初星学園放送部部長、アイドル科の真城優です。   作:magtaco

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とっておきの切り札

 放課後、校舎の昇降口を抜けると、湿気を含んだ初夏の空気が肌にまとわりつく。

 

 六月頭の陽射しはすでに力強く、日陰にいてもじんわりと汗が滲む。西日に照らされたアスファルトは熱を帯び、靴の裏からも蒸し暑さが伝わってくる。

 

 プロデューサーとは正門で待ち合わせの約束だけど、あそこは遮るものがなく、容赦なく陽射しが照りつけている。きっと立っているだけで体力がじわじわと削られるだろう。

 

「日陰で待っとこうかな」

 

 P科棟の昇降口から正門に来るには普通科棟の前を通らなければならない。ここで待っていれば、その内プロデューサーも現れるはず。

 

「お待たせしました」

「わっ!びっくりした」

 

 一応プロデューサーに報告しようとスマホを取り出そうとした矢先、当のプロデューサーが横から話しかけてきた。

 

「お疲れ様です、プロデューサー。タイミングぴったりですね」

「お疲れ様です。今日は暑いですからね。待たせることのないよう時間を見計らってきました。それでは行きましょうか」

 

 プロデューサーは正門の方へ振り返ると、額に滲んだ汗をハンカチでそっと拭った。この様子を見るに、恐らく彼も私と同じように、私が昇降口から出てくるのを近くで待っていたのだろう。

 

 それを言わないのは、きっと私に気を遣わせないためなんだと思う。見た目通り誠実というか……どちらかと言えば生真面目の方が正しいか。

 

 こんなふうに気を配ってくれるのは嬉しいけれど、これからどんどん暑くなるし、申し訳ないから控えてもらうよう言わないと。

 

(……いや、暑いならその背広を脱げばいいんじゃ?)

 

 生真面目かつ天然。プロデューサーは隙がないように見えて、意外と不器用なのかもしれない。

 

「来たよことねちゃん!優先輩のプロデューサーさん!」

「ばかっ、声が大きい!気付かれちゃうだろ」

 

 普通科と向かい合わせになっているアイドル科棟の昇降口から聞き覚えのある声が聞こえてきて、私とプロデューサーは足を止めてそちらを振り返る。

 

 一見誰もいないように見えるが、よーく見ると昇降口の扉から特徴的な茶色いアホ毛と金色の三つ編みが揺れて見え隠れしている。

 

 間違いなく花海さんと藤田さんのものだ。

 

「俺たちのことを見ていますね。どうしたのでしょうか」

 

「あー。お二人には今日の放送部のあと、編入試験について相談にのってもらったんです。その時にプロデューサーとのことを色々お話したので、気になって見に来たのかと……」

 

 耳を澄ましてみると、二人がこちらをちらちらと見ながら何か話しているのがわずかに聞こえてくる。

 

「あれが先輩のプロデューサーさんかぁ~。落ち着いてていい人そうだね!」

 

「いやいや、ああ見えて先輩を迎えに白昼の普通科に突撃する王子様系なんだろ~?」

 

「そうそう!先輩がアイドルになるって宣言した時も、先輩の手を取って『貴方を一番星(プリマステラ)にする』って!すっごくロマンチック~!」

 

 流石に会話の内容は断片的にしか聞こえないけれど、会話のテンションからかなり盛り上がっていることが見て取れる。

 

「ごめんなさい。勝手にプロデューサーのことをぺらぺらと喋ってしまって。もちろん悪く言ったりはしてませんから!」

 

「大丈夫ですよ。お二人の盛り上がりを見ればそれは分かりますから。寧ろ担当アイドルの相談に乗っていただいたことにお礼が言いたいです」

 

 プロデューサーは穏やかな笑みを浮かべ、昇降口の方でこちらを見ている花海さんと藤田さんに、ゆっくりと手を振った。

 

 突然のアクションに気付いた二人は、驚いたように肩を小さく跳ねさせる。

 

 一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、慌てて顔を見合わせた。

 

「や、やっぱりバレてた!!」

「も~!佑芽のせいだからな~!」

 

 ひとしきり問答を終えた二人は再度顔を見合わせてから、申し訳なさそうに苦笑しつつ、こちらに向かって手を振り返してきた。

 

 その様子がなんだか微笑ましくて、私も自然と笑みがこぼれる。

 

 私も軽く手を振り返し、今度こそ、とプロデューサーと並んで正門へ向かって歩き始めた。

 

「そういえば、今日の目的地ってどこなんでしょうか?」

 

