地球――連合軍本部、第六会議室。
空調の唸りとホロスクリーンの駆動音だけが、静まり返った室内に満ちていた。
青白い光に照らされた円卓には、数名の高官と技術士官。そして、その中心に座る男がひとり。
――ムルタ・アズラエル。
艶やかに整えられた金髪、無駄のない仕草。
だが、整った外見に反して、その双眸に宿るのは明確な断絶――“人間性の欠落”だった。
映し出されているのは、先の宙域戦闘記録。
変形しながら宙を翔ける青紫のMS――ハンブラビ。その隣を、冷酷なまでの火力で敵陣を焼き尽くす巨影――サイコガンダムが並走する。
「……未完成のOSで、これだけの動きを?」
アズラエルがホロパネルを撫でるように操作し、映像を静止させた。
脇に控えていた士官がすかさず応じる。
「はい。OSは試験段階、戦闘アルゴリズムも仮組みのまま。ナビAI非搭載、HUD支援なしです」
別の士官が追加する。
「サイコガンダムも冷却頻度が高く、稼働時間は当初予定の半分以下。それでも2機の投入によって、随伴メビウス部隊の損耗率は予定の3割以下に抑えられました」
アズラエルは喉を小さく鳴らすと、視線を報告書に落とす。
その目元に、わずかな笑み――というより“皮肉”が浮かぶ。
「強化人間にしては、随分と“人間臭い”動きをするんですね」
「はい。ゲーツ・キャパ中尉は現場判断力に優れ、ドゥー・ムラサメ少尉との感応同調率も極めて高い水準を記録しています」
「ただし、ドゥー少尉の精神安定指数に微細な変動が。戦闘後、脳波に感情反応が……」
「感情……“喜び”と思しき波形が見られました」
アズラエルは短く鼻を鳴らす。
「ふん……意志のある兵器、か。まったく……不良品の兆しですね」
席を立ち、円卓を一巡するように歩みながら、
ホロ映像を手のひらで振り払うようにスライドアウトさせる。
「我々ブルーコスモスの理念は、あくまで“戦争の管理”にある」
「不要なのです――意志や感情など。人間を超えた兵器が、人間になろうとする必要はありませんから」
そして、ふと足を止める。
ティターンズという文字列を示したホロログに、視線を落とす。
「……せいぜい、彼らには働いてもらいましょう。ティターンズとやらに」
「“あの二人”には――我々の正義のために、存分に戦っていただきますよ」
その背を見送る士官たちが、敬礼を揃える。
「はっ!」
だがアズラエルは振り返らない。
足音だけが、静まり返った室内に、冷たく、乾いた調子で響き続けていた。
――まるで、新しい兵器を“注文”し終えた男の足取りのように。
あれから、一週間が経った。
戦闘任務はない。
訓練、整備、たまに艦内清掃。
そして、毎晩――
ビーフシチュー。
そう、七日連続。ビーフシチュー。
その夜、ついにドゥーが――
ブチ切れた。
「……ねえゲーツ。またシチューだったら、ボク……
本気で訓練しないからね」
静かな声。でも、重い。
空気が変わるほどの圧がこもっていた。
(来た……! ついに臨界点だ……)
原因は初日、彼女がうっかり「おいしい」と言ってしまったことだった。
あれ以来、毎晩。
「落ち着け、ドゥー! あいつなりに頑張ってんだよ!
“煮込み時間”が長いほど、愛情ってやつで――!」
「昨日も、一昨日も、その前も、
全部シチューだったんだけど!?
メニューの多様性って言葉、知らないの!?
どう考えてもおかしいでしょ!?!?
ていうか今日で七日目なんだよ!? 数えてるんだよボクは!!」
(……めっちゃ喋るな)
いつもの無口はどこいった。
積もり積もったビーフシチューへの怨念が、今、爆発している。
「いや、考えてみろドゥー。あれってもう趣味なんだよ。
ほら、煮込み時間のぶんだけ……」
「煮込み時間のぶんだけ!? 味はいいけど、そういう問題じゃ――!」
その瞬間、扉の向こうからバスクの声が轟いた。
「……今日は和風ビーフシチューだぞ!!!」
「「いや、そうじゃない!!!」」
ふたり同時に絶叫した。
揃いすぎて逆に引いた。
和風ビーフシチューとは何なのか。
味噌か? 醤油か? 昆布か? 出汁か?
それとも全部か?
いや――
考えるな。負けだ。
それにしても、ドゥーとは仲良くなったもんだ。
いや――仲良くなりすぎた。
四六時中、一緒にいる。
朝も、昼も、夜も。
……風呂も、寝る時も。
さすがに風呂と寝るのは止めようと言ったのだが、彼女は真顔でこう言った。
「二人でひとつ、そう言った」
言い返せなかった。
いや、理屈としては言い返せたはずだ。
でも――目が真剣だった。
あの強化ガラスのような瞳に、微塵の曇りもなかった。
(……いや、お前のそれは比喩の解釈が極端なんだよ)
そう言おうとして、結局、何も言えなかった。
でも、思うのだ。
彼女は、笑わない。
けれど、訓練の時は、一度も嫌そうな顔をしない。
ビーフシチューの時は……めっちゃ嫌そうな顔をする。
それがなんだか、妙に印象に残る。
だから、思うのだ。
その顔が、ほんの少しでも柔らかくなるなら。
この毎日が、彼女にとってほんのわずかでも救いになるなら。
――強化人間だって、そういう「なにか」を持っていてもいいんじゃないか、と。
――そんなことを考えていたその瞬間。
目の前に、赤いゴーグル。
「わあぁッ!?」
思わず声を上げてのけぞった俺の目前に、親指を立てたバスク・オムが立っていた。
その口が、誇らしげに開く。
「――ビーフシチュー、できたぞ」
俺は無言で、スプーンを握る。
……もう、驚きもしない。
それでも、さすがに少しだけ震える手を押さえながら。
背後では、ドゥーが静かに肩を落としていた。
絶望という言葉を、ここまで無言で伝える表情があるだろうか。
いや、あった。そこにいた。
今日も俺たちは――
“優しすぎる地獄”の味がするビーフシチューを、無言ですくう。