捕食者系魔法少女・外伝『Sacrifice's Archive』   作:J・イトー

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原作のコミカライズ新刊が出たぞー記念投稿。

本話を読む前に、原作103話「崩壊」以降の話を読んでいただくことを推奨します。でないと途中、本話の主人公のセリフの意図がよくわからなくなる可能性がありますので。


13の真実、1つの結末

「うぉわっ!?」

 

 胴体へのアッパーをもろに受けたウィッチが、路地裏のアスファルトを転がる。

 

 いてて、と悶えて仰向けになった彼女の視界を、間もなく人ならざるふたつの影が覆う。

 

「最後通牒だ、虫けらを扱うウィッチを知らないか?」

 

 それはウィッチにとって、遭遇してすぐに訊かれたばかりの質問だった。倒れ伏すウィッチを見下ろすその影の主は、オークと呼ばれる人類の天敵──インクブスの一種だった。こちらを見下すその目は、ふたりして片方が悪趣味な意匠の眼帯に覆われていた。

 

「ずっとなんのことを……」

 

 困惑混じりに応えれば、つまらなそうに鼻を鳴らすオークたち。奴らの望む答えではなかったか、と当然の結果を悟りながら、ウィッチはよろよろと上体のみを起こした。

 

『まさにピンチ、逝くかなあっち……』

 

 とぼけた声で韻を踏むそのインパラ型のマスコットは、ウィッチにとってパートナーとなる存在だった。主人に危機が迫っているというのに普段通りの調子なパートナーに苦笑を浮かべると、ウィッチは走馬灯よろしく巡る記憶へ浸る。

 

(なにか吐くべきなんだろうけど、吐いたところでな……)

 

 内心で自嘲するように呟く彼女の脳裏によぎるのは、いつぞやの新聞記事を読み漁ったときの一幕。『新種のインクブス』と銘打って載せられていた巨大昆虫の写真は印象深かったが、続報がなかったか(・)の(・)件(・)について知っているのはそれだけだ。そもそもあれがオークたちの言うウィッチの手によるものなのかも疑わしい以上、差し出したとて生存の確約は得られないだろう。

 

(これでも『情報屋のミツ』って呼ばれてる身なんだけど)

 

 自他共に認める異名を思い起こしたウィッチ──インフォミーツは、しかし大いに首を横に振った。

 

「ま、どのみちあんたらには売れないね」

 

 得物をとうに取り落としてしまった現状では威嚇にもなりはしないハッタリを利かせると、オークは先ほどのように鼻を鳴らすだけだった。

 

「ならば、用は──」

 

 そう言ってオークが棍棒を振り上げる。死を間近にしての感覚か、妙にスローに見えるその動作を前に、万事休すと目を伏せたそのとき、状況は第三者に覆されることになった。

 

「──無……うぉっ!?」

 

 ひどく慌てたように聞こえるオークの声色を受けて瞼を上げたインフォミーツの視界に飛び込んだのは、オークが頭大のエナの弾丸に棍棒を弾き飛ばされる姿だった。

 

「な、なにが起こって……」

 

 状況の変化についていけず辺りを見回すインフォミーツだったが、間もなく彼女はもうひとりのウィッチの姿を捉えた。

 

「君は!」

 

 上擦った声色で呼びかけたそのウィッチは、インフォミーツにとって知人の間柄だった。ひと月前に街を引っ越してしまったために、疎遠になってしまった人間だったのだが。

 

「久しぶりね……ミツ」

 

 インフォミーツの記憶よりおとなしい声色で告げる彼女の名は、ヘレネジュリエッタ。エナの奔流が窺える片足から、球状のエナを蹴り出して攻撃したことは明白だった。

 

 すると二球目を生成したヘレネジュリエッタは、足で浮かせたエナ弾を先ほどと同じ要領で蹴り出す。まるでボレーシュートをしている格好だった。

 

「ぐっ!?」

 

 弾丸はオークの頬を掠めるに留まったものの、実力差を感じ取ったのか「退くぞ」の一言で彼らは撤退していった。

 その背を目で追いかけたあと、ゆっくりと立ち上がったインフォミーツは、数ヶ月ぶりの再会となる知人へ向け言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう、ヘレネ。助かったよ」

 

「とってもサンキュー、ナイスな蹴球」

 

「……気にすることはなくてよ」

 

 それでやり取りは一旦片付けられると、次に口を開いたのは変身を解き学校の制服姿に戻ったヘレネジュリエッタの方だった。

 

「久しぶりで悪いんだけど、あなたに頼み事があって、その……例の場所に向かった途中で襲われてるのを見たの」

 

「ああ、ちょうどいつもの図書館から帰るところでね……その頼み事っていうのは?」

 

 情報屋としての自分に用があるらしいと感じたインフォミーツは、そう依頼の仔細を問う。

 

「蟲使いのウィッチがどこにいるか知らないかと思って。力を貸してくれないかしら?」

 

「蟲使いの? 君も用があるのかい?」

 

 先ほどオークが探していたのもそんなウィッチだった、と思い起こしながら、インフォミーツは頭脳を回転させる。

 

「蟲使いのウィッチ、あなたの身内?」

 

「知り合いという訳ではないのだけれど……そのウィッチが遣わせたファミリアに助けられたことがあるの」

 

 ヘレネジュリエッタが語ることには、件のウィッチは相当数のインクブスを始末して回っているらしく、その過程で助けられた経験があるのだという。

 

「なるほど……あれは新種のインクブスじゃなかったのか」

 

「ええ。インクブスを害する……私たちウィッチの強い味方よ」

 

 どうやら彼女は例のウィッチに礼を言いたいのだそうだ。ならば強く断る理由もない、とインフォミーツは了承の返事を出すことにした。

 

「もちろん手伝うよ! そうだ、久しぶりに会ったんだし、ウチに上がってかない? 積もる話もあることだし!」

 

「ええ。ついでにシャワーを使わせてくれるとありがたいのだけれど……」

 

「おーう図太い、やろうぜパジャマパーティ」

 

 やがてインフォミーツも髪飾りに手を当てることで変身を解くと、途中だった帰路についた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ヘレネジュリエッタの依頼を受けてから一夜明け、昨日に引き続き図書館を訪れていたインフォミーツ──またの名を北條藍(ほうじょうあい)。

 

 ふと机に積み上げた新聞記事の詰まったファイルを見やり、続けて大学ノートに書き込んだ内容を振り返った彼女は大きく伸びをすると共にため息をついた。

 

「やーっぱ見つからないなぁ……」

 

 例の蟲使いのウィッチの足取りはやはり掴めなかった。一番手応えがあったのは、市街地に多数出現しパニックを招いた、と報じられた巨大な蟲の大群だったが、それ以来の出現は小規模のものが散発的に見られた程度だ。無論、それらもウィッチによるものであるのかすらはっきりしていない。

 

「ナンバーズの人かと思ったけど、皆蟲のファミリアを出せるなんて話はないし、バトルスタイルも違いすぎる」

 

 そもそもファミリア自体、もっぱらウィッチの補助として扱われる存在だ。それがインクブスを単独で食い散らせるほど卓越した戦闘力を持っているとすれば、それほどの力を与えることが可能な主人──すなわち、一騎当千たるナンバーズによる御業ではないのか、というのが初めに立てた推測だったのだが。

 

「可能性がありそうなのは、ナンバー13の人なんだけどな」

 

 呟いたその肩書きは、ククリナイフを扱うという白装束のウィッチのもの。その他の一切が謎に包まれた彼女が蟲の主人であるというシナリオは序列も相まって想像こそしやすいが、安易に過ぎる。

 

「SNSでもこれだけ、写真しかなさげ」

 

 スマートフォンの画面を点けると、最有力の画像として待ち受けにしている、件のウィッチの画像を表示したパートナーに、インフォミーツはため息を返事代わりに机へ突っ伏す。少し前にSNS上で公開されたそれは、ナンバー13の姿を写した唯一のものなのだが、すぐさま投稿者のアカウント消失という形でネットの濁流に消えていた。禁足地で撮ったらしい写真を含むことから、自身と同じウィッチのものとみられるそのアカウントは、多くの情報が詰まっているだけに当てにしていたのだが、前述の通り閲覧が不可能になった現状ではどうしようもなかった。

 

「大変そうね、ミツ」

 

 その声と共に、突如机の空いていたスペースへ週刊誌の束が置かれた。その方向を見やると、北條にとって知人である少女の姿があった。だが、そんなことよりも釘を刺しておかなければならないことがある。

 

「ここではその名前で呼ばないでって……」

 

 公共の場でウィッチネームを示す渾名を口にしたことを咎めると、ごめんごめん、とその人物は近くの席に腰掛ける。彼女も北條と同じくウィッチのひとりで、時折こうして助力を求めることのある間柄なのだった。

 

「随分苦戦してるみたいじゃない。そんなに大捕物なの?」

 

「さあ……一筋縄じゃいかないことは確かなんだけど」

 

 積み上げたばかりの雑誌を手に取ると読み漁り始めた知人の問いかけへ、インフォミーツは曖昧に返す。

 

「ま、いつも通り手伝ってあげるわよ」

 

「ありがと、また近所のクレープご馳走するから──」

 

 そうして知人と忙しなくも充実した調査に興じる北條。しかし、だからこそ、そこを遠目から見張る存在には気づけなかった。

 

「ナンバー13……ですか」

 

 北條らに呟かれたその名を反芻する、蒼き瞳の少女へ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「さーて、お仕事開始といこう」

 

「勤めろマイジョブ、私がするのは鼓舞……イェイ」

 

 青・白・赤のトリコロールの色合いを持つ髪飾りを手に、北條──インフォミーツは路地裏の入り口に立つ。実戦を想像してか、パートナーの声は何やら浮ついて聞こえた。

 

「出回っている情報に目新しいものはなかった……なら足で稼ぐしかない」

 

 そう呟くと、夜中ゆえにいつも以上に暗く見える路地裏へ足を踏み入れる。目的の巨大昆虫さえ見つけられれば、自らの権能でエナの詳細や出所を探ることができる──そんな打算も込みの選択だ。

 

「問題は直接触れるか……」

 

「蟲への接近、できないはチキン……イェイ」

 

 五指を開閉させながら、権能についての懸念を口にする。自らの手で触れなければ、対象のあれこれを探ることはできないのだった。もし例の蟲たちが敵対行動をとってこなかったとしても、触るまでいけるかは五分五分だ。何せ自分は、写真ではない実際の彼らに会ったことがない。人間とは少し大きい程度の蛾が舞った程度でも、簡単にパニックに陥ることができる生き物だ。

 

 そうして街のパトロールも兼ねての捜索に移ろうとしたインフォミーツだったが、そこへ一番に現れたのは空振りかの判断に苦しむ相手だった。

 

「それで、あんたは……ファミリアじゃなさそうだけど」

 

 顔を向けないまま後ろに向けて語りかけるインフォミーツ。しかし何の反応もなかったため、追い討ちとばかりに右手の人差し指を後ろの柱の影へ向けた。

 

 そこまでしてようやく柱の方から舌を打つ音が聞こえたので、インフォミーツは振り返って標的と相対した。

 

「何も知らぬまま犯されればよかったものを」

 

 忌々しげに口にするのは、人間大まで縮尺を拡大した二足歩行のカエル──フロッグマンと呼ばれるインクブス。蟲に括られることが多い風貌をしていたので最初は判断を迷ったが、下劣な口振りからして敵であることに違いあるまい。

 

「ま、知る権利ってことで……乗包(じょうほう)」

 

 手にしていた髪飾りを天に掲げ、ウィッチ──インフォミーツへの変身を果たす。変身の掛け声であるそれは本来なら必要ないのだが、情(・)報(・)屋としての個人的な流儀というものだった。

 

「手にするは鎌、あんたは被害者のニューカマー!」

 

 役割を果たした髪飾りを所定の位置へ戻すや否や、腰部に備え付けられた一対の鎌を取り出し構えると、ご機嫌なパートナーのリリックが聞こえた。

 

「ウィッチだったか……まあよい」

 

 こちらがウィッチと知っても戦意を崩さない辺り、格下と見ているのだろう。用心深い彼らが正面戦闘に興じることは珍しいのだが、逃げられるのに比べればいくらかマシだった。

 

「手籠めにしてくれる!」

 

 鉤爪をちらつかせたフロッグマンは、インフォミーツへ向け飛びかかった。

 

 後方へ飛び退いてそれをかわしたインフォミーツは、しゃがみ込むように踏ん張ると正面のフロッグマンへ反撃に出る。飛びかかる合間に右へ体を一回転させて遠心力を加えた鎌の刃を横薙ぎに振るうも、先ほど自分がそうしたようにフロッグマンは後ろへ飛んで斬撃をよけるのだった。

 

「近接オンリーは拙い、アレ使うしかナ・イーッ!」

 

「左様で!」

 

 興が乗ってきたらしいパートナーのリリックに従い、柄を畳んだ鎌の刃の尻同士をくっつけるように近づける。するとその隙間を埋めるかのようにラバーの持ち手部分が生み出された。合わさったことで弓の弧を思わせるほど延長された刃の両端からは、これまた弓を思わせるエナの弦が張られる。

 

「シュート!」

 

 一対の鎌から弓へと姿を変えた得物を左手に預け、もう片方の手で弦を思い切り引き絞る。右手を離せば、水平に構えられた弓からはいくつものエナの矢が放たれた。

 

「くっ!」

 

 跳躍することで、左右に分散した矢をかわしたフロッグマン。そのまま反撃を狙っているのだろう、目で追ってみれば右の鉤爪を振り上げているのが映る。

 

 ガラ空きの腹部にそそられ、インフォミーツは『抜き胴』を狙うことにした。手にした得物は今でこそ弓の形をとっているが、近接攻撃が不可能になった訳ではない。弦を形成する刃を用いれば、双刃の剣として扱うことも可能だ。

 

 右斜前に足を踏み込むと、弓を左手に持ったまま敵の腹部に押し当てるように振るう。

 

「グベらァッ……!」

 

 今さら飛んだ勢いを殺すこともズラすこともできず、自ら望んでそうなったかのように腹部へ刃を受けたフロッグマンは、そのまま胴と足が泣き別れになった。

 

「……ふぅ」

 

 地を転がり息絶えたフロッグマンを見て、安堵の吐息を漏らすインフォミーツ。

 

「カエルが無に還るゥ……イェイ」

 

「今のはただの駄洒落じゃない?」

 

「そんなの対岸の火事、フィーリングが大事」

 

 パートナーと軽口を叩き合うと、付近のクリアリングを行ったのち、右手の手袋を口で咥えるように取ってマンホールのそばに転がっているフロッグマンの亡骸へ近づく。生命活動は停止しているはずだが、いきなり襲いかかってくるということがないとは言えないので、左手には弓を持ったままだ。

 

「一応見ておきますか」

 

 ほんとうならすぐさま死骸の処理を行わなければならないのだが、その前に権能による精査を行うためだった。

 

 しばらく触りどころを迷ったのち、人差し指の先端を腹部に押し当てると全神経を研ぎ澄ませる。

 

 すると少し前にフロッグマンが見ていたのだろう視界の映像が朧げに脳裏へ投影される。腹を裂かれた瞬間から逆再生するかのようなその記憶は、インフォミーツ戦の一部始終を経たのち、この路地裏を飛び回っている際の風景に変わったものの、それ以上の真新しさはないまま映像は打ち切られてしまった。

 

「……こんなもんか」

 

 権能で追える範囲を終えたと感じ取ったインフォミーツは、フロッグマンから離した人差し指を上着で拭いながらそう溢した。生命活動を終えエナが巡らなくなった死骸から探れるのは、数分が限界だ。

 彼女がエナを保有した何かに触れることで感じ取れるのは、対象のエナの性質についてと、触った瞬間からしばらくの間の記憶のふたつだ。前者はエナの波長のようなものを個別に感じとれる能力で、単独ではウィッチとインクブスを区別できる程度にしか役に立たないのだが、後者の映像による状況証拠の照合も併さって初めて人探しの手がかりとして機能させることができるのだ。

 

「サイコメトリー、今日は探知日和ー?」

 

「いやいや、今のはそういうのじゃないから」

 

 パートナーの問いかけを退けながら、拭い終わった右手に手袋をはめると、立ち上がったインフォミーツは死骸からやや距離をとった。

 

「とりあえず、あんたは用済みなんで──!」

 

 そう吐き捨てると、死骸へ向け弓の弦を引き絞る。先ほど放ったときよりエナの集束を強めたそれは、インクブスの肉体を消滅させるための射撃だ。

 

 やがて先端が球状にまで膨れ上がった矢を放たんとしたそのとき、近くにあったマンホールの蓋がガタンと揺れる。やがてそこから飛び出した漆黒の影が、フロッグマンの死骸へ飛びついた。

 

「えっ!?」

 

 突然の乱入に、集束していたエナの矢を霧散させてしまうほどの驚愕に包まれるインフォミーツ。四対の足を器用に用いてフロッグマンを握り込んだその影は、あっという間に出所のマンホールへ獲物を引きずり込んでいった。

 

「待て!」

 

 反射的に声を上げるも聞き入れられるはずもなく、影はマンホールに消える。死骸を回収する意図は見えないが、もしインクブスの一種だというなら見過ごす訳にはいかない。

 

「そいつの横取り、見逃すのは無理!」

 

「ああ、逃すものか!」

 

 閉じられたマンホールをすぐさまこじ開け、インフォミーツも下水道へと飛び込む。行儀よく梯子に掴まって降りている暇はないので、そのまま床に達するまで自由落下をする格好だ。

 

「うぷ、どこ行った……?」

 

 地下通路に着地すると辺りを見回すインフォミーツ。下水路ゆえの悪臭に眉をしかめながら、道なりにしばらく走り回った彼女だが、例の影を見つけることはできなかった。

 

「もう逃げたのか……?」

 

 呆然とつぶやくインフォミーツは、苛立ちのまま片手を振り下ろす。見つけたときのサイズ感からして、物陰に隠れることはそう容易くないはずだ。それがこうも撒かれたとなれば、向こうはこの下水路──テリトリーを知り尽くした相手ということになる。

 

「共食い……? 何にしても普通じゃない」

 

「ああ。何者なんだい、あいつ」

 

 放置できない相手なのは承知だが、できることがなかった。追跡を諦め帰路を算段していると、パートナーが悔しげにこう呟いた。

 

「なんて幕切れ、敵はまんまと雲隠れー」

 

「そうだね、あいつめよくも……くも?」

 

 そうしてやり取りをしていると、インフォミーツの中に閃くものがあった。振り返ればかの影は、平べったい体躯を四対の足で動かしていたように思えたのだ。

 

「八本足で動く蟲って言ったら?」

 

「え、えー……蜘蛛? あっ、恐れ多くもー」

 

 要らぬ韻踏みを付け足しながら返ってきたパートナーの答えに、インフォミーツは笑みを深めた。

 

「こりゃ……意外と大当たりかも」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「そーれっ!」

 

「グオァッ!」

 

 電流を帯びたハンマーの一撃を土手っ腹に受けたゴブリンの断末魔が響く。だがそれはインフォミーツによるものではない。彼女の同伴者であるウィッチ──グロウメルヴィルによるものだった。

 

「これでエサはバッチリね、ミツ」

 

「うんうん。この間に続いてありがとねー!」

 

 亡骸にしたばかりのゴブリンを尻目に、インフォミーツへ語りかけるグロウメルヴィル。彼女は以前図書館での調査に付き合ってもらった者と同じ人間で、その権能が今から行う作戦に適していたために再び協力を仰いだのだ。

 

「これを私のトラップの前に置くだけでいいの?」

 

「そっ! じゃあとっとと決めてたとこへ行こう!」

 

 ゴブリンの片腕を引っ掴むと問いかけてくるグロウメルヴィルにそう応えたインフォミーツ。彼女の片腕にも、胸部に裂傷を作って亡骸となったフロッグマンが引きずられるように握られていた。

 

 そしてやり取りもそこそこに飛翔のマジックで目標地点へ向かう。インクブスの死骸の性質上、この作戦を行うにあたって時間的な余裕は残されていない。

 

「ひとつ目はここ」

 

 事前に決めていた位置へ降り立つと、手にしていたフロッグマンの死骸を放り投げる。グロウメルヴィルに目配せすると、彼女は死骸とマンホールの中間といえる地点に手を置き、円形のエナの罠を張った。触った者を電磁波で麻痺させることができるそれこそが、グロウメルヴィルの権能によるものであり、普段は同じものをハンマーの面の部分に張り付けるように使うことで正面戦闘に活用している。先ほどゴブリンを葬った際もそうしていた。

 

「あとは見ておくから、もうひとつの場所も同じ感じで」

 

 罠が完成したのを見届けると、グロウメルヴィルはその言葉に頷いて別の地点へ飛び立っていった。インフォミーツ自身も飛翔のマジックを用いて手近な建物の屋上に登ると、罠を見下ろす格好で待機を始めた。

 

「ここに張りし罠、捕まえられるかなー?」

 

「さあ。この間の件で警戒されてないといいけど」

 

 これは先日遭遇した影を誘き出すために作った罠であった。彼らに知能があるのかはわからないが、もしインクブスを捕食するために作られた存在であるなら、労せず獲物を手にできる状況に飛び付かずにはいられないはず。出てきたところをグロウメルヴィルのトラップで動きを止めている間に、それへ触ることができればよいのだ。

 

「お友達から報告ー、設置が完了したらしくー」

 

 グロウメルヴィルのパートナーからのテレパシーを受け取ったらしいその言葉に、頭を切り替えたインフォミーツは最大限息を殺して獲物を待つ。ひとつ目の罠が完成してからそう時間が経たないうちにその報告が来たのは、単純にこちらが一息で向かえる距離感での設置を依頼していたからだ。インフォミーツ自身が捕獲対象を直接触ることに意味がある以上、罠の場所を固めざるを得なかった。

 

「カウントダウン、一時間、いざ行かん♪」

 

 タイムリミットに言及しながら、いつも通りのリリックを紡ぐパートナー。

 インクブスの肉体は死後二十分程度で有害なガスを放出し始めるので、あまり長々と放っておく訳にはいかなかった。普通の人間が吸えば凶暴化しウィッチにすら襲いかかる暴漢となるためだ。念の為住人や通行人が皆無な地点を選んではいるが、不測の事態が起こらないとは言い切れない。四肢の切断に留めておくなりしてエサの絶命のタイミングを調整できればよいのだが、再生能力に長けた彼らを生かさず殺さず転がしておけるはずがなかった。

 

「あとは待つだけ」

 

 そう呟いたが最後、付近は闇夜にふさわしい静寂に支配された。あとは目の前の罠に何者かが引っかかるか、グロウメルヴィルからの報告を待つのみになった。

 

 やがて10分が過ぎた頃だろうか、目の前の光景に動きがあったのは。

 

「……来た」

 

 注視していたマンホールの蓋が揺れる様を見逃さなかったインフォミーツがそう呟く。パートナーの口を塞ぎながら観察を続けていると、かっ開いた蓋から影が飛び出す。

 

「ビンゴ!」

 

 フロッグマンの死骸に飛びつかんとした刹那、罠に触れた影の動きが止まる。すぐさま右の手袋を外して屋上から飛び降りたインフォミーツは、一度着地して痺れている影を見据え──やはり姿は巨大なクモそのものだった──、助走をつけるとそれを飛び越えんばかりの勢いで跳躍し、宙返りを交えクモの胴にあたるのだろう部位に手を伸ばす。その瞬間はまるで、クモに片手をついて倒立するような形だ。

 

「ぐっ!?」

 

 しかし、張ってもらった罠は電流を帯びたものなのだった。インフォミーツの身に、クモ越しの電撃という代償が支払われる。助走の勢いもあって肉体がすぐにクモから離れてくれたので、長時間感電する事態には至らなかったが、電流によって硬直した肉体で受け身をとる真似はできず、激しく背中を打ちつける形で着地する羽目になってしまった。

 

「ゔぅっ、あぁ痛い……」

 

「相変わらず無茶するヨーッ、このヤローッ……!」

 

 パートナーの苦情を聞き入れる余裕もなく悶えるインフォミーツは、しかし徐々にクリアになってきた思考で読み取ったあれこれを整理し始める。

 

 先日フロッグマンの死骸から読み取ったより遥かに引き伸ばされた時間を誇るその映像は、下水道と地上を行ったり来たりした果てに、白き装束の何者かを映し出した。そこで途切れたことから、この何者かこそがクモを生み出した本人であるのだと読み取ることができた。

 

「フード付きの白いウィッチ……もしかして?」

 

 よろよろと立ち上がると、先日アタリをつけたばかりの人物を思い起こすインフォミーツ。姿を見たのは写真の一枚きりだが、彼女こそが──。

 

「結局、そういうことかぁ」

 

 ため息とともに、納得の呟きを吐き出す。

 安易な結論と先送りにした答えが目の前に横たわったとなれば、どうしても力は抜けてしまうものだった。

 

「とりあえず、あの子に作戦は成功だって伝えなきゃ。報告お願い」

 

「オーケー、任せとーけー」

 

 何はともあれ、別の場所で張り込んでいるグロウメルヴィルに、引き上げるよう伝えねばならない。パートナーにテレパシーの行使を要求すると、伸びをしてこの後の撤収の算段を立て始めた。ふと後ろへ振り向くと、クモはフロッグマンの死骸もろとも姿を消していた。罠の麻痺効果が切れた瞬間に、マンホールへエサを持ち帰ったのだろうか。彼が先日見た個体と同じものであるかはわからないが、曲がりなりにも二度もタダ飯を提供したので、あとはこの罠の件を水に流してくれることを祈るばかりだ。

 

「にしても……こりゃ面白いな」

 

 件のクモについて考えを巡らせていると、ふと引っかかったことがあった。権能で読み取れるもうひとつの情報についてだ。ウィッチの手によって生み出されたファミリアであれば、エナの波長は必然的に主と限りなく等しいものであるはずなのだ。そこへ、インクブスにしか見られないはずの傾向がある──そんな奇妙な違和感。

 

「インクブスを食べたせいで混ざった? いや、そんな感じじゃ……」

 

 わずかに掌へ走る震えが、残留する電流のせいなのか、踏み込んではならない領域に触れてしまった恐怖のせいなのか、インフォミーツには判別がつかなかった。

 

「……人間の味方であることを祈るしかないな」

 

 ひとまず自らを納得させたところで、今度は翌日以降の動向について考えることになった。探すウィッチの正体はわかったのだ、中間報告として依頼人のヘレネジュリエッタに情報を共有するべきだろう。

 

 だが、それを行動に移すまでもなく、報告の機会は訪れた。

 

「……うまくいったみたいね、ミツ」

 

 気づけば建物の上からインフォミーツを見下ろしていたウィッチ──ヘレネジュリエッタが、向こうから声をかけてきたのだ。

 

「ヘレネ、なんでこんなところに?」

 

 やがて目の前へ飛び降りてきたヘレネジュリエッタに、驚きを含んだ声色で応じるインフォミーツ。最近は頻度が低くなっていたものの、情報屋とその依頼人としてやり取りをしたのは一度や二度ではない。同時に数多の依頼を抱えることもあるこちらの流儀を知っているならば、まだ調査にさほど日にちをかけていないにも関わらず催促をしに来るほど短気な性分ではないと思っていたのだが。

 

「ごめんなさいね。出かけた近くにあなたがいたものだから、ついでとばかりに訊いておこうと思って」

 

 迷惑だったかしら、と罪悪感を覚えているようなヘレネジュリエッタの言葉を受け、いったん感情を飲み込んだインフォミーツは、ちょうどよいか、と思い直して中間報告を始めた。

 

 ヘレネジュリエッタが探すウィッチが操るとみられる蟲のファミリアとのコンタクトに成功したこと、その主たるウィッチがウィッチナンバー13・シルバーロータスであると想定されることなど──ひとまず依頼人の望むであろう事柄を伝えた。

 

「なるほど、シルバーロータスというのね。探してる子は」

 

「ああ。権能で見たから間違いない。ナンバーズに迫る序列だってことを考えれば、ファミリアの戦闘力にも説明がつく」

 

 だとしても、単独戦闘が可能なファミリアは常識の枠外といえる存在なのだが。

 

「けど、会うなら気をつけたほうがいいかもしれないね。あの子……というかファミリアのエナからはなんだか、インクブスの気配を感じるんだ」

 

 もしかすると、シルバーロータスが単に人類の味方でない可能性もある。あちら側の立場でインクブスを狩る動機が何なのかと問われれば答えに窮するが、向こうの世界で不要となったインクブスを間引くためであるとか、捻り出すならいくらでもある。こればかりは対面しなければわかりようもないが、素性次第では有志を募って彼女を消すことも考えなければならないかもしれない。

 そうしてひとまずは説明を終えたところで、ヘレネジュリエッタがなにやら不穏な笑みを浮かべた。

 

「それは……いいことを聞けたわ」

 

 その言葉に含みを感じたインフォミーツは首を傾げた。すると、その困惑を知ってか知らずか、パートナーがこんな問いかけを放つ。

 

「そういえば、ヘレネのパートナー、今日は不在かなー?」

 

 それを聞いて、確かに、とインフォミーツも好奇の視線を向ける。しかし、その問いにヘレネジュリエッタが答えることはなかった。

 

「……もう、隠す必要もないかしらね」

 

 代わりに放たれた、先ほどにも増して含みのある言葉へどうにもインフォミーツは身構える。悪い予感を覚えたからに他ならないが、それは的中してしまうことになる。

 

「ああ、よくやってくれたとも」

 

 低くおどろおどろしい声に振り向けば、どこからかふたりのオークが姿を現していた。揃って着けていた眼帯のデザインからして、以前に会ったコンビだと思えた。即座に得物の鎌を両の手に構えたところで、オークの言葉の違和感に気づく。

 

「よくやってくれた? 誰が、何を……」

 

 そうインフォミーツが問いかけるよりも少し早く、オークは何かを放り投げる。地面を何度かバウンドしてインフォミーツの前に転がったのは、散々に痛めつけられ虚ろな目をしたグロウメルヴィルだった。

 思えばそう遠い距離ではないのに、作戦終了の合図からまったく戻ってくる様子がなかった。目を瞠るインフォミーツへ、オークは下卑た笑顔を浮かべこう続ける。

 

「蟲を操ってるウィッチを見つけるばかりか、雌を提供してくれるのだからな」

 

 な、とインフォミーツが洩らすと、ヘレネジュリエッタがこちらを追い越す形で前に歩み出る。その横顔に見える瞳は、なぜか異様に弾んでいるように見えて。

 

「ヘレネ、止まるんだ! 落ち着いてふたりで──」

 

「……心配はしなくてもよくてよ」

 

 困惑のまま呼び止めると、ヘレネジュリエッタは抑揚のない声でそう返すのみだった。間もなく振り向いて敵に背を向ける彼女により疑念を募らせていると、そこへオークが歩み寄るのが目に入る。

 

「ヘレネ──」

 

 警告しようとして、その声はせき止められる。見ればヘレネジュリエッタの肩に、オークの掌が慈しむように置かれていた。

 

「おいおい、嘘だろう……?」

 

 最悪の想像がインフォミーツの頭をよぎる。おそらく彼女は、向こうの世界でインクブスに心を堕とされたのではないかという思いが──。

 過去に人探しを請け負った際、「インクブスに誘拐された」と結論づけて依頼を終えた例はいくつもあった。そうでなくとも、ウィッチとして長く活動していれば向こうの世界に連れて行かれた人々がどんな末路をたどっているかは嫌でも知ってしまうものだ。苗床、人質──そのほか様々な用途に彼女らウィッチを用いるにあたって、洗脳という手段が使われることは想像に難くない。

 

「ずっとパートナーが見当たらないって思えば……そういうことかよッ! お前よーッ!」

 

 人類の敵に回ったのであろうヘレネジュリエッタに罵声を飛ばすパートナーの言う通り、パートナーを連れないウィッチとはオールドウィッチの手を離れた危険な存在であることに他ならない。

 

「あなたは蟲どもの出所を突き止めてくれた功労者……きっと主様も寛大に扱ってくださるに違いないわ」

 

 どこか恍惚と語るその様を見れば、もはや疑う余地もない。初めから彼女はインクブスの手に落ちていたのだ。インフォミーツは己の愚かさを呪った。最初から、奴らに利用されていたのだ。シルバーロータスという秘境に咲く花への案内人として。

 

(こいつらも探してる立場だったのか……じゃあなおさら、あのエナはなんだったんだ?)

 

 向こうも知らなかったというなら、シルバーロータスが人類の敵であるなどという先ほどの見解は誤りだったと見るしかない。ならば、より彼女の異質さが浮き彫りとなるわけだが、今はそんなことを考えていられる状況ではなかった。

 

「さっさとこの雌を捕らえ、例のウィッチの正体を同志たちに伝えるとしよう」

 

「ああ。主さえ抑えれば、虫けらどもの抵抗もそこまでよ」

 

 やや弾んだ声色にも聞こえるオークたちのやり取りの最中、インフォミーツはいかにして彼らから逃れるか考えを巡らせた。情報屋の仕事は、何よりもまず死なないことだ。手にした情報を抱えたまま逝くなど三流以下である。

 

「こりゃどうしたものか……!」

 

 次第に鎌を握る手が震えだす中、じりじりと近寄る三人を前に後ずさるインフォミーツ。しかし、そこに現れた新たな人物によって、状況はさらなる展開を迎えることになった。

 

「さすがに見過ごせませんね?」

 

 目の前の三人越しに聞こえたのは、鈴を転がすような声だった。

 

 オークらが恰幅のよい身体を捻って振り向いたことで姿が見えた声の主は、蒼い装束を纏うウィッチ。身の丈ほどもあるソードを携えたその立ち姿からは、底の知れない迫力が感じられた。

 

「あの方のファミリアを追いかけるだけならいざ知らず、あまつさえ敵にその正体を伝えるなんて」

 

 救援か、と一瞬安堵したものの、インフォミーツ個人を咎めているかのようなそのセリフに、思わず身が強張る。すると、追い打ちをかけるかのようにパートナーからこう差し込まれた。

 

「あいつもパートナーなしだぜ、ワンモア向かい風ェ……!」

 

 蒼いウィッチを指したのだろうその一言に、インフォミーツは緩めかけていた表情を再度引き攣らせる。

 

「何のためにあの方が素性を秘匿しているのか……裏を読めない知りたがりな方には、消えていただかなければ」

 

 その言葉を皮切りに、装束と同じ色の燐光を迸らせる蒼いウィッチ。もしその光が装束やマジックの副産物によるものでないのであれば、彼女は本来不可視なはずのエナを可視化させていることになる。

 

「まともなウィッチはいないのかい、ここは……!」

 

 ふたつの意味で並大抵ではない蒼いウィッチへ思わず洩らしたインフォミーツ。

 

 かつりかつり、と一定のリズムで雅なヒール音を響かせる蒼いウィッチはしかし、ふと視線をインフォミーツから外すと、その間に位置するオークとヘレネジュリエッタらのもとに瞬間移動するように現れ、ソードを──三人が得物を構えるより早く──振り抜く。

 

「な──」

 

 断末魔すらも上げることなく、一息に両断された三人は絶命した。すぐさま続けて、インフォミーツの眼前に横薙ぎの蒼い刃が迫る。

 

 ──刃と首の間に鎌を滑り込ませることができたのは、奇跡とすらいえた。だが、その程度の幸運を、蒼い焔は容易く飲み喰らう。

 

 先ほどのオークのときと同じく、まるで空間を切り裂いたかのような蒼い閃光がインフォミーツの眼前に横たわった。そこからはスローモーションの世界だった。その閃光は、柄をクロスさせる格好の一対の鎌を易々と通過している。防げずに斬られたのかと思ったが、刃を打ち合った感覚すらもないのが妙だった。まるで最初から斬撃など受けていなかったかのようだ。

 

 その直後、独りでにインフォミーツの視界がぐるん、と回転した。衝撃で吹っ飛ばされたのか、徐々に視点が後退する。ソードを振り抜いた格好の蒼いウィッチ──その手前には、鎌を構えたままの自分の背が見えた。己の背中など、そう簡単に見られるものではない。ならばなぜ、それが見えているのだろう。そんな疑問に囚われてから答えを得るまでに時間はかからなかった。

 

 思わず笑い出しそうになる。いっそ何も知りたくないのに、目の前の自分に頭が付いていないこと──それをはっきりと認識できた瞬間、すべてが理解できた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おやすみなさい」

 

 機械的な蒼いウィッチの声は、すぐさま夜闇に呑まれていった。すると目の前の首を失くしたウィッチだったものが、絶命したことを今知ったかのように崩れ落ちる。両断された鎌の刃がアスファルトに落ちる音がした。

 

「ミ、ツ──」

 

 主人が討ち取られたというのに呆け浮かぶままの拳大のインパラへ、右ストレートを叩き込むようにソードを突き立てる。

 それだけであっさりと、目の前の亡骸がウィッチだったと証明する術は消え去った。

 

「……今回は危ないところでしたね」

 

 インクブスのみならず、ふたりのウィッチの命を刈り取ったことなど気にも留めていないかのように、蒼いウィッチ──アズールノヴァは呟く。

 

 残心を解き、背後で人類の敵を荼毘に付す蒼い焔へ視線のみで振り向く。もし彼らをここで葬れていなければ、この世で最も敬愛するウィッチへ累が及ぶところだった。ウィッチの敵たるインクブスがウィッチを遣う矛盾に満ちた現実──ならば、そのウィッチを狩るためのウィッチが存在すること自体もまた、何ら不思議ではないのだ。こうして銀蓮の秘密に関わり過ぎてしまった者たちを抹消すべく、アズールノヴァは自らを人知れず暗部を貫く弾丸と規定し動き続けていた。

 

 最初に切り裂いた方のウィッチが胎に連(・)中(・)の(・)体(・)液(・)を詰めていたのは、彼女がここへ現れた瞬間に視えていたことだった。ならばその元締めがやってくるまで待てばよかったのだが、それまでに繰り広げられたやり取りははっきりいって腸が煮えくり返るものだった。

 

「それにしても、あの方のファミリアからインクブスの気配を感じる、と宣うなんて……探偵としても三流未満とは驚きました」

 

 前の亡骸に視線を戻すと、そのすでにない口から放たれた許しがたい一言を思い返す。日本国内でインクブスを最も葬ったであろうウィッチをああも疑うなど、虚言だとしたとて理解に苦しむ。

 回想によって再び沸騰しかける脳髄を、深く息を吐くことで鎮めたアズールノヴァの傍らに、無から新たな少女が現れる。

 

「あ……アズールノヴァさん」

 

 凶行を成した蒼きウィッチの名を平然と呼ぶ──それ即ち、既知たる協力者であることの証左。

 

「なんでしょう、レッドクイーン?」

 

 名を呼び返された協力者は、恐る恐るといった調子でこう続けた。

 

「その方も……洗脳されてたんですか?」

 

 ミツ、と呼ばれていたウィッチを指したのだろうその質問は、アズールノヴァにとっては取り合うに値しないものだった。

 不安げに懐中時計を握り込むというクイーン(女王)の名に似合わぬ振る舞いを見せているところの紅いウィッチへ向け、振り返ったアズールノヴァは気だるげに返答を組み立てた。

 

「いえ。ですが……殺されても文句は言えないですよね」

 

 否定しながらも処刑へ一切の後悔を示さないその言葉に、レッドクイーンは顔を青ざめる。同様の台詞の後にアズールノヴァから首を刎ねられた経験のある彼女は、それがハッタリではないことを知っていた。

 

「ただの人探しなら見逃してあげたのですが」

 

 シルバーロータスという禁忌の領域へ足を踏み入れたのが運の尽きだ。彼女の存在を認知する者が多くなればなるほど、インクブスどもが付け入る隙は増える。それどころか敵そのものに存在を知らせるなど論外だ。ファミリアによって無二の戦力を誇るかのウィッチでも、決して無敵ではないのであった。

 

 その言葉を最後に首のないウィッチから興味を失ったアズールノヴァは、自身とレッドクイーンを除くと唯一の生存者であるウィッチのもとへ向かう。

 

 それと反対にレッドクイーンは、首のないウィッチへ過去の自分を重ね思わず歩み寄る。

 

 生命力とパートナーを失ったことで変身が解けたらしいかの亡骸の纏う、ショートパンツのポケットが四角く膨らんでいるのを見て手を入れると、専用のスマートフォンが出てきた。

 

 衝動的に手に取って画面を点灯させると、レッドクイーンのよく知る姿が現れた。銀髪赤目の少女──シルバーロータスが廃墟の中で佇む写真だ。それを見た驚愕が、彼女の心臓を跳ねさせる。

 無理もない、それはアズールノヴァに首を刎ねられる前──レッドクイーンという名を受ける前の自分が撮ったものだったのだから。公開に用いたSNSのアカウントと共に葬ったはずの罪の象徴を受け、バタつかせた掌からスマートフォンがすり抜けていった。

 

「なにか面白いものでもありましたか?」

 

 亡骸をまさぐっているのが不思議だったらしいアズールノヴァの声を受け、レッドクイーンは反射的にスマートフォンを踏み潰す。

 

 たとえ得物を用いずとも、ウィッチへの変身で与えられた脚力をもってすれば機械仕掛けの箱を砕く程度造作もない。

 

「い、いえ! その……な、なんでも」

 

 慌てて取り繕ってしまったものの、いつもの挙動不審と受け取ったらしいアズールノヴァが追及してくることはなかった。

 

 やがてソードを振り上げた彼女は、ふたり以外の生存者──オークに下され放り捨てられたきりだったウィッチへ視線を落とす。

 

「たす、けて……」

 

 掠れた声で命乞いをする瀕死のウィッチは、状況から推測するに情報屋の協力者。もうひとつの声が聞こえてこないことから、パートナーはすでに消された可能性が高い。しかし、そうでなかったのだとしても答えは変わらない。

 

「すみません」

 

 その拒絶が届いたのかどうかは、眼下の虚ろな表情からは読み取れない。動機の善悪や大小を問わず、銀蓮を覆う謎という名のベールを剥ぐ者には死あるのみ。無力なウィッチを見下ろす碧眼が映したものは、その判断基準によって裁かれた対象に過ぎなかった。

 

 なればこそ、本来同類たるヒトを断たんとするその剣先に一切の迷いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 ──自身もまた、銀連を取り巻く意志によって生まれ変わった存在であるアズールノヴァは、まさしく新星のごとく闇夜を舞う。そして絶望に満たされた世界で咲き続けるかのウィッチがため、それを脅かし得る者たちの思惑を戦ぎ、消し去るのだ。




知りすぎるという罠。

本編組の整(・)理(・)に遭うオリウィッチたち()。外伝特有の「本編の連中バケモンなんですよ」描写の餌食になりました。まあ異世界に逆侵攻かけてるスーパーエースの情報漏らす奴なんて要らないので……。
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