……」
震える手を、もう片方の手で無理やり掴む。
「ボクが……やらなきゃ」
ゲーツが託したもの。
ゲーツが守った命。
ゲーツが望んだ、未来。
涙は零れた。
だがその瞳には、もう迷いはなかった。
ドゥーは通信を開く。
「フリーダム!」
視線の先、青白い機体がクルーゼと交戦している。
「協力して。あの機体を……倒す!」
その声に、フリーダムのコックピットのキラが目を見開く。
『君は……あのときの……』
「早く!!」
ドゥーの声がキラの胸に突き刺さる。
すぐに答えるように、フリーダムが加速した。
サイコガンダムの装甲がパージされていく。
不要な外装を切り捨て、筋肉繊維のような機体の骨格が剝き出しになる。
次の瞬間。
散った装甲の一部が、まるで意志を持つかのようにドラグーンへ向かって飛ぶ。
一枚、また一枚。
凶悪なオールレンジ攻撃を、“盾”のように打ち砕いていく。
キラは確信する。
この少女――いや、この戦士は、
確かに何かを“背負って”いる。
フリーダムとサイコガンダムが、並ぶ。
かつて敵として刃を交えた者たちが、今、共に立つ。
二機は、プロヴィデンスへと突き進んだ。
――これは、希望の継承。
そして、戦いの終わりを告げる、最後の共闘だった。