明日になればきっといい事が待っている人生で   作:カピバラバラ

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第125回目:出会い

 

「フォルテ」

 

人生とは、思うに。

長く、長く長く長く続く悪夢に過ぎない。

目覚めるまで、歩み続ける悪夢の中で。

明日になればこの夢から覚められる、そんな一抹の希望だけを灯火として、この暗い世界から抜け出そうとする囚人の物語。

繰り返される毎日の中で起きる出来事など、目覚めまでの機微にしか過ぎず、いつしか大切だと抱えていたものすらボヤけて映る。

 

「生きろ」

 

今日を過ごし、明日になって。

明日起きて、まだ夢の中だったら。

また、その一日を過ごす。

目覚めるその瞬間を目指し、何度も、何度も何度も何度も。

今日がダメだったらまた明日、明日がダメだったらそのまた明日、そのまた明日がダメだったら更にまた明日。

 

「生きろ」

 

そうやって暗い洞窟を歩き続ける、その果てに出口があると信じて。

また一歩、また一歩、目覚めた事に納得できるように。

人はいつか死ぬ、万物は等しく終わりを迎える。誰もがこの長い夢から目覚める。

 

──その時に、目覚めた理由に納得できるように。

目覚めまでの『機微』とやらに、人間は全力を尽くすのだ。夢の路程に幾度行先を変える選択があろうと、何百の道に別れていようと、最期が決まっている我々は、

 

「生きろ」

 

満足するまで、今日を過ごし明日へ往く。

終わらない永劫回帰、何一つ変わらない帰結、だとしても。

 

「生きろ!」

 

だとしても、歩き続ける。

夢から目覚めるまで、目覚めに納得するまで、何度も。

何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度だって。

 

「生きろッ!!」

 

今日がダメなら明日に、明日がダメならそのまた明日に、そのまた明日がダメならそのまたまた明日に。変われない、変わらない我々は明日に駆け(賭け)続ける。

明日が、今日よりもいい日になるように。明日が、今日と変わらないように。明日が、目覚めの日であるように。明日が、満足で満たされるように。

 

 

「────」

 

 

──我々は。

 

──私は、生き続ける。生きて生きて生き続ける、どんな善良を尽くしても、どんな悪逆を尽くしても、生きるんだ。

 

 

「生きろ、フォルテ」

 

 

「明日まで──逃げ切れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ドラゴン。というものが存在するとする。

火を吐き、空を飛び、魔法を使い、人間の姿にだって魔法を使えばなれちゃう、そんな存在が実在するとして。

 

「……」

 

──魔法使い。というものが存在するとする。

勿論魔法を使う、火を操り風を操り、水を操り電気…雷を操る。みんながイメージする魔法使いそのまんまが、物語の中から登場した存在が実在するとして。

 

「……」

 

──モンスターが、神が、悪魔が、何もかもごちゃ混ぜに存在するとして。

 

「…いただきます」

 

高々、日本人である事がどれ程のものなのか。

今、礼儀正しく作法通りに手のシワとシワを合わせご飯を食べたところで、何があるという訳でもないのに、しないと気持ちが悪いからちゃんとする。

 

「……」

 

黙食、私は喋りながらご飯を食べるのが……嫌いでも好きでも無いから、その状況に合わせる事の方が多い。

お米、らしきものを口に運び、味噌汁、らしきものを口に運び、卵焼き、らしきものを口に運び食す。

異世界に来ても何一つ変わらない食風景が、何のためにあるのか。

 

「……」

 

──食べなければ死ぬ。

生きるのに理由が必要なくとも、死ぬ時には理由が必要で、生き様と呼ばれるものは死に様を飾るための装飾品に過ぎない……のかもしれない。

分からないけど、分かったふりをする。人生、大体そんな感じ。

 

「ごちそうさまでした」

 

どうせなら楽しく生きよう、どうせなら楽して生きよう、どうせなら、どうせなら──。

 

「──」

 

「──行ってきます」

 

どうせなら、自由に生きよう。

何をしても、何があっても、辿り着く先は同じなのだから。

 

少女は山道に足を踏み入れる、高く険しい──程でも無いが、道を覚えていなければモンスターの餌になってしまうような道へ。

それは危険、という程でもない道のりであり、元いた世界でも山を知らない人が軽率に荒れ道に進めば命を落としかねないのだから、こちらでもそれは同じ話というだけ。

 

