「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

21 / 25
21

 

 

 

ブリーフィングルームには、すでにアウルとスティング――二人の強化パイロットが揃っていた。

重く、乾いた声が交わされる。

 

「……新型艦だってさ」

「来るのは、あの合体野郎かな」

「だったら今度こそ、バラバラにしてやんねぇとな」

「あるいは、生け捕りにするか。情報は欲しいんでしょ」

「どっちにしろ……また、楽しくなるな」

 

獣じみた笑いと、感情の読めない声。

戦場の話になると、昂ぶる。飢える。

それが、この部屋の“日常”だった――俺が扉を開ける、その瞬間までは。

 

「……あん?」

 

会話が止まる。視線が、一斉にこちらに向く。

いや、正確には――俺の胸にしがみついて離れない少女に、だ。

 

「…………」

 

沈黙。

 

ステラは、俺のジャケットに顔を押しつけ、うっとり目を細めている。

まるで猫のように頬を擦りつけながら、「ネオ……」と小さく囁いた。

 

俺はこめかみに手を当て、淡々と告げる。

 

「……誰か、頼む。ステラを引きはがしてくれ」

 

しかし誰も動かない。

完璧なまでの、無言の拒否。

 

アウルが引きつった笑みを浮かべながら言う。

 

「いや……俺、無理。下手に触ったら噛まれそうだし」

 

「もしくは、泣き喚かれるか……両方」

 

スティングは目を逸らし、ため息を吐いた。

そのまま椅子にもたれて、聞かなかったフリを決め込む。

 

「……おい。俺、ブリッジに行かないとダメなんだぞ。指揮官なんだぞ」

「ほら、誰か……これは命令だ! 命令だってば!」

 

誰も動かない。

ステラはさらに「ネオぉ……」と甘く呟きながら、ぎゅっと抱きついた。

 

「……なんで、俺だけこうなるんだよ……」

 

ぼやいても、誰からも返事はなかった。

ただ、ブリーフィングルームの空気だけが、微妙に気まずく歪んでいた。

 

 

 

 

◆

 

 

 

サイコガンダムの“心臓”として過ごしていたころの夢を見た。

冷たい、光も音もない場所で、誰かの命令に従って動くだけの“部品”――そんな夢だった。

 

「……む」

 

夜中、自室のベッドで目を覚ます。

じっとりと額に汗がにじんでいた。

 

窓から吹き込む風に首をすくめ、そっと立ち上がる。

部屋の隅でスリープ状態のハロアインが、いつになく静かだった。

 

冷たい水でも飲もうか。

そんな気分で、部屋を出る。

 

廊下を抜けて、ベランダの前を通ると……先客がいた。

 

ナタル・バジルール。

ひとり静かに夜空を見上げている。

その手には、琥珀色の液体が揺れるグラス。

 

「眠れないのか?」

 

「……うん、ちょっとね」

 

ボクは隣に腰を下ろした。

涼しい風と、夜の匂いが混ざり合って、静かな海の音が聞こえてくる。

 

ふと、ナタルの持つグラスに視線が吸い寄せられた。

 

「……飲んでみたい」

 

「未成年だろう。身体に良くない」

 

「ボク、もっと身体に悪いもの、たくさん打たれてたよ?」

 

いたずらっぽくそう言うと、ナタルは肩を落とし、頭を押さえる。

 

「……はぁ。だからって酒を選ばなくてもいいだろうに」

 

返事を待たず、ボクは彼女のボトルから少しだけ、自分のコップに注いだ。

ひと口、口に含む。

 

「――不味い」

「……だろう」

 

苦い。重い。喉の奥に残る嫌な熱さ。

こんなものを好んで飲む理由が、少しもわからなかった。

 

「ふふっ」

 

ナタルは、ボクのしかめっ面を見て、くすりと笑った。

その笑い方が、ほんの少しだけ意地悪に見える。

 

「ジュースでも持ってこようか?」

 

そう言って、わざとらしくグラスを傾ける。

さっきの“いたずら返し”だと、すぐにわかった。

 

「……いい。飲む」

 

むきになって、グラスをぐいっとあおった。

喉が熱い。鼻に抜ける苦さと渋さが、胸の奥をぐらつかせる。

 

「……うぇぇ、不味い」

 

