「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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ブリーフィングルームには、すでにアウルとスティング――二人の強化パイロットが揃っていた。

重く、乾いた声が交わされる。

 

「……新型艦だってさ」

「来るのは、あの合体野郎かな」

「だったら今度こそ、バラバラにしてやんねぇとな」

「あるいは、生け捕りにするか。情報は欲しいんでしょ」

「どっちにしろ……また、楽しくなるな」

 

獣じみた笑いと、感情の読めない声。

戦場の話になると、昂ぶる。飢える。

それが、この部屋の“日常”だった――俺が扉を開ける、その瞬間までは。

 

「……あん?」

 

会話が止まる。視線が、一斉にこちらに向く。

いや、正確には――俺の胸にしがみついて離れない少女に、だ。

 

「…………」

 

沈黙。

 

ステラは、俺のジャケットに顔を押しつけ、うっとり目を細めている。

まるで猫のように頬を擦りつけながら、「ネオ……」と小さく囁いた。

 

俺はこめかみに手を当て、淡々と告げる。

 

「……誰か、頼む。ステラを引きはがしてくれ」

 

しかし誰も動かない。

完璧なまでの、無言の拒否。

 

アウルが引きつった笑みを浮かべながら言う。

 

「いや……俺、無理。下手に触ったら噛まれそうだし」

 

「もしくは、泣き喚かれるか……両方」

 

スティングは目を逸らし、ため息を吐いた。

そのまま椅子にもたれて、聞かなかったフリを決め込む。

 

「……おい。俺、ブリッジに行かないとダメなんだぞ。指揮官なんだぞ」

「ほら、誰か……これは命令だ! 命令だってば!」

 

誰も動かない。

ステラはさらに「ネオぉ……」と甘く呟きながら、ぎゅっと抱きついた。

 

「……なんで、俺だけこうなるんだよ……」

 

ぼやいても、誰からも返事はなかった。

ただ、ブリーフィングルームの空気だけが、微妙に気まずく歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

サイコガンダムの“心臓”として過ごしていたころの夢を見た。

冷たい、光も音もない場所で、誰かの命令に従って動くだけの“部品”――そんな夢だった。

 

「……む」

 

夜中、自室のベッドで目を覚ます。

じっとりと額に汗がにじんでいた。

 

窓から吹き込む風に首をすくめ、そっと立ち上がる。

部屋の隅でスリープ状態のハロアインが、いつになく静かだった。

 

冷たい水でも飲もうか。

そんな気分で、部屋を出る。

 

廊下を抜けて、ベランダの前を通ると……先客がいた。

 

ナタル・バジルール。

ひとり静かに夜空を見上げている。

その手には、琥珀色の液体が揺れるグラス。

 

「眠れないのか?」

 

「……うん、ちょっとね」

 

ボクは隣に腰を下ろした。

涼しい風と、夜の匂いが混ざり合って、静かな海の音が聞こえてくる。

 

ふと、ナタルの持つグラスに視線が吸い寄せられた。

 

「……飲んでみたい」

 

「未成年だろう。身体に良くない」

 

「ボク、もっと身体に悪いもの、たくさん打たれてたよ?」

 

いたずらっぽくそう言うと、ナタルは肩を落とし、頭を押さえる。

 

「……はぁ。だからって酒を選ばなくてもいいだろうに」

 

返事を待たず、ボクは彼女のボトルから少しだけ、自分のコップに注いだ。

ひと口、口に含む。

 

「――不味い」

「……だろう」

 

苦い。重い。喉の奥に残る嫌な熱さ。

こんなものを好んで飲む理由が、少しもわからなかった。

 

「ふふっ」

 

ナタルは、ボクのしかめっ面を見て、くすりと笑った。

その笑い方が、ほんの少しだけ意地悪に見える。

 

「ジュースでも持ってこようか?」

 

そう言って、わざとらしくグラスを傾ける。

さっきの“いたずら返し”だと、すぐにわかった。

 

「……いい。飲む」

 

むきになって、グラスをぐいっとあおった。

喉が熱い。鼻に抜ける苦さと渋さが、胸の奥をぐらつかせる。

 

「……うぇぇ、不味い」

 

「我慢強くなったな、ドゥー」

 