動かずとも肌にじんわりと汗が滲む気温の中、触れるもの全てが鬱陶しく感じる湿度はちゃんと飲料水を装備しておかなければ…しんどくて仕方がない。

そこそこの林を抜ければ、待っているのは整備された道だ。いや、整備した道とよぶべきか。

 

異世界に来て長い少女は、ずっと使うのに不便であるものをあまり喜ばしく感じない。何より自分以外の誰かが使う時もあるのに、誰も何もしないままというのもいただけない。

 

「……」

 

「あ!おはよー!お姉ちゃん!」

 

「おはよう、ユウナ」

 

道を歩いていけば、自然と人と出会うもので。

野原の上で寝転がる幼い少女が、こちらに向かって手を振っていた。それはいつも通りの光景だった。

その覚えがある顔は、確か自分が救った数々の人間の内の一人である事を毎度思い返す。自由に生きてきたのだから人助けぐらいしたこともあり、彼女は未だに私へ恩を感じているのかこちらに走ってきて──、

 

「ふふっ、それとも救世主…って呼んだ方がいい?」

 

「ユウナがそう望むのなら」

 

「もう…冗談だよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんだもんね〜?でも街の人がずっとそう言ってるから、最近お姉ちゃんも他の呼ばれ方されてなくてうんざりでしょ!」

 

「みんなが優しいからそう呼んでくれるんだよ。助けた事なんて一日経てば忘れていいのに」

 

「…一日って…アレを一日で忘れられる人なんか、呑気すぎてどこでもやっていけないと思うけど…?」

 

いつも彼女は、私に優しく接してくれる。

異世界に来て、自由に生きて──沢山人助けをしただけだが、みんな優しい人間だったお陰で、私は今優しくされていた。

とてもとても、有難い事だ。

恩は必ず縛りになる、それでも恩を感じて優しくしてくれていて、私はそれを受け止めている。

 

「そろそろ行くよ」

 

「行き先はいつも通り…行ってくるの?」

 

「うん」

 

「…あんまり無茶したらダメだよ?」

 

「うん」

 

「ん!それじゃ…『我、汝の旅路を祝福す。歩みに幸運を、果てに幸あれ』…今日も頑張ってね!私はちょこっと街に遊びに行ってこよっかな〜」

 

「ありがと」

 

祈りの詞を語ってもらい、少女は歩みを再開させる。

幼い少女は教会の出で、野原に立てた教会に住まう所謂戦争孤児というもの。けどこの様子を見るに将来は生臭僧侶が約束されていそうで、真夜中の人っ子一人居ない信号付きの横断歩道を…律儀に青になるまで待つ少女としては、それでいいのかと思う回数が増えてきた。

 

どうせこうやって野原に来ていたのも、めんどくさいと言って教会の祈りの時間を抜け出してきたからで、きっと道を進んでいれば──、

 

「ふっ、ふっ、ふ────!おおこれは、おはようございます。救世主様」

 

「おはよう、ユウナならすぐそこの野っ原で寝てるよ」

 

「む…ありがとうございます。連れ戻して説教をせねば…!」

 

「軽くしてあげてね」

 

「はは、いつも軽く優しくしていますよ?本人に反省の意が見えない所が…残念で仕方がないだけです」

 

「まぁ、性根が…うん」

 

「まぁ、はい」

 

「それじゃ」

 

「はい、それでは」

 

案の定出会った神父と会話を交わす。

人一倍優しい人ではあるけれど、人一倍信仰心の深い人間である彼が……彼女の冒涜や無礼を許しているのも、信仰心が命には変えられない事を理解しているからだろう。

信仰を深めれば深めるほど、神のいるこの世界だからこそ、その限界に気がついてしまう。身寄りの無い子供を引き受けているのは教えの為というより───彼の、エゴに見える。

根底を探れば、彼女より神父の方がよっぽど生臭坊主なのかもしれない。神の事を心から信じているのにも関わらず、行動や言動には神への不信が現れていて、そんな彼だからこそ神は力を貸している……のかも。

 