「あれ、言い忘れてましたか。今日はですね……」

 

 

 

-1-

 

 

 

「カラオケ、ですか」

 

 初星学園からバスで数十分。街中の方まで出てきた私たちは、とある有名チェーンのカラオケボックスを訪れた。

 

「古今東西、内緒話はカラオケで行われるものです」

 

「いや、古にはカラオケはないと思いますけど……」

 

「冗談です。本当はアイドル科の設備を使うのが理想なのですが、やはり今の立場ではレッスン場を確保できませんでした」

 

 プロデューサーは理由を詳しくは語らなかったけれど、今の私がまだ普通科の生徒だから、アイドル科の設備は自由に使えないのだろう。

 

 こういう細かなところでも、自分の立場の違いを感じさせられる。

 

「さて、まずは編入試験の概要についてお話ししましょうか」

 

 プロデューサーがカバンからノートPCを取り出し、受付で借りたケーブルで部屋のモニターに繋ぎ、手際よく画面を映し出す。

 

 モニターに映し出された資料の表紙には、「初星学園アイドル科 編入試験概要」と書かれている。

 

 初星学園アイドル科 編入試験 選抜方法

 

【実技試験】(配点:500点)

 1. ボーカル、ダンス、ビジュアルの三項目について、各担当トレーナーが審査を行う。

 2. 総合審査として、受験者は自由曲によるパフォーマンスを一曲披露し、その完成度を審査する。

 

【面接試験】(配点:300点)

 1. 本校学園長による個人面接を実施する。

 2. 面接では、志望動機、将来の目標、アイドル活動への意欲、協調性、コミュニケーション能力等について総合的に評価する。

 3. 必要に応じて追加質問を行う場合がある。

 

【合否判定基準】

 1. 各試験の評点を合計し、総合点の高い順に合格とする。

 

「本来の編入試験には配点200の筆記試験も含まれますが、真城さんは同学普通科からの転科となりますので、一年次の成績を提出して筆記試験を免除できます。真城さんの成績なら、だいたい八割程度で換算されるはずですよ」

 

「八割もですか?私、そこまで成績良くないですけど……」

 

「アイドル科と普通科では座学の内容はだいたい一緒ですが、アイドル科は実技レッスンも含む分、学習量は浅めになります。従って普通科では平均的な真城さんの成績も、アイドル科では相対的に上位になるんですよ」

 

 なるほど……そういうことならとても助かる。もし免除でも換算点が低かったら、実技がうまくいかなかった時の保険として筆記試験で高得点を狙う必要があった。

 

 でも八割の点数が保証されているなら、その心配はない。私は実技の経験が全くない分、そちらに時間を割かなければならないから、筆記対策が不要なのはありがたい。

 

「続いて面接試験ですが、これに関しては特に対策はしません。というか対策の必要がありません」

 

「……すみません、どういうことでしょうか」

 

「要綱にはつらつらと試験内容を示していますが、その実は学園長とのおしゃべりタイム。しかしたわいのない会話の中で、受験者に眠るアイドルとしての才能を見極めてきます。学園長の前では取り繕った外面は意味がありません。ならばいっそ、対策なしで挑んでしまおうという話です」

 

 噂話のような攻略法を鵜呑みにしてやけに断定的に語るプロデューサーに、少し違和感を覚える。

 

「へー……。ちなみにそれ、どこ情報ですか?」

 

「この前学園長が言ってました」

 

 まさかの公式情報だった。思考放棄の希望的観測だと思っていたけど、本人が言うのなら立派な根拠に基づいた攻略法だ。

 

 そういえば、藤田さんたちも同じようなことを言っていた気がする。

 

『あたし筆記も実技もぜんぜん点数足りてなかったと思うんですけど、面接では楽しくお話したら合格できましたよ!あたしのお友達も似たような感じで、筆記は満点だけど実技0点だったのに、学園長から「見込みアリ」って言われて合格したって言ってました!』

 

『あ~、そういえばアイドル科の入試は試験結果に意味はなくて、学園長のお気に入りで決まってるってよく言われてるよナ~』

 

『えっ……。それ、ほんとだったらまずいんじゃ』

 

『流石にただの噂ですよ~。まあ、佑芽もその友達も、試験でなにかしら力を見せたから合格できたんでしょうしね。特に佑芽は試験成績がダメでも、学園でダントツの身体能力があったし』

 

 流石にあの話を鵜呑みにするのはリスクが高いと思っていたが、今のプロデューサーの話と合わせると信憑性が増す。学園長は、面接以外の筆記や実技で得たデータをもとに、実際に本人と話すことでアイドルとしての才能を見極めている、とみなしてよさそうだ。

 

 結局のところ、一番の難関である実技試験でなにか秀でたものを示せなければ、どの道合格の可能性は低いということ。けれども、対策すべきポイントが実技試験の一点のみに絞られたというのは、やるべきことがシンプルになってすごく助かる。

 

 これなら時間をかけて練習していけば、合格の希望も見えてくる……!

