「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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――地球。

 

ユニウスセブンが落ちたあと、ザフトと連合は再び全面戦争に突入した。

誰もが予感していた未来。それでも、こうして現実として突きつけられると、胸の奥がざらついた。

 

俺は今、連合軍の空母の甲板にいる。

湿った潮風と焼けた鉄の匂い。戦場とは違う、だがどこか落ち着かない空気。

 

その端っこ――

 

「……なぁにやってんだか」

 

一人ぽつねんと座っているステラの姿があった。

海を見つめて動かない。まるで、波の音に呑まれてしまいそうに。

 

……心配で、目が離せなかった。

 

あいつは放っておくと、すぐ誰かに変な声をかけられそうな気がする。

妙に人懐っこくて、天然で、そして――可愛いからな。

 

だから俺は彼女の“見張り”としてここに立っていた。

 

――にも関わらず。

 

「……おい、何なんだ」

 

もうかれこれ三十分は経っているのに、誰一人近づいて来やしない。

 

最初にすれ違った連合の士官二人は、俺を見るなり顔をしかめてこう言った。

 

「うわ、ティターンズじゃん」

「関わんのやめよーぜ」

 

そのまま早足で退散。

 

……あのな、俺が怖いのか? それとも仮面が怪しすぎるのか。

いや、今に始まったことじゃないが。ちっとは俺の可愛い部下を見てやってもバチは当たらんだろうに。

 

そんなことを考えていると、彼女がふいに立ち上がった。

こちらに気づいたらしい。

 

「ネオっ!」

 

小さく跳ねるように走ってきて、ぴたりと足を止めると――

つん、と額を差し出してきた。

 

「……はいはい」

 

俺は苦笑しながら、その髪をくしゃりと撫でてやる。

ステラの頬が嬉しそうに緩む。

 

「海、見てたの」

 

知ってるよ。ずっと見てた。

お前が、何も言わずにあの広い海を見ていたのを。

 

「満足したか?」

 

「うん!」

 

明るい返事が返ってくる。まるで何事もなかったかのように。

その無邪気さが、少しだけ、救いだった。

 

「ほら、もう戻るぞ」

 

「うん、ネオと一緒に!」

 

ステラの手を軽く引いて、俺たちはゆっくりと艦内へ戻っていく。

 

穏やかな潮風の中、遠ざかる海を背に。

 

明日はまた、戦場かもしれない。

でも、今この瞬間くらいは――こうして歩かせてくれ。

 

 

 

 

「当基地に配備されたウィンダムを全機出撃させろだと!? 貴官は正気か!」

 

通信越しに怒鳴るのは、インド洋前線基地の司令官。

目を剥いて吠えるその姿に、俺は肩をすくめてやった。

 

「正気かどうかはさておき――巫山戯てんのはそっちだろ?」

 

声に冷たさを滲ませる。

 

「相手はミネルバとボズゴロフ級だ。たかが支援艦じゃない。あれは本物の戦艦だ。あんた、オーブ沖の戦闘記録、見てねぇのか?」

 

一瞬、相手の顔色が曇った。

 

「だが我々は――この地に対カーペンタリア前線基地を建設するという極めて重要な任務を担っている!

その任務すらままならぬ現状で、モビルスーツ隊の全機出撃など、軽々に――!」

 

「だったらその基地、誰が守る?

ザフトに踏み潰されて終わりだろうが」

 

食い気味に遮る。

 

「いいか、これは命令だ。全機出せ。

防衛にはガイアを一機残してやる。それで充分だ」

 

「し、しかし……!」

 

「グダグダ言うな。

こっちは戦争してんだ。書類の上で基地建ててる気分なら、今すぐ辞表を書け」

 

吐き捨てるように言って、通信を切断する。

背後ではオペレーターが一瞬沈黙し――そして静かに報告した。

 

「カオス、ガイア、アビス、全機発進準備完了です」

 

「よし。ジョーンズ――お前は所定の位置から動くなよ。ここは頼んだぞ」

 

「はっ、了解ッ!」

 

仮面の奥で、目を細める。

 

勝つために必要な駒はすべて動かす。

それが、今の俺のやり方だ。

 

 

 

 

格納庫へと足を運ぶ。

 

天井の高い金属の空間に、出撃を待つ四機のMSが並んでいた。

カオス、ガイア、アビス――そして、俺のハンブラビ。

その金属の巨体たちは、まるで息を潜める猛獣のように、静かにその時を待っていた。

 

ふと視線を向ければ、その一角に小さな背中。

ステラが肩を落として、床に座り込んでいた。

 

「いいなぁ……みんな……ステラだけ、お留守番……」

 

寂しげな声に、スティングが苦笑を漏らす。

 

「しょうがねぇだろ。ガイアじゃ飛べねぇし、泳げねぇし」

 

「……はぁ」

 

深いため息。全身から“がっかり”が滲み出ている。

 

「海でも眺めてろよ。好きなんだろ? 静かで綺麗だしさ」

 

「……うん」

 

素直に頷くステラに、俺も少し気の毒になって声をかけた。

 

「俺も、お前と一緒に出られないのは、正直、残念だよ」

 

その瞬間、ぱっと顔を上げる。

 

「ネオ!」

 

ぱあっと花が咲いたような笑顔で、駆け寄ってくる。……さっきまで一緒にいたのに。

 

「だがまあ、仕方ねぇ。お前にはここを任せる。何も起きねぇとは限らねぇからな」

 