神は信仰を持つものに自身の権能を分け与える。奇跡、願いを形の持たない力として、それを実現させる権能を与えるのだ。

万能に見えても限度はある、奇跡といっても方向性によるし、人を癒す力を振るえるのも敬虔な信徒が心から他者の傷を治したかった『願い』によるもの。

体系化された事で、願いから始まった奇跡の数々は魔法とは袂を分かれている。魔法にも人を癒すものはあるが、まるっきり原理が違う。

 

魔法が電気を使う家電製品なら、奇跡は人自身が起こす現実の改変であり、正統派SFロボットアニメとドッキリビックリ異世界ファンタジーぐらい棲み分けが違うので、ガチ勢の前でこの話題を口にすると大変な事になる。

 

「……」

 

──歩き続けて数十分。

この辺りになれば、殆ど街の中と言っても差し支えない。何せ周囲には街へ入っていく馬車の群れと人の海が広い筈の道をギチギチに詰めているので、この渋滞も含めて街の動きの一環だと言えよう。

豊かな街には、それだけ豊かな経済の巡りが。豊かに経済が廻っていれば、自然と人が集まっていく。

 

暑苦しい気温で、余計に暑苦しくなる人だかりでも涼しく居られるように、人差し指をピン、と立て魔法を発動する。

夏場のクーラーは気持ちがいい、命も救う、夜中クーラーを付けずに脱水と熱中症で死んでしまった人もいるのだから、クーラーとは人命救助ランキングを上から付けられる立場だと思う。

 

「コイツぁ……!」

 

──魔法が発動された後、馬車の群れの中、一人のガタイの良い男が胸を撫で下ろす。

今日、この街で開かれる収穫祭にて、出店を出そうとする商人は多い───と思っていたが、多いにも限度がある。

 

「フォルテの嬢ちゃんだな!?助かった助かった…」

 

ここまで道が詰まるとは予想しておらず、持ってきていた皮袋の中の水も枯れ果てていた。

このままでは干からびて死んでしまう、そんな雑な死に方が脳裏に過ぎっていた中での冷却は、心からの喜びが漏れ出るものだった。

 

「な、なんすかコレ…?急に涼しく……」

 

「あん?あ、そうかお前は初めてか」

 

狼狽える部下に、ガタイの良い男は「初めてならそうなるわな」と、心中を察した言葉をかける。

 

「前に話しただろ?救世主の嬢ちゃんの事」

 

「あー……えと」

 

「…お前、もしかして酔っ払って聞いてなかったか?」

 

「へ、へへ…お、覚えてますよ!名前は確か…フォ、フォルテって!」

 

「お前それ今俺が言ったからだろ!…ったく」

 

──救世主。

それはどこからともなく現れた少女の事だ、と言っても毎日をこの街で過ごす人間からすれば割と見知った人間の事で、ガタイのいい男は毎日この街で働いているからこそ、この涼しさの正体も知っている。

フォルテ、それは救世主の名前。それが本名であるのかは誰も知らないが、街中のギルドにはその名前で登録されてあるが故に、誰もがそう呼ぶ少女。

 

不真面目……いや、自堕落な部下は田舎からやってきた新参者だ。おおよそ成功者になりたくてやってきたのだろうが、この分だとこき使われて終わりそうな人間である。この街で常識とされる『救世主』の話も、上京するに当たって何も知ろうとはしていなかったのか、

 

「可愛らしい見た目の割にバカ強ぇ嬢ちゃんの事だ、あちこち転々としてたらしいんだが…最近は街の外れからちょくちょく街まで来てる」

 

「は、はぁ」

 

「その度に毎回こうやって俺たちの事冷やしてくれてんだよ。それにずっと前の寒い日は……凍死する奴も居たんだがな、嬢ちゃんが何かの魔法か奇跡か、ここら一体暑い時は涼しく、寒ぃ時は温めに来てくれてんだ」

 

「……なるほど」

 

「あっちの人だかりが出来てる方に向けて頭下げとけ、興味無くたっていつかお前も嬢ちゃんに心から感謝する日が来るからな」

 

「へい、分かりました」

 

適当に頭を下げる様子を見て、ふつふつと苛立ちが募っていくが、このタイプに怒っても意味が無いか、と自身は深々と頭を下げる。

あの優しい救世主は、恐らく自分の事を覚えていないだろうけれど、助けられたこちらには一生をかけて頭を下げ続ける理由がある。

会話もした、軽くだが。それすら覚えていないと言われたら寂しいが、彼女はその人間性が希薄そうな様子に比べ、『貴方が良い人だから私も良い人でいられる…前に言った通り』と、会話を覚えてくれている事が多い。

 

「いつもありがとな、嬢ちゃん」

 

この都市で、全てが破滅するようなあの厄災が起きた時───誰もが救いを祈り、終わりを悟ったあの瞬間。

自分の、家族の命を救った救世主に、どうして不義理でいられるだろうか──?

