ブリーフィングルームには、すでにアウルとスティング――二人の強化パイロットが揃っていた。
重く、乾いた声が交わされる。
「……新型艦だってさ」
「来るのは、あの合体野郎かな」
「だったら今度こそ、バラバラにしてやんねぇとな」
「あるいは、生け捕りにするか。情報は欲しいんでしょ」
「どっちにしろ……また、楽しくなるな」
獣じみた笑いと、感情の読めない声。
戦場の話になると、昂ぶる。飢える。
それが、この部屋の“日常”だった――俺が扉を開ける、その瞬間までは。
「……あん?」
会話が止まる。視線が、一斉にこちらに向く。
いや、正確には――俺の胸にしがみついて離れない少女に、だ。
「…………」
沈黙。
ステラは、俺のジャケットに顔を押しつけ、うっとり目を細めている。
まるで猫のように頬を擦りつけながら、「ネオ……」と小さく囁いた。
俺はこめかみに手を当て、淡々と告げる。
「……誰か、頼む。ステラを引きはがしてくれ」
しかし誰も動かない。
完璧なまでの、無言の拒否。
アウルが引きつった笑みを浮かべながら言う。
「いや……俺、無理。下手に触ったら噛まれそうだし」
「もしくは、泣き喚かれるか……両方」
スティングは目を逸らし、ため息を吐いた。
そのまま椅子にもたれて、聞かなかったフリを決め込む。
「……おい。俺、ブリッジに行かないとダメなんだぞ。指揮官なんだぞ」
「ほら、誰か……これは命令だ! 命令だってば!」
誰も動かない。
ステラはさらに「ネオぉ……」と甘く呟きながら、ぎゅっと抱きついた。
「……なんで、俺だけこうなるんだよ……」
ぼやいても、誰からも返事はなかった。
ただ、ブリーフィングルームの空気だけが、微妙に気まずく歪んでいた。
◆
サイコガンダムの“心臓”として過ごしていたころの夢を見た。
冷たい、光も音もない場所で、誰かの命令に従って動くだけの“部品”――そんな夢だった。
「……む」
夜中、自室のベッドで目を覚ます。
じっとりと額に汗がにじんでいた。
窓から吹き込む風に首をすくめ、そっと立ち上がる。
部屋の隅でスリープ状態のハロアインが、いつになく静かだった。
冷たい水でも飲もうか。
そんな気分で、部屋を出る。
廊下を抜けて、ベランダの前を通ると……先客がいた。
ナタル・バジルール。
ひとり静かに夜空を見上げている。
その手には、琥珀色の液体が揺れるグラス。
「眠れないのか?」
「……うん、ちょっとね」
ボクは隣に腰を下ろした。
涼しい風と、夜の匂いが混ざり合って、静かな海の音が聞こえてくる。
ふと、ナタルの持つグラスに視線が吸い寄せられた。
「……飲んでみたい」
「未成年だろう。身体に良くない」
「ボク、もっと身体に悪いもの、たくさん打たれてたよ?」
いたずらっぽくそう言うと、ナタルは肩を落とし、頭を押さえる。
「……はぁ。だからって酒を選ばなくてもいいだろうに」
返事を待たず、ボクは彼女のボトルから少しだけ、自分のコップに注いだ。
ひと口、口に含む。
「――不味い」
「……だろう」
苦い。重い。喉の奥に残る嫌な熱さ。
こんなものを好んで飲む理由が、少しもわからなかった。
「ふふっ」
ナタルは、ボクのしかめっ面を見て、くすりと笑った。
その笑い方が、ほんの少しだけ意地悪に見える。
「ジュースでも持ってこようか?」
そう言って、わざとらしくグラスを傾ける。
さっきの“いたずら返し”だと、すぐにわかった。
「……いい。飲む」
むきになって、グラスをぐいっとあおった。
喉が熱い。鼻に抜ける苦さと渋さが、胸の奥をぐらつかせる。
「……うぇぇ、不味い」
「我慢強くなったな、ドゥー」
「誰のせいだと思ってるの……」
肩をすくめて返すと、ナタルが少し視線をそらした。
空気が落ち着く。少しだけ、風が止んだ気がした。
そして、なんとなく聞いてみたくなった。
「ナタルは……なんで、ボクと一緒にいてくれるの?」
ナタルはコップを置いた。
夜空を見上げるようにして、しばらく黙ったまま考えていた。