 

「そういえばプロデューサー。私の編入試験っていつなんですか?」

 

「今月末です。「初」の最終試験がある日の翌日ですね」

 

「へぇ、今月末……今月っ!?あと一か月もないじゃないですか!!」

 

 先に抱いた希望はどこへいったのか。日程を聞いた私は衝撃のあまりテーブルに手をついて立ち上がり、プロデューサーに向かって大きな声で叫んでしまった。しばらく出したことのないくらいの大声だったため、思わず声が裏返ってしまう。

 

 今が六月の第一週で、試験は月末恒例の定期公演「初」の最終試験の翌日。「初」の試験は基本その月の最終週の週末に行われるはずだから、実際に残された時間は三週間と少し。その短い期間で、アイドルとしてのレッスンを全く受けたことがない私が合格する?

 

 今年のH.I.Fで優勝を目指すと言われた時も、到底叶いそうにない目標だと思った。でも今回の編入試験はすぐ目の前に期限が迫っている分、逃げ場のない現実として突きつけられている気がして背筋がゾッとする。

 

「安心してください。俺も無策でこのスケジュールを立てたわけではありません。貴方を勝たせるための策は、ちゃんと用意してあります。その一つがこちらです」

 

 プロデューサーはカバンから一枚の書類を取り出し、私に差し出す。

 


 

 休学届

 

 下記の理由のため、休学を希望します。

 

 理由:進路探求のため

 

 期間:6月✕日(金)~6月✕日(金)

 


 

「休学、ですか」

 

「はい。今回は理由がかなり私的なので通してもらうのにかなり揉めましたが、復学後に休学中の内容に関する試験を受ける、という条件で認めてもらえました」

 

「うっ、試験のあとに試験……」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。試験の内容の補習プリント等も支給してもらえますので、それを解いて挑めば十分合格できます。もちろん俺も教えますから」

 

 明らかに嫌そうにする私の反応を見たプロデューサーはクスリと笑ってそう言った。まあ、プリント見て突破できるテストならなんとかなるか……。

 

「もちろんこれは俺の一存で決めていいことではありませんので、最終的にやるかどうかは、親御さんと話し合った上で真城さんが決めてください」

 

「大丈夫です。やります!親がどう言うかは想像つきませんけど、反対されても説得して見せます」

 

 休学なんて非日常すぎるけれど、アイドルへの挑戦そのものが非日常なので今更だろう。復学後の試験も面倒だけど、プロデューサーのバックアップに期待して、後先は考えないことにする。

 

 月末の試験に合格するためには、とにかく時間が惜しいのだ。学校に行きながら練習をしていては、確実に時間も体力も足りないだろう。となれば、三週間をフルで練習に使える休学期間は絶対に欲しい。

 

「了解しました。では、もう一つの策ですが……ズバリ、対策項目を限定することです」

 

 眼鏡のフレームをクイっと上げる決めポーズのような仕草から放たれた第二の策だったが、ズバリという割にはいまいちよく分からない。というかその策はさっき言ってた面接対策を捨てるという話ではないのだろうか。

 

「プロデューサー、その話さっき聞きましたよ?」

 

「いえ、先程のは試験単位での限定という話ですが、こちらは試験項目単位で限定をする、という話です。真城さん、昨日放送室で俺が伝えた貴方の魅力の話を覚えていますか?」

 

 プロデューサーにそう言われて、昨日の放送室での一幕を思い出そうとしてみる。昼休みのたわいもない会話など一晩経てばところどころ忘れているものかと思っていたが、私の脳内には、昨日の会話の記録が一言一句違わずしっかりと焼き付けられていた。

 

『パフォーマンスとしては、正直に言えば粗削りでした』

『でも、俺はあなたから目が離せなかった』

『そして何より、声です。歌のうまさとか音程の正確さとか、そういう意味じゃありません。言葉を届ける力がある』

 

 プロデューサーの一言一言を思い出すたび、頬が熱くなっていくのがわかる。あの時は何故かジーンと来てたけど、よくよく考えたらこの人よく素面でこんなこと言えてたな。

 

