「……もう、ドゥーでもいいか」    作:ヨリヨリ

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アレキサンドリア級――格納庫。

 

変形状態から戻ったハンブラビが、静かにデッキへと滑り込む。

着艦の衝撃が機体全体に微かに響き、機体を小さく揺らした。

 

サイコガンダムは、すでに帰還済みだった。

 

(……生きて、戻ってこれた)

 

その事実に、じわじわと実感が満ちてくる。

だが、それも束の間だった。

 

『ゲーツ中尉。バスク・オム大佐がお呼びです』

 

通信士からの連絡。

乾いた声に、現実が戻ってくる。

 

「了解」

 

短く応じて、通信を切った。

 

(さて……何を言われるやら)

 

命令違反をしたわけじゃない。

出撃は上の命令。未完成の機体だって、与えられたものに過ぎない。

けれど――問題は、結果だ。

 

(ジンを一機すら、まともに落とせなかった……)

 

サイコガンダムの援護がなければ、こっちは墜とされていた。

それだけの戦力を投じたにもかかわらず、味方は沈み、自分の戦果はゼロに等しい。

 

(……処分、あり得るな)

 

強化人間――使える道具でなければ、不要と見なされる。

左遷も更迭もない。ただ、消されるだけだ。

 

(くそ、胃が……)

 

機体の気圧よりも、あの“濃い圧”のほうが怖い気がする。

何を言われるか。どう見られるか。

わからない――わかりたくもない。

 

そんなことを考えながら、ゆっくりとコックピットのハッチを開けた――

 

「……うおっ」

 

思わず声が漏れる。

 

目の前に、ドゥー・ムラサメがいた。

無言のまま、ただこちらを見上げている。

 

その表情は、読めない。

怒っているのか、呆れているのか、それとも――

 

「……どうしたんだ?」

 

俺は少しだけ考え、そっと手を伸ばす。

彼女の頭に、ぽんと手を置いた。

 

「いや、違うな。……ありがとな。お前がいてくれて、助かった」

 

「……」

 

ドゥーは言葉を探すように、しばらく黙っていた。

やがて、ぽつりと呟く。

 

「……気になってたの」

 

「なにが?」

 

「……あのときの、“相棒”って言葉の意味」

 

(……まだ引っかかってたか)

 

あれは、咄嗟に出た言葉だ。

だが、彼女にとっては――ずっと、心に残っていたらしい。

 

軽く扱っていい言葉じゃなかった。

冗談で流すには、少し重すぎたかもしれない。

 

だから、俺は少しだけ考えてから答えた。

 

「そうだな……。俺とお前、二人でひとつって意味だ。

お互いがお互いを守る、そういう関係……みたいな?」

 

言ってから、内心でガッツポーズを決めた。

それっぽい。割とそれっぽい。今の俺にしては上出来だ。

 

だが。

 

ドゥーはじっと考え込んでいた。

瞳が揺れている。

まるで、“それ”を理解しようとしているかのように。

 

(……あれ? バレたか?)

 

「それって……ボクが、ゲーツの“心臓”ってこと?」

 

「んん? ちょっと違うが……まぁ、そう思うなら、それでも……」

 

――そのとき。

 

ドゥーが、こちらを見た。

そして、ものすごく嫌そうな顔をした。

 

「おい!! なんだその顔は!! 嫌なのか!? 本気で!?」

 

焦って問い返す俺を無視し、ドゥーはぷいと顔を背ける。

そして、小さな足音を鳴らしながら、船内を歩き去っていく。

その背中を、慌てて追いかけようとして――ふと、気づいた。

 

――ほんの一瞬。

振り返りもせず、彼女はふふっと笑ったような気がした。

 

一瞬の、きらめき。

無表情に見えるその背中に、確かに“何か”が灯っていた。

 

(……ったく、やりにくい奴だ)

 

けれど、その歩幅が少しだけ並びやすく感じたのは、きっと――気のせいじゃない。

 

 

 

艦長室。

俺の隣には、無表情なドゥー。

目の前の席には――レッドゴーグルのハゲ大佐。

 

(頼むからいきなり殴るのはやめてくれよ……)

 

覚悟を決めて敬礼しかけたその瞬間、

バスク・オムはふと帽子を脱ぎ、机に置いた。

そして、こう言った。

 

「――よくやった」

 

(は?)

 

一瞬、脳がバグる。処理が追いつかない。

 

「申し訳ございません、今、なんと……?」

 

一応、聞き返してみた。

 

「よくやったと言った。戦果は十分だ」

 

(……バグか? バスクの中のOSがバグってるのか?)

 

俺の知ってるバスク・オムって、

「息を吐くように毒ガス流す」「部下は殴る」「強化人間は道具」――

そういう“人間性を置いてきた男”じゃなかったか?

 

「で、ですが私は……ジンを一機も撃破できず……」

 

無意識に、自分の不甲斐なさを口にしたその瞬間――

 

「なにを言っているのだ!!」

 

(きたぞ……! バスク式鼓舞=拳か!?)

 

……と思ったら、方向が違う。

 

「試験用の機体で、ジンを4機撃退し、ローラシア級一隻大破!

