初星学園放送部部長、アイドル科の真城優です。 作:magtaco
「それでは最後の試験、自由曲パフォーマンスによる総合審査です。そちらの合図で音楽を流し始めますので、好きなタイミングで始めてください」
初星学園アイドル科編入試験。最後の審査項目である自由曲パフォーマンスを残すのみとなり、審査員役を任されたダンストレーナーは、正直辟易していた。
(
トレーナーたちも試験以前から彼女の存在は知っていた。初星学園放送部の責任者として、学園内で一定の人気を誇る普通科生徒、”真城優”。声の良さだけでなくアイドル科に匹敵する容姿も持ち合わせており、隠れファンクラブまで存在する有名人だ。
そんな彼女を、今年のプロデューサー科首席である汐崎がアイドル科にスカウトしたと聞いたときは、少なからず期待していた。
だが、実際に試験が始まってみれば、歌が少しうまいだけの普通科の生徒。付け焼き刃の対策はしてきたようだが、アイドルとしてはまだまだ未熟に映る。
それも当然だろう。初星学園アイドル科の門は、それぞれの特別な才能を持った原石が、長い時間をかけて入試対策を積み重ねることでようやく突破できるもの。たった一か月程度の準備で合格できるほど甘くはないのだ。
その原石の輝きを見せることができなかった真城は、アイドルとしての器ではない──トレーナーたちの認識は一致していた。今回のパフォーマンスも、緊張から凡庸な歌を披露して終わるだけだろうと誰もが疑わない。自然と会場は、気の抜けた消化試合のような空気に包まれていた。
「あーあー。マイク、OK。音響も、よし。それでは──始めます」
真城がスタートの合図を宣言すると同時に、レッスン室の空気が張りつめたものに変わる。
(……雰囲気が変わった?)
トレーナーたちは思わず顔を見合わせる。
先ほどまでの真城は、緊張と不安に押しつぶされそうな様子だった。
しかし今、マイクを手に立つ彼女の表情はどこか落ち着いている。視線はまっすぐ前を向き、迷いの色は見られない。それは先程までとはまるで違う、紛うことなきアイドルの佇まい。
その姿に、審査員たちの意識も自然と引き寄せられていく。
「……Howling over the World。名前さえない僕らの──
叫びよ 今 君へ届け──!」
彼女の放った第一声に、トレーナーたちの気の抜けた雰囲気は一瞬で消え、体に衝撃が走る。
「Howling over the World」──この曲は、良く言えば孤高、悪く言えば一人よがり。視線を釘付けにする特別なファンサ技術も、動きで魅せる複雑なダンスも必要ない。その代わり、それだけで観客を圧倒するほどの歌唱力が求められる。圧倒的な歌声がなければ成立しない、ピーキーな楽曲だ。
「ドラマチックな結末を失くした 灰色のストーリー 本当に──それでよかったはずだった?」
しかし、彼女の歌は、その難しい楽曲を見事に歌いこなしている。
先程とは比べものにならないほどの歌唱力。感情のこもった力強い声に、メリハリのある音の緩急や強弱が加わる。ダンスはまだ拙いが、しっかり体を動かしながら声の伸びも音程も乱れない。
なるほど。ダンスとビジュアルは磨き上げる時間がなかったため、ボーカルだけでねじ伏せるスタイルで認めさせに来た──これまでの試験内容と合わせ、トレーナーはそう推察する。
だが、真城とプロデューサーがこの曲を選んだ理由は、それだけではない。
(この曲は、閉ざされた世界を破って、ありのままの自分で未来を切り開こうとする──そんな強い決意を歌った曲。今の私の境遇と歌詞がぴったり重なるから、自然と感情を乗せられる。今の私の姿も、想いも、全部この歌に込めて──)
「──解き放て!!