「えっと、歌、というより声、でしょうか……」

 

「正解です……どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでも。続き、お願いします」

 

 私の反応に首を傾げてきょとんとするプロデューサー。こっちはあなたのせいで困っているというのに。

 

「では気を取り直して。アイドル候補真城優の現時点最大の武器は、その声です。歌に関しては既に一定の水準と言えましょう。逆に言えば、歌以外の要素は合格ラインを大きく下回っている。分かりやすくグラフにするとこんな感じです」

 

 そう言ってプロデューサーは再度PCを操作し、モニター上にまた新たな画面を提示した。

 

 Vo. ■■■■■■■■

 Da. ■

 Vi. ■■■

 

 各グラフの頭についているイニシャルのようなアルファベットは、恐らくは上からVocal、Dance、Visualの頭文字を取ったもの。つまり、試験項目ごとにおける私の現在の実力水準を表したグラフということだ。

 

 先のプロデューサーの意見を反映したグラフになっているようで、ボーカルの数値が他に比べて突出しており、その他二項目は明らかにボーカルに比べると数値が低い。

 

「ビジュアルの数値がちょっと高いのはなんでですか?」

 

「それはシンプルに真城さんがかわいいからです。笑顔で楽しそうに歌う真城さんは目が離せないほどにかわいいので、ビジュアル項目の加点要素と判断しました」

 

「……ありがとうございます」

 

 またしても素面で恥ずかしいことを言うプロデューサー。恐らくこの人は天然でこれをやっているので、気にしたら負けだと思って必死に平静を装う。

 

「結論から言いますと、編入試験ではダンスとビジュアルの項目は捨てます」

 

「三項目中の二つを、ですか?」

 

「ええ。既に藤田さんたちから聞いているようですが、この実技試験で重要なのは点数ではなく、学園長に”アイドルの才能”を示すことです。しかし三週間という短い期間で満遍なく鍛えようとしても、特に秀でたものがない凡庸なパフォーマンスとしてまとまってしまうでしょう。

 ならば現時点でもある程度の力があるボーカルに一極集中し、そのほかの全てをその引き立て役として位置付ける。これが俺が考える最も勝算が高いプランです」

 

「なるほど……。ストロングポイントを押し付ける戦い方、というわけですね」

 

 世のアイドルにはダンスを得意とする人もいれば、歌の上手さを武器にする人もいる。それぞれが自分の強みを活かしている。私がこれから目指すのも、そんな“自分だけの武器”を前面に出す戦い方というわけだ。

 

 確かに戦術としては理にかなっているように聞こえる。不安要素があるとすれば……私の歌が、本当にその戦術を成り立たせるほどの力を持っているのかどうか。

 

「でも、プロデューサー。私、本当にその戦術が成立するほど上手に歌えるでしょうか。べつにカラオケで高得点とかとれるとかじゃないですし……」

 

「先日も言いましたが、それは当然のことです。技術的な面はこれから鍛えていくものですからね。大切なのは歌に気持ちが乗っていることです。精神論のように聞こえるかもしれませんが、技術ではカバーできない立派な才能ですよ」

 

「うーん……いまいちピンとこないですね」

 

「まあそうでしょうね。物は試しです。一曲歌ってみましょうか」

 

「わかりました。じゃあ……」

 

 プロデューサーに言われて、私は無難に最近ハマっている曲を入れてみる。

 

 普段友達の前で歌うのもなんだかこっぱずかしいというのに、プロデューサーに吟味されながら歌うとなると余計緊張してしまうな。

 

 そう考えていると、曲を受信した音響器からイントロが流れ出した。そっと深呼吸をして、歌いだしを待つ。

 

「♪ ────、────!」

 

 マイクを通して、私の声が部屋の中に響きわたる。ここまで小難しい話が続いたこともあり、気持ちよく歌えるようにアップテンポなロックサウンドの曲をチョイスした。大声を出して歌うのは気分がいい。鬱憤も不安も晴れるし、いつものカラオケと何ら変わらない。

 

 でも、なんとなく何かが違う感じがする。何の音響設備もついていなかった音楽室よりも今の方が歌う環境としてはいいはずなのに、あの日のほうがもっと、歌っていて気持ちよかった。

 

「♪ ────!……ふぅ。どう、でしょうか」

 

 心の奥の違和感が拭い切れないまま曲は終わり、恐る恐るプロデューサーの顔を見る。

 

「……率直に言えば、微妙ですね」

「うぐっ」

 

 やはりプロデューサーも同じように、何か足りないと感じていたらしい。

 

「うーむ……一昨日聞いたCampus mode!!はこんなものではなかったのですが……。もっと心から楽しんでいる感情が、余すことなくダイレクトに伝わってくる感覚といいますか……」

 

 うんうんと唸るプロデューサーを横目に、私も原因を考えてみる。

 

 あの日のCampus mode!!と今の歌との違い。曲調の違い、アイドルとロックバンドというジャンルの違い、曲としてのテーマの違い。あらゆる可能性を考えては切り捨てるのを繰り返しながら、ある事に思い当たる。

 

()()ことがあるかどうかの違い?)