 

「……あー涼しい涼しい。……早く家族に会いてぇなぁ」

 

「何言ってんすか、まだ仕事始まったばっかですよ」

 

「うるせぇなぁ!だから早く家族に会いてぇってのが分かんねぇのかお前は!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

──魔法とは不思議なもので、一見すれば万能にして全能の力にも見えるのに、関わってみればむしろ制約と誓約だらけの不便で仕方がないものだ。

余程の知見と素質が無ければ、基本的に物品に頼った方が効果が出るものが殆ど。こうやって涼しくなりたいのなら、氷室に入れた氷か凍った水を使えば済む話で。

要するに、費用対効果が釣り合う瞬間が殆ど無い。だからと言って軽視されている訳でもなく、釣り合わなくとも魔法にしか出来ない事があれば、魔法に頼る人は増えていく。

 

式を作り、詞を織り、魔法を使う過程を増やせば増やすほど効果は───なんと減る。長い詠唱と強力な魔法はセットだというのに、ロスが増えるからと過程を省略し続ける魔法の研究は……なんとも、名状し難い気分になる。

 

沢山の、山ほどの『ありがとうございました』を耳に焼き付け心に埋め込み、関門へと足を運べば、

 

「……」

 

「…!おかえりなさいませ、救世主様」

 

「ん」

 

口の中の母音だけで兵士に返事を返す。顔パスになったのは何年か前で、こんな適当な返事で、この大都会とも呼べる都市に入る事が出来るようになったのだった。

勇ましくそびえ立つ城を背景に、人の熱気溢れる市場へと足を進める。清廉な都市…は聞こえがよすぎる為、中東の熱地帯田舎とアーサー王物語の中とをくっつけたようなこの場所は、自由を謳歌するのに丁度良かった。

 

──人間を脅かす存在が居れば、人間はその存在を許容しない。

それは当たり前の事で、今から向かう先はその人間の精神が現れた施設である、ギルド、だ。

 

「こんにちは」

 

お辞儀を先にして、こんにちはと建物の中に入り告げると「こんにちは」と帰ってくる。意味は多分分かっていないのだが、私がそう言い続けてきたから、受付の方もそう返せばいいと学んだのだろう。

ウエスタン風超巨大木造建築の扉を開いて、階段を登った先に受付がある。それは人間が『モンスター』もしくは『人間を脅かす存在』を討伐する事に対し、しっかりとした規定を設ける目的を持ったギルドの受付。

 

ギルドが承認すれば、何であろうとソレは討伐対象になる。例え人であってもお尋ね者として、モンスターであれば報酬が用意されギルド側から依頼を出すことも。

日本で例えると、交番と市役所と軍事と裁判所、それに国会議事堂を混ぜたような、そんな施設。

 

「こんなお暑い日にわざわざ……お疲れ様です」

 

「今日は何か困っていることはあるかな」

 

「依頼として貴方様に向けてなら、幾万と申請がありますが……困っていること…」

 

「彼処はこれから掃除するから、貴方個人の悩みでも良いよ」

 

「うふふ、いつも通りですね、救世主様。何度も同じ言葉を返す様で申し訳ないのですが……私は大丈夫です、貴方の力は是非、別の方に」

 

彼女も、ユウナの様に優しい人だ。

無私の人間…と呼べばいいのか、すっかり有名人になった私に対してラフに接してくれるのは彼女しかいない。

ギルドに入ってすぐ、数百の視線が私を貫いている。何か思うところなんてものは無いけれど、私と接する相手がどう思うかは察するに余りある。

 

