あれから、何度か実戦を経験した。
だが――今日は、いつものアレキサンドリアではない。
俺は今、ネルソン級戦艦の格納区画にいた。
上層部の指示で派遣されたらしいが、正直、よくわからない。
船も違えば、クルーも違う。
整備兵たちの視線が、どこかよそよそしくて落ち着かない。
格納庫の隅に、MA用スペースを無理やり改造して詰め込まれたハンブラビが一機。
その隣にあるべき――サイコガンダムの姿は、ない。
今回、ドゥーは“留守番”の予定だった。
というのも、あの巨体は稼働時間が短く、こうした小規模な任務では基本、お休みになるはず…
……はず、なのだが。
俺の膝の上には、ドゥーがいる。
「アレキサンドリアで待ってりゃよかったのに」
バスクお手製の“バスクサンド”をもぐもぐしながら、
彼女は当然のように鎮座していた。
「だって、ボクはゲーツの“相棒”だから」
当然のように言い切るその顔は、いつもどおり無表情。
だけど――こいつ、本当にそう思ってるんだろうな。
「……そっか」
苦笑しながら、つい頭を撫でてしまう。
最近、どうにもこいつに甘くなってる気がする。
撫でられたドゥーは、やっぱり嫌そうな顔をした。
……ただし、たぶん、本気ではない。
そのときだった。
格納庫のあちこちから、ひそひそと声が漏れ聞こえてきた。
「おい、出たぞ……ロリコン中尉だ」
(ふざけんな)
……いや、でも……否定しきれない状況なのが悔しい。
俺は渋々ドゥーを横に降ろすことにした。
だが――
その瞬間、肌を通して伝わってきたのは、不安と恐怖の混じった感情。
(……っ)
そっと、何事もなかったようにドゥーを膝に戻す。
俺は頭を抱えたくなった。
どうすればいいっていうんだ……!
「おい、今度はイチャイチャし始めたぞ……」
(誰か俺を撃て)
「……もう、ドゥーでもいいや」
そんなとき――艦内放送が鳴り響いた。
『第一戦闘配備、第一戦闘配備。全乗員は指定位置に配置せよ』
低く響く警報音。
艦が小さく揺れた気がした。
(……来やがったか)
ザフトだ。
俺は無言で彼女の肩を叩いた。
すると彼女は、ぴょんと膝の上から軽やかに跳ね降り――
そのまま、ハンブラビの方へ小走りで向かっていく。
「……おい、なにやってんだ?」
問いかける俺に、彼女は振り向きもせず答えた。
「早く乗って」
それだけ言って、コックピットを開く。
先に入り込んだかと思えば、俺の席を空けるように位置をずらし――
そのまま、俺の膝の上に座った。
「……はぁ。お前なぁ……」
文句を言いかけたその瞬間、
彼女がぽつりと、遮るように呟く。
「だって。ボクは……」
もう聞き飽きた、けど――嫌じゃない。
「……“相棒”、だろ? ……しょうがないな」
俺は、つくづく甘い。
その様子を、格納庫のモニター越しに見ていた通信士が言葉を失っていた。
が、しばらくの沈黙のあと――咳払い一つ。
『ハンブラビ、発進どうぞ』
(……なんだこの空気)
俺は無言でスロットルを握った。
体温の残る膝の感触が、逆に集中力を削る。
――重力が抜ける。
ハンブラビが、艦を離れて宇宙に飛び出す。
(……誰かほんとに俺を殺してくれ)
どこかで笑ってる奴の声が聞こえそうだった。
◇
「中尉のハンブラビが出るぞ!! 整備兵、道を開けろ!!」
格納庫に、怒鳴り声が響く。
慌ただしく動くクルーたちの間を縫って――
機体後方には、まだ電源ケーブルが繋がっていた。
ポーンッ。
軽快すぎる電子音の直後。
ハンブラビが――電源ケーブルを、引きちぎった。
火花を散らしながら、スラスターが点火。
滑るように射出軌道へ。強行発進である。
