俺のハンブラビ――その背後には、カオスとアビスが続く。
さらにその後方、三十機ものウィンダムが密集隊形を組み、鈍く光る鉄の群れとなって宙を埋めていた。
「さぁて、子猫ちゃん……今日こそ沈んでもらうぜ」
口元に笑みを浮かべ、ヘルメット越しに呟く。
前方――紅の艦影、ミネルバ。鋼鉄の獣のように、こちらの行く手を遮っていた。
その瞬間、機影。
赤きガンダム――インパルス。
閃光のように、空を駆けて現れる。
「カオス、アビスは艦を狙え。俺は……ガンダムを抑える」
指示を飛ばすそのとき、もう一機――翼を広げた新型が飛び出した。
あれは――セイバーガンダム。
滑るような機動。優美にして鋭い。
見ただけで、名が浮かんだ。
「新型……アスラン・ザラ」
根拠なんてない。
けれど、胸の奥で確信があった。
――火蓋が落とされる。
ハンブラビが最初に仕掛けた波状攻撃を、インパルスは滑るように回避。
まるで動きを読まれているような、正確な回避だった。
「ッ……やるじゃねぇか」
だが、その動きの“先”を予測して、ビームを置く。
インパルスが飛び込んできたその一瞬――シールドが砕ける。
「よし、やった……!」
だが、甘くはない。すぐさま強烈な光が、横から割り込む。
「ネオ! 右!」
膝の上のステラが鋭く叫ぶ。
セイバーが援護に割り込み、ハンブラビの真正面を撃ち抜いた。
「――っの、野郎……!」
即座に変形、急降下でかわす。
インパルスがそれを追う――その瞬間、逆に変形解除!
「今だッ!!」
機体を反転させながら、ビームを乱射。
インパルスはすべてを躱して抜けていった。
「チィッ……まったく、腕を上げやがって……!」
そのとき、膝の上のステラが吠える。
「こいつ……いっつも、いっつも!」
彼女の声は、怒りと悔しさと、どこか悲しげな響きすら含んでいた。
インパルス――シン・アスカ。
俺たちの前に立ちはだかる“敵”。
ステラの感情が揺れるたび、俺の中の何かもまた、揺れていた。
何かが引っかかる――脳の奥で、何かが軋む。
「……記憶にないはずなのに、俺は……どうして――」
だが、戦場は待ってくれない。
ミネルバの主砲がこちらを捉える。
空に火線が走る。
「全機、散開! ミネルバを包囲する! ウィンダムは左右へ展開しろ!」
俺は叫ぶ。
その声は、誰よりも“軍人”のものだった。
仮面の奥の顔に、汗が滲む。
背後から、ビームの閃光。
即座に反転、ハンブラビをひねる。視界の端を、滑るようにセイバーの影が掠めた。
「アスラン!やるなッ」
だが、今の俺は――遅れは取らない。
海ヘビを展開し、セイバーに絡め取るように撃ち出す。
「……なに?」
だがセイバーは、まるで“知っていた”かのような回避を見せた。
最短距離、最速反応。
対応が早すぎる――訓練済みか、あるいは実戦経験か。
「チッ……!」
標的を切り替える。インパルス。
機体を煽り、海ヘビを当てられるようにビームで誘導――その刹那。
「ッ……またかよ!」
セイバーが割って入る。
射線を遮られ、閃光が空中で砕ける。
散った火花が、苛立ちを炙る。
「クソォッ……!」
思わず叫びが漏れた。
苛立ちを抑え、視界を走査する。
――いない。
背後にいたはずのウィンダム隊。
三十機の機影が、一機残らず……消えていた。
視線を上げる。戦場の奥、ミネルバの甲板。
そこに、一本の影。ザクウォーリアのシルエット。
「……ルナマリア・ホーク。やっぱり、化け物だよな……」
ただの女じゃない。あんな芸当が、できるわけがない。
戦況は、すでに限界を迎えていた。
「ステージが悪かったか……ジョーンズ、全機撤退。合流準備だ」
『はあ!? なんでだよ!?』
アウルの怒鳴りが通信を突き破る。
「ウィンダムは壊滅。拠点予定地にも入り込まれてる。――戦術的敗北だ」
『ふざけんなよボケ! 俺はまだやれ――!』
「言うなよ。お前だって、大物は一つも落とせてねぇだろ」
……沈黙。
アウルが黙った。
あいつが暴れず、ちゃんと撤退を選んだ。それだけで――少しは、救われた気がした。
「全機、戦線離脱。……俺たちは、まだ終わっちゃいねぇ」
誰にも聞こえないように呟きながら、俺はハンブラビを翻す。
戦場の熱が、背を焼く。
だが、振り返らない。
この負けを、次へと繋げるために。
◆
休暇を与えられたミネルバの一行は、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