特にやらなきゃ行けない事も無いので、ダンジョンを掃除した後はギルドで何でも屋でもしようかと思案する。

ダンジョンは───定期的に掃除しないと、色々汚いものが溢れ出る場所、所謂異世界の吹き出物で、火山の噴火のようなもの。

モンスターや悪魔が存在すると言ったが、正しくは『魔の物』であり、人間の願いによって奇跡が起きる世界なのだから、人間の悪性が何も引き起こさない訳が無い。

 

人間の感情の機微、この世界は魔法を使う為、人間の身体を巡る『魔力』が必要なのだが……それは概念では無く器官として存在していて、私が例えるなら社会人が月曜日の朝を迎えた時の嫌な気持ちや、行きつけのスーパーの品物が値上げしていた時や……振り幅が変わるが親しい者を亡くした時、その時に産まれる不純な魔力が生活している間に身体を巡回し、自浄作用で外に出ていく。

 

外に出て行った不純な魔力は、それまた世界へと返還されていき───今度は世界の自浄作用として、モンスターやら何やらが産まれる。

人間が世界から発生したものである為に、人間から産まれるものもまた、世界へと還っていく、そんな一種の生命のサイクルがこの世界の根底にあるのだ。

 

「それじゃ、失礼」

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

ダンジョンとはそんなものであるからにして、都市の真下にもう一つの世界が埋め込まれている様なもの。

救世主救世主と呼ばれる原因もダンジョンにあり、少女は一度ダンジョンから吹き出た『モンスター』を殲滅した事があった。

 

それ以降、街の中では彼女は『救世主』であり、誰も軽視する事は許されない存在。但し祭りごと等の呼び出しには一切応じない姿勢が、王族と貴族の間では嫌われている。

 

「……」

 

──こういうのを玉に瑕と言うのだろうか?本当なら、彼ら彼女らの望みにも応えてあげたいのだけれど、残念ながらこの身体は一つしかなく、分身魔法なんて便利なものも無いのでダンジョンに潜る方がより多くの人間を救えるから、仕方ない。

変に日本人精神が残ってしまっているのも悩みものだ。異世界に適応したいというのに、私の心は変わらず日本に縛られたままでいる。

異世界転生。その非現実を経験しても、何ともまぁ変われない、変わらないことだ。

 

ホントのホントに、願いや望みを軽視しているわけではなく、この世界に満ちる願いの数に対して、私という人間が背負いきれる数が限られているだけの話。

 

「ぅ……ぅ゛う゛う゛!゛!゛」

 

ほら。と、ギルドに運び込まれてきた人間に目を配れば、右手と肩失った青年が担架に乗って運び込まれてきた。

その勇ましい悲鳴と唸り声が、彼の状態の重篤さを示している。ものの数分あれば出血死するだろうその傷を、今治せるのは、

 

「あ、ぁあ゛ッ゛!!くそッ、クソッ゛!!クソォッッ!!!戻せ!ベルが、まだベルを救いに行かなくちゃ……!離せっ!゛」

 

「落ち着いて下さい!!興奮すればその分傷が開きます!貴方の相方は救助隊に任せて…!」

 

「道……を…!道を゛、知って゛るのは俺だけなんだよッ!」

 

「ですが…────!?」

 

彼の身体を治せるのは、私だけだ。

こんな傷は、魔法では治せないと思うから奇跡を使ってあげて、詳しく人体の仕組みなんかも知らないので…願えば治る奇跡はとても便利。

彼に近づく私を誰も止めようとはしない、有難く人の波を掻き分けて青年の身体に手を触れに行く。

本来は祈詞、祈祷とかが必要なのだけど、私にはソレが必要無かった。

 

「フォルテさん!?」

 

「ぅ……?ぁ、ぉ……手が…足も…!?」

 

「立てますか?」

 

「きゅ、救世主…!ありがてぇ!こんな有難い事は無ぇ!!頼む、まだ置き去りにしてる仲間が居るんだ!俺と一緒に助けに───」

 

「ここで待ってて、すぐ連れ戻すから」

 

「───は」

 

魔法は不便なものと言ったが、恵まれた私にはただ便利なものでしかなかった。分身は『まだ』出来ないけど、瞬間移動ぐらいは出来る。

青年のおでこに額を合わせる、意味も無いソレはついつい癖が出てしまったからで、手足が吹き飛んでいた人間に熱をチェックする必要等無いのだが、怪我人や病人に対して治した身体が問題ないかどうかを調べる時に毎回してしまう。