「誰のせいだと思ってるの……」

 

肩をすくめて返すと、ナタルが少し視線をそらした。

空気が落ち着く。少しだけ、風が止んだ気がした。

 

そして、なんとなく聞いてみたくなった。

 

「ナタルは……なんで、ボクと一緒にいてくれるの?」

 

ナタルはコップを置いた。

夜空を見上げるようにして、しばらく黙ったまま考えていた。

 

「――難しく言わないでね」

 

先に釘を刺しておく。ナタルはたまに理屈っぽくなるから。

 

「……ふふ。そうだったな」

 

少し口元を緩めて、彼女は静かに言った。

 

「簡単に言うなら――命を、救われたからだ」

 

「……救ったのはボクじゃなくて、ゲーツだよ」

 

「違うな」

ナタルの声が、すっと重くなる。けれど、優しかった。

 

「二人に救われたんだ。あのとき――お前が、あの男を撃ってくれなければ、私はあそこで死んでいた」

 

ボクは視線を落とす。

あのときの光景が、胸の奥に浮かぶ。

 

「……それが、理由?」

 

「それが“始まり”だ」

 

ナタルはそう言って、ふっと笑う。

 

「でも、今は――ドゥーと一緒にいたいからいる。理由なんて、もうそれで十分だろう?」

 

そう言って、すっと立ち上がる。

夜風にマフラーがふわりと揺れた。

 

「……ナタル、酔ってる?」

 

「なにを!生意気言うな!」

 

突然、ナタルがこちらに身を乗り出す。

慌てて逃げようとしたが、すでに手遅れだった。

 

「わっ、ちょ、ちょっとやめ――わわわ!?」

 

頬を両手でむぎゅっと挟まれ、逃げ場を失う。

顔が近い。意外と力が強い。

 

「こら、口ごたえ禁止。上官命令だ」

 

「や、やだ……変な命令しないでぇ……!」

 

「クイアラタメロ! クイアラタメロ!!」

 

どこからか、黒い球体が猛スピードで接近してきた。

 

ハロアイン――どうやらボクの不在に気づいて探してきたらしい。

ベランダのドアを開けて突入し、ボクの背中に体当たり。

 

「おおっと……!」

 

「やめてハロ!!なんでボク!?」

 

「フフフ!フハハッ!フハハハハハハハハッ!!ヤリマシタヨ!クランクニー!!」

 

ぐるぐる回りながら跳ねるハロアイン。

ナタルはため息をつきながら、ようやくボクの頬から手を離した。

 

「うぅ、ボクの顔が……ぐにゃぐにゃに……」

 

「それは最初からじゃないか?」

 

「ひどっ」

 

笑い声が重なった。

夜の海風は少しだけぬるくなり、どこか甘い匂いを運んできた。

 

 

 

 

ガーティ・ルー級 戦闘宙域

 

艦影――ザフトの新型戦艦が目前に迫る。

その砲門がこちらを捉えた瞬間、イアン少佐が即座に号令を飛ばす。

 

「ハンブラビ、発進準備! 機関始動、急げッ!」

「ミサイル発射管、5番から8番、撃てッ!」

「主砲、敵艦照準――撃てる距離になり次第、直ちに発砲!」

 

艦橋が揺れ、機関が唸りを上げる。

続いてミサイルの発射音が鳴り響き、複数の光条が宙を走る。

直後、戦場の反対側――

宇宙空間に浮かぶ瓦礫の中から、三機のガンダムが姿を現す。

 

カオス、ガイア、アビス。

強奪されたはずの最新鋭モビルスーツたちが、今まさにザフトの艦を挟み撃ちにしようとしていた。

 

「……完璧だ」

 

イアンは知らず呟いていた。

 

まるで全てが仕組まれていたかのような包囲網。

真正面から大佐のハンブラビ、側面から三機の新型――

連携も連絡もないはずの動きが、戦術として成立していた。

 

――ネオ・ロアノーク。

いまのその名で呼ばれている男。

 

だがその指揮ぶり、戦況の読み、全体の組み立て――

あれは偶然などではない。明確な意志と計算がそこにある。

 

(やはり、只者ではない……)

 

イアンは思う。

この男がかつて“誰”であったかなど、今は重要ではない。

 

