明日になればきっといい事が待っている人生で 作:カピバラバラ
「……」
「んぁ……」
「……ぅ」
──コツン、コツン。
頭にぶつかる軽い衝撃が、寝入った少女の意識を揺らしていた。
「…………あたま」
「…………」
「痛い……」
──ゴツンと、今度はうってかわって激しい痛みが頭を襲う。
その痛みに驚いて飛び起き、辺りを見渡して、
「……───?」
「──!?」
「うわぁぁぁぁぁ!!???」
──バカデカい鳥に頭をつつかれていた事が分かった。
パニックになった少女は両手を振って、人の身長程ある鳥に反抗するも、大鳥からの攻撃は止むどころか激しさを増すばかり。
「うッ、うぁ!うぐっ…!?」
──痛い、痛い痛い痛い、助けてくれ、助けて欲しい。何が、何だこれ。
少女の心中にはただひたすら困惑と啄みによる痛みが支配して、啄まれる度に体の肉を眺める事しか出来ずにいた。
伸ばした片手が鷲掴まれ、包丁をくっつけたような鋭い爪先が、腕の肉をぐちりとつぶしに握り込み、柔らかい二の腕は食べやすい場所だと思われたのか執拗にくちばしを突っ込まれる。
「ひぎっ!?いやッ!やめ───あがぁッ!?」
「やめ゛て゛ッ!?゛やめで、やだ、いや゛っ…ぁ゛ぅ…ぎゃッ!?」
怯え、苦しみ、泣き叫ぶ。その様子は大鳥にとって、ただ獲物が弱っていく様にしか見えない。少女の身体からどんどん肉片が産まれ、喰われていく。
そして怯え、苦しみ、泣き叫ぶ少女を誰も助けることは無い。悲痛な叫びは高く遠い空に消え、血は地面に染み込んで消えていって、
「───ぁ」
「───ぅ゛ぅ゛あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!゛!」
このまま───跡形もなく消えるんだろう。
そう理解した瞬間、大鳥に握りこまれていないもう片方の腕が伸びた。少女の伸ばした腕が大鳥の唯一、素手でも傷つけられる目に吸い込まれていく。
「ギャッ!?」
火事場の馬鹿力、そう呼ぶに相応しい華奢な身体から放たれた左ストレートがまん丸とした大きな目に突き刺さる。
少女よりは少ないが、それでも多くの血を目から垂れ流す大鳥は獲物と思っていた相手からの思わぬ反撃に、掴んでいた腕すら離し飛び去っていった。
その場に残されたのは、腕の肉をこ削ぎ喰われ、片目を潰され腹部に大きな傷を負った少女のみ。何もせねば腸がはみ出ている腹部からの出血で死ぬであろう少女だけが、血の海の中横たわっていた。
「ぃ……──ひ…ぁ…」
「ひゅー…ひゅー……っ…」
「ぁぐ…ぁ…」
───死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
──死にたくない。
「と゛ぅ……して゛……」
──死にたくない。
なんで、どうして。おかしい、何が。ここはどこで何が起きて俺は誰で、
「な゛ん……で」
何故──こんなにも苦しまねばならないのか。
理由はあるのかこの苦しみに、あの鳥に襲われたのに理由があるのか、無いとしか思えない俺はこんな苦しむ目に会う事なんてしたことないちゃんと生きてきたどうしてなんで痛い痛い痛い痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
「────」
血を戻さなきゃダメだ腸が先だ内臓を先に戻さないと死んでしまう身体はダメだ食べられた戻せないどうしようも無い。
──死ぬ?死ぬのか?