「――難しく言わないでね」
先に釘を刺しておく。ナタルはたまに理屈っぽくなるから。
「……ふふ。そうだったな」
少し口元を緩めて、彼女は静かに言った。
「簡単に言うなら――命を、救われたからだ」
「……救ったのはボクじゃなくて、ゲーツだよ」
「違うな」
ナタルの声が、すっと重くなる。けれど、優しかった。
「二人に救われたんだ。あのとき――お前が、あの男を撃ってくれなければ、私はあそこで死んでいた」
ボクは視線を落とす。
あのときの光景が、胸の奥に浮かぶ。
「……それが、理由?」
「それが“始まり”だ」
ナタルはそう言って、ふっと笑う。
「でも、今は――ドゥーと一緒にいたいからいる。理由なんて、もうそれで十分だろう?」
そう言って、すっと立ち上がる。
夜風にマフラーがふわりと揺れた。
「……ナタル、酔ってる?」
「なにを!生意気言うな!」
突然、ナタルがこちらに身を乗り出す。
慌てて逃げようとしたが、すでに手遅れだった。
「わっ、ちょ、ちょっとやめ――わわわ!?」
頬を両手でむぎゅっと挟まれ、逃げ場を失う。
顔が近い。意外と力が強い。
「こら、口ごたえ禁止。上官命令だ」
「や、やだ……変な命令しないでぇ……!」
「クイアラタメロ! クイアラタメロ!!」
どこからか、黒い球体が猛スピードで接近してきた。
ハロアイン――どうやらボクの不在に気づいて探してきたらしい。
ベランダのドアを開けて突入し、ボクの背中に体当たり。
「おおっと……!」
「やめてハロ!!なんでボク!?」
「フフフ!フハハッ!フハハハハハハハハッ!!ヤリマシタヨ!クランクニー!!」
ぐるぐる回りながら跳ねるハロアイン。
ナタルはため息をつきながら、ようやくボクの頬から手を離した。
「うぅ、ボクの顔が……ぐにゃぐにゃに……」
「それは最初からじゃないか?」
「ひどっ」
笑い声が重なった。
夜の海風は少しだけぬるくなり、どこか甘い匂いを運んできた。
◆
ガーティ・ルー級 戦闘宙域
艦影――ザフトの新型戦艦が目前に迫る。
その砲門がこちらを捉えた瞬間、イアン少佐が即座に号令を飛ばす。
「ハンブラビ、発進準備! 機関始動、急げッ!」
「ミサイル発射管、5番から8番、撃てッ!」
「主砲、敵艦照準――撃てる距離になり次第、直ちに発砲!」
艦橋が揺れ、機関が唸りを上げる。
続いてミサイルの発射音が鳴り響き、複数の光条が宙を走る。
直後、戦場の反対側――
宇宙空間に浮かぶ瓦礫の中から、三機のガンダムが姿を現す。
カオス、ガイア、アビス。
強奪されたはずの最新鋭モビルスーツたちが、今まさにザフトの艦を挟み撃ちにしようとしていた。
「……完璧だ」
イアンは知らず呟いていた。
まるで全てが仕組まれていたかのような包囲網。
真正面から大佐のハンブラビ、側面から三機の新型――
連携も連絡もないはずの動きが、戦術として成立していた。
――ネオ・ロアノーク。
いまのその名で呼ばれている男。
だがその指揮ぶり、戦況の読み、全体の組み立て――
あれは偶然などではない。明確な意志と計算がそこにある。
(やはり、只者ではない……)
イアンは思う。
この男がかつて“誰”であったかなど、今は重要ではない。
重要なのは――この“戦い”を任せるに値するかどうか、だ。
そして今この瞬間、答えは一つだった。
「大佐は、優秀だ……」
呟いたその声は、ミサイルの爆音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
◇
ステラたちの乗る三機のガンダム――カオス、ガイア、アビスが、
ザクウォーリアの小隊と交戦しているのがモニターに映る。
乱れるビーム、爆煙、急旋回――まさに野生の暴れ馬三頭。
その暴れっぷりに思わず苦笑しながら、俺は小さく息を吐いた。
「……こっちも始めるか。俺とハンブラビの組み合わせから――逃げられるか?」
目前、赤と白のガンダムが正面から立ち塞がる。
インパルス。――また、名が浮かんだ。
(……なぜ、知っている?)