騒がしく笑い合うクルーたちの声が、遠ざかっていく。
シンはひとり、バイクにまたがって街を離れていた。
人気の少ない海沿いの道。潮風が頬をかすめ、エンジンの震えが身体に伝わる。
心の奥底に、消えきらない何かがあった。
昨夜――
議長、ギルバート・デュランダルが語った言葉が、耳に焼きついて離れない。
「戦争が終われば兵器は要らない。それでは儲からない。
だが戦争になれば、自分たちは儲かるのだ。」
あのときは、思わず言葉を詰まらせた。
信じたくなかった。そんな理由で、命が奪われるなんて――。
「あれは敵だ、危険だ、戦おう。撃たれた、許せない、戦おう。
人類の歴史にはずっとそう人々に叫び、常に産業として戦争を考え、
作ってきた者達がいるのだよ。自分たちの利益のためにね。」
「今度のこの戦争の裏にも――間違いなく彼ら、ロゴスがいるだろう。」
ハンドルを強く握る。
震えているのは、バイクの振動だけじゃない。
「ふざけんなよ……そんなのって……」
あの日、家族を――
どれだけ大切なものを奪われたと思っているんだ。
それを金のためだなんて。
誰かの都合で“戦争を望む”なんて――。
「……許せるわけ、ないだろ……!」
胸の奥に、熱くて、苦い塊がある。
怒りと、悔しさと、どこにもぶつけられない痛み。
それでも、前に進むしかない。
あの言葉を、ただのしこりのまま終わらせたくない。
夕焼けの海が赤く染まる。
まるで、どこかの戦場を映しているかのように――。
◆
「ネオ! 海! 行こう!」
突然、ステラが駆け寄ってきて、勢いよく抱きついてきた。
「……いきなりだな」
肩に腕が巻きつく。相変わらず加減を知らない。
俺は軽く溜息をつきながら、彼女の頭を見下ろす。
「アウルたちはどうした? あいつらと行けばいいだろ」
「ネオと一緒じゃないと、つまんないもん……」
頬をぷくっと膨らませ、ステラは不満げに言う。
その表情はまるで子ども。だが、それが妙に似合っているのが困る。
……俺たちが今いるのは、ディオキアの街外れ。
ザフトの基地が近いこの街で、警戒を解くわけにはいかないが――
「……やれやれだな」
それでも、断りきれない自分がいる。
この笑顔を守るために、俺は何をしてきたのかを思い出す。
「やったー!」
まだ返事もしていないのに、ステラはすでに喜んでいた。
その無邪気さに、思わず小さく笑ってしまう。
俺は仮面を外し、サングラスを取り出す。
そして、目立つジャケットも脱いだ。これで少しは、連合の軍人には見えなくなるだろう。
今日だけは、ネオ・ロアノークじゃなくて――
「スティングやアウルの保護者」でもなくて。
ただの、ステラの“ネオ”でいい。
潮の香りを思い出しながら、俺は彼女の隣に並んで歩き出した。
オープンカーのエンジン音が静かに街路に溶けていく。
ハンドルを握る俺の隣で、ステラが髪をなびかせながら嬉しそうに風を受けていた。
ここはディオキア――ザフトの拠点が近い街。
気は抜けないが、今だけはその現実を遠ざけておきたかった。
海の塩の匂いが鼻をくすぐる。少し湿気を含んだ、懐かしい匂い。
「なにか買ってから行くか?」
「うんっ!」
ステラは子犬のようにパッと顔を上げ、頷く。
俺は笑いながら、交差点を右へと曲がった。
通りにはいくつかの屋台が並んでいる。
人混みもまばらで、観光地というよりは、地元民の憩いの場といった風情だ。
その中のひとつ、串焼きの屋台に車を停めて足を向けた。
肉が焼ける香ばしい匂いが、空腹を直撃する。
「一本……いや、二本くれ」
串を受け取ってあたりを見渡すと、ステラの姿が見えない。
ふと隣の屋台に目をやると、彼女はしゃがみ込んでいた。
水色の、小さなブレスレット。
ガラス玉が連なったそれを、じっと見つめている。
俺は何も言わずにその屋台に近づき、代金を払い、そのブレスレットを手に取った。
そして、串を片手に、彼女の隣に立つ。
「……ほら、行くぞ」
声をかけながら、ブレスレットを差し出すと、ステラは驚いたように顔を上げた。
一瞬の間のあと、彼女はそっとそれを受け取り、両手で抱きしめる。
宝物を扱うように、そっと、丁寧に。
「……ありがと、ネオ」
彼女の笑顔に、俺は何も返さず、ただ串のひとつを手渡す。
潮風の吹く通りを、ふたり並んで歩く。
まるで、戦場のことなど最初からなかったかのように。