初星学園放送部部長、アイドル科の真城優です。 作:magtaco
厳かな雰囲気の学園長室。重厚な木の扉の前で、私は一つ深呼吸をして気持ちを整える。緊張で手のひらがじんわりと汗ばむのを感じながら、意を決して三回ノックし、静かに扉を押し開けた。
「失礼します!」
ドアを開けると、とびきりの笑顔の学園長が立ち上がり、まるで旧知の友人を迎えるかのように手を広げてくれる。
「よく来たな真城くん!さあ、そっちに座っとくれ」
学園長はデスクから立ち上がり、向かい合わせのソファの片側に腰を下ろす。私も促されるまま、もう片方のソファにそっと座った。
「飲み物は紅茶で良かったかな?」
「えっ、いえ、そんな……面接ですよね?」
「細かいことは気にせんでよい!これはワシと真城くんがおしゃべりをするための場なんじゃからな。形式なんてなんでもいいんじゃ!」
がっはっはと豪快に笑う学園長。その明るさに、私は少し置いてけぼりになる感覚を覚える。ふと、藤田さんに言われたことを思い出した。
『学園長との面接はマジで何も考えなくていいですよ~。あの人ただアイドルとおしゃべりしたいだけなんで』
言われたときは半信半疑だったけど、なるほど。確かにこれは藤田さんの言ってた通りだ。
そう考えているうちに、香り高い紅茶が運ばれてくる。
飲んでもいいのか迷っていると、学園長が先にカップを手に取り、紅茶を一口飲む。その仕草に倣って、私もお言葉に甘えてカップを手に取った。口に含んだ瞬間、ふわりと広がる香りと深い味わいに思わず目を見張る。ものすごく高級な味がする。さすが学園長、いったいこの一杯でどれほどの値段がするのだろうか、とつい考えてしまう。
「君の放送部での活躍はいつも聞いているとも。うちの孫が無理やり君に頼み込んだと聞いて申し訳なく思っておったが、今や廃部寸前だった放送部を完全に立て直し、学園の人気コンテンツにした立役者じゃ!学園長として、礼を言わせてくれ」
突然頭を下げる学園長。その姿に驚いて、私はあわてて立ち上がってしまう。
「そんな!やめてください学園長!確かに最初は無理やりでしたけど、今では放送部の活動すごく楽しいです!なんなら会長には感謝しているくらいで!」
「そうか!それはよかった!やはり才能を見抜く目はワシ譲りじゃのう。流石はワシの孫じゃ!」
ぱっと顔を上げると、学園長は満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。そのあまりの明るさに、思わずずっこけそうになる。
なるほど、これが学園長か。噂に聞いていた通り、ペースをつかむのが本当に難しい人だと実感する。
「さて、一応試験じゃし、そろそろいくつか質問をしていこうかの。緊張する必要はないから、リラックスして答えとくれ」
「は、はい」
ほんわかとした空気はそのままに、話題は本題の面接試験へと移っていく。
リラックスしてとは言われても、やはり少しばかり肩に力が入ってしまう。
「では最初に、普通科の君がどうしてアイドルになろうと思ったのか、教えてもらえるかね?」
「はい。もともと私にとってアイドルは、憧れではあっても手の届かないものだと思っていました。でも放送部として活動し、アイドル科の皆さんと触れるうちに、私も気付かないほど心の深いところで、その憧れが、自分も彼女たちのようになりたいという想いに変わっていました。その頃に汐崎プロデューサーからスカウトを受けたこともあり、アイドル科を志望するに至りました」
「ほう!汐崎のやつ、なかなかいい嗅覚を持っておるな。いい仕事しおるわい」
用意していた志望理由を口にしながらも、学園長の反応が気になって内心は落ち着かない。大した練習も出来ていなかったけど、誇張も嘘もない自分の言葉だからこそ、自然と口をついて出てきてくれた。学園長も満足そうにうなずいてくれて、肩の力が抜けた気がした。
「自分でも気付かないくらいということじゃが、その想いに気付くきっかけはなにかあったのかね?」