それだけでも上出来だ!」

 

(ローラシア……そういや艦首吹っ飛ばしたな……)

 

「それにドゥーに至っては、ジンを多数撃破したらしいな」

 

横を見ると、ドゥーがそっと目を逸らしている。

顔は無表情なのに、耳が赤い気がする。……可愛い。いや、今はそういう場面じゃない。

 

「っは! ドゥー少尉は確かに優秀です、しかし私は……!」

 

「誰がお前にそんなことを言わせるのだ!」

 

(……言ってるの俺)

 

「そもそも戦闘用OSすら完成していない機体に、出撃命令を出すのが間違っておるのだ!」

 

(えぇ……)

 

まさかの自己批判。まさかの上官自己否定。

 

(じゃあ、あの反応の悪さって……マジで未完成だったのか?)

 

要するに――俺は、感応だけで飛ばしてたわけだ。

もはや強化人間というより、強化型ヒトコックピット。

 

そして、バスクは小さく目を細めて――

 

「だからこそ、お前たちが生きて帰ってきただけで、ワシは……」

 

ガバッ

 

その瞬間、

バスク・オムは俺とドゥーを――抱きしめてきた。

 

(!?!?!?)

 

……抱きしめてきた。

 

(誰か……この状況を……字幕で説明してくれ……)

 

この世界の理が崩壊した音がした。

俺の脳内字幕が「※原作と異なる場合があります」と流している。

 

「……もう、ドゥーでもいいか」

不覚にも、またそのセリフが口をついて出た。

 

ああ、そうだ。

この状況なら、そう言いたくもなる。

 

ていうかこのオッサン、くっそ臭い。

 

(……耐えろ、俺……いま笑ったら処分だ)

 

そのときだった。

 

ニュータイプの第六感が警鐘を鳴らす。

“殺気”――いや、“心の冷気”が、背筋を這い上がる。

 

ゆっくりと振り返る。

 

――ドゥーが、すごく嫌そうな顔で俺を見ていた。

 

(あ、ヤバい)

 

直感が告げる。これは死ぬ。

 

「ハゲ大佐……臭い……」

 

その言葉と共に、何かが崩壊した。

 

「わあああああああああ!!!!!!」

 

俺が叫んだ。

 

「ゲーツ!? どうしたんだ!? うるさいぞ!!」

 

――そして、結局、俺は殴られた。

 

(いやいやいやいや!!)

 

吹き飛ぶ俺の体。

背中から壁に突っ込んで、カンッ!と鉄板の悲鳴。

 

理不尽だろ!?

俺はなにも悪くない!

悪いのは、この!

 

“情に厚いけど体臭が濃いレッドゴーグル”だろうが!!

 

(あと、なんで抱きついてから殴るんだ!?)

 

あの時の俺はまだ知らなかった。

強化人間にとって本当に必要なのは、

 

精神耐性でも、操縦技術でも、感応力でもない。

 

――“上司との距離感”だ。

 

 

 

突然、バスクが言った。

 

「それはそうと」

 

(いや、なにが“それは”でどう“そうと”なんだよ……?)

 

「ゲーツ! わしについてこい!」

 

「っは、了解しました! ドゥー少尉!」

 

即応する俺たちに、バスクは満足げに頷いた。

 

(次の任務か……? っていうか今言えよ)

 

廊下を進み、バスクは一枚の扉を開ける。

 

「――今日のために、ビーフシチューを仕込んでおいたのだ!」

 

(……は?)

 

扉の奥には、ずらりと並ぶ皿。

ふわりと立ち上る湯気。

広がるのは、濃厚で甘い……まさかのビーフシチュー臭。

 

(……なんでやねん)

 

「……あの、これは一体?」

 

聞くしかなかった。ドゥーも隣で硬直している。無表情だけど、たぶん魂が驚いてる。

 

「今日のために、ビーフシチューを仕込んでおいたのだ!」

 

(だから聞いたっつってんだろ!?)

 

「これは、我々のために?」

 

「そうだ! さあ、スプーンを持て!」

 

嬉々として俺たちにスプーンを手渡すバスク・オム。

その姿は、まさかのエプロン姿。

 

(なんで似合ってんだよ……)

 

俺は覚悟を決めて椅子に座る。

ドゥーも「ゲーツが座るなら……」的な空気で隣に腰を下ろした。

 

「い、いただきます……」

 

スプーンを入れる。

 

一口、口に含んだ瞬間――

 

(……う、うま……!?)

 

ルーのコク。肉の柔らかさ。

バスクのくせに、完璧な家庭の味。

いや、家庭にバスクはいらんけども!!

 

気づけば夢中で食べていた。

 

隣でドゥーもひとくち。

 

「……あ、おいしい」

 

「そうか! 旨いか! おかわりは山ほどあるぞ!!」

 

すでにバスクが皿を手にスタンバイしていた。

まじで何者だお前。

 

(こいつは……バスク・オムじゃない。エアプバスクだ。俺がそう判断した。)

 

その横で、ドゥーは淡々とおかわりを平らげていた。

ぱっと見は無表情。でも――

 

(たぶん、めっちゃ嬉しいんだろうな)

 

そう思ったとき、彼女がぽつりと呟いた。

 

「……明日も、ある?」

 

(……おいおい。お前、完全に胃袋つかまれてんじゃねぇか)

 

俺はそのとき、はっきりと悟った。

――ドゥーの心を動かすのは、俺じゃなくて、ビーフシチューだ。

 

 

 

 

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