とある宙域――
アークエンジェル、エターナル、そしてクサナギ。
かつての敵味方を超えて、今は一つの艦隊として、静かに並んでいた。
アークエンジェルの格納庫では、安堵と静けさが空気を満たしていた。
戦争は終わった。
まだ信じられないが、生きていた。
生き残った者たちが、互いの存在を確かめ合っている。
そして、その中に――
「フレイ!」
「キラ!」
ふたりの名が重なり、走り寄る姿があった。
少年と少女が、ようやく再会を果たしていた。
……その光景を、ドゥー・ムラサメは遠くから見つめていた。
どこか、胸の奥がざわつく。
「ボクも……」と呟きそうになって、首を振った。
――ダメだ。
余計な感情に支配されそうになる。
けれど、それは間違いだ。
理由は、分からない。
なぜ、彼があの二人を助けたのか。
なぜ、命を賭けたのか。
……でも、もうどうでもいい。
重要なのは――相棒が、そうしたということ。
その事実だけは、ボクが否定してはいけない。
彼が信じたものを、否定したくない。
だから、ただ見つめる。
声もかけず、名も呼ばず。
あの再会の場に、ボクの居場所はない。
背後から、足音が聞こえた。
振り返ると、ひとりの青年が立っていた。
前髪を大きく分けたダークブルーのミドルヘア。
知的な印象を与える、澄んだグリーンの瞳。
一目見て分かる、美しい顔立ち――。
彼は、ゆっくりと問いかける。
「君は……?」
「――ジャスティスの?」
最初に口を開いたのは、ドゥーだった。
目の前に立つ青年の姿に、どこか見覚えのある空気を感じ取っていた。
「そうだ。君は……あの巨大なガンダムの……」
「サイコガンダム? そうだよ」
即答するドゥーの声音に、青年は、わずかに目を見開いた。
かつて幾度となく、戦場で対峙し、殺し合った相手。
それが今、武器を置き、生身で、こうして向かい合っている――それだけで、言葉の重さが変わる。
「じゃあ、キミは……相棒が話してくれた……アスラン……ズラ?」
「いや、ズラじゃない。ザラだ」
「カツラなの?」
「全然、違う。ザラだ」
真顔で訂正するアスランに、ドゥーは不思議そうに首を傾げた。
だが、さらにひと言――
「たしか相棒が、“すぐ裏切る女たらし”だって……」
「ひどいこと言うな!?」
唐突な言葉に思わず声を荒げるアスラン。
その響きに、空気がぴたりと止まった。
二人の間に訪れた一瞬の沈黙――だが、その沈黙は敵意ではなく、むしろ逆に緊張をほどいていく。
そして、吹き出すように、ふたりの口元から小さな笑いがこぼれた。
「……改めて。アスラン・ザラだ」
右手を差し出すアスラン。
その仕草は、どこか照れ隠しにも見えた。
「ドゥー・ムラサメ。……もう殺し合いたくないね、面白い人」
「面白いのは君だろう……」
握手は、ほんの数秒のことだった。
だが、その短い交差に、確かに温もりがあった。
かつて命を懸けて争ったふたりが、ようやく素顔で触れ合った、その一瞬に。
過去の痛みと憎しみ。
戦場の理不尽と、命の重さ。
そうしたすべての上で、わずかでも“許し”と“理解”が芽吹いたのなら――
それはきっと、小さな始まりだ。
戦いの向こう側で。
終わらせるために、誰かの手を取るために。
ふたりは、いま、すれ違わずにいられた。
◇
艦内の静かな通路――
厚いガラス越しに広がる宇宙を、車椅子に乗ったナタル・バジルールがじっと見つめていた。
その車椅子の背を、マリュー・ラミアスが静かに押している。
光の粒が流れるように視界を横切っていく。
それは、あの日見たジェネシスの残骸か、あるいは誰かの魂か。
「ナタル、これからどうするの?」
マリューが静かに問いかけた。
「……私は、もう軍には戻れないでしょう」
ナタルは、どこか清々しい声で答えた。
「そう、ね……」
マリューはそれ以上、問い詰めることはなかった。
ナタルの決意は、彼女にしかわからないものがあると、察していた。
しばしの沈黙のあと、ナタルがぽつりと呟く。
「……ドゥー・ムラサメ。それに、ゲーツ・キャパ……私を救ってくれた、ふたりです」
「ナタル……?」
「ドミニオンに配属されて、すぐに調べたんです。
あの二人の記録は――すべて、抹消されていました」
悔しさでもなく、怒りでもなく。
ただ、受け入れるような、静かな声だった。
「“存在しない英雄”。……上手くは言えませんが、だからこそ……私は、生きて、この恩を返したいと思っています」
「ナタル……」
マリューは言葉を失ったまま、その肩に手を置いた。
どこか遠くの星を見つめながら、ナタルは微かに笑う。
「たとえ名前が残らずとも、あの人たちが守った“世界”は……まだ、続いていますから」
その言葉は、まるで星々に向けた祈りのようだった。
◇
ボクはその後、連合軍には戻らなかった。
サイコガンダムは、ジェネシスの崩壊とともに跡形もなく消えた。
記録上、ボクは“戦死”とされているらしい。
それは、ナタル・バジルールも、バスク・オム――大佐も、同じだった。
戦火の中、アレキサンドリアは轟沈し、乗組員は辛うじて脱出。
三人とも、それを機に軍を去った。
……そして今、アークエンジェルの一室で、“誰がボクを引き取るのか”という奇妙な話し合いが続いている。
「俺が育てたようなもんだろう。飯も作ってやったしな」
と、バスク大佐が誇らしげに言う。
……ビーフシチュー以外、記憶にないけど。
「いえ、この子は女の子です。同じ女性である私が保護者になるべきです」
ナタル中佐は、車椅子越しにきっぱりとそう言った。
その表情は、かつてブリッジで指揮を執っていた頃のものと同じだった。
二人の視線が交錯し、ボクを囲む。
……少しだけ、くすぐったい。
争われるような存在じゃないのに。
ボクの中身なんて、空っぽだ。
けれど、誰かがこの命を大事にしようとしてくれる。それは、少しだけ――嬉しかった。
視線の先。
キラ・ヤマトとラクス・クラインが並んでいた。
まるで、戦争の続きを話し合うかのように、静かに言葉を交わしていた。
ボクたちのほうを見て、キラが一瞬だけ目を細める。
その眼差しは、どこか懐かしく、やさしかった。
背後で、マリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガが見守っている。
誰もが、少しだけ微笑んでいた。
戦争は終わったのだと、ようやく実感がわいてくる。
――相棒。
ゲーツ・キャパ。
あなたが守ろうとしたものは、こんな世界だったのかな。
争い合いながら、それでも誰かを守ろうとする人たちのことを、
バカみたいに必死に生きる人たちのことを――
ボクはまだ、わかっていない。
だけど……この温度を、記憶していたいと思う。
例え、またいつか戦う日が来ても。
ボクが“ボク”として生きる限り。
きっと、それだけは失くさずにいられるから。