「我慢強くなったな、ドゥー」

 

「誰のせいだと思ってるの……」

 

肩をすくめて返すと、ナタルが少し視線をそらした。

空気が落ち着く。少しだけ、風が止んだ気がした。

 

そして、なんとなく聞いてみたくなった。

 

「ナタルは……なんで、ボクと一緒にいてくれるの?」

 

ナタルはコップを置いた。

夜空を見上げるようにして、しばらく黙ったまま考えていた。

 

「――難しく言わないでね」

 

先に釘を刺しておく。ナタルはたまに理屈っぽくなるから。

 

「……ふふ。そうだったな」

 

少し口元を緩めて、彼女は静かに言った。

 

「簡単に言うなら――命を、救われたからだ」

 

「……救ったのはボクじゃなくて、ゲーツだよ」

 

「違うな」

ナタルの声が、すっと重くなる。けれど、優しかった。

 

「二人に救われたんだ。あのとき――お前が、あの男を撃ってくれなければ、私はあそこで死んでいた」

 

ボクは視線を落とす。

あのときの光景が、胸の奥に浮かぶ。

 

「……それが、理由?」

 

「それが“始まり”だ」

 

ナタルはそう言って、ふっと笑う。

 

「でも、今は――ドゥーと一緒にいたいからいる。理由なんて、もうそれで十分だろう?」

 

そう言って、すっと立ち上がる。

夜風にマフラーがふわりと揺れた。

 

「……ナタル、酔ってる?」

 

「なにを!生意気言うな!」

 

突然、ナタルがこちらに身を乗り出す。

慌てて逃げようとしたが、すでに手遅れだった。

 

「わっ、ちょ、ちょっとやめ――わわわ!?」

 

頬を両手でむぎゅっと挟まれ、逃げ場を失う。

顔が近い。意外と力が強い。

 

「こら、口ごたえ禁止。上官命令だ」

 

「や、やだ……変な命令しないでぇ……!」

 

「クイアラタメロ! クイアラタメロ!!」

 

どこからか、黒い球体が猛スピードで接近してきた。

 

ハロアイン――どうやらボクの不在に気づいて探してきたらしい。

ベランダのドアを開けて突入し、ボクの背中に体当たり。

 

「おおっと……!」

 

「やめてハロ!!なんでボク!?」

 

「フフフ!フハハッ!フハハハハハハハハッ!!ヤリマシタヨ!クランクニー!!」

 

ぐるぐる回りながら跳ねるハロアイン。

ナタルはため息をつきながら、ようやくボクの頬から手を離した。

 

「うぅ、ボクの顔が……ぐにゃぐにゃに……」

 

「それは最初からじゃないか?」

 

「ひどっ」

 

笑い声が重なった。

夜の海風は少しだけぬるくなり、どこか甘い匂いを運んできた。

 

◆

 

 

 

ガーティ・ルー級 戦闘宙域

 

艦影――ザフトの新型戦艦が目前に迫る。

その砲門がこちらを捉えた瞬間、イアン少佐が即座に号令を飛ばす。

 

「ハンブラビ、発進準備! 機関始動、急げッ!」

「ミサイル発射管、5番から8番、撃てッ!」

「主砲、敵艦照準――撃てる距離になり次第、直ちに発砲!」

 

艦橋が揺れ、機関が唸りを上げる。

続いてミサイルの発射音が鳴り響き、複数の光条が宙を走る。

直後、戦場の反対側――

宇宙空間に浮かぶ瓦礫の中から、三機のガンダムが姿を現す。

 

カオス、ガイア、アビス。

強奪されたはずの最新鋭モビルスーツたちが、今まさにザフトの艦を挟み撃ちにしようとしていた。

 

「……完璧だ」

 

イアンは知らず呟いていた。

 

まるで全てが仕組まれていたかのような包囲網。

真正面から大佐のハンブラビ、側面から三機の新型――

連携も連絡もないはずの動きが、戦術として成立していた。

 

――ネオ・ロアノーク。

いまのその名で呼ばれている男。

 

だがその指揮ぶり、戦況の読み、全体の組み立て――

あれは偶然などではない。明確な意志と計算がそこにある。

 

(やはり、只者ではない……)

 

イアンは思う。

この男がかつて“誰”であったかなど、今は重要ではない。

 

