コックピットの中。
戦闘の終わりを告げる警告灯の沈黙とともに、静寂が戻る。
「……すごいな、このリニアガン。ジンが一撃だ」
モニターの隅で、戦果がカウントされていく。
ほんの数ヶ月前、ジン一機を落とすのに必死だった頃が、遠い記憶のようだ。
(いや、武器もすごいが――)
脇でじっとしているドゥーをちらりと見やる。
「……助かったよ。お前の指示、全部的中だった」
弾が来る方向、タイミング、回避の角度まで。
敵の姿が見える前に、すべてが伝えられていた。
返事の代わりに、彼女は軽く頷く。
視線は前を向いたままだが、口元は少しだけ柔らかく緩んでいた。
礼の代わりに、そっと頭を撫でる。
いつもなら、眉をひそめて「やめて」と言われるのがオチだが――
今日は、違った。
ドゥーは何も言わず、すり、と俺の胸元に体を預けてきた。
まるで、そっと甘える猫のように。
「……なんだ、今日は素直だな?」
冗談めかして問いかけると、彼女はぼそりと呟いた。
「……だって、ボクは……ゲーツの“相棒”だから」
声は小さく、どこか熱を帯びていた。
色っぽい……というほどではない。
けれど、どこか心をくすぐる響きがあって。
「……そ、そっか。なら、頼りにしてる」
なんでもないふうに言ったつもりだったが、耳が少し熱い。
この妙な距離感が、心地いいのか、くすぐったいのか。
結論を出す前に、帰投指示が入った。
「ハンブラビ、帰還どうぞ」
俺は操縦桿を握り直す。
膝の上のぬくもりを意識しすぎないよう、そっと息を吐いた。
(……なるべく、気にしないようにしよう)
そう思いながら、推進器を点火した。
ハンブラビはゆっくりと母艦へと向かい始めた――。
◇
ネルソン級での任務を終え、アレキサンドリアへ帰還した。
ハンブラビのハッチが開き、脚を降ろすと――
そこに、SEED世界で一番会いたくない顔が待っていた。
「やぁ、君がゲーツ・キャパ中尉ですか? 会いたかった。ムルタ・アズラエルです」
(げっ)
「っは、ゲーツ・キャパ中尉です!」
慌てて敬礼を送る。
……が、隣のドゥーはというと――完全にスルー。
(無視はまずい無視はまずい無視はまずい!!)
「ドゥー・ムラサメ少尉です。……申し訳ございません。任務で少々疲れておりまして」
代わりに答えると、アズラエルは薄く笑った。
「いえ、構いませんよ。用があるのは、あなたですから」
その双眸が、まっすぐ俺に向く。
ぞわりと背筋を撫でるような視線。
(ドゥー……ムッとしてるのが伝わってくる)
「私に……ですか?」
一応、返事を返す。
それが間違いだった。
「優秀だそうですね? 君のような“扱いやすい人材”、うちの“生体CPU”にも見習ってもらいたいもんです」
(生体CPU……ブーステッドマンのことか?)
嫌な言い回しだと感じる間もなく、アズラエルは言葉を重ねた。
「それで――君、僕のところに来ませんか?」
「えっ?」
まさかのスカウト。
なぜか、評価されているらしい。こいつに。
「……中尉。いや、ゲーツ・キャパ。君、“使いやすい”って評判ですよ。
なら、次は私のところで。もっと効率的な“運用”を考えたいと思っていましてね」
その瞬間、ドゥーが俺の前に立ち塞がった。
(やばい。嫌な予感しかしない)
慌てて手を伸ばすが――バシンと払いのけられる。
(いてぇ)
「……“使いやすい”?」
ドゥーの声が震えている。
いや、それは怒りの熱だ。
「……ゲーツは、ボクの“相棒”。
“誰にも”渡さない。あげない。奪わせない……っ!」
ビリッ。
その瞬間、空気が軋んだ。
周囲のコンソールが一斉にノイズを発し、格納庫の整備士たちがざわつく。
「な、なんだ!? 機体反応が……!」
サイコガンダムの警告灯が真紅に点滅し始めた。
反応炉が異常出力を記録し、機体が――勝手に動き出す。
(まずい、まずいまずい!!!)
整備士たちの怒鳴り声が響き、警報が鳴る中。
「……え……? 」
アズラエルが、尻もちをついて後ずさるのが見えた。
その顔には、明らかな恐怖の色。
(どうする? どうすれば――)
俺は、迷わなかった。
「ドゥーッ!」
背後から彼女を抱きしめる。
ぎゅっと、両腕で包み込むように。
「……!」
ドゥーの身体が、ビクリと震える。
その瞬間――サイコガンダムの動きが止まった。
「……安定した! 出力が戻りました!」
整備兵たちが安堵の声を上げる。
俺は、震える彼女の頭をそっと撫でた。
すると、ドゥーは静かに……俺の腕を、強く、掴んできた。
俺は震えるドゥーを、しっかりと抱いていた。
アズラエルは、震える指先で埃を払うと、
こちらを睨みつけて口角を歪めた。
「……いいですか、ゲーツ中尉。この女、ドゥー・ムラサメ。
あなたの“相棒”とやらは――明らかに危険です」
足音を立て、俺の目前に詰め寄る。
「上層部には報告しますよ。“情緒不安定な強化人間は戦力にならない”と。
いや、はっきり言いましょう。“処分”を、検討すべきです」
(っ……!)
怒りで言葉が出ない。
けれど――ここで黙る選択肢はなかった。
「……私が、制御します。いえ……言って聞かせます」
その言葉に、アズラエルが鼻で笑う。
「彼女は――私より、ずっと優秀です。ですから……!」
絞り出すように叫んだ俺を、アズラエルはじっと見つめたまま、やがて肩をすくめた。
「……いいでしょう。ええ、いいでしょうとも。
では――“結果”で示してもらいましょうか、ゲーツ中尉」
忌々しそうな口調で吐き捨てると、アズラエルはくるりと背を向け、格納庫を去っていった。
彼の足音が遠ざかる中――
俺はただ、まだ腕の中にいるドゥーの温もりを感じながら、息を吐いた。