舞台を食い破って!頂戴 痛いくらいの共鳴──!!」
サビに入り、真城は一段ギアを上げる。感情が強く表に出ると同時に、叫ぶような歌声はさらに大きくなっていく。しかし、その声が揺れることはない。
技術という地盤に根付いた心からの叫び。まさに楽曲の芯を体現したようなその歌声の根底には、この一か月間プロデューサーと積み重ねた時間があった。
完全に集中しきったときの真城の歌に存在していた大きな弱点──それは、歌うことが気持ちいいという感情に没頭しすぎて、歌自体が荒れ、おざなりになってしまうことだった。
前提として、感情が乗った歌を歌えることはそれ自体が希少な才能で、聴く者の心を魅了するのは事実だ。実際、汐崎が見出した真城の強みの一つは、その秀でた感情表現能力なのだから。
しかし、自分が気持ちよくなるためだけの聞きづらい歌では、アイドルとしては不十分だ。アイドルの歌はファンに聴かせるためのもの。感情と技術、如何にどちらかが優れていたとしても、どちらが欠けていては完璧とは言えない。
だからこそ真城はこの一か月で技術を徹底的に鍛え上げた。明瞭な発音、ブレない音程、ブレスコントロール、表現技法、体の使い方など、そのすべてを無意識下で引き出せるようになるまで体に刻み込んだ。
今の真城の頭には審査のことなどなく、この一曲にすべてを込めることだけに集中しきっている。それでも彼女の歌声がブレないのは、この一か月の努力と想いが、無意識のうちに歌声にすべて乗っているからだ。
その歌声は、一か月前の原石とはまるで違う。レッスンで磨かれた技術が加わり、今や学園の上位アイドルにも匹敵するほどの圧倒的な歌声。
一切の曇りなく磨き上げられた宝石のような歌声は、トレーナーたちの心を強く惹きつける。先ほどまで完全に真城のことを舐めていたはずの彼女らは、息吐く余裕もないほどに真城の歌に圧倒されてしまっていた。
「鎖ごと喰らいつくして!衝動 勝ち取りたい未来なんだ!
エゴを 飢えを 今を 夢を 全て!賭けて輝いて──
燃え尽きるまで!!
Howling over the World!さぁ起こせ 奇跡を この声で──!!」
最後のワンフレーズまで圧巻のパフォーマンスで歌い上げた真城は、震える足でしっかりと立ち、肩を大きく揺らして息を整えながら、トレーナーたちに向けて深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
フラフラとおぼつかない足取りで、真城は会場に後にする。
しばらく呆然としていたトレーナーたちは彼女が会場の扉を閉めたのを皮切りに、各々大きく息を吐いた。
「……さて、総評をまとめましょうか。」
ボーカルトレーナーが先導し、各トレーナーに先のパフォーマンスについての評価を促す。
その問いに対しダンストレーナーは少し悩んだそぶりを見せた後、うん、と頷いて答えた。
「……まあ、ダンスに関しては正直目も当てられないな。」
「ビジュアルについてもそうね~。まあ、お世辞にも合格点とは言えないわねぇ」
ダンス、ビジュアルトレーナーは両者ともに、自身の専門分野については実力不足、という意見で一致した。
決して良い評価ではない意見なのだが、それを聞いたボーカルトレーナーはクスクスと笑って見せる。
「おい、何がおかしい」
そんなボーカルトレーナーの様子に苛立ちを覚えたダンストレーナーは、彼女に一言物申した。
「あら、ごめんなさい。そんなに顔に出ているのにマイナスな評価をしているのがなんだかおもしろくって」
ボーカルトレーナーに言われて、ダンストレーナーは自分の口元に手を当てる。
自分でもなぜ気づかなかったと思うほど、自然と口角が吊り上がっていた。
隣で同じく頬を触っていたビジュアルトレーナーと目が合い、二人して思わず笑みがこぼれる。気がつけば三人とも、声を上げて高らかに笑い合っていた。
「あはははは!じゃあ、満場一致ってことでいいわね?」
ビジュアルトレーナーの問いかけに残りの二人もうなずき、手元の審査用紙に総合審査の点数が書き込まれた。
アイドル科編入試験 実技試験結果
氏名:真城優
Vo: 60 / 100
Da: 30 / 100
Vi: 30 / 100
Free: 180 / 200
合計: 300 / 500
結果:合格