 

何も無い事をチェックした後に、頭をポンポンと軽く叩けば、血気迫っていた彼は気の抜けた顔へと戻っていた。不思議そうにしている顔が元に戻る前に、少女は『跳ぶ』。

 

魔力が人間の器官から発生する以上、それぞれの魔力の形質は異なり、おでこを合わせた時に彼の頭から読みとった記憶から追跡を始めれば───。

 

「見つけた」

 

「なっ」

 

ダンジョンに入場するまでもなく、この場所からベルと呼ばれた少女を見つけられるのだ。

後は適当に奇跡と魔法を掛け合わせて瞬間移動するだけでいい。

目を軽く瞑り、そして開ければ──『モンスター』に囲まれた女性が、片腕を失って木にもたれかかっていた。

 

私が急に目の前に現れて唖然としたのか、泣き腫らしていたのがありありと分かる顔もこの瞬間は虚無へ変わっていて、

 

「治して送るね」

 

「──え」

 

何も理解出来ないまま、女性はダンジョンの中、絶望に包まれた状況から脱出していた。

 

「───!?」

 

「こんにちは、モンスターさん」

 

「───」

 

「────!!!!!!」

 

黒くてモヤモヤしたものにしか見えないソレを、私は素手で両断する。黒くてモヤモヤしているのは、本当に黒くてモヤモヤしている訳では無いのだが、その説明は後にしよう。

素手で肉を真っ二つに裂いたのは魔法を使って───では無く、シンプルな膂力。

 

真空波。

そういうものがある、私は身体から勝手に魔力がドバドバと溢れる体質なので、思いっきり手を振ると溢れている魔力の粒がウォーターカッターばりに直線上のものをぶち抜く。

細かな粒子が対象を大量にぶち抜いた結果、切れたように見えるだけなので、切ったよりも消し飛ばした方が表現として正しい。

 

「───!!」

 

黒いモヤモヤが一目散に逃げ出した。

掃除は簡単、手を水平に薙ぐだけで終わる。魔力を探知して周囲に人がいない事を調べた後に──、

 

「───………………」

 

──軽やかに、線を引く。

それで、終わり。それだけで終わる。黒いモヤモヤ達は両断されて、何が起きたのかも分からず死んでいった。

死体は放置していても勝手に消えていく、剥ぎ取ってダンジョンの外に持ち出せば、ギルドがそれを買い取ってくれるのだが私には必要無い。

 

お金はなくともこの高い志が──なんて、宣うつもりは無いが、お金なんてご飯を食べれる分あればいい、持ち過ぎると色々人をおかしくするのがお金だから。

 

「ついでに掃除していくね、ごめんなさい」

 

異世界人である私が、魔法使いの風上にも、仮に聖職者として袖にもかからない私が出来るのは、日本人としての心根を残しておくこと。

強い力は持っているだけで人を壊す、それも簡単に。だから自分が異世界人で、ただの一般家庭に産まれた恵まれた人間であることを忘れてはいけないのだ。

 

自由で豊かな人生を送る為に、私はそうしてきた。これからも、そうするだろう。

 

「……ごめんなさい」

 

「……」

 

「ごめんなさい」

 

魔法は便利なものだ、簡単に命を奪い去ることが出来て、私視点何でも出来る。

 

奇跡とは便利なものだ、叶わないなら自分で叶えてやる精神の極地みたいなもので、願いを叶えてあげれる大切な手段。

 

数十分、広い広いダンジョンの全てを掃除するのは叶わない。それは世界丸ごとを旅するようなもの。

パンクしないように、表層でもいいから減らし続ける事が、唯一私に出来ることなんだ。

 

「ごめんなさい」

 

そしてまた転移して、目の前に居たのは──さっきの青年と女性。

泣きながら抱き合っている二人を見ると頑張った甲斐が有る。働き損ではやっていけない。

 

「救世主様…!!」

 

「よかった。無事で」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!!ありがとう、ありがとうございます……!!!」

 

「うん」

 

「お、俺からも!何でも礼はする、アンタの為なら俺…!」

 