「えっと、はい。それはですね……」
安心したのもつかの間。ついに来てしまった、と心の中で小さく息を呑む。
あえて明言せずに指摘できる穴を作り、質問を誘導する面接の常套手段。プロデューサーに提案された通りにこの手法を使ってみたけど、本当にあの話を面接の場でしていいのだろうか。
プロデューサーは「絶対学園長ウケいい」と言っていたけど、やっぱり恥ずかしい。
しかしこれ以上言葉を濁して誤魔化すわけにもいかず、学園長に嘘が通じないという話もこれまでの雰囲気からなんとなく納得できてしまっているので、正直に話すことにする。
「……その、会長のマネをしてCampus mode!!を歌ってみたらすごく楽しくて、その感覚が焼き付いてしまいまして……それが忘れられなくなってしまったといいますか……」
話しているうちに、どんどん声が小さくなっていく。こんな話を素面で言うなんて、やっぱり無理がある。
「わっはっはっは!そうかそうか!つまり真城くんがアイドルを目指すのは、アイドルが楽しいからということじゃな!」
案の定、学園長は手を叩いて大笑いする。その豪快さに、こちらもつられて少しだけ緊張がほぐれる。
「ふむ……なるほど。では真城くん。
──アイドルが楽しくなくなってしまったらどうするかね?」
突然、学園長の雰囲気が一変する。先ほどまでの柔らかな空気が一気に引き締まり、思わず背筋が伸びる。
そのプレッシャーに気圧されて、一瞬身を引いてしまう。
「なに、難しい話ではない。アイドルを本気で仕事にする以上、楽しくない時間は必ず来るものじゃ。そんなとき、君はどうする?」
学園長の問いかけに、私は思わず言葉を失ってしまった。すぐに答えが出せず、「時間をください」と小さく告げて、しばらく考え込む。
この問い自体は、決して珍しいものではない。最近ではプロゲーマーの話題などでよく耳にする。好きなことを仕事にするというのは、誰もが一度は夢見ることだけれど、実際には地味な努力や苦しい練習、結果が出ない焦りなど、楽しいだけでは済まされない現実が待っている。
「楽しい」という芽生えたての初期衝動で、短い期間を一気に駆け抜けてきた私にとって、この問いはまさに核心を突くものだった。
今まで勢いだけで走ってきたけれど、もしその「楽しい」が途切れてしまったらどうなるのか──そんなこと、これまで真剣に考えたことがなかった。
けれど、今この場で学園長に問われて、初めて自分の足元を見つめ直すきっかけをもらった気がする。
「楽しい」に潜む、もう一つの現実。それを突きつけられて、私は改めて自分の気持ちを整理する。
「……ごめんなさい、わかりません。多分、そうなったら私ひとりでは解決できないと思います」
どれだけ考えても、私の中に明確な答えは見つからなかった。でも、それでも、と自分に言い聞かせるように、私は続ける。
「だからもしそうなったら、アイドル科の皆さんに手を貸してもらいます。私にアイドルをやりたいって想いをくれた皆さんなら、きっとまた新しい衝動を私にくれると思うので」
自分の原点を見返す。それが、今の私にできる精一杯の答えだった。私はまだアイドルとしてスタートラインに立ったばかりで、独り立ちなんて到底できない未熟者だ。だからこそ、今の私には人を頼ることしかできない。
答えを聞いた学園長がどんな反応をするのか、私はドキドキしながらその表情をうかがった。心臓の鼓動がやけに大きく感じられる。自分の弱さや未熟さを正直にさらけ出したこの答えが、果たしてどう受け止められるのか、不安と期待が入り混じる。
しばらく沈黙が流れた後、学園長はひざを手で叩き、満面の笑顔で言った。
「うむ!いい答えじゃ!すまんのう、意地悪なことを言って」
意地悪?と心の中で首をかしげる。
