長机を挟んで、地球連合の将官たちが並ぶ。
黒い制服に身を包んだ士官たちの中央には、ムルタ・アズラエル――そして、鉄仮面のような顔をしたバスク・オム大佐の姿もあった。
会議室に緊張の沈黙が落ちる中、アズラエルが涼しげに口を開いた。
「……おや? “中立”だから、ですか? 困ったものですねぇ、それは。
皆さん命を懸けて戦っているというのに――“人類の敵”と、ですよ?」
挑発とも取れるその一言に、場の空気がざわめく。
「アズラエル、そういう物言いはやめてもらえんかね。我々は“ブルーコスモス”ではない」
不快げに眉をひそめた一人の高官が口を挟む。
だが、アズラエルは眉ひとつ動かさず、柔らかな笑みを浮かべた。
「これは失礼を。……でも、どうして皆さんは、こんな時にまで“理屈”を振り回すような国――
“オーブ”なんてものを、甘やかしてやってるんでしょうね?」
――沈黙。
「“中立”だの、“非介入”だの。戦場を知らないお坊ちゃまの理想論でしょ?
もうそんなことを言っていられる段階じゃないはずです」
アズラエルの声は淡々としていたが、言葉の一つひとつは、確実に毒を含んでいた。
「……オーブとて、歴とした主権国家の一つだ。強制はできんよ」
それまで黙っていたバスクが、低く口を開いた。
「“地球”の一国家であるのなら――連合に協力するのが“当然”じゃありませんか?」
返す言葉が出ない。
「……なんでしたら、僕の方で“交渉”を引き受けましょうか?」
その提案に、どよめきが広がる。
「なんだと……!?」
高官の一人が思わず声を上げる。
アズラエルは肩をすくめ、さらに言葉を重ねた。
「今はともかく、“マスドライバー”が必要なんでしょ?
どちらかが――あるいは両方が。早急に、です」
「それは……そうだが……」
誰かが小さく呟く。
「皆様には“ビクトリア”の作戦もある。役割分担は合理的でしょう?
それに――バスク大佐のところの“あの二人”にも、ようやく活躍の場が巡ってくる」
バスクに視線を向けながら、アズラエルは声を潜めて笑った。
バスクは無言のまま、腕を組む。
「……彼らは、まだ“調整中”だ」
言いにくそうに、それだけを絞り出す。
だが――アズラエルは一切容赦しない。
「“調整”、ねぇ。……いつまでやってるおつもりで?
“使うため”に創ったんでしょう? だったら――“使わなきゃ”。」
沈黙。
誰一人、反論できない。
バスクでさえ、目を伏せたまま言葉を飲み込んでいた。
会議室に、ただ時計の針の音だけが響いていた。
◇
アレクサンドリアの士官用私室――
その狭いベッドの上、俺は仰向けになって天井を見つめていた。
……で。
当然のように、ドゥーが俺の体に巻きついて眠っている。
いや、添い寝なんて甘っちょろいもんじゃない。
両脚は絡みつき、左腕はホールド、腹の上に頭を乗せて、息まで規則正しい。
“これはもう、拘束具では?”
最近ますます距離感がおかしい気がする。
特に――あのアズラエルとの一件以来、明らかに“密着度”が増した。
「誰にも渡さない」とか、「あげない」とか――そういうの、覚えてるのか知らないけど。
(いや、覚えてるだろ、絶対)
その証拠に、動こうとすればするほど、締め付けが強くなる。
おまけに最近は、寝返りを打とうとすると「ん……ダメ……」とか言い出す。
いや、何が“ダメ”なんだよ。
そんなこんなで、俺の思考は別の方向へと向かう。
……新たに下された作戦命令。
ターゲットは――“オーブ”。
(……いよいよ来たか)
知らぬ間に、世界はもう“中盤”に差し掛かっていた。
原作で言えば、“中立国家への侵攻”という胸糞ルートに突入する頃だ。
正直――やりたくない。
だが、現実は甘くない。
クロトも言っていた。
「やらなきゃやられる、それだけだろうがよぉ!」
戦場に“正義”はない。
強化人間にとっては、敵も味方も、命令も感情も、すべてが“条件”にすぎない。
でも、俺には一つだけ守りたいものがある。
(ドゥーを、守るためなら――俺はやる)
そう心に誓った、その瞬間だった。
「……ちょっ、ドゥー……離して。トイレ行きたい」
静寂を破る一言は、情けなさと尿意の極みだった。
頼む。
この状況を、“生体リンクによる愛着行動”とか難しい理屈で正当化しないでくれ。
シンプルに、限界なんだ。
◇
オーブ近海。
本来なら青く穏やかなはずの海面が、戦火に焼かれていた。
幾隻もの地球連合軍艦が、水平線を埋めるように展開。
そのうちの一隻の甲板には、異様な光景が広がっていた。
……巨大な“空気清浄機”。
ではなく――サイコガンダム。
その横に並ぶのは、ハンブラビ。
どちらもすでに出撃準備を終え、機体からは低く唸るような駆動音が漏れている。
俺とドゥーは、それぞれのコックピットで待機していた。
互いに何かを話すでもない。
けれど、不思議と通信回線はずっと繋がっている。
無言のまま、呼吸音だけが重なるこの静けさ――
それが逆に、戦いの訪れを感じさせた。
……と、そこに割り込む軽薄なノイズ。
『あー、聞こえてますか? お二人さん?』
アズラエルの声だ。相変わらず、やる気と品のないテンションで。
『うちのブーステッドマン部隊が撤退してきます。それの“交代”って形でよろしくお願いしますね』
(お前、交代って言ったな? “戦場”なんだけどな?)
『彼らにも伝えましたが……』
通信越しの言葉をさえぎるように、俺は言った。
「マスドライバーとモルゲンレーテの工場は“壊しちゃダメ”。……ですよね?」
アズラエルが言う前に先回りしてやる。
なんか、ムカついたから。
『……ええ、そうです。さすが話が早い。期待してますよ』
まるでコンサートの舞台指示みたいに、軽くそう言って、通信が切れた。
(ふざけやがって……)
視線を前方に向ける。
燃え盛るオーブの空――その先に、やらなければならない仕事がある。
「いくぞ、ドゥー」
俺はハンブラビの操縦桿を握った。
ハンブラビが浮上する。
同時に、横のサイコガンダムが変形――“空気清浄機形態”のまま、ゆっくりと宙を舞う。
そして、俺はその背に取りつくようにして位置を合わせる。
ドゥーのサイコガンダムが、その巨体を震わせ、発進体勢へ――
戦火の海へと、俺たちは飛び込んでいった。