「大丈夫大丈夫、それよりも君の助けたい人が助かって良かったよ」

 

「ッ──本当に……!ありがとう……!!」

 

『モンスター』の討伐は、毎日毎日命懸けだ。それでも毎日毎日生きていくために、彼は毎日毎日この命懸けの仕事をし続けなければいけない。

私のような力があれば、私に恵まれ内の何か一つでもあれば、どうとでもなるこの仕事を、死ぬまで続ける。

 

それがこの世界の住民だ、ダンジョンに生活を依存し、経済もダンジョンに依存しているが故に、一生をそうやって過ごさなければならない。

そんな生活から逃れられるのは商人と貴族と王族と、一部の人間だけで、殆どの人間は囚われたまま明日を生きていく。

 

「すみません、他に……大変そうな人って、いますか」

 

抽象的であやふやな言葉を、手足がちぎれていた彼を宥めていたギルドの役員へ投げかける。

返ってくるのは沈黙だ、抽象的すぎたんだろう、直ぐに答えられる筈がない。その後ハッとして急ぎ足に受付の奥へと引っ込むと、沢山の資料を抱えて戻ってくる。

 

「こ、ここ数日の行方不明者の資料です!どうか探索隊の為にも捜査を…」

 

「うん」

 

「っ、ありがとうございます!」

 

「難しい事はよく分からないから、全員助けるけど…後々の事はいつも通り任せます」

 

「はい!」

 

 

───いつものように、私は人を助ける。

何も変わることなく、何も変えることなく、私はただ人を助ける。人の願いを叶え続ける。

 

恵まれた私には、恵まれた理由があって、恵まれた全てを、恵まれなかった全てに捧げなければならない。

 

今日も、明日も、そのまた明日も、更にそのまた明日も。

『明日』が来なくなるその日まで、誰かの明日を救う。

 

そして、私は。

 

 

『フォルテ』

 

 

私は。

 

 

『生きろ』

 

 

明日も、生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おかえりー、お姉ちゃん!』

 

両目に泣いた痕が見える少女は、帰り際の私に手を振って。

そしてまた近づいてきて、抱きついた。こっぴどく神父に叱られたのか、いつにも増して私に頭を擦り寄せて来た。

 

瞬間移動が出来るのに、帰りはいつも歩いて帰る。

それはきっと、明日をもっと良い日にする為で──眠りにつく前に彼女に、ユウナに抱きつかれると心が落ち着く。

癒し、と呼ぼうか。自分の事を無私の人間とは思っていないが、自我が薄いのは理解しているからこそ、癒しと呼べる相手は貴重だ。

 

『あのね!あのね!!あのク…親父…今日何回私の頭叩いたと思う?』

 

日が沈む前に帰るはずだったのに、空が暗くなるほどに神父に対しての愚痴を吐かれ、また怖い顔をした神父がユウナを持ち帰るまで愚痴は続いた。

 

『申し訳ございません、が……貴方もユウナを甘やかし過ぎです』

 

甘やかしてはない、放っているだけ……と。

弁明をしようものなら厳しい眼光を浴びせられる事になるので、わんわん泣き喚くユウナに手を振って帰り───、

 

 

「……」

 

 

朝、食事をした机。そこに置いてある椅子へ腰掛けた。

ギーコギーコと、古い木材が軋む音を合いの手に、窓から差し込む月光を眺める。

 

自分の髪を手で薙いで───自分のものでは無い白髪に、少しだけ気持ちが悪くなった。せっかくユウナにあげてもらった生きるモチベがどんどん減っていくのを感じる。

この身体に、前世の要素が何一つ無いのは……当たり前と言えば当たり前だが、嫌なものは嫌で、でも私は何もしようとしない。

 

元の世界では男だったのに、この世界は女の子の身体に生まれて、とんでもなく苦労してきた。それに授かった様々な権能と能力が、私に普通の人生を送らせてはくれなかった。

 

──ドラゴン。というものが存在するとする。

火を吐き、空を飛び、魔法を使い、人間の姿にだって魔法を使えばなれちゃう、そんな存在が実在するとして。

 

「……」

 

──魔法使い。というものが存在するとする。

勿論魔法を使う、火を操り風を操り、水を操り電気…雷を操る。みんながイメージする魔法使いそのまんまが、物語の中から登場した存在が実在するとして。

 