言ったそばから、ステラはぷいっとそっぽを向いた。

 

「……やだ」

 

「いや、やだってお前――」

 

「だって、ネオがいないと……つまんないもん」

 

その言葉に、思わず言葉を詰まらせる。

だが次の瞬間――彼女の瞳がきらりと光る。

 

「あっ! 私、ネオと一緒に乗る!!」

 

「は?」

 

一拍遅れて脳が理解したときには、もう手遅れだった。

 

「おい、ステラ! 待て、ハンブラビは二人用じゃ――!」

 

猛ダッシュ。

一直線にハンブラビへと駆け寄り、ちゃっかりとハッチを開けて乗り込むステラ。

 

叫んでも無駄だった。

ステラはすでに、俺の機体のコックピットに“当然の顔”で座っている。

ため息が出る。

 

(……俺は確かに、ガイアは置いていくと言った)

 

(でも、パイロットを置いていくとは――言ってない、よな)

 

無理やり納得し、思考を止める。

 

「……ったく、しゃーねぇな」

 

仮面の奥で、ほんのわずかに笑みを浮かべた。

 

「これで……ケリがつけば御の字だがな」

 

俺は出撃の合図をブリッジに送る。

 

「全機、出撃――!」

 

甲高い警報と共に、出撃ゲートが開く。

ガイアを残し、三機のMSが空へと跳躍する。

 

その一機――ハンブラビの中、

ステラは満足そうに、俺の膝の上で目を細めていた。

 

「……ネオと一緒。うれしい」

 

「そうかい……お前がそう言うなら、まあ……悪くない」

 

そう呟きながら、スロットルを握り直す。

宙域に昇る陽光が、キャノピーの奥を金色に染めていた。

そして、戦いの幕が――また、上がる。

 

 

 

 

 

 

そして、食事がひと段落したころ。

ふいに、テーブル越しの沈黙を破るように、バスクが口を開いた。

 

「……行くのか?」

 

唐突な問いだった。

でも、わかっていたのだろう。

ボクが一言も告げていないのに。

 

ボクは、うなずくように静かに言葉を返す。

 

「うん。キラも、たぶん動くと思うから」

 

短い返答に、バスクはしばし目を伏せた。

隣のナタルも、何かを飲み込みかけたように小さく息を止める。

言いたいことがあるのだ。

けれど、口にすればボクの覚悟が壊れそうで――選べないでいる。

 

だからボクが、先に言った。

 

「心配しないで。ボクは死なないよ」

 

誰にでも言える言葉じゃない。

でも、ふたりには言いたかった。

 

「……」

 

言葉にならない静寂が、テーブルの上を覆った。

 

「相棒の代わりに、世界を守るから」

 

それが、本当の想いだった。

 

その瞬間、バスクの顔に、一瞬だけ揺らぎが走った。

ナタルも目を伏せたまま、唇をかたく結んでいた。

 

ふたりの心が、痛いほど伝わってくる。

 

――“代わりになんてならなくていい”

――“お前はお前のままで、生きてくれればそれでいい”

 

そんな声が、ボクの胸の奥にまで届いてくる。

 

でも。

 

「……ごめん。それは、できないんだ」

 

それが、ボクの“生きる理由”だから。

この命が、あの日から延長線にあるのだとすれば――

それは、世界を守るためにあるべきだと、思うから。

 

誰にも届かない想いかもしれない。

でも、それでも――進まなきゃいけない。

 

だから、ボクは席を立った。

ほんの少しだけ、背筋を伸ばして。

 

 

「よし、では――我らも行くか!」

 

不意に、ナタルが勢いよく立ち上がった。

その声にフレイも椅子を押しのけ、すっと立ち上がる。

 

「えぇ。準備はできてるわ」

 

「え……?」

 

戸惑うボクに、バスクが近づく。

その大きな手が、ぽん、と肩に置かれた。

 

「お前ひとりに背負わせたりはしないさ」

 

まるで、当然のことのように。

 

そのまま三人に導かれるようにして、屋敷の奥へ。

階段を下り、重い扉を抜け、ボクたちは地下へと降りていった。

 

やがて辿り着いた先――そこは、広大な格納庫だった。

岩を削って作られた地下空間に、機械の音と熱気がこだまする。

 

「こんな場所が……あったなんて……」

 

目を見開くボクに、ナタルが肩越しに振り向く。

 

「一応、極秘扱いだったからな」

 

重々しい音を立てて、格納庫の奥の扉が開く。

 

その向こうに現れたのは――漆黒の艦影。

アークエンジェル級戦艦《ドミニオン》。

 

艦体には整備士たちが群がり、チェックに忙しそうだった。

だが、その顔ぶれに……見覚えがある。

 

「……あ」

 

そうだ。思い出した。

アレキサンドリアの時、一緒にいた整備班の仲間たち。

 

「かき集めてきたんだ。お前のことを話したらな――」

バスクの声が、どこか誇らしげだった。

「皆、すぐに名乗りを上げてくれた」

 

「みんな……」

 

言葉が、そこで途切れた。

胸がいっぱいになって、声が出なかった。

 

かつて、同じ空を見た仲間たち。

そして今、ボクのために再び集まってくれた人たち。

 

世界が壊れそうな時――もう一度、支えてくれようとしている。

 

「……ありがとう」

 

小さく呟いた声は、誰に届いたかわからない。

けれど、きっとこの空間にいる誰もが、同じ気持ちだった。

 

 

 

 

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