脳裏をかすめた疑問を、戦場が押し流す。
ハンブラビを変形させ、一気に加速。
漆黒の流星のように宙を駆け――吼えるように叫ぶ。
「そら!クモの巣だ、行くぞッ!!」
電磁ネットを展開。
四方から繰り出されたワイヤーがインパルスを包囲し、絡め取る。
火花。
ネットが絡みついた瞬間、高圧電流が走る。
一瞬、インパルスの動きが止まった。
「捕まえたぞ!」
勝機、そう思った矢先――
閃光。
インパルスが、ビームサーベルを抜いた。
瞬時の斬撃で、ネットを両断。バチッと火花を散らして破砕する。
「くっ、簡単には終わらないか……!」
その姿に、思わず呟く。
「やっぱり、“主人公”かよ……」
言った自分に、僅かな違和感。
……主人公。
この戦場に、そんな“呼び方”があるわけがない。
なのに、言葉が自然と口をついて出る。
(なにを言ってるんだ、俺は……?)
一瞬、胸の奥がきしんだ。
喉の奥がむず痒いような、不快な、けれど――どこか懐かしいような感覚。
だが、敵は目の前だ。
俺はそのまま照準を合わせ、連射。
ビームが矢継ぎ早にインパルスを襲う。
確かに性能は悪くない。だが、経験が足りない。
今のうちに――仕留める!
だが。
白いザクウォーリアが、俺の進路を遮るように飛び出してきた。
「またこいつか!?」
唐突に現れた機体に、ビームを一射。
だが、相手は鋭く反応し、すぐさま反撃。
「っとぉ! くそ、今の避けんのかよ!」
装甲をかすめる熱が、座席越しに伝わる。ぞっとする距離。
冗談じゃない。
「アウルたちは何やってんだ、数で押せって言っただろうが!」
視線を横に滑らせる。
三機のガンダムが、一機のザクウォーリアに足止めされている。
――赤いザク。
ルナマリア・ホークの機体。
そう、知っている。知ってるはずだ。けど、どこで――
(なんだ……この既視感……?)
視界が一瞬だけ揺らぐ。
眩暈のような、記憶のノイズ。名前だけが、鮮明に浮かんで離れない。
そのとき――
艦影が、砲を向ける。
「ん?」
ザフトの戦艦だ。主砲の光が、こちらを貫く。
――来るッ!
「チッ!」
ハンブラビを思い切り傾け、推進器を全開。
轟音のような光が、機体のすぐ脇をかすめていく。
「ぐっ……右腕、やられたか……」
モニターにノイズ。操作系が鈍る。
『大佐! 帰還を! 宙域を離脱します!』
イアン少佐の通信が響く。
冷静で、正しい。状況は――悪い。
ここでの戦いは得策じゃない。
舌打ちを抑え、戦術計算を切り替える。
「…また会おう!インパルスと白いザク!」
軽く手を振るような気持ちで、通信を全隊へ。
《全機、撤退。作戦終了だ》
ハンブラビが旋回し、宙を裂くように反転。
ガーティ・ルーへ向かって加速する。
その背後で、戦場が収束していく。
まだ終わりじゃない。
次に出るときは、もっと派手に――もっと深く、踏み込んでやる。