ハンブラビのコックピット。
俺は目を閉じ、深く息を吐いた。
機内は、しんと静まり返っている。
唯一聞こえるのは、自分の鼓動と、空調のかすかな唸り。
その静寂を破るように、モニターが起動する音が耳を打った。
映し出されたのは、赤いゴーグルと、顔面圧で画面を割りかねない巨漢――
バスク・オム。
「……おい、ゲーツ。聞こえているか」
「はっ!」
反射的に姿勢を正し、敬礼していた。
自分でも驚くほど自然に、無意識に。
この身体の習性か、強化人間の刷り込みか――もはや区別もつかない。
「第5・第6艦隊が、プラント本国に直接攻撃を仕掛ける。
お前たちの任務は、その露払いだ」
「承知しております」
(――え?)
口では即答、心では混乱。
(ってことは、これ……第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦か?
原作開始よりちょい前、キラもストライクもまだ登場してない時系列……だよな)
だが、思考はすぐ別の方向に傾いた。
(このタイミングでハンブラビとサイコガンダムが稼働中って、どんな世界線だよ……)
混乱は増すばかりだが、今は考える時間もない。
「……だが、お前たちは初出撃だ。
それに、そのMSも完全な状態ではない」
(ちょっと待て?)
またしても初耳情報が、涼しい顔で投下される。
未完成? それ出撃前に言う?
――これが軍隊。これが連合。これがバスク。
「だから……無理はするな」
それだけ言って、モニターはぷつりと途切れた。
(……え?)
しばし沈黙。
やけに優しい物言いだった。
もっと威圧的に「死んでこい」と言われる覚悟だったのに、あの口調は――
(……大丈夫か、このバスク大佐)
疑念と共に、わずかに背筋が寒くなる。
『ハンブラビ、発進どうぞ』
通信が入る。
機体は静かに、だが確実にカタパルトへと運ばれていく。
(……やっぱ考えても仕方ねぇな)
この世界の仕組みも、歴史も、今さらどうにもならない。
ハンブラビとサイコガンダムが“ここにある”時点で、俺の常識は通用しない。
でも――それでも。
今、隣にいるのはドゥーだ。
そんな中、ふと、口をついて出た言葉があった。
「……もう、ドゥーでもいいか」
ふとした気の緩み。
だがその一言の直後、通信から小さな“間”が生まれた。
『……ごほん。ハンブラビ、発進どうぞ』
(……)
(……あッッッッぶねえええええ!!)
背筋を凍らせながら、スイッチを操作。
マイクが繋がってるとか聞いてない。誰か早くミュートボタンを俺にくれ。
咄嗟に背筋を伸ばし、仕切り直す。
よし。やるなら、やってやる。
男なら一度は言いたかった、あのセリフを。
「……ハンブラビ、出るぞ」
重い機体が重力を断ち、カタパルトが閃光とともに開かれた。
宇宙の闇へ、青い残光が一直線に走る。
そしてその後方、少し遅れて――
サイコガンダムが、ゆっくりと動き出した。
◇
サイコガンダムのコックピットは、いつもと同じ――そう、見えるだけだった。
閉ざされた、無機質な暗闇。
鋼鉄の胎内のような、息の詰まる閉塞感。
冷たく、重く、そして“無感情”な制御装置が、無言の圧を放っている。
唯一の光源――モニターの灯りが、彼女の白い頬を仄かに照らしていた。
ドゥー・ムラサメは、困惑していた。
ゲーツ・キャパ。
彼女にとって、それはただの“監視役”。
命令を与える声。管理する視線。
ボクがボクである限り、干渉してくることのない、無関心の象徴。
それが、どうして――
(……なんで、あんな目で見るの?)
理解できない。
彼の思考が、読めない。
優しさの理由も、言葉の意味も、反応の仕方すらわからない。
――まるで、知らない誰か。
(……入れ替わった? ボクの知らない、誰かと……?)
それは、冗談にすらならない仮定。
けれど、否応なく脳裏を過るほどに、彼は“変わっていた”。
ふと、彼の言葉が頭をよぎる。
『ドゥーはドゥーだ。自分を部品みたいに言うなよ』
『相棒だよ。俺の』
まるで、強い呪文のように。
その言葉が、何度も何度も、脳の奥で反響しては消えずに残る。
……意味が、わからない。
理解できない。
そもそも、“感情”とはこういうものなのかも、よくわからない。
でも――なぜか、否定できなかった。
(……じゃあ、ボクは……心臓じゃない?)
外から、低い振動が伝わってくる。
ハンブラビが、先に宇宙へと飛び立ったのだ。
それを追うように、サイコガンダムの出撃準備が自動で始まる。
機械的な音声がコックピットに満ち、計器が次々と点灯していく。
操作は、身体が覚えている。躊躇なく、正確に、指が動く。
だが――心だけが、追いつかない。
そして、最後のキーを押す瞬間。
不意に、ぽつりと漏れた声が、密閉空間に響いた。
「……ボクは、ゲーツの相棒」
その言葉が自分の口から出たことに、ほんの一瞬、目を見開いた。
自分でも、驚いていた。
それでも、不思議だった。
その言葉の響きだけが――どこか、温かかった。
たったそれだけのことが、
いまの彼女には、とても遠くて、とても眩しかった。