 

 Campus mode!!は、去年のH.I.Fで歌った会長の姿が強く焼き付いていた。だからこそ私の中ではっきりイメージが出来ていたのかもしれない。

 

 実際に私が見たことのあるステージ。私がそうなりたいと思う目標の姿。それが明確にある事が、あの感覚を呼び起こす条件なのではないだろうか?

 

 そう思い当たって、私はもう一度マイクを取った。

 

「プロデューサー。もう一曲歌ってもいいですか?」

 

「もちろん構いませんが……何かひらめきましたか?」

 

「合っているかはわかりませんが、多分さっきよりもうまく歌える気がします」

 

 デンモクをついついと操作し、手早く送信してマイクを構える。

 

 歌う曲は、小さな野望。

 

 現一番星(プリマステラ)、十王星南会長が高等部三年生にして満を持してリリースした自身初のソロ楽曲。会長の圧倒的なオーラをそのまま音楽に落とし込んだような壮大なイントロが流れ出す。

 

「大人になって……退屈な日々……抜け出したい──」

 

 以前、会長による講堂ライブを聞いて以来、すっかりほれ込んでしまい、何度も聞いていたこの曲。

 

「今日も 楽しげな クラスメート 見送って──.いつもの道 辿ってる 夕暮れ前――」

 

 アイドル科の皆さんを遠くから眺めることしか出来なかった私は、いっちょ前に歌詞に共感なんかしちゃったりして。

 

 何度も何度も繰り返し聞いた結果、モニターを見なくとも完璧に歌えるようになってしまっていた。

 

 これなら余計なことを考えず、ただ夢中になって歌えるかもしれない。

 

 プロデューサーに言われた通り、音楽室で歌ったCampus mode!!を思い出す。あの日見た会長のあの歌を反芻することだけに全神経を注ぐんだ。

 

「子どもの頃に読み続けた 異世界のストーリー!」

 

 すると、不思議なくらい心地よさが全身に広がっていく。さっきの歌とは比べものにならないほど、歌うことそのものが楽しくて仕方ない。

 

「数えきれない 夜と共に!生まれた小さな野望──!」

 

 今この瞬間だけは、誰の目も気にならない。ただ自分の声とメロディに身を委ねている。

 

 まだ自分がアイドルになるなんて想像もしていなかった頃、会長のステージに心を奪われたあの日の憧れが、鮮やかに胸に蘇ってくる。

 

 プロデューサーが私の中に見出してくれた“可能性”を、今なら少しだけ信じられる気がした。

 

 歌うほどに、不安や迷いが音に溶けて消えていく。

 

 このまま、もっと遠くへ──自分の歌が誰かに届く未来を、ほんの少しだけ夢見てしまう。

 

 会長たちが歌い踊るあのステージに、私も立ちたい。

 

「歌に し た い──!」

 

 やがて曲は終わり、最後のロングトーンをほとんど伸ばし切ることが出来ないまま膝に手をつく。

 

 この前と同様にたった一曲歌っただけで息が上がって、でも確かな爽快感に包まれている。

 

「はぁっ、はぁっ、プロデューサーっ!」

 

「はい。完璧です。これこそ俺があの日に見た、比類なきアイドルの才能。圧倒的なマイクパフォーマンスで見る者を魅了するアイドル、真城優の姿です!」

 

 常に冷静な表情を崩さないプロデューサーも思わず立ち上がり、興奮を隠しきれない笑顔でそう言ってくれた。

 

 自分の歌でプロデューサーがこんなにも感動してくれている。その姿を見て、さっきまで心の中にあったもやが晴れ、今はっきりと試験に合格する自分を思い描くことができた。

 

「私、絶対に合格して見せます!」

 

 勝負は三週間後。それまでにこの歌を、私のとっておきの切り札として磨き上げるんだ。




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追記:この話を投稿する前にいつの間にか色がついてました。皆さまありがとうございます。でもまだまだつけてくれて構いませんのでお願いいたします。
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