ブリッジでは、モニターの情報が切り替わり、騒然とした空気の中――
通信士が、そっと口を開いた。
「た、大佐……あの、彼女は……なぜ中尉の膝の上に……?」
言葉の語尾が情けなく消える。
モニターには、ばっちり映っていた。
コックピット内で、堂々とゲーツの膝に座るドゥーの姿が。
しかも――腕を組んで仁王立ちのバスク・オムは、
艦内にいるはずのない本人がなぜかそこにいた。
本来はアレキサンドリアで留守番の予定だったのに、
2人が心配すぎて勝手にネルソン級に同乗してきたらしい。
意味がわからない。
通信士が視線で助けを求めると、バスクはゆっくりと言った。
「見てわからんのか。あれが――最新型のインターフェースだ」
自信満々に。
「そ、そうだったのですね!! 失礼しました!!」
通信士が慌てて頭を下げる。
他のクルーたちも、こくこく頷く。
誰も逆らわない。思考を放棄している。
――ブリッジには、あほしかいなかった。
◇
ハンブラビ、出撃中。
だが、問題がある。
……コックピットの、膝の上。
そこに今、ドゥーが座っている。
しかも――手が、恋人繋ぎ。
(やりにくい……が、言えるわけがない)
彼女は、まるで当然のようにそこにいて。
当然のように、手を握ってきた。
無言で、無表情で。
……けれど。
わかる。
一緒にいたのは短い期間だが、それでもわかる。
今のドゥーは――
今までで一番、うれしそうにしている。
なぜだ、とは思うが。……でも、わかる。
そのとき、ドゥーがぽつりと呟いた。
「ジン、四機くるよ」
まだ目視できていない。
だが、彼女には“見えている”のだろう。
「……わかった」
俺はスロットを握る。
同時に、握られている手にも――力が入った。
(おいドゥー、握るな)
どんどん強くなるその“恋人グリップ”を振りほどけず、
俺はただ、目の前の戦場を睨みつけるしかなかった。
◇
「隊長! 青い機体です!」
通信が、ザフト小隊の戦術網に走った。
視界の先、濃紺の異形――ハンブラビが、宙を滑るように接近してくる。
「うろたえるな! 各機、散開! 四方から囲め!」
隊長機からの鋭い指示。
四機のジンが連携を取り、ハンブラビを囲むように展開する。
その瞬間だった。
ハンブラビが、滑らかに変形を開始する。
空気を裂くような音とともに、MS形態へと移行。
「今だ、撃てッ!!」
四方向から同時に火線が奔る。
しかし――
ハンブラビは、それらを“滑るように”かわしていた。
機体の重心移動、旋回、加速。すべてが異様なまでに滑らかで、
まるで、すべての攻撃を“知っていた”かのように。
「っ、なッ――」
そして次の瞬間、重火器が火を噴く。
大型リニアガンから放たれた砲弾が、一機のジンを正面から撃ち抜いた。
衝撃と共に、爆炎が弾ける。
撃破、わずか一撃。
「武器が! 武器が報告と違いますッ!!」
「きさまぁぁぁぁっ!!」
焦りに駆られた僚機が突撃する。
連携は崩れ、散発的な攻撃へと変わっていく。
だが、ハンブラビの動きは鈍らない。
ひとつ、またひとつ――
音もなく、順番に“落ちていく”。
やがて残った隊長機が、吠えるように剣を抜き、突進した。
「うおおおおおッ!!」
刃が振り下ろされる。
だが――
ハンブラビは一歩も動かず、わずかに身をひねるだけでそれを避ける。
そして次の瞬間、装甲の隙間にアーマーシュナイダーが突き立った。
狙いは、迷いなくコックピット。
「……ッ!!」
何かを言う暇もなく、ジンは爆ぜた。
火花と煙が宙に舞い、四機編成の小隊は、わずか数十秒で壊滅した。
宙域に、青い悪魔の影だけが残る――。