重要なのは――この“戦い”を任せるに値するかどうか、だ。

そして今この瞬間、答えは一つだった。

 

「大佐は、優秀だ……」

 

呟いたその声は、ミサイルの爆音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

ステラたちの乗る三機のガンダム――カオス、ガイア、アビスが、

ザクウォーリアの小隊と交戦しているのがモニターに映る。

 

乱れるビーム、爆煙、急旋回――まさに野生の暴れ馬三頭。

その暴れっぷりに思わず苦笑しながら、俺は小さく息を吐いた。

 

「……こっちも始めるか。俺とハンブラビの組み合わせから――逃げられるか?」

 

目前、赤と白のガンダムが正面から立ち塞がる。

インパルス。――また、名が浮かんだ。

 

(……なぜ、知っている?)

 

脳裏をかすめた疑問を、戦場が押し流す。

 

ハンブラビを変形させ、一気に加速。

漆黒の流星のように宙を駆け――吼えるように叫ぶ。

 

「そら!クモの巣だ、行くぞッ!!」

 

電磁ネットを展開。

四方から繰り出されたワイヤーがインパルスを包囲し、絡め取る。

 

火花。

ネットが絡みついた瞬間、高圧電流が走る。

一瞬、インパルスの動きが止まった。

 

「捕まえたぞ!」

 

勝機、そう思った矢先――

 

閃光。

 

インパルスが、ビームサーベルを抜いた。

瞬時の斬撃で、ネットを両断。バチッと火花を散らして破砕する。

 

「くっ、簡単には終わらないか……!」

 

その姿に、思わず呟く。

 

「やっぱり、“主人公”かよ……」

 

言った自分に、僅かな違和感。

 

……主人公。

この戦場に、そんな“呼び方”があるわけがない。

なのに、言葉が自然と口をついて出る。

 

(なにを言ってるんだ、俺は……?)

 

一瞬、胸の奥がきしんだ。

喉の奥がむず痒いような、不快な、けれど――どこか懐かしいような感覚。

 

だが、敵は目の前だ。

 

俺はそのまま照準を合わせ、連射。

ビームが矢継ぎ早にインパルスを襲う。

 

確かに性能は悪くない。だが、経験が足りない。

今のうちに――仕留める!

だが。

 

白いザクウォーリアが、俺の進路を遮るように飛び出してきた。

 

「またこいつか!?」

 

唐突に現れた機体に、ビームを一射。

だが、相手は鋭く反応し、すぐさま反撃。

 

「っとぉ! くそ、今の避けんのかよ!」

 

装甲をかすめる熱が、座席越しに伝わる。ぞっとする距離。

冗談じゃない。

 

「アウルたちは何やってんだ、数で押せって言っただろうが!」

 

視線を横に滑らせる。

三機のガンダムが、一機のザクウォーリアに足止めされている。

 

――赤いザク。

 

ルナマリア・ホークの機体。

そう、知っている。知ってるはずだ。けど、どこで――

 

(なんだ……この既視感……?)

 

視界が一瞬だけ揺らぐ。

眩暈のような、記憶のノイズ。名前だけが、鮮明に浮かんで離れない。

 

そのとき――

艦影が、砲を向ける。

 

「ん?」

 

ザフトの戦艦だ。主砲の光が、こちらを貫く。

――来るッ!

 

「チッ!」

 

ハンブラビを思い切り傾け、推進器を全開。

轟音のような光が、機体のすぐ脇をかすめていく。

 

「ぐっ……右腕、やられたか……」

 

モニターにノイズ。操作系が鈍る。

 

『大佐! 帰還を! 宙域を離脱します!』

 

イアン少佐の通信が響く。

冷静で、正しい。状況は――悪い。

 

ここでの戦いは得策じゃない。

舌打ちを抑え、戦術計算を切り替える。

 

「…また会おう!インパルスと白いザク!」

 

軽く手を振るような気持ちで、通信を全隊へ。

 

《全機、撤退。作戦終了だ》

 

ハンブラビが旋回し、宙を裂くように反転。

ガーティ・ルーへ向かって加速する。

 

その背後で、戦場が収束していく。

 

まだ終わりじゃない。

次に出るときは、もっと派手に――もっと深く、踏み込んでやる。

 

 

 

 

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