「……」

 

──モンスターが、神が、悪魔が、何もかもごちゃ混ぜに存在するとして。

 

「……ああ」

 

そのごちゃ混ぜが、私だとするのなら、異世界人である事など些細な事に過ぎない。

 

 

「あぁ……」

 

 

今日も沢山命を救った、その数102人。

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

今日も沢山命を奪った、その数2144人。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

人であり、モンスターであり、ドラゴンであり、神であり、魔法使いであり、悪魔であり、何もかもを授かった人間だったものにとって。

──命に、差異はない。

 

ダンジョンをダンジョンと呼んでいるのは私だけで、皆は別世界と呼んでいる。黒くてモヤが掛かった『モンスター』は、本当に『モンスター』なのか私には区別出来ない。

そもそも、人間と『モンスター』の違いが分からない。黒くて、モヤモヤした、何かだ。

 

黒くてモヤモヤしたものの傍で、一つの言葉を聞き続けてきたから人間の言葉が分かるだけ。ダンジョンの黒いモヤモヤが叫んでいたことも、ずっと一緒に居れば分かるようになるのだろうか。

 

「ごめんなさい」

 

だから忘れてはいけないのは、日本人である事だ。

何もかもが平等に見えてしまうのなら、何もかもに平等に謝ろう、謝って、感謝して、尽くそう。

この身が炭に、灰になるまで、明日も、そのまた明日も、更にそのまた明日まで私は生き続ける。生きろと願われたから、私は生き続けるのだ。

 

救世主とは、選択を誤ってはいけない。救世主とは、明日をもたらすものでなければいけない。救世主とは、望まれたものを叶えなければいけない。救世主とは、変えられない過去を未来へと連れていかなければならない。

 

 

『明日まで──逃げ切れ』

 

 

恵まれて産まれてきて、何も見つけられなかった人間が、選択するチャンスが何度もあったのに変わろうとしなかった人間が、異世界に生まれてきたとして。

 

結果は同じだ、結果は何処までも同じだ。前世も、今世も。

 

だとして、今世はどうするのか。異世界に生まれてきてどうなるのか。

 

 

「……私…は…」

 

 

「生き続ける。今日も、明日も、明後日も、明明後日も、生きて生きて生き続ける、どんな善良を尽くしても、どんな悪逆を尽くしても、生きるんだ」

 

 

「明日起きた時に、目覚める理由が見つかるように」

 

 

いつものように、自戒を唱える。

それから、また同じように作った洗面所に向かって、そこで顔を洗い歯を磨いてから寝室へと向かっていく。

 

この日常に何一つ、求めるものが無いとしても。この日々に何一つ、叶えたいものが無いとしても。この恵まれた全てに、何の理由も無いとしても。

 

──また明日に期待して、枕を高くして眠るのだ。

 

 

「……」

 

 

──けれど。

 

 

「……?」

 

 

毎日が、同じ毎日だとは限らない。

 

 

「こんな時間に…」

 

 

私が過去に浸る前に、ノックが聞こえる。こんな辺鄙な場所に立っている家の扉がノックされている。それは普通の事ではなく、こんなにも深い夜の中ならば尚更だ。

パジャマのまま訪問者に会うのは恥ずかしい……ことも無いので、スリッパをペタペタと鳴らしながら玄関まで歩いていく。

 

ノックの音は早まり、より焦りを、より危急の事態を表していた。

 

 

「……」

 

 

扉を開ける。

扉を開けて、そこに居たのは───。

 

 

「ごご、ごめんください!」

 

 

この世で見た事も無い、可憐な少女だった。

 

 

「どうしましたか」

 

 

「えと、あの…フォ、フォルテさんですか!?」

 

 

「そうですよ…貴方は?」

 

 

「私は───私は、ちょっと今名前は言えないんですけど…!怪しい者じゃありません!」

 

 

「──怪しい者ですね」

 

 

「え!?」

 

 

でも、そんな事よりも大切だったのは、私が『見たことない』相手であること。

 

──この永劫回帰の人生で、見た事も無い少女に対し、

 

 

「……ふっ」

 

 

「とりあえず、中へどうぞ」

 

 

──つい、頬が緩んでしまったのです。

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