「今の質問に答えられる者なんて、学園に数えるほどしかおらんからな」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ。いかにトップアイドルを目指す初星たちと言えど、彼女らもまだ高校生じゃからな。精神的な挫折に対する心得を持てるほど立派な者なんて、そうそうおらんわい」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。自分だけが未熟なんじゃない、みんな同じように悩みながら進んでいるんだと、少し安心した。
「ただの、そういう心構えだけはしといてほしいという話じゃ。特に、小さいころからアイドルを夢見てきたというわけではない君にとっては、近く必ず直面する問題じゃろうからな」
そこからの面接は、一般的な質問というより、どんなアイドルが好きか、どんなステージに立ちたいか、そんな和やかな話題が続いた。学園長の人柄もあって、気づけば緊張もすっかりほぐれていた。
そして、面接は最後の質問を迎える。
「さて、そろそろ終わりじゃし、最後に一つ聞こうか。真城くん、君が目指すのはどんなアイドルかな?」
先程とは打って変わって、その質問には迷う余地はなかった。私は一度だけ深呼吸をして、心の中で言葉を整える。これまでの自分の歩みや、出会った人たちの顔が頭に浮かぶ。
そして、まっすぐ学園長を見つめて、はっきりと答えた。
「この学園で私がもらったように……キラキラした想いを、みんなに届けたいです!」
自分の中にあるまっすぐな気持ちを、飾らずそのまま言葉に乗せる。学園長はその答えを聞くと、満足そうに大きくうなずき、にかっと笑った。そして、私の目の前で試験表に大きく合格の判を押してくれた。
真城の編入試験から数日が経ち、七月一日。
真城優アイドル科編入のニュースは、瞬く間に学園中を駆け巡った。
「ねえ聞いた?真城先輩の編入が正式に決定したって!」
「聞いた!今日からなんでしょ?」
「ねー!私絶対ライブ見に行く!」
朝から廊下や教室はその話題で持ちきりだった。いつも賑やかな学園だけれど、この日はさらに一段と活気づいている。
みんなが期待と好奇心を胸に、その日の放送を心待ちにしていた。
そして放課後。スピーカーからザザッというノイズが響き、放送開始を告げるオープニングが流れる。
ざわついていた教室も次第に静まり返り、誰もが耳を傾けた。
「皆さん、こんにちは。初星学園放送部、本日もスタートしました。さて、早速ですが今日はご報告があります。本日付で私、真城優は、普通科からアイドル科へと転科いたしました」
一瞬の静寂のあと、その報告に校内のあちこちが一斉に湧く。
そんなざわめきが部屋の外から微かに聞こえてきて、真城は自然と笑みをこぼした。
続ける言葉を口にすることに、ほんの少しためらいがよぎった。しかし「これは私が手に入れた資格だ」と自分に言い聞かせ、ためらう気持ちを振り払い、胸を張って名乗りを上げる。
「改めまして、初星学園放送部部長、アイドル科の真城優です。今後ともどうぞよろしくお願いします」
これにて、親愛度STEP 0は完結です。ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました。
次章、STEP 1「初」編もお楽しみに!……とお伝えしたいところですが、またしばらく更新をお休みします。おそらく一か月単位での休止となりそうです。
大学が死ぬほど忙しくなってしまったためです。コツコツ執筆は続けますが、今後数週間は本当に手がつけられそうにありません。
正直、このまま連載が終わってしまう可能性も考えたので、最後に「完」とついてもおかしくない締めにしてみました。
せっかく多くの方に読んでいただいているタイミングで申し訳ありません。
一刻も早く再開できるよう頑張ってみますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
あとこれはお願いなのですが、本作を読んで面白いと思ってくれた皆さん、どうか真城ssを書いて読ませてください。一緒に供給が少ない真城優ss市場を盛り上げましょう!