重要なのは――この“戦い”を任せるに値するかどうか、だ。

そして今この瞬間、答えは一つだった。

 

「大佐は、優秀だ……」

 

呟いたその声は、ミサイルの爆音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

◇

 

 

ステラたちの乗る三機のガンダム――カオス、ガイア、アビスが、

ザクウォーリアの小隊と交戦しているのがモニターに映る。

 

乱れるビーム、爆煙、急旋回――まさに野生の暴れ馬三頭。

その暴れっぷりに思わず苦笑しながら、俺は小さく息を吐いた。

 

「……こっちも始めるか。俺とハンブラビの組み合わせから――逃げられるか?」

 

目前、赤と白のガンダムが正面から立ち塞がる。

インパルス。――また、名が浮かんだ。

 

(……なぜ、知っている?)

 

脳裏をかすめた疑問を、戦場が押し流す。

 

ハンブラビを変形させ、一気に加速。

漆黒の流星のように宙を駆け――吼えるように叫ぶ。

 

「そら!クモの巣だ、行くぞッ!!」

 

電磁ネットを展開。

四方から繰り出されたワイヤーがインパルスを包囲し、絡め取る。

 

火花。

ネットが絡みついた瞬間、高圧電流が走る。

一瞬、インパルスの動きが止まった。

 

「捕まえたぞ!」

 

勝機、そう思った矢先――

 

閃光。

 

インパルスが、ビームサーベルを抜いた。

瞬時の斬撃で、ネットを両断。バチッと火花を散らして破砕する。

 

「くっ、簡単には終わらないか……!」

 

その姿に、思わず呟く。

 

「やっぱり、“主人公”かよ……」

 

言った自分に、僅かな違和感。

 

……主人公。

この戦場に、そんな“呼び方”があるわけがない。

なのに、言葉が自然と口をついて出る。

 

(なにを言ってるんだ、俺は……?)

 

一瞬、胸の奥がきしんだ。

喉の奥がむず痒いような、不快な、けれど――どこか懐かしいような感覚。

 

だが、敵は目の前だ。

 

俺はそのまま照準を合わせ、連射。

ビームが矢継ぎ早にインパルスを襲う。

 

確かに性能は悪くない。だが、経験が足りない。

今のうちに――仕留める!

だが。

 

白いザクウォーリアが、俺の進路を遮るように飛び出してきた。

 

「またこいつか!?」

 

唐突に現れた機体に、ビームを一射。

だが、相手は鋭く反応し、すぐさま反撃。

 

「っとぉ! くそ、今の避けんのかよ!」

 

装甲をかすめる熱が、座席越しに伝わる。ぞっとする距離。

冗談じゃない。

 

「アウルたちは何やってんだ、数で押せって言っただろうが!」

 

視線を横に滑らせる。

三機のガンダムが、一機のザクウォーリアに足止めされている。

 

――赤いザク。

 

ルナマリア・ホークの機体。

そう、知っている。知ってるはずだ。けど、どこで――

 

(なんだ……この既視感……?)

 

視界が一瞬だけ揺らぐ。

眩暈のような、記憶のノイズ。名前だけが、鮮明に浮かんで離れない。

 

そのとき――

艦影が、砲を向ける。

 

「ん?」

 

ザフトの戦艦だ。主砲の光が、こちらを貫く。

――来るッ!

 

「チッ!」

 

ハンブラビを思い切り傾け、推進器を全開。

轟音のような光が、機体のすぐ脇をかすめていく。

 

「ぐっ……右腕、やられたか……」

 

モニターにノイズ。操作系が鈍る。

 

『大佐! 帰還を! 宙域を離脱します!』

 

イアン少佐の通信が響く。

冷静で、正しい。状況は――悪い。

 

ここでの戦いは得策じゃない。

舌打ちを抑え、戦術計算を切り替える。

 

「…また会おう!インパルスと白いザク!」

 

軽く手を振るような気持ちで、通信を全隊へ。

 

《全機、撤退。作戦終了だ》

 

ハンブラビが旋回し、宙を裂くように反転。

ガーティ・ルーへ向かって加速する。

 

その背後で、戦場が収束していく。

 

まだ終わりじゃない。

次に出るときは、もっと派手に――もっと深く、踏み込んでやる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。