全てを出し切った総合審査のあと。パフォーマンスが終わってもなお、心臓の音はバクバクと鳴りやまず。それが疲労なのか緊張なのかも分からないまま、気の遠くなるような時間を待機室で過ごしていた。
そんな中、控えめに三回、待機室の扉をノックする音が聞こえてくる。
それを聞いた私は、反射的に立ち上がって扉の前に走っていた。
扉を開けた事務員さんは目の前にいた私の姿を見て一瞬驚いた表情を見せた後、即座に面持ちを正し、「おめでとうございます」という簡潔な一言と共に私に一枚の紙を手渡した。
事務員さんの口から出た祝いの言葉に、私はしばらく呆然としてしまう。 その横で、事務員さんは私の様子を見て優しく微笑み、静かに待機室を後にした。 残された私は、手にした合格通知を見つめていると、抜けていった心が段々と体に戻っていくのを感じる。
「合、格……」
事務員さんの言葉を聞き、通知書に刻まれた文字を見て、実際に口に出し。ようやくそれを実感することが出来た私は、途端に糸が切れるかのように体中から一気に力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。
文字通りアイドルを夢見たあの日からおよそ一か月。ついに私は、アイドルになるための高い高い壁を乗り越えたのだ。
「やっ……た~~!」
抑えきれない嬉しさに、柄にもなく大きな声で喜びを叫ぶ。その勢いのまま仰向けに倒れ込み、全身が言い表せないほどの満足感に包まれていった。
体が動かせないこともあり、しばらくそのまま仰向けで寝転んでいた。
すると床に近づいた耳が、この部屋に慌ただしく近づいてくる足音を捉える。
その足音は扉の前で一瞬だけ止まり、肩で大きく息を整えたプロデューサーが、ノックも省略して勢いよく扉を開けて入ってきた。
「真城さん!!」
「プロデューサー!!」
プロデューサーは体を起こした私の前に膝をつき、私の体を力強く抱きしめてきた。予想もしていなかったその行動に、私は動揺して顔が一気に熱くなってしまう。
「──えっ、ちょっ!プロデューサー!?」
「申し訳ありません。俺のせいで貴方に迷惑をかけた。プロデューサー失格です……!」
「そんな!あれは私が未熟だったからで!むしろ心配をかけて申し訳なかったというか……」
「いいえ。私の無責任な行動が招いた事態です。あなたが力を発揮するために最大限の力を尽くすのが私の役目なのに、私としたことが……」
私を抱きしめながら、ネガティブに自分を責め続けるプロデューサー。しかし、その反応はどう考えても的外れだ。私がアイドルを目指し、この試験に合格できたのは、紛れもなくプロデューサーのおかげなのだから。
いつもは冷静沈着なプロデューサーが、こんなにも感情をあらわにして落ち込んでいるのは珍しいけれど──。
イレギュラーを乗り越えて合格した私を前に、まだ自分を責め続けるプロデューサーに少しムッとした私は、未だ離してくれない腕の中からそっと抜け出し、少し距離を取って座り直した。
「あのですね、プロデューサー」
「……はい、どうかされましたか?なんなりと申し付けください。今の私にはそれくらいしか──」
「もう!そうでなくて!……その、謝るよりも先に、言うべきことが、あるのでは、ない、で、しょう、か……」
勢いで言い始めたものの、だんだんと恥ずかしくなってしまい、言葉がしりすぼみになってしまった。
やってしまった。少しムッとしたからって、こんなお祝いをねだるようなことを言うなんて……カッコ悪いし、はしたない。
恐る恐るプロデューサーの顔を見てみると、目をぱちくりとさせてこちらを見つめている。
「……くっ、ふふ。貴方の言う通りです。もうしわけありませんでした」
いつも通りの優しい目に戻ったプロデューサーは、私の頭にポンと手を乗せた。そのまま、優しく何度か頭をなでてくれる。
「──あのっ、違います!そうじゃなくてっ!ていうか、汗かいてるからやめてください!」
「いいえ、やめませんよ。自慢の担当アイドルが頑張ってくれたのですから」
そう言って振りほどくこともさせてもらえず、プロデューサーは私の頭をなで続ける。死ぬほど恥ずかしいけど、その手の温もりは私に不思議な安らぎを与えてくれた。
結局その恥ずかしくも心地いい時間は、トレーナーさんたちが待機室の撤収を呼び掛けにくるまで続いたのだった。
次回でアイドル科編入編、言うなれば親愛度STEP 0は最終回となります。
クライマックスは学園長との楽しいお茶会。最後までお楽しみください。