「───」
それは嫌だ。こんなのは嫌だ、こんな形で死ぬのだけは嫌だ。
許して下さい神様、自殺したのが罪だとしてもこんな形で償わせようとしないで下さい。必要無いものを与えないで下さい私の人生にこれ以上関わらないでくださいもう何もしないでください。
「──」
何も分からずに目覚めて喰われて、目を潰されて肉をちぎられて腸を引き摺り出されて殺されたくないんです。だからどうか、私にまだ、
「─」
─────希望を。
■
──私は最初からこんな人間だったのかな。
イメージしてみよう。救世主……そんなものとは寧ろ真反対な真っ白な人間だ。悪でも善でもない無色透明な人間。
意欲が無い、目標が無い、自信が無い。頑張る理由が無いけれど、頑張らない理由も無いから学校に行って、また一日を過ごすような人間だ。
異世界に転生してきた時も、「おお…!?」ぐらいな反応で、冷めた人間でもなく異世界で奮起出来るような人間でもない。
ただ、どうやって生きていくか。抜け出したと思った人生は、所詮まだ路程の途中だったようで、私はすぐに目覚めから遠ざけられたのだ。
だから───こうなった、そう思っておこう。服装だって、今も昔のことを忘れないようにカッターシャツと学生ズボンを作って着ている。
「失礼します!」
「ふふ、うん。どうぞ」
元気で健気な雰囲気を纏う、ユウナの様な明るさを持った少女はすぐさま私の心を鷲づかんだ。
こんな生活だからといって俗なものを遠ざけてはいない。何度も言うが大切なのは忘れない事、自分がどんな存在であるか、元がどんな人間でたるのか。
「…!」
「可愛いお部屋…妖精さんの住処みたいですね…!」
「その通りだよ。参考元は妖精さん」
「え──」
摩訶不思議ファンタジーのこの世界には、何でも存在する。しないだろと思うものすら存在する世界だ、妖精も当然居る。
童話に存在する小さな悪戯妖精、残虐性を残した妖精、人間のような妖精に、どちらかと言うとノームなのではないか?と錯覚する見た目が靴作りの妖精らしき妖精。
ダンジョンは凄まじい世界ではあるが、普通にこちら側の地上にも先程話した魔の物やらドラゴンやら居る、この家は地表に居る妖精達から学ばさせてもらった温かみのある匠の建築だ。
ちなみにこの広い世界でバラバラに住み分けてる相手を狩りに行く不効率をわざわざ行う者もおらず、そして結局溜まり場であるダンジョンからの供給には勝てないので、総数としては地表の方が魔の物は多いという状況。
「妖精!?妖精…が居るんですか!会った事とかは…!」
「……無い…って言っていいかな。ほんとに参考にしただけだよ、遠目で見た家をね」
「な、なるほど…」
さて、と椅子に座り、座らせる。
不思議な少女だ、こんな可憐な子が街から来たとなれば、通り道の山を抜けてきたという事になる。
身なりを観察して、一瞬でそれは無いと分かる綺麗さ。それに山賊に襲われた様子も無いし、誰かに追われて逃げて来た先に偶然私の家を見つけた、という訳でもない様子。
「…ふむ」
ジンメリとしたこの気温と湿度の中、真夜中とはいえ外に出ておきながら汗ひとつかいた様子の無い少女。
──彼女が妖精ならば納得出来るが、そんな事も無いか。
「それで、こんな暑い晩に…一体何の用なのかな?何か…困り事?何でも言って大丈夫だから──」
「う…その…確かに、困ってはいるんですけど…」
「……」
しどろもどろとする彼女の様子は、隠したい秘密を言うべきか否かを探っている様に見て取れる。
こういう時の対策は一つ──籠絡するべし。
「まずは先に──喉でも潤そう。付き合わせのお菓子は何がいいかな」
「な、何でも大丈夫です!」
「なら…私のお任せ、だね?」
別に彼女の記憶を読み取ってもいい。
だけどもし、死んでも知られたくない秘密があるとして、それを他人に覗かれる恐怖はよく知っている。そんな事せずとも、この少女が私に嘘をつき続けれるような正確には見えない。
今回選ぶのは、珈琲豆、らしきもの。そして再現クッキー。この豆の名前がなんであれ、挽くと珈琲の味がする時点でもう珈琲でいいだろと思っているのでそう呼んでいる。
「君の名前は?」
珈琲豆を挽きながら、質問を投げかける。返ってくるのは沈黙で、それは彼女の中で迷いが渦巻いているのがありありと分かるもの。
珈琲の詳しいことはよく知らないので、挽いて作った粉末を薄い紙に敷き包む。凡そ予想のつくであろう形でコップに紙を立て、熱した水を流し入れれば私なりの珈琲の完成だ。
「──ロイド…です」
「ん」
「……ごめんなさい嘘です」
「ん…はいコレ、どうぞ」
思っていた通り、どうにも嘘をつくのが苦手な子だった。
苦いのが苦手でないといいが…そう思いつつ、珈琲を差し出す。香りに釣られて差し出したカップと一緒に顔を動かしているのがとても可愛らしく、くりくりと、まん丸としたお人形さんみたいな瞳が食い入るようにカップを眺めていて、
「わぁ…!」
「気に入らなかったら、お菓子で舌を誤魔化してね」
「こんな、うぅ…ありがとうございます…──珈琲まで出してくれるなんて…」
「────」
「────────。─────」
「あ、その、名前なんですけど…実は記憶喪失なんです。本当の名前があるのかも分からないし…気が付いたら野原に居て、色んな人に助けて貰いながらとあるおじさんに…『フォルテ』っていう人を頼ればいいって、ここまで送ってくれて…──フォルテさん?」
「────。それは……──どうしようも、ない…かなぁ…あはは。記憶喪失か」
思ったよりも難しい問題だった。
記憶喪失ときたか、記憶を蘇らせる手段は今のところ持っていない。
消したり作ったりは出来ても、元が無いのであれば復元はしょうがない為……悩む。
どうしようもない、その言葉を聞いて不安げにする彼女を安心させる為に、先んじて私が手助けすると宣言してみよう。
──まずは、身元を探してあげようか。
「私を頼れって言ったおじさんは商人だったかい?ここまで来たのは…馬車かな」
「はい!」
「じゃあ…頼られた通り何とかしてみよう。魔法でね」
「魔法……──それじゃやっぱり…」
身なりや言葉遣い、カップを手に取る仕草やクッキーを啄む姿を見ればそこそこの家系の出である事が分かる。
全人類空前絶後のダンジョンブームであるこの世界では、教育なんかに力を入れるより、技能や戦闘能力を磨いた方が稼ぎやすい何とも残念な世界。
例えば──1000年に一度の才能を持った天才が生まれるとしよう。方や勉学のみに、片や戦闘のみに、それぞれの道を全てを投げ打って進み続ける秀才であり、どちらも人類の頂点に立てる才能があったとして。
必死に毎日磨いてきた頭脳をドラゴンの一息が消し飛ばす、そして『その後』を残せるのは戦闘の天才側だ。
異世界はよく漫画などで、戦闘分野の発展の割には文明教養レベルが低い描写がされることが多いが……思うに、前途多難故の仕方なし、という奴なの…かもしれない。
「追跡の魔法──記憶がなくたって、肉体が今までどんな活動をしてきたかは痕跡としてこの世界に残っている。君の家も見つけてあげれるかも」
「──」
呆けている少女を尻目に、魔法を発動させる。──少女はご大層な詠唱を期待していたのか、目を輝かせ私をじーっと見つめていたが、
「…………」
「うん、分からないか」
「……へ?」
「君は、確かに野原に突然現れてたみたいだ。空から降ってきたにしても、馬車から投げ出されたにしても、何かしらの足がつくはずなんだが…」
「も、もう魔法を使ってたんですね…」
「ふふ…何もカッコよくなくて残念だったかな?」
「そんな別に──…………こほん……ちょこっとだけ……残念です……」
「正直なのはいい事さ」
プライベート故に口調を硬くせずに済むのは気が楽だ。人との距離感を測れない私にとって、ギルドで話すときは、必ずと言っていいほど片言の敬語になる。
直したいけれど、直せないところもあるのは愛情と呼んで欲しいな。別にこれで損した────事はあるか。
さて、それはそれとして困った困った、記憶喪失な上に物的証拠も殆どないときた。これでは彼女の家族に送り届ける事は難しいな……。
「……」
「取り敢えず、ここに泊まらないかい?今から外に出るのは命に関わるよ」
「…!それは…!とても有難い…んですけど…!」
「何かダメな理由が?」
「その……」
「──それとも、知らない人を信用しちゃいけない……なんて、お母さんから言われてたりするのかな」
「う゛っ」
──純朴。
ああ、余りにも素直過ぎて目が痛くなってきた。
輝かしいものを見つめ続けすぎると目が焼けて、周りが見えなくなるから直視してはいけないのだけれど、この少女は…少し、いや結構愉快な子だ。
指先同士をツンツンと、愛らしい見た目に加えあざといジェスチャーをされると困ってしまう。
「知らない人の馬車に乗って、夜中に知らない人の家に転がり込んでる時点でアウトだと思うけれど」
「それは…あはは、そ、そうですね!!有難くお邪魔させていただけますか!?」
「うんそれでいい。ここは魔法の家だからね…何でも準備してあるから、今日は泊まっていって」
多少吹っ切れたのか、私が差し出した手を握ると縦にブンブンと振って喜びを表す少女。そして…さすがにこの時間帯は眠たくなってきたのか、まどろんだ瞳を手でゴシゴシとこすった後、「あ!手…洗ってないのに」と、ひどく、絶望した顔で手を眺めていた。
仕方がないのでさっさと洗面台に案内して、目と手を洗わせ──その間に、この子にかけられた不思議な魔法を読み解くことにする。
いくらなんでもこの気温の中、こんな重たい服装で汗一つかかないのは何かがおかしい、常に冷却される魔法が魔術として服に刻印されているか……それとも何らかの奇跡の加護が付いているか。
「……」
「……?」
──私は顔を歪ませる。
分からない、何一つこの服に対しての干渉が行えなかった。専門とは言え、戦闘に関する魔法は一通り収めているし、奇跡も理解できるはずなのに。
悩んでいる間に、彼女は顔を洗い終え振り返ると、にぱっとした笑顔で私の手に載せていたタオルへ顔を突っ込む。
「ふわふわ〜!」
「グリフォンの羽毛で作ってあるから、吸水性もバッチし」
「…グリフォン…?イメージ通りならもしかして…思ってたよりフォルテお姉さんって凄い人…?」
「皆がそう言っているから、多分」
曖昧な返事を返す私に対し、空返事が増えていく少女。
もしかして──今とんでもない所に居るのでは無いのだろうか。
もしかして──今とんでもない事をしてしまっているのでは無いのか。
目が回ってしまった少女は、ぎこちない動きでリビングへと戻っていく。段々と上の空になっていく表情と共に、
「─────……」
「眠い?」
「……はい」
蕩けた顔が睡魔の力を物語っていた。
そんな彼女の手を取って、私の寝室とは別の個室に案内し、そこにベッドを『作成』する事で簡易的な寝室へと早変わり。
妖精種:『ノーム』の秘術は物体への干渉を得意とし、魔法で物体を念動力の原理で動かすのとでは効率が違いすぎるので普段使いはこちらが基本だ。
「ごめ……んなさい…何故か……急に…」
「大丈夫大丈夫、君はずっと歩いてきたんだから、安心して眠っていい」
「…………何から…何まで…」
言葉を言い切る事なく、少女は両目を瞑る。
寝ている姿は──最早非現実的と言うべきか。凡そ現実に存在する中で、このふわふわとした妖精すら霞む少女の寝姿に勝る者は居ない。
「ふぅ」
──私は、ベッドで横になった少女の頬に触れる。
疑念は確信に、確信は絶望に。
「……」
「異世界へようこそ、転生者。知らない人から差し出されたものは飲んじゃいけないよ」
十中八九異世界人である彼女に───これから先の未来を祝福せんと、私はそう告げる。睡眠薬入りの特製珈琲は彼女の口にあったみたいで、頬を指で押しても起きそうにない。
「…私は──」
祝福、そうだ祝福だ。せめて、幸福でありますように。せめて、幸運でありますように。せめて、せめて、せめて────。
この世界に、絶望しませんように。
この世界は必ず、君の願いに答えてくれるだろうから。
もしも、そうならなかった時は私が居る。私がここにいて、私はまだ理由を見つけれていないのだから、きっと。
「君の旅路に──目覚めがあることを」